夫から妻に「いつもありがとう」と感謝する。
娘から母親に「大好きです」と愛情を伝える。
身近な誰かに世界でひとつの絵本形式の手紙を送れる『シカケテガミ』が、ファンを増やしている。
ローンチは2019年。「プロポーズに」「結婚記念日に」「母の日の贈り物に」、あるいは「成人式の日に親へ」と多彩な用途で使われ、今や月刊2000冊ものオーダーがある。新たに「寄せ書き」サービスも立ち上げ、その先には海外市場も視野に入れているという。
今、この時代に、身近な人の心をつなぐ、ツールが支持される意味とは?
照れることなく身近な誰かに思いを伝えたくなる、巧みな仕組みとは?
言葉にするのは恥ずかしい、を超える手段
「ありがとう」
「うれしいな」
「感動しました!!」
感謝の言葉やホメ言葉を、わたしたちは初対面の相手や取引先が相手であれば、いかにも気軽に口走ることができる。
しかし、家族や恋人のような身近な相手となるとどうだろう?
「そういえば、ずいぶん言ってないな」なんて思う人も少なくないはずだ。そのくせ心の奥底には、罪悪感も愛情も同時に居座っている。要は伝えたいのに気恥ずかしくて、素直に気持ちを表に出せないのだ。
このジレンマを解消したのが、レターギフトサービス『シカケテガミ』だ。

市販の絵本と比べても見劣りのしないハードカバー製本が、シックな配色の専用ギフトケースに入って届く。
コンセプトは「いい大人のラブレター」。最大の特徴は、カスタムオーダーでつくるオリジナルの「絵本」形式の手紙が送れることである。
仕組みは、こうだ。
まずは『シカケテガミ』のサイトで、「パートナー」宛か、「子ども」宛か、「親」宛かを選ぶ。次に自分とパートナーの名前を入力する。画風の違う絵本作家を選んだうえで、その自分と相手の顔を、アバター形式で作成する。
その後、20〜30パターンほど用意された選択式ストーリーの中から、自分が最も共感できる「選択文」を選んでいく。加えて、気持ちを込めた「自分の言葉」も自由に書き込むことができる。
最後に遊び心あふれる「帯」の推薦文を選んだら、制作は終了だ。早ければ10分もかからず、世界でひとつの絵本手紙が完成。あとは贈りたい相手の住所を記入して、料金(6050円~)を支払えば、1週間~10日ほどで、オンデマンド印刷された、A5サイズ(34ページ~)ほどの「絵本の形をした手紙」が指定の住所宛に届く。

誕生日のプレゼントとして。出産記念や、子どもの卒園/卒業式の記念に。サプライズとしてなど、いろいろなオケージョンで使用されることが多い。(写真提供|ネイチャーオブシングス)
父や母からの無償の愛に対する「ありがとう」の言葉。照れくさくて避けてきた、パートナーに対する「一緒にいられてうれしい」感情。
言葉にするのが気恥ずかしかった、そうした心のうちも、「絵本」のストーリーにならば客観性を持たせられる。絵本のキャラクターに代弁させれば、まっすぐな言葉をてらいなく伝えやすくなる。
いわば「絵本」は手段。伝えたい気持ちをビジュアル化することで、ストレートに感情を言葉にする気恥ずかしさを薄めてくれるわけだ。
「着想のひとつは、LINEなんですよ」と、『シカケテガミ』の発案者でサービスを運営しているネイチャーオブシングス代表取締役の濱本智己氏は明かす。
濱本氏「LINEなどのコミュニケーションでもただ言葉だけで伝えようとするとストレートすぎて躊躇します。けれどキャラクターのスタンプを入れるだけで、妙にハードルが低くなりますよね。同様に絵本というビジュアルを手段として取り入れることで、手紙という文字で伝えるコミュニケーションのハードルを低くしたんです」

株式会社ネイチャーオブシングス 代表取締役 濱本智己 氏
娘が生まれて芽生えた、感謝の気持ちと死への意識
『シカケテガミ』の起点は9年前、濱本氏に娘が生まれたことだった。
濱本氏「娘が生まれたばかりの頃、緊張してうろたえる自分がいる一方で、母親としてしっかりふるまう妻の偉大さをまず痛感したんですね。同時に自分を育ててくれた両親に対する思いもあふれてきた。
けれど、その割に、これまで妻にも両親にも、感謝の気持ちや愛の言葉を伝えたことはほとんどなかったんです。僕自身が、典型的な“シャイな日本人”だったので」
加えて、子どもの誕生によって「生」を強く意識すると同時に「死」も意識せざるを得なくなったことも背中を押した。
「自分が死んだら、この子はどうなるのか」「両親が亡くなったら、自分はどう感じるのか」。抗えない未来を思うと「なんとなく気恥ずかしい」なんて理由で、大切な誰かに気持ちを伝えないのは、人生の後悔につながると強く感じたという。
後悔なく、恥ずかしさもなく、思いを伝えるには――。
そしてLINEなどから着想を得て、絵本という手段を使った新しいレターギフト『シカケテガミ』が生まれた。2019年、最初は自身が勤めていた広告代理店の新規事業として立ち上げ。2年後には、事業譲渡を受け独立した。

パートナーへ、親から子へ、子どもから親へと贈り主と受け手の関係ごとに体験を設計してサービスを展開している。
派手なプロモーションなどは一切しなかったが、ユニークなサービスがメディアにも多く取り上げられ、じわじわと利用者が増えた。今ではコンスタントに月2000冊はオーダーが入るほどに。プロポーズや結婚式、または結婚記念日などのタイミングで、サプライズギフトとして使われることが多いという。
濱本氏「僕と同じように、『気恥ずかしいけれど、気持ちを伝えたかった』という方々の心の琴線に触れられたのだと思います。ただ、中にはもっと気軽に、『恥ずかしさのハードルがないギフトサービス』ではなく、『新しい表現のコミュニケーションツール』として使っていただけているようです」
もっとも、『シカケテガミ』は、単に絵本スタイルで手紙をアップデートしたワンアイデアだけでここまでユーザーを増やしたわけではない。巧みなサービス設計の“しかけ”と、その人の心理を考え抜いた細心の心配りこそが、効果を発揮したように思える。
いくら「絵本というビジュアルを取り入れることで、感情を伝える気恥ずかしさを打ち消した」といっても、実際に絵本の手紙をつくるプロセスで、恥ずかしさや手間を感じさせてしまえば、贈り手の心は冷め、離れてしまうからだ。
濱本氏「そう。絵本スタイルの手紙、というプロダクトの面白さに注目されがちですが、実は、贈り手の“制作プロセス”をもっとも重視して、サービスを設計しました」
「絵本を作りながら、ずっと泣いていた」
たとえば『選択式でストーリーを決められる』ことがそれだ。
絵本の話をイチからつくるのは極めて難しいし、贈り手にとっても手間と時間がかかってしまう。気持ちを伝えるよりも先に、面倒くささがハードルになっては元も子もないから、なるべく簡便にしたわけだ。
もうひとつ、選択式ストーリーには、大きな狙いがある。選択肢を用意することで「過去を思い出すきっかけにする」ことだ。
手ぶらの状態で「大切なパートナーとの思い出を振り返ってください」「うれしかった記憶を思い出してください」などと問われても、すぐにあれが、それが、と浮かぶ人はそう多くはないだろう。しかし、ストーリーをつくる際に用意されたいくつかの選択肢は、忘れかけた記憶の呼び水になる。
パートナーへの感謝を伝えたい。そんな思いを抱きながら、『シカケテガミ』で手紙づくりをすると、こんな選択肢が目に入ってくる。
「ボクは不器用だから、ときどきぶっきら棒に見えるかもしれません」
「ボクは放っておくと、とっても面倒くさがり屋な怠け者です」
「ボクにはときどき上から目線でものを言ってしまう悪い癖があります」
その後「でも、◯◯ちゃんがいないと、ひとりではまったく生きていけないことは、ちゃんと自覚しています」とストーリーは続けられるのだが、直前に入るいくつかの選択肢を眺めると、文章がトリガーになる。忘れていた記憶が呼び覚まされる。「そういえば忙しさにかまけて、『ぶっきらぼう』な態度をとることあるなあ」とか、「去年の冬に、偉そうな物言いをして彼女を怒らせたことあったな」といった具合だ。
結果として、絵本のストーリーを考えながら、ごく自然に「彼女(彼)には、本当に大変な思いをさせてしまった」「自分より大人でいてくれたからこそ、今があるんだな」と自らの心にある相手への気持ちが、さらに高まっていく。
濱本氏「ですので、贈り手の方から『シカケテガミをつくっている最中、わたしのほうがずっと泣いていました』といったDMをもらう機会がとても多いんです。
いわば、学生の就活における『自己分析』と似ている。きっかけがないと、人は自らを振り返らない。しかし、就職のために自分自身を振り返ったら、そのプロセスがとても新鮮で自分を本気で見つめ直せたりしましたよね。『シカケテガミ』は、つくるプロセスで似た感情を抱く。そこにも価値を感じていただいているのかもしれません」
『アバターづくり』の設計にも、こだわった。
キャラクターは手描きイラストのアバターをやはり選択式でカスタマイズできる。もっとも髪型や輪郭などは選べるが、体型や細かな部分までは選択できない仕様とした。
濱本氏「選択肢が多すぎたら、迷って手間がかかるだけで、途中で離脱する人が増えると思うのです」
そもそも絵本に出てくるキャラクターが生々しいほど贈り手に似ていたら、やはり照れくさくもなって、気持ちを伝えるハードルが上がりそうだ。もらう側も、絵本の中身より強く「似ているか/似ていないか」に目が向いてしまっては、伝えたいことも伝わらなくなるに違いない。
濱本氏「ベストは『シカケテガミ』を受け取った方が、その本を読みながら『もしかして、このキャラクターって……あなたとわたし?』と途中で気づくこと。ページを進めてサプライズがあるくらいが心地良いと考えました」
少ない負荷で、過去の自分を顧みられる。相手への素直な気持ちを思い出して整理できる。もちろん、ちょうどいいサプライズを設定できる。『シカケテガミ』の制作プロセスは、極めて人の気持ちに寄り添った設計になっているわけだ。
義父が最後に残した願いを、新しいサービスに
SNSも『シカケテガミ』の人気を大いに後押しした。
以前は男性から女性に向けた『シカケテガミ』しか用意していなかったが、2022年から「女性から男性に送る」商品をつくりあげた。すると、想像以上に若い女性たちの支持を受けたという。
「シカケテガミという絵本でプロポーズされました!」
「誕生日のサプライズで、コレもらいました」
「世界にひとつのオリジナル絵本をプレゼントされた」
こうした書き込みがInstagramやTik Tokに飛び交い、自然と口コミの輪が拡がった。SNSに気軽にオープンにすることからも、若い世代ほど、感情を伝える気恥ずかしさは薄いのかもしれない。
濱本氏「昨年12月には、『娘から親に贈るシカケテガミ』をリリースしたのですが、こちらは成人式のタイミングで、新成人の方からオーダーと問い合わせが殺到しました。『自分の成人式に両親に贈りたい』『20年間育ててもらった感謝を伝えたい』と。自分が十代だったころには、考えられない(笑)。若い世代ほど、素直に裏表なく気持ちを表したい方が増えているのかもしれません」
逆にいえば『シカケテガミ』には「恥ずかしさを感じさせずに思いを伝える新しい手紙」なだけではなく、もっと広い層の心をつかむ伸び代があるともいえそうだ。
実際、すでに新たな展開を見せている。
2024年2月に立ち上げた『RETTEL(レッテル)』だ。シカケテガミのようにオンデマンド印刷でつくる本だが、絵本ではなく、似顔絵アバター付きの「寄せ書き」サービスだ。
転職や異動、退職などで組織の誰かがいなくなると、寄せ書きは頻繁におこなわれる。しかし、いつのまにか形骸化。「また寄せ書きか」「もう同じ言葉でいいや」とただの作業のように感じてしまっている人も多いはずだ。
濱本氏「そこで『RETTEL』ならまず簡単に寄せ書きができます。ウェブ上でメッセージを書き込み、テンプレートを選べばすぐに終わる。加えて、自分に似せたアバターをつくって、それをイラストにして本に載せられる。言葉と似顔絵がセットになっているので、もらうほうも楽しいし、つくる側も楽しめます」

