コロナ禍に『発酵デパートメント』をオープンした店主が、先の見えない生活の中で気付いた気持ちをつづる。
2020年の4月1日のとんでもないタイミングで下北沢に発酵専門店『発酵デパートメント』をオープンしてしまった。
新型コロナウイルスの脅威によりゴーストタウンになった代田の街で、オープンしたきりそのまま潰れてしまうのではないか…と諦めかけたが、緊急事態下でわざわざ店に訪ねてきて調味料や食材を買ってくれるお客さんが多いことに驚いた。告知もロクにできない状態で、どこからか噂を聞きつけたご近所さんたちに接客するなかで気づいたことがたくさんあった。
僕の店では、お味噌や醤油などの定番調味料の他に、自分で発酵食品を仕込めるDIYキットを販売している。4月半ばの平日昼に入荷した手作り納豆キット、何気なく店頭に置いておいたらなんと一日で売り切れてしまった。
「お、納豆。家でつくれるんだ」
と、学校が休校になった親子連れや、リモートワーク中とおぼしき若いカップルが次々にわりとマニアックな手作り納豆キットを手にとっていく。
「あの、2~3日面倒みないといけないし、そんなに簡単じゃないですよ?」
と不安になって念押しすると、
「毎日ずっと家にいるのでちょうどいいです。楽しそう」
むしろめんどくさいの、ちょうどいいです!というテンション。
考えてみれば。緊急事態前の忙しい日々では、自炊はじめ家事の基本は「時短、手軽、効率的」。ところが日がな家にいて、通勤や煩わしい人付き合いから開放されてみると今度は時間を持て余す。そんな時勢は、どうやら発酵の出番らしい。
納豆キットの他にも、ぬか漬けキット、手前味噌キットと次々と「めんどくさいキット」がごくフツー(たぶん)のご近所さんに売れていく。仕込みが終わると、今度は醤油や漬物を買いにまた店に来て「納豆やぬか漬け仕込んだら、なんか生き物育てている気になって…発酵って面白いですね」と嬉しそうに言う人もちらほら。
確かにただの大豆が糸を引いたり、麹がプクプクしていく様子は目に見えない生命の面白さを感じる。時間もかかるし必ずしも安くもないが、つくるプロセスそれ自体に楽しみと学びが詰まっている。経済生産性だけに追われる状態から解き放たれると、人は「育てる欲」が芽生えるのではないか。
このコロナ禍において、発酵は免疫機能に良い影響ありそう…とメディアでは吹聴されているが、健康機能よりもむしろ、暮らしの足元にあるものを育てたい、愛でたい、という欲求の受け皿が発酵なのではないかと僕は思っている。
執筆:小倉ヒラク 編集:BAKERU
ロゴデザイン:LABORATORIES イラスト:青山健一