「人生観が変わりました!」
例えば従来のヨガのレッスンで、参加者からここまで熱い感想が届くことはそう多くないだろう。ところが、個人間のサービス提供を支援する「MOSH」には、こうした声がエンドユーザーから続々と届いているという。
現在、MOSHはヨガインストラクターやダンサー、音楽家や着付け師まで多種多様なサービス提供者が利用。特にコロナ禍に突入して以降は、オンラインレッスンが爆発的に伸びている。
事業のミッションに「情熱がめぐる経済をつくる。」と掲げるMOSH。多くのサービス提供者に支持され、またエンドユーザーにエモーショナルな影響をも与えている理由は、この「情熱」というキーワードにありそうだ。MOSHを創業した籔和弥氏に、事業の背景にある思いを聞いた。
予約や決済管理、オンラインレッスン設定も容易な「MOSH」
ネットを介して、CtoC、つまり個人間取引は大きく広がった。商材は物理的なモノに留まらず、フィットネスや美容など、形のないサービスの売買にも拡大。その個人間取引を支援する「CtoCサービスEC」も登場している。
2018年にローンチしたMOSHは、現在サービス提供者、エンドユーザーとも急速に規模を拡大しているCtoCサービスECだ。3年目の現在、200職種以上、1万5,000人以上のサービス事業者が利用。特にコロナ禍ではオンラインでのサービス提供が大幅に伸びており、10月時点の予約取引件数は昨年の約10倍となっている。その伸長は同じCtoC領域でも注目を集め、モノを扱うCtoCプラットフォームのBASEからも出資を受けている。
サービス提供者は、スマホからわずか3分で、予約や決済、レビュー紹介などの機能を備えた自分のウェブサイトを無料で作成できる。リアルな場でのレッスンやセミナーの管理はもちろん、オンラインなら日時設定と同時にZoomのURLが発行され、参加者に自動で送付される。他のサービスを販売できるプラットフォームと比較しても、MOSHは早くからオンライン化をスムーズにする仕組みをサービス提供者、エンドユーザーの双方に整備していた。
オンラインでのサービス提供は、働き方の選択肢を増やすことにつながっている。例えばダンサーのIG 田中愛二郎氏は、自身がダンサーとして海外でのMV撮影などに参加中も一般向けのダンスレッスンを継続し、多くのファンに支持されている。
オンラインなら、商圏を一気に広げて収益を拡大することも可能だ。MOSHを2年前から利用する、あるパーソナルスタイリストは、二児の母で働く時間が制限される中、オンライン講座を始めて月商が20万円から250万円まで伸長したという。こうした事例は、オンラインでのサービス提供が容易なMOSHでは少なくない。
加えて、コロナ禍を機に多くのサービス提供者がオンラインでの展開を模索した結果、サービス事業者の職種の幅も広がっている。MOSHを創業した籔氏によると、以前はあまり見られなかった、楽器のレッスンやカメラマンによる撮影講座などがオンラインで登場しているそうだ。
籔氏「以前から用意していたサブスクリプション型の仕組みの導入も、この数カ月で急増しました。クローズドのインスタライブを使った毎週のフィットネスや、毎朝15分の瞑想など、提供側のアイデア次第で形式もさまざまです。
同時にエンドユーザーの視点でも、思い立ったときに自宅にいながら気軽にサービスを受けられることや、それがサブスクになり生活に根づいて、ライフスタイルも変わっていく体験が受け入れられているのだと感じています」
人は、人と出会うことで変われる
MOSHが他のCtoCサービスECと大きく異なる点は、個々人のサイトが独立しており、MOSHという名前のサイト内で検索できるようなポータルサイトの仕組みにはなっていないこと。そして、サイト開設自体の月額課金などがなく、サービスが購入された際の手数料も他のプラットフォームで20-30%もするところ、MOSHは8%と圧倒的に低いことだ。
