渋谷PARCOの9階に、知る人ぞ知る学びの場がある。第一線で活躍するクリエイターや専門家が、講師として若者に授業をする「GAKU」だ。建築家の伊東豊雄さんが主宰する「伊東建築塾」や家具デザイナーの藤森泰司さんによる家具の授業「自分の興味をカタチにする」をはじめ、その授業内容は多岐にわたる。
今回授業にお邪魔したのは、編集者・菅付雅信さんがディレクターを務める中学生向けのアート教室「東京芸術中学」。日本最高峰のクリエイターがゲストとして参加し、中学生と交流しながらクリエイティブを一緒に考える授業。この日のゲストは写真家の瀧本幹也さん。授業の様子をお届けするとともに、GAKUを主宰する武田悠太さんにGAKUを通して生み出したい体験は何か、話を聞いた。
(この記事は2021年9月21日(火)に発売された『XD MAGAZINE VOL.02』より転載しており、記事の内容は取材当時のものです)

GAKU
10代の若者たちが、クリエイティブの原点に出会うことができる「学び」の集積地。アート、映像、音楽、建築、料理など、幅広い領域で、社会の第一線で活躍するアーティストやデザイナー、先進的な教育機関が、10代の若者に対して、本質的なクリエイティブ教育を実施する。ディレクターには、writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)のデザイナー山縣良和氏を迎え、世界的評価を受けるファッション・スクール「ここのがっこう」などが集まり、感性、本質的な知識、自己と他者の原点を理解する精神を育むプログラムを構成する。

右/菅付雅信
編集者。株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年、宮崎県生まれ。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、編集からコンサルティングを手がける。著書に『はじめての編集』(アルテスパブリッシング、2012年)『物欲なき世界』(平凡社、2015年)など。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。
左/瀧本幹也
1974年、愛知県生まれ。94年より藤井保氏に師事。98年に写真家として独立し、瀧本幹也写真事務所を設立。広告写真やCM映像の制作に加え、12年からは映画の撮影にも取り組み、是枝裕和監督作品『海街diary』『三度目の殺人』、Netflixシリーズ『阿修羅のごとく』、iPhone短編映画『ラストシーン』などで撮影監督を務める。国内外での作品発表や出版など幅広く活動を展開。
芸術作品に触れ、自分でも表現することで本気のクリエイションを学ぶ
「東京芸術中学」は毎週土曜日に開催されるアートスクール。受講期間は半年間からで、塾のように毎週同じ生徒が顔を合わせる。ゲストは2回以上参加し、1回目は自身の作品をレクチャーしながら、自らが考えるクリエイションとは何かを伝える。 2回目ではゲストが出した課題に、中学生が取り組み、ゲストが講評するというスタイル。この日は、瀧本さんによる2回目の授業。課題は「自分なりに東京オリンピックを撮ろう!」であった。
「様々な観点から物議を醸しているオリンピックですが、情報を自分なりに解釈し、自分なりの考えを写真で表現してみてください」と授業の冒頭に、瀧本さんから課題に込めた思いがあらためて語られて生徒の作品への講評がスタート。フォーマットなどの細かい指定はなく、「課題に沿って3枚の写真を撮ること」だけが事前に伝えられている。
この日GAKUに集まった中学生は8名で、オンライン参加が2名。計10名の生徒が、プレゼン形式で瀧本さんに作品の意図を説明する。まず驚いたのは、菅付さん、瀧本さんと生徒との距離の近さだ。先輩や仕事仲間のように、上から目線にならず談笑している。そんな二人が、生徒の説明をよく聞いて、良いと思ったところを丁寧に解説。「この授業で伝えたかったのは、写真を撮るという意識で街を歩くと、世の中の捉え方が変わるよね、ということです。ただ漠然と街を歩いているだけでは、今回の課題に沿った写真は撮れないだろうし。自分の視点をもつ、ということに期待して課題を出したので、写真の細かな技術はどうでもいいんです」と瀧本さん。たしかに瀧本さんからのフィードバックにおいて重要視されていたのは、「写真の出来栄え」というよりは、「自分は何を考えてその写真を撮ったのか」であった。

続けて菅付さんがそこに込めた意図を説明してくれる。
菅付さん「今、僕らが生きている21世紀の芸術って、現代美術、現代音楽、コンテンポラリーダンスと呼ばれるようなもの。制作物としての美しさはもちろん大事ですが、まずそれよりも“考え方が新しいか”が大事な価値観ですよね。その人なりの美しさや新しさを自分で考えて表現できる面白さに、徹底してフォーカスしていますね」
そもそもこの授業を菅付さんが開講しているのは、日本のアート教育が遅れているという危機感に由来するそう。欧米では中学・高校からアートスクールがあり、素地をもった上で美術大学に入学するが、日本では美大に入って初めて「アートとは? デザインとは?」を考えはじめる人も多いという。実際に日本の美術大学での講師経験もある、菅付さんならではの実感だ。そして授業を通じて菅付さんが、体験してほしいことは2つある。ひとつは、表現を見て「すごい!」「美しい!」と思える感受性を養うこと。だからこそ、日本のトップクリエイターを講師として招いている。もうひとつは、自分の考えたことを複数の人にわかるように伝えること。そのため、生徒たちが作品をプレゼンテーションする授業方式を取っているという。

