2018年8月28日、Plug and Play Shibuyaにて『Fashion&Cosmetic × Tech – 未来の顧客体験の創り方とは』が開催された。
さまざまな領域でテクノロジーが活用され新たな顧客体験が創造されている中、本イベントではFashionやCosmetic領域へフォーカス。テクノロジーを通して生まれる新たな顧客体験を、各領域の第一線で活動する面々が解き明かしていった。
本記事ではイベント内から、特に顧客体験にフォーカスされた内容をお伝えしていく。『テクノロジーと顧客体験』をテーマに語られた本セッションに登壇したのは、テクノロジーを活用しつつ、顧客接点を持つビジネスを展開するトッププレイヤーの3名だ。
テクノロジーはどのように顧客体験をアップデートするか
セッションはそれぞれの自己紹介からはじまった。
1人目は、LDH JAPAN ChiefDigitalOfficer 執行役員 デジタルマーケティング部 本部長 長瀬次英氏。長瀬氏は前職のロレアルでCDOを3年弱担当した後、2018年8月にLDHのCDOに就任。これからLDHのもつ様々なチャネルにおけるテクノロジーの活用を推進していこうとしているという。
長瀬「LDHはEXILEのイメージが強いかも知れませんが、エンターテインメントの企業です。学校やレストラン、ファッションブランドなどを多数展開しており、実は普段利用していたお店がLDHだったというお話もよく伺います。今日はこういった多様な接点を統括したテクノロジーと体験のお話をできればと思います」
日本一のCDOは“現場”を最重要視する。LDHが考えるCXに本当に必要なデータとは —— #CXDIVE LDH CDO長瀬次英
2人目は、株式会社MTG SIXPAD STATION ビジネスディレクター 伊藤宏紀氏だ。MTGはBEAUTY・WELLNESS領域でテクノロジーを活用し様々なプロダクトを展開している。その中で伊藤氏が現在取り組んでいるのが『SIXPAD』だ。
伊藤「私が現在担当しているのは、トレーニング・ギアの『SIXPAD』です。フットボールプレイヤーのクリスティアーノ・ロナウド選手が共同開発パートナーを務めており、テレビCMでご存じの方もいらっしゃるかも知れません。オンライン・実店舗と展開し、現在は、2018年7月にオープンしたEMSトレーニング・ジム『SIXPAD STATION』を主に担当しています」
3人目は、株式会社三越伊勢丹 執行役員 百貨店事業本部 販売戦略部門長 藤森健至氏。藤森氏は自身のキャリアをもとに、人と向き合うことの必要性を述べた。
藤森「私は元々12年間人事としてキャリアを積んできました。合計で約3000人を面談し、人がどういうことを考え行動をするのかを突き詰め続けてきたので、基本的にはビジネスも人事視点で見ています。今日はデジタルの話が主になると思いますが、私からは人と向き合うことの重要性についてもいくつかお話しできればと思っています」
顧客を理解する手助けをする、テクノロジーの役割
自己紹介の後、藤森氏が語った「人と向き合う重要性」についてそれぞれの考えが語られた。
三越伊勢丹は、百貨店の中でもかなり先進的な動きを見せ、これまでも数多くのテクノロジーを用いた施策を展開してきた。藤森氏はそれらの施策を振り返りつつ、顧客体験においてテクノロジーはあくまでツールでしかない旨を語った。
藤森「三越伊勢丹は、2015年頃から様々なテクノロジーを用いた施策を展開してきました。そのなかで学んだことは“顧客視点”こそが最も大切であることです。『この技術があればこんなことを提供できる』ではなく、いかに顧客を知り、優れた体験を提供できるかを、まずは考えなければいけません」
藤森氏は、顧客を知るという点で、百貨店という場所にある強みがあると考える。それは、数多くの販売員を抱えるという顧客接点があるからだ。
藤森「ファッションは、その人が自分の内面にある一番見せたい面を外に表すツールです。ただ、自分自身を理解すること、自身の本当のニーズを知ることは簡単ではありません。そこに販売員がいれば、対話を通して顧客の潜在的なニーズを掘り下げ、引き出すことができます。その接点こそが百貨店における重要な体験価値になるのです」
年間数千万人もの人が訪れる旗艦店なども考えると、全てに優れた体験を提供するのは容易ではない。そこで、体験をより良いものにする手助けをするのが、テクノロジーの役割だ。
藤森「たとえば、『PTAの会合に行くので紺色のカーディガンが欲しい』というお話を伺ったときに、紺色のカーディガンを探すのではなく、『なぜ、紺色のカーディガンなのか』を考えるのが販売員の仕事です。そのために、効率よく情報を取得し、より顧客を理解しやすくなる手助けをするのがテクノロジーの役割になるのです」
たとえば、どの店舗でどのようなアイテムを手に取ったかといった行動データが取得できれば、顧客が必要なのは「品があるが、派手すぎないアイテム」だとわかるかも知れない。そのときに「織りのキレイな羽織り物」をいくつかレコメンドできるのはレコメンドエンジンには難しい。