この2つは、表裏一体となっている。ポータルに集客する必要がないため、MOSH自体の宣伝費がほぼかからない。だから提供側の負担が少なく、MOSHの利用を続けられる。集客の動線の主な起点は、サービス提供者のSNSだ。
とはいえ、このようなビジネスモデルを着想したから、MOSHを創業したわけではないという。籔氏が注目したのは、個性豊かなサービス提供者のSNSに、すでに多くのファンが集まっていること。個人の魅力に対する支持を、「この人のレッスンを受けられる」という選択肢につなげて、サービスの授受という「経済」に転換すれば、サービス提供者の収益化を助けられると考えたそうだ。同時にエンドユーザーに対しては、「サービス提供者の情熱に触れ、生活や人生が変わる」という体験をしてもらいたい、という思いがある。
だから、サービス提供者が自由度高くサービスを考案できるようになっているし、エンドユーザーにはそれだけ多様な価値を体験する余地が生まれているのだ。
籔氏は大学時代に事業を立ち上げた経験がある。英語の家庭教師のマッチングサービスを運営し、米国への留学を経て、新卒でグルメサービスのRettyに入社。当時から「3年半で起業します」と会社に伝えていたという。アプリの顧客体験の向上や採用活動に携わりながら、グローバルに通用する事業を模索していたが、MOSHの発端となった気づきは退職後にあった。海外のサービスを知るために出発した世界一周の旅で、CtoCサービスECの広がりに衝撃を受けた。
籔氏「東南アジアやアフリカでは、若い人だけでなく40-50代の普通の『おじさん』や『おばさん』まで、スマホからプラットフォームを介してバイクタクシーや出張マッサージなどを提供していました。評価を高めて次のお客さんを呼ぼうと、見ず知らずの外国人の僕にニコニコと対応してくれた。信頼関係を拠り所にした個人間取引が浸透しているのを目の当たりにしました。
Airbnbで個人宅に泊まった際は、手数料が高いので『次は直接連絡してね』と、貸主さんがSNSを通して自分のサイトを送ってきたんです。信頼さえあれば、SNSでのソーシャルトラフィックを通した個人間取引も当たり前になるな、と感じました」
一方で、SNSが広がったからこその悩みにも触れた。ケニアで出会ったマサイ族の青年は、スマホを通して世界の若者の暮らしや価値観を知り、自分がそれまで当たり前だと思っていたケニアでの将来に疑問を感じていた。「違う未来もあるのでは」「でも、何をしたらいいのかわからない」――。
籔氏「マサイ族の彼に限らず、僕が世界で150人ほどの若者と話す中で、多くの人が同じような悩みを抱えていたんです。ネットが普及し、ロールモデルをたくさん見られるようになっても、自分の情熱を注ぐ先がネット検索から発見できるわけじゃない。振り返ると、僕自身の人生のターニングポイントにも、必ず人との出会いがありました。
人との出会いを通して、自分が変わったり、やりたいことが見つかったりする。CtoCサービスも、人と人が出会う場です。エンドユーザーがサービスを提供する人に触れることで、自分の情熱をかける先が見つかることもあるのではないか。そう、仮説を立てました」
顧客体験の幅を広げる「分散化」の思想
ソーシャルトラフィックを軸にしたCtoCサービスECで、スモールビジネスを営む個人をエンパワーメントすること。またエンドユーザーに対しては、情熱を介して生活や人生が変わるきっかけを生み出すこと。その2つを掛け合わせて事業を設計する上で、籔氏は「分散化」の思想が不可欠だと考えたと話す。
籔氏「個性あふれるサービス提供者の方々は、SNS上で多くのファンに支持されています。それなのに、ポータルサイトのような場所に中央集権的に集めてしまうと、エリアや価格といったスペックで検索されるので、差別化した訴求が必要になり、サービス提供者の本当の個性や価値を訴求できません。エンドユーザーの視点でも、画一的な条件での検索や、ごく簡単な説明文でサービスを探すことになるので、魅力的な体験の機会が狭まります。