メンバー一人ひとりが本の見開き1ページを担当する『RETTEL』は、似顔絵アバターのパーツバリエーションが豊富で、誇張されたテイストに思わずクスッとしてしまう。(写真提供|ネイチャーオブシングス)
その先もある。
『シカケテガミ』も『RETTEL』も、これまでは『ひとりからひとりへ』『ひとりからふたりへ』、あるいは『数名からひとりへ』贈るスタイルだったが、『ひとりから家族へ』『ひとりから大勢へ』のウォンツを満たす新たなレターギフトサービスを模索中だという。
これも、濱本さん自身の経験から生まれたアイデアだ。
濱本氏「昨年末、妻の父である義父が亡くなったのですが、亡くなる直前、僕に個別に連絡があって『自分から家族みんな宛に『RETTEL』をつくれないか?』と言われたのです。残念ながら完成を待たずに亡くなってしまったのですが……。同じように、家族に気持ちを伝えたいという方は必ずいると思うんです。またもっともっと違うタイミングで『秘めた思いを伝えたい』という方はいると思うんですよね」
伝えたいけれど、伝えられない。
伝えたいけれど、伝えられない。形は違えども『シカケテガミ』と『RETTEL』がこれからも大勢のそんなジレンマを解消していく。新しいコミュニケーションツールが、私たちの心と心を結びつけ、世の中を、今よりずっと優しくしてくれそうだ。
取材・文/箱田高樹 写真/須田マリザ 編集/鶴本浩平(BAKERU)