街中を歩いていると、ふと大きな体の自販機が目に留まる。その正面には正方形のパネルがたくさん付いていて、それぞれにカラフルなアイスの写真が写し出されている。誰もが一度は目にしたことがあるであろう、セブンティーンアイスの自販機だ。
スイミングスクールの帰りに食べた人もいれば、ショッピングセンターの休憩スペースで食べた人もいるかもしれない。セブンティーンアイスには、どこか、食べた場所の思い出が一緒に付いてくる気がする。そんな私も、自動車の教習所に通っていたとき、そこにあったセブンティーンアイスで疲れた脳を休めていた。疲れたとき、ちょっと休憩したいとき、自分へのご褒美を買いたいとき。そんなとき、ちょうどいい場所にあるのがセブンティーンアイスなのだと思う。
セブンティーンアイスが生まれたのは1983年。自販機での販売は1985年からはじまり、現在では全国に約2万台の⾃販機が設置されているという。しかし、ふと気になった。そんなセブンティーンアイスが設置される場所はどのように決められているのだろう。「カユいところに手が届く」とでも言いたくなるその設置場所の工夫はどのようになされているのか? 実際に聞いてみることにした。
見つけたら、買いたくなる。“ちょうどいい”場所にある理由
取材を行ったのは都内のボウリング場。ボウリング場もまた、セブンティーンアイスが置かれる定番の場所である。では、こうした設置場所はどのように決められているのだろうか。
江崎グリコの市場開発部自販機ユニット首都圏グループリーダーである吉田和弘氏は、設置場所については3つのポイントがあるという。1つ目は「アイスクリームが食べたくなるような場所」であること。2つ目は「アイスを食べたいと思うけど、普通は食べることができない場所」、そして3つ目が「目立つ場所」だという。
吉田氏「1つ目ですが、単純に『アイスクリームが食べたくなるような場所』は定番の設置場所です。たとえば、ボウリング場やスイミングスクール、ゲームセンターなどですね。セブンティーンアイスの歴史を見てみると、まずはボウリング場に自販機を置くことから始まって、次にスイミングスクールに置き始めました。それらの業態での設置率は、他業態と比べて非常に高いですね。
それだけではなくて、『アイスを食べたいと思うけど、普通は食べることができない場所』にも重点的に設置するようにしています。たとえば、公園の真ん中って、普通売店が無ければアイスは食べられないですよね。駅のホームもそうです」
吉田氏「さらに『目立つ場所』に置くことも重要です。これについては、飲料自販機とアイス自販機の違いがポイントになってきます。飲料の自販機はどこにでもあるのが普通ですから、何か飲みたいなと思ったらお客様が自分で探しますよね。対して、アイスの自販機は無いのが前提です。アイスを食べたいと思って自販機を探すことはまずない。でも、ふと目に付くと買っちゃうんですよね。『あると買う』というのが重要で、目立つ場所に置かないとアイスは売れないんですよ。だからそこはかなりこだわっています。
このような売れる設置場所については、38年の歴史のなかである程度のノウハウが溜まってきてはいます。でも、ビジネスを成長させるためには新しい業態への設置も考えなくてはいけないので、メンバー同士でどのような場所への設置がいいのかは日々話していますね。
とくにコロナ禍による人流の変化が、我々の定番業態に大きな影響を与えました。たとえば、屋内のアミューズメント施設に行っていた人たちの多くが、屋外の公園で遊ぶようになれば、公園が新たなターゲットになるわけです。これまで蓄積されてきた常識だけでは対応できないため、現場での積極的なフィールドワークが欠かせません」
このように、外に赴いて「人の流れ」を見ることも多いそうだが、そこではどのように「人の流れ」を見ているのだろうか。
吉田氏「自販機をどこに置くかによって、売り上げは大きく変わります。ですから、やはり現地に行って、そこでどういった人の流れがあるのか、人が溜まる場所があるかないかを見たりします。たとえば、駅でも乗降客数が多い駅より、待ち時間が長くて、乗降客数が少なめの郊外の駅に置いた自販機の方が売れたりする。急いでいるときに、アイスを食べようという気持ちにはならないですからね。単純に人が多いとか人の流れがあるだけではやっぱり駄目なんです。
ただ、実際に現場に行ってみて設置場所の難しさに直面することもあります。公園や駅などに自販機を置くときに困るのが、電源とスペースの問題です。トイレから電源を引っ張ったり、電源がある飲料自販機周辺を狙ったりしますね。
また、飲料自販機との併設や入替の提案をすることも多いんですよ。提案のポイントは、設置先様にもお客様にもメリットがあるということです。アイス自販機を飲料自販機の横に置くことで、飲料の実績も上がることが多いんです。その理由は、アイス自販機が珍しいことによる立寄り率のアップと親子連れなどに多く見られる子どもはアイス、親は飲料といった買い分けですね。お客様の購入する選択肢の幅を広げ、自販機コーナーを充実させ設置先様の売上アップに貢献するというストーリーですね」