分散化の思想で「個」と「個」がつながる仕組みを設計すれば、サービス提供者は本当に自分が訴えたい価値をエンドユーザーに提供することに専念できます。また、エンドユーザー側の顧客体験もより充実し、結果としてたくさんの良質なサービスが世の中にめぐることになります。
だから、MOSHでは単にコモディティ化したサービスを提供・消費するのではなく、はじめから『分散化』の思想が大事だと思っていました。個人のソーシャルトラフィックを最大限に活かせる場、またエンドユーザー側の視点では“人”に興味を持つことで生活や人生が変わる場を目指しました」
分散化という言葉は、そもそもインターネットの成り立ちが、情報の中央集権化から分散化を目指していたことに重なる。そうして、MOSHの原案とビジネスモデルを構想。ミッションには「情熱がめぐる経済をつくる。」と掲げた。MOSHとは、アーティストのライブに熱狂したファンが自然と体を動かす「MOSH現象」に由来している。まさに、ある起点から周囲へと熱量が広がっていくさまを表している。
ローンチ当初は、すでにCtoCでサービスを提供していた100人程度に、創業メンバーがアポイントを取って対面で説明し、利用を促したという。はじめこそ少しずつの伸びだったが、一定の人数が定着すると口コミで広がり、そしてオンライン化の流れに合致して前述のような現在の規模に至った。
籔氏「どんなジャンルでも、道を究めた人には、そこに懸ける並々ならぬ情熱があります。興味を持ったきっかけは些細なことかもしれませんが、情熱の炎を絶やさずに大事に育んでいく過程で、唯一無二の魅力とストーリーが生まれます。その人の生き様そのものが、周囲の人を引き付ける。MOSHを利用されているサービス提供者は、そんな方々ばかりです」
今、実際にエンドユーザーからは「人生が変わった」「価値観に影響を受けた」といった情緒的な感想が多く届いているという。その先に、自らがサービスを提供する側になる例も出てきている。ある男性は、グローバルで働くことをテーマにしたコミュニティに参加したことを機に、コミュニティ内で仲間を募って英語関連のサービスを立ち上げて、MOSHで提供し始めている。
籔氏「情熱を持つ人が、今後もずっと持ち続けられるように支援することで、情熱の伝播を後押しする。MOSHのミッションに込めた思いが、少しずつ実現していると実感しています」
情熱がめぐる経済を世界に広げたい
情熱が人をひきつけ、共感を呼んでいることは、SNSで数万人単位のフォロワーがいるからといって、必ずしもサービスが満員御礼にはならないことからも見て取れる。サービス提供者のフォロワー数の平均値は約5,200、むしろ1,000程度でも熱いファンがレッスンを待ちわびる例もあるという。その差を、籔氏は「自身のストーリーをしっかり伝えられているか」だと分析する。
籔氏「1万人以上もの方々が利用する中だと、情熱が色濃くない人もいるのでは、と聞かれることもあります。でも、どんな人にも必ず“その道”を志すようになった原体験がある。それを磨くことで、絞り込んだ部分で共感するエンドユーザーと引き合い、純度の高い情熱がやり取りされるのだと感じています」
「オンラインもサブスクも、用意はしていたのに昨年後半まであまり使われず、閉じようかと思っていたくらい」と籔氏は笑う。それが一転、世の中の状況が大きく変化し、人々の感覚も変わったことで、閉じかけた選択肢が多くのサービス提供者の生業を支えている。特にサブスクは、サービス提供者に継続的な収益を提供する手段としてだけなく、「エンドユーザーにとっても大事な仕組みだと考えていた」と籔氏は話す。
籔氏「エンドユーザーには、サービスを提供する側の人と継続的な関係性を築くことで、徐々に自分の情熱に気付くプロセスの体験になると思っています。なので、今サブスクの利用が増えているのはうれしいですし、手応えがありますね。エンドユーザーからの変化の声、一歩を踏み出した声も、もっと増えたらと思います」
分散化を思想とするMOSHