一生もの。そう聞くと、たいていの人は「壊れにくい堅牢な製品」や「流行に左右されない意匠」を想像するはずだ。
しかし、それだけで本当に“一生もの”になるだろうか? 『VERMICULAR(バーミキュラ)』は、私たちにそう問いかけてくるようだ。
『バーミキュラ』は名古屋の老舗鋳造メーカー・愛知ドビーが展開する鋳物ホーロー調理器ブランド。合金を型に溶かして作る鋳物ならではの堅牢さと、ミニマルで洗練されたデザインは、確かに大きな魅力だ。
しかし5年、10年と長期間愛用するファンが多い理由は、モノだけじゃなく“コト”にもある。ものづくりのこだわりが見事すぎて薄れがちだが、実はハードウェアと同等、あるいはそれ以上にユーザーの心に響くソフトウェアまで設計して実装。常にそれを磨き上げているからだ。
バーミキュラの“コト”とは? それはどんな設計思想で生み出されているのか?
創業者で代表取締役の土方邦裕氏に、本拠地『バーミキュラビレッジ』で聞いてみた。

調理器具のファンミーティング
調理器具メーカーは世界に山ほどある。しかし『バーミキュラ』ほど、熱いファンを持つブランドは、珍しいのではないか。
何せ年に1,2回ユーザーを招いて、皆で工場見学や調理体験をする「ファンミーティング」を実施。しかも毎回、大盛況だという。
「ありがたいことに、十数名の参加枠に数百名ほどの応募をいただいています」と『バーミキュラ』の生みの親である、愛知ドビーの代表取締役社長の土方邦裕氏は言う。
土方氏「ファンミーティングに参加してくれた中で、いま、弊社の社員として仲間になっている人もいますから」

愛知ドビー株式会社 代表取締役社長 土方邦裕氏
愛知ドビーが2010年から製造・販売している調理器具ブランドが『バーミキュラ』だ。同社はそもそも土方氏の祖父が1936年に立ち上げた「ドビー機」という織り機の開発・生産を手掛ける会社だった。1500度を超える金属を溶かして型に入れる鋳物の技術は創業時から培い、職人たちが受け継いできた誇りでもあった。
しかし、繊維産業が衰退したのは周知のとおり。その後、工業部品の下請け業を手がけていたが、薄利なため、経営難の状態に陥っていた。
そこで商社に勤めていた長男の邦裕氏と、弟の智晴氏が2000年代に家業を承継。代々培ってきた職人の手による鋳造技術と精密加工技術を、調理器具にヨコ展開。3年もの間、1万個におよぶ試作を繰り返して、超高性能な“鋳物ホーロー鍋”を開発した。それが最初の『バーミキュラ』だ。

バーミキュラビレッジの入り口には、プロトタイプのスケッチとともに初期の鍋が展示されている
鋳物ホーローならではの高い熱伝導性に加えて、0.01mmというケタ違いの加工技術によって他にはない高い密閉性を実現させた。この唯一無二の機能により、食材の美味しさを逃さない「無水調理」を可能にしたのが、最大の特徴だ。
土方氏「この密閉性があるから玉ねぎやニンジン、鶏肉などの食材を入れて、少しの塩と胡椒を入れて火にかけるだけで水を一滴も入れずとも食材の水分から美味しいスープがたっぷりと出る。そこにカレールーを少し入れたら、簡単に美味しい無水カレーができるんですよ」
だから登場以来、食にこだわる30~40代の主婦層、あるいはプロの料理人はもちろん、これまで料理をしてこなかった男性層からも支持を集めた。
手間をかけずに美味しい料理ができることに加え、「ものづくりのワザの結晶」「0.01ミリ単位までこだわった機能美」「町工場の誇りと再生」といったハードとしての『バーミキュラ』が持つ魅力も、幅広い層に“刺さる”要因になったに違いない。
しかし、精巧な技術に裏打ちされた製品だけが、『バーミキュラ』が支持されている理由ではない。
土方氏「実は製品そのものと同じくらい、私たちはソフト的な部分に力を入れてきたんですよ」
その代表が、レシピだ。

バーミキュラビレッジは、フラッグシップショップを中心に料理教室などを通してバーミキュラを深く知ることのできる「スタジオエリア」と、レストランとベーカリーカフェがあり、バーミキュラの食の世界観を体験できる「ダインエリア」からなる。写真はスタジオエリアの外観
製品とレシピの重要度は「1:1」
バーミキュラ製品を購入すると、それが鍋やライスポット(炊飯器)でも、必ず数十ページに及ぶ、分厚いカラーの「レシピブック」がついてくる。
誌面では「完全無水カレー」「煮物」「無水ミネストローネ」「豚の角煮」「なめらかカスタードプリン」などの作り方を紹介。すぐにバーミキュラの器具を使って、美味しい料理がつくれる、というわけだ。
土方氏「バーミキュラにとって、このレシピを製品と同じくらいに大切なものと考えています。重要度でいえば製品とレシピは1:1。その両方があって、はじめてバーミキュラという商品だと考えているほどなんです」
なぜか? といえば、“美味しさ”を担保するためだという。