単に顧客に新しい体験を届けるだけでなく、既存の体験をいかにテクノロジーを通してアップデートしていくか——常に顧客と接する百貨店だからこそ求められるテクノロジーの活用といえる。
デジタルは『顧客に近づくこと』と定義する
藤森氏の話を受け、長瀬氏が担うCDO(Chief Digital Officer)の役割に話が展開した。デジタル部門の最高責任者というと、顧客とは遠い存在のようにも思える。しかし、長瀬氏は、デジタルは顧客のためにある、と語る。
長瀬「皆さん、“デジタル”とは何だと思いますか?この問いに答えるのはなかなか難しい。CDOの役割は、これに答え続け、社内にその認知や重要性を浸透させることです。私は、デジタルを『顧客に近づくこと』と定義してきました。顧客を知り、顧客に近づければ、ビジネスも成長させられる。『デジタルを通して、より顧客を知る』というマインドを全社に浸透させることが、私がCDOをとして注力してきたことです」
長瀬氏も藤森氏と同様、デジタルは顧客を知るための手段であると考える。LDHの場合、主軸はエンターテイメントだ。その中ではデータと人のニュアンスの双方が上手くかみ合うことが大切になる。
長瀬「ライブでパフォーマンスをするメンバーは、顧客を熟知しているか?というと、必ずしもそうではありません。もちろん、ステージ上で見続けているので、ニュアンスは理解していますし、顧客の反応に合わせ、ライブの曲順を変えるといったこともしています。
そこにいる一人ひとりがどんな人かまでを知るのは難しい。デジタルがあれば、そういった顧客の解像度を上げることができる。得られるデータとステージから感じられるニュアンスの双方があれば、ステージに立つメンバーは新たな体験を提供できるかもしれない。デジタルを上手く使うことで、より顧客を知り、次の一手を考えるきっかけになるのです」
顧客体験を考えチャネルを展開する
テクノロジーをいかに顧客体験へ結びつけるかという両者の話の後は、伊藤氏へ話が移る。
伊藤氏からはSIXPADにおける顧客体験の変遷が語られた。MTGはフィジカルのプロダクトを作るため、中長期での成長を見越し開発を行っている。その中では、世の中の動きと顧客の気持ちを踏まえ、展開するマインドを強く持っているという。
伊藤「MTGでは様々なテクノロジーを活用しつつ、いかに世の中へ受け入れられるかを顧客を見ながら、考え続けています。たとえば、SIXPADの場合『本当に効くの?』という顧客の声が非常に強く出る。それを踏まえ、信頼へ繋がるアプローチを模索してきました」
SIXPADは、まず過去の傾向等を踏まえオンラインで展開をスタートした。そこである程度利用される下地を作った上で、テレビCM等マスメディアを使い一気に認知を拡大。関心を持ってくれる人を取り込む。ただ、ある程度拡大してくると、『本当に効くの?』という声も増えてくる。
伊藤「顧客の『本当に効くの?』という声に応えるため、1年ほど前に実店舗の展開をはじめました。SIXPADのみを扱う希有な店舗形態なのですが、着実に成果をあげ、店舗数も増やしていきました」
SIXPADは、オンラインからオフラインへチャネルを広げ、実際に効果を体感できる状態にした。しかし、ここに来ても『本当に効くの?』という声には答え続けないといけない。そこから導き出したのが、7月にオープンした『SIXPAD STATION』だ。
伊藤「ジムは会員制のサービスで、継続的に体感していただくことになりますから、成果に嘘はつけません。SIXPADが本当に効果があることを伝えるのには、これ以上ない体験だと思っています」
いずれのフェーズにおいても、顧客の状態と、潜在的なニーズ、声を理解した上でブランドを展開してきたのがSIXPADの強みだ。だからこそ、確かな信頼を勝ち取り、次のフェーズへと移れてきた。
百貨店、エンターテインメント企業、ブランド開発カンパニーとそれぞれ立場の違う三者が並んだ本セッション。アプローチやマインドセットは違えど、共通して語られたのは、顧客をより理解することの重要性ではないだろうか。
いずれも、テクノロジーを活用することに長けた面々でありながら、それはあくまで手段として扱う。まずは顧客を理解することを徹底的に突き詰め、そのさきに販売であったり、商品展開へと接続させていく。この考え方はFashionやCosmeticといった領域に限らず重要になるマインドではないだろうか。
長瀬氏はセッション中、Fashion/Cosmetic Techという今回のテーマに対し以下のように言及している。
「テクノロジーで、FashionやCosmeticという領域にアプローチしているというより、テクノロジーでより“人”へ近づいているのではないでしょうか」
人へ近づくことで、周囲にあるあらゆる領域へテクノロジーが広がっていく。全ての中心にあるのは人でしかない。いかにそれを理解するかが、領域問わず重要になるのではないだろうか。