菅付さん「まずはアートとかカルチャーに魅力を感じて狂ってほしいんです。その原体験こそが、クリエイションの源泉ですから。今日の授業の冒頭にも瀧本さんの作品を流しましたけど、『美しいなあ。でも、なんで自分はこんなに美しいと思うんだろう?』とどんどん自分のなかで、体験を深めてほしいからです。そして早くからクリエイティブな仕事の仕方に慣れることも同じくらい大切だと思っています。グラフィックデザイナー、コピーライター、編集者など、どんな仕事でも共通しているのは、何かお題を与えられたことを、自分なりに考えて、かたちにして、複数の人に伝えることじゃないですか。早い人は中学卒業から数年後には、そういう世界に入っていく。だからこそ、ここでの体験を肥やしにして、クリエイティブの世界を面白くしてほしいんですよ」
菅付さんも瀧本さんも、生徒を子どもとして見ず、ひとりの人間として尊重していることが、授業の端々からも感じられる。もっと言えば、同じ課題に取り組むクリエイター仲間として接しているようにも見えた。そんなふうに、誰かと一緒に、本気でモノづくりをするなかでしか“学び”は生まれないことを、「東京芸術中学」の生徒たちは意識せずとも身体に刷り込んでいるのだ。
クリエイションに正解はない。一人ひとりに寄り添うことが「GAKU」の意義
一方、他の授業の様子はどうなのだろうか?GAKUを主宰する武田さんは「いろんなクリエイションが出ることを歓迎するムードは共通しています」と話す。

武田悠太
東京の老舗衣料品問屋の4代目として生まれ、慶応義塾大学卒業後、アクセンチュア株式会社戦略コンサルティンググループに入社。医療、公共領域の新規事業立案、業務改善、政策提言などのコンサルティング業務に従事する。2014年、実家のグループ会社の経営に参画、2016年ログズ株式会社を設立。以後、衣食住学という4分野に事業を拡大。DDD HOTEL(ビジネスホテル)、PARCEL(アートギャラリー)、nôl(実験型キッチンスペース)、GAKU(10代向けクリエイティブ教育)、EASTEAST_(アートイフェア)、alter.(プロダクトデザインのイベント)等を展開中。
武田さん「20代のクリエイターが講師を務める授業も多くて、『10代の子どもたちとの交流を通して、まだ見ぬクリエイションをどう生み出すか?』というモチベーションが高い気がします。今日の授業で菅付さんも瀧本さんも、一人ひとりが違うこと、視点があることをとにかく褒めていましたが、要は正解を教えようとはしていないんです」
なぜ正解を教えずに、一緒にクリエイションすることを大事にしているのか。それは、時代として「あなたはどういう人間なの?」という根源的な部分を求められることが多いからだ。
武田さん「具体的に言えば、あらゆるものが情報として普及してきているので、スキルを身につけるまでの時間は短くなっていると思います。たとえば、カメラの操作方法、動画の編集の仕方、DJツールの使い方、それら全てYouTubeの動画で上がっていますよね。そのような社会になってくると、どのクリエイティブ業界でも求められるのは、『君は何をつくりたいの?』ということで、突き詰めると『あなたはどういう人間なの?』となります。だから正解を教えてもしょうがないと思うんです」
そして、型通りの答えは求めていないからこそ、講師に求めるのは、一人ひとりの生徒に人間として向き合うこと。つまり、点数をつけるのではなくて、生徒がもっているものを理解して、アウトプットを引き上げることだ。それを構造的に形成するため、オフラインで少人数の授業にこだわっているという。
武田さん「クリエイターが直接触れられる距離にいることをとても大事にしています。人間として向き合うって、大人数に対してオンラインで実施するのは難しいと思いますから、一番多い授業でも15人ですね」
オフラインにこだわるもうひとつの理由は、生徒にいろいろなネットワークを自分たちで構築してほしいということ。
武田さん「世代として団結してほしいなと思っているんです。今最前線で活躍している人を講師として呼ぶので、その人たちに世代ごと面白がってもらって、どんどん新しい価値観を日本につくっていく。言葉は幼稚かもしれませんが、学びを通して“友達作り”が実践できる場でもあるんですね」
こうして濃い交流をGAKUで続けてきたことで、現代の子どもたちの価値観も見えてきたと武田さんは言う。
武田さん「今の10代くらいの世代に対して、やりたいことがないって論調も多いけど、それに答えるとすると、ただ『空気を読んでいるだけ』なんですよ。打ち解けてくると、みんなこぞって言うのは『キャラを演じています』と。演じ続けて、やりたいことをずっと隠した結果、やりたいことが見えなくなってしまっているんじゃないか、と思っています。その前提に立つと、GAKUに来る子どもたちは、モチベーションが高い自分を演じている人かもしれません。でも僕らは20人も入ったらいっぱいになるようなスペースしかありませんし、あくまでもその子たちがもっと素の自分に向き合って、新しいことができるようなサポートをしていきたいと思っています」
自分自身と向き合う場をどのようにつくるか、これも前向きな回答のひとつなのだろう。オンラインのメリットが先行する時代ではあるが、顔を突き合わせた学びでしか、得られないものも確かにある。
取材・文/koke1 写真/中川淳