取材時には、バーミキュラ専属シェフに無水カレーの作り方を、実演を交えながら解説いただく。蓋が閉まらないほど鍋いっぱいに材料を入れる理由や、「弱火」の細かな火加減まで、レシピブックに丁寧に落とし込まれている「おいしさの秘訣」。実際の調理を通して、その一つひとつを教えていただいた
繰り返しになるが、職人の技術の粋を集めてつくりあげたバーミキュラの鍋は熱伝導率や密閉性の高さが唯一無二の品質を誇る。だからこそ、素材の味を殺さずに、驚くほど美味しい料理ができる。
しかし、調理法によって、その美味しさは多少「下振れ」する。
野菜や肉の切り方によって火の通りは変わるし、「中火」や「弱火」の加減や、調理時間の誤差によって、仕上がりが変わってしまうのはバーミキュラを使わずとも、すべての料理に言えることだ。
土方氏「しかし、僕たちが本当にお客様に伝えたいのはバーミキュラがこだわったものづくりをしていることではありません。鋳造も、それで実現した密閉性も『美味しい料理』のためですからね。いつでも美味しさを実現するために、バーミキュラが持つポテンシャルを100%出すためのレシピをつけるようになったのです」
そもそもバーミキュラの開発時、無水カレーをつくったところ、言葉が出ないほど美味しいカレーができたのだという。しかも、ニンジン嫌いだった土方氏が「ニンジンを探して食べるほど美味しかった」と感動したことがブランド誕生のストーリーとしてよく語られていた。
そうした美味しさと感動を伝えたいのが、いわばミッションなだけに「あれ、こんなものか?」「前のほうが美味しかったな」とネガティブな体験をしてほしくない。そんな思いが、そのまま分厚い無料レシピの制作と同封になったわけだ。

バーミキュラの代表的なレシピのひとつである無水カレー。野菜や肉から出る水分だけでじっくり煮込むことで、素材の旨みを凝縮して仕上げる。鍋の中で食材の水分を逃さず、素材本来の味を引き出す鋳物ホーロー鍋ならではの調理法だ
今ではスマホのアプリ版レシピもあって、そちらも人気だ。ただ紙でもデジタルでも、変わらない編集方針がひとつある。
土方氏「弱火とはこれくらいです、から説明していることです」
レシピにはよく「弱火」とだけ表記するが、実際に弱火がどれくらいかはわかりにくい。料理初心者ならとくにそうだ。
そこでバーミキュラでいう弱火がどのようなものかを「鍋底の半分程度の火で熱し」……「ゆらっと蒸気が出る状態。この火加減が弱火です」と、極めて具体的に伝える。さらにIHクッキングヒーターで「鍋底14cmならば、ヒーター8段階中の2くらいが弱火」「22cmならば、8段階中の3くらいが弱火」と、数字を出して説明するほどだ。
土方氏「失敗してほしくないんです。初めて料理をする方でも、レシピとバーミキュラがあれば、100%の美味しさを味わえる。そこを何よりも大切にしている」
今は専属のシェフがレシピを開発し、新しいメニューを毎月のようにアップさせている。専属のシェフが社員としている調理器具メーカーもまた珍しいだろう。
すべては“美味しい”のため、なのだ。また、その思想は、サポートにも、店舗にも、体験施設にも貫かれている。
一生使い続けていただくために
立ち上げ当初から用意している「LIFE TIME VERMICULAR SUPPORT」も「美味しい」を実現するための重要なソフトだ。
文字通り、商品を一生サポートすると謳ったサービスのこと。具体的なものとして、たとえば「リペアプログラム」がある。
バーミキュラは型に金属を溶かしてつくった鋳物であると同時に、表面をガラス質で覆ったホーロー製品だ。強度と防水性はこのホーローによって実現されているが、長く使っているとこれがどうしても剥げていく。
しかし、バーミキュラに傷んだ鍋を送れば、一度すべてのホーローを剥がしたうえで、キレイに再ホーローコーティングして送り返してもらえるのだ。
土方氏「そもそも鋳物は溶かして、また型に流し込めば、半永久的に使える。もともとサステイナブルな性質を持っているんです。エシカルやSDGsといった世の中の流れとは別に、そもそも当たり前にあるもの。長く使えるのならば、何度も直してずっと使い続けていただきたい。美味しい料理を愛着ある鍋でつくり続けていただきたい。そうした考えを形にしているだけなんです」