実感してつくられる美味しさ
徹底して顧客目線での展開を行なうセブンティーンアイスだが、それは自販機で売られる商品のラインナップでも同じだと言う。取材に同席した乳業事業部 マーケティング部の井上朋美氏はこう述べる。
井上氏「場所の条件をクリアしたとしても、ラインナップがその場所のニーズに合ってなかったら売れません。たとえば、温浴施設などでは冷たいシャーベット系のものが欲しいでしょうし、逆に疲れて帰ってきたときに駅で食べる味は濃厚な味が欲しいと思います。その場所でのニーズを踏まえてラインナップを決めていきます。
面白かったのは、レジャープール。プールだとお客様は暑いから、すっきりしたシャーベット系が売れるだろうと思っていたんですが、実際はクリーム系のこってりしたものが売れるんです。それがなぜなのかわからなかったのですが、実際、自分でプールで泳いでみると、水泳はすごく体力を使うので、水っぽいものでなくて、ボリュームがあるお腹を満たせるものが欲しくなるんですよね。こういうこともわかった上でやらないと、お客様のニーズと違うラインナップになってしまいます」
顧客のニーズを捉えるために、実際に自分の体を動かしていく。一見するとハードにも見えるリサーチだが、その様子を語る井上氏は楽しげだ。商品開発でも、そうしたこだわりは徹底されているという。
井上氏「商品を作るときも顧客側の視点に立って、どんな体験が欲しいのかを考えています。たとえば試食も会議室ではなくて、なるべく外で行うようにしています。お客様と同じ状態で味を確かめるんです。
商品にもそうしたこだわりが詰まっています。セブンティーンアイスは、外で食べることを想定したアイスとして開発されています。外で食べると天気や風の影響を受けたり、誰かと話したりしているので、アイスばかりに気を取られている状況ではないことが多いです。だから味に集中していなくても、味を楽しめて飽きないようにすることが大事だと思っています。たとえば、商品の1つ『ソーダフロート』はソーダとミルクが交互に入っていて、食べる環境によって味が変わって飽きずに1本食べきれます。それと、商品の味は全体的に少し濃くしています。外でアイスを食べると、外気に触れて薄味に感じるからです。商品開発時に私が感じたことはお客様も体験することなので、まず自分も体験して、お客様が本当に欲しいものを考えながら作っています」
セブンティーンアイスは徹底して顧客に寄り添い、そのニーズを掴もうとする。もちろん、どんなメーカーも製品開発の際には顧客の欲しているものが何かを考える。しかし、そこでの想像力の働かせ方が、セブンティーンアイスの場合は非常に特徴的なのだ。
データを集め、その情報に基づいて顧客のニーズを掴むことが現在では一般的だろう。セブンティーンアイスはそれだけではなく「実際に顧客と同じ体験をする」ということが、顧客への寄り添い方の大きな特徴をつくっている。ある意味ではアナログで、より深い想像力を働かせているということだろう。担当者は顧客と同じ体験をしつつ、想像を巡らせている。そんな想像力に基づいたリサーチだからこそ、顧客のニーズをより深く掴んだ商品が届けられているのだ。
日常に寄り添った存在として進化していく
このように、「想像力」を駆使して顧客のニーズを拾い上げるセブンティーンアイスだが、顧客とのコミュニケーション自体はどのようにして取っているのか。吉田氏は次のように言う。
吉田氏「直接お客様の声を確認したいときは、ツイッターなどのSNSでの書き込みを見ています。SNSではこんな場所に置いてほしいとか、こんな場所に売っていたので買った、という、普段なかなか聞くことのできないお客様の声を知ることができます。
また、グリコお客様センターに『この場所に自販機をおいて欲しい』というような声が多く届きます。それらのお声の中からお客様のニーズを捉え、新たな設置場所を発掘するヒントにしています。中には自宅の前に置いてほしいなどの直接的なご要望もあったりしますが、公園の前や学校の前であればお声をいただいたお客様に加え多くの方にも喜んでいただけると思います(笑)」
お客様センターへ寄せられる要望のなかで、ここ最近増えているのが、学校からの声だという。
吉田氏「最近多いのが、自販機を学校において欲しいという要望です。もともとセブンティーンアイスは、当時子供向けのイメージが強かったアイスクリームを『17歳の学生でも食べたくなるおしゃれなワンハンドアイス』というコンセプトで打ち出したブランドです。ですが、実はこれまで学校にはほとんど設置されて来ませんでした。
その理由としては、『生徒のマナーへの懸念』と『教育に必要ないという考え』によるものが大部分でした。これまでは先生とじっくりご商談させていただくことが難しい場合が多かったのですが、コロナによる休校などで先生サイドにも若干時間的余裕が生まれ、先生の考えや懸念を把握する機会に恵まれ、改善提案をするチャンスを掴むことができました。
改善提案としては、懸念解決を教育の一環にしてしまうというものです。生徒の自律性を喚起するということです。たとえば、マナーの問題については、食べ方や食べる時間について生徒さん自身にルールを決めさせて運用させれば、それも教育になりませんか、と先生に提案しています。実際、生徒会がマナーについてのポスターを作った学校もあります。3年前から、生徒の皆さんと私たちの協働で、セブンティーンアイスのスティックのアップサイクル取組も実施しています。こうした取り組みはSDGsの教育に繋がるということで、学校関係者の方にも非常に好評です。他にもキャリア教育の一環で、生徒の皆さんと協働でセブンティーンアイスを設置する活動をしました。具体的には売れると思うロケーションを発掘し、提案書を作成、市役所への提案を実施し公園で設置成功となりました。
こうした取り組みを行なってきた結果、現在学校への設置台数も増えています。その半分以上が、ここ数年で設置されているんです。セブンティーンアイスは幅広い世代の方に知られ、愛着を持ってもらっているブランドだからこそ、こういったアプローチに対しても、先生から生徒さんまで前向きに取り組んでもらえているのではないかと思います。こうした事例がどんどん積み重なっていくと他校でも導入しやすいと思います」
さまざまな場所で、さまざまな顧客とのコミュニケーションを行ない、長い歴史の中で人々に愛されてきたセブンティーンアイス。担当者は、今後どのような未来を思い描いているのだろうか。井上氏は、より充実した顧客とのコミュニケーションを目指していくという。
井上氏「自販機ですと、どうしても直接の接客の機会がありません。そこで、お客様のリアルな声をしっかり集めることに力を入れるため、4月にファンコミュニティを立ち上げたところです。あるフレーバーのファンの方がどんな価値観を持っているのか、ある場所でセブンティーンアイスを買っている人がどんな思いで使っているのかというファンの声を拾い、それを新しいファンの方に伝えることができるようなコミュニティになるといいなと思っています。
それと、これからはデジタルマーケティングも強化していく予定で、6月にはセブンティーンアイスのアプリもローンチしました。これは、アイスを買っていただいたときにマイレージのようなポイントが貯まるというもので、当社としては、アプリを通じてどんな人がどのような場所でアイスを買っているのかがわかります。接客だと、この人は常連さんだな、ということがわかるじゃないですか。でも、自販機だとそれが分からないので、データも活用しながらお客様を理解したいし、普段ご購入くださっているお客様も、獲得したマイレージでキャンペーンの応募やイベント参加などに活用いただき、よりセブンティーンアイスを身近に感じていただければと思っています」
吉田氏は、セブンティーンアイスをより身近な存在として感じてもらうために進めている設置場所の選定と狙いについて語る。
吉田氏「今後は、より日常的なスポットにも設置していきたいです。今、狙っているのはマンションです。コロナ禍により外出が控えられ、家での時間が増えました。人自体が減っているわけではないので、人が留まっている場所に置いてみたら売れるのではという単純な発想です。ただし、オフィスなど固定客をターゲットにする業態は売れないため、マンションもその意味では懸念がありました。一方でスイミングスクールなど子供の固定客業態では売れています。つまり、固定客がターゲットでも、子供が多いマンションに狙いを定めることで、需要が見込めるのではないかと考えたんです。
Twitterの感想を見ているというお話をしましたが、不思議なことにいろんなとこに設置しても、場所についてツイートされることはあまりない。味のことがほとんどです。でも、マンションに設置すると、大体『マンションに設置された』と投稿されるんですよ。これまでボウリング場やゲームセンターなどの非日常的な場所にあることが多かったセブンティーンアイスが、マンションという日常空間に現れて驚きがあったのだろうと思います。だから我々としても、普段なかなか直接的にお客様の反応に触れることがないなかで、そのように言われるとセールスのモチベーションも上がりますよね。これだけ喜んでもらってるんだということを感じると、そうした場所への設置を伸ばしていきたいと思います」
より日常に密着したかたちでのブランド展開。「マンションといえば、セブンティーンアイスの自販機がある」と私たちが認識するようになる日も近いのかもしれない。このような取り組みを通じて、セブンティーンアイスは、私たちの生活にもっともっと密着するのだろう。さまざまなかたちで私たちとコミュニケーションを図り、生活者とアイスの関係を結んできたセブンティーンアイスは、今後どのように私たちの目の前に現れるのだろうか。なんだかアイスが食べたくなってきた。
撮影協力|東京ポートボウル
執筆/谷頭和希 撮影/濱田晋 編集/浅利ムーラン、鶴本浩平(BAKERU)