バーミキュラビレッジのフラッグシップショップ店内の様子
2023年からは、実際に使い込んだバーミキュラの鍋を溶かして、サイズ変更などをして戻す「リクラフトプログラム」もはじめ、好評を博している。
これらのリペア・リクラフトの依頼は、月300件以上あるという。一生ものたり得る理由のひとつは、この「一生、直す」姿勢にこそあるわけだ。サービスそのものよりも、こうした「ユーザーと長く誠実に向き合う」姿勢や覚悟に共感し、「一生ものにしたい」と考える向きも多いのではないか。
土方氏「そうした方もいらっしゃいますし、とてもうれしいですね。毎月何通か感謝のお手紙もいただきますからね。本当にうれしい」
ファンレターが送られてくる調理器具ブランドも、やはりなかなかなさそうだ。
あらゆる美味しさを体験できる「村(ヴィレッジ)」
製品のポテンシャルを100%活かして味わえる「美味しさ」を提供し続ける――。そのためにバーミキュラが用意しているソフトと、その思想を最も体感できる場所が、本拠地・名古屋にある『バーミキュラビレッジ』だろう。
「最高のバーミキュラ体験を。」のコンセプトは伊達じゃない。名古屋港と都心部を結ぶ中川運河のほとりに、合計4,337平方メートルの敷地を確保。ここに、バーミキュラ製品をすべてそろえて販売しているのはもちろん、料理教室やレストラン、ベーカリーカフェなどを展開している。

中川運河の美しい景色を眺めながら、素材本来の味を活かした本格的なバーミキュラ料理を楽しめるレストラン
極上の簡単「無水カレー」の作り方を学べ、ライスポットの低温調理でしっとりジューシーに仕上がった「ローストビーフ」が食べられ、直径10cmの小さなバーミキュラでひとつずつカリッと焼きあげたクリームパンをお土産として購入できる。

「バーミキュラ ポットメイドベーカリー」では、ベーカリー用に開発した専用バーミキュラで焼きあげた食パンや直径10cmの丸型パンが並ぶ
極めつけは「ラボ」と呼ばれるスペースだ。ミニマルなデザインで整っているために一瞬気づかないが、そこはワークショップができる工房になっている。実際にバーミキュラをつくっている職人が、鋳造やホーロー加工などの一連の製造工程を教えてくれ、小さなバーミキュラ鍋をつくる体験までできるのだ。
土方氏「オープンさせたのは2019年ですが、ブランドを立ち上げた2010年から作りたかった体験施設です。その頃からすでに企画書があって、名前も『バーミキュラビレッジ』と決めていましたからね。やはりレシピと発想は同じなんです。100%のバーミキュラの美味しさを体感してほしかった」

「ラボラトリー」は、ミニマムな設計ながらも鋳造から精密加工・ホーローというバーミキュラ製造の一連の機能を持つ。定期的にバーミキュラの職人の製造実演や、本格的なものづくり体験のワークショップも開催している
東京にも2025年から、話題の複合施設「ニュウマン高輪」の2階に同じコンセプトで『バーミキュラ・フラッグシップショップ・ニュウマン高輪』を構えている。以前からあった代官山の店を移転させた形だが、こちらでもショップとレストラン、ベーカリーを設置。ただ「売る」「食べられる」だけじゃなく、製品の使い方を教える調理実演や体験会といった、美味しさを伝える“コト”の提供にも積極的だ。
6月に新たにスタートしたバーミキュラの包丁などの試し切りも、高輪で実施。金属の粉末を焼き固めた特殊製法によって、食材の繊維や細胞をサクサクと断ち切る。野菜や果物の香りや甘みを際立たせる切れ味を多くの来店客が体験し、「おお!」「すごい」とほうぼうで声があがったという。
土方氏「金属の匂いが食材につかないから味がよくなる。食材の良さがそのまま出る。包丁もバーミキュラとしては“美味しい”のために作っていますからね」

2026年6月から本格展開したバーミキュラの包丁。日本のトップシェフからの「包丁もつくってほしい」という声をきっかけに、「料理は切るところから始まる」という発想から開発された。食材を切る際の金属臭を抑え、素材本来の香りや味わいを引き出すことを目指している。鍋と同じく、道具の性能そのものではなく、その先にある「おいしい料理」を見据えたプロダクトだ
どこまでも一貫していた。バーミキュラには最初から「美味しい」という目的があり、その目的を実現するために、モノもレシピもサポートも体験施設も必要だった。いわばマーケットインではなく、プロダクトアウトの体験価値を一貫して提供している。それがファンレターを受け取り、ファンミーティングが大人気となるブランドづくりに帰結しているわけだ。

取材時には、トマトや皮付きの生肉など、切りづらい食材を使って試し切りさせていただいた。食材に刃を入れるとスッと切れる軽やかな切れ味に、編集部も驚かされた
そんなバーミキュラのように、お客さんと長く良い関係を築きたい、と考えている企業や人は多いはずだ。そのために何を心がけることが大切なのだろうか。尋ねると、苦笑いしながら答えてくれた。
土方氏「自分たちの特徴を活かしてきただけですからね。ものづくりに関しては鋳造という特徴をとにかく活かして。そこから無水カレーのような美味しさを提供できるから、その美味しさをとにかく伝える努力を積み上げてきた。特徴は活かすのが普通で、それは会社や商品によって違うものですからね」
なるほど。やはり「素材の味」を活かすに限るのかもしれない。
取材・文/箱田高樹 写真/田巻海 編集/鶴本浩平(BAKERU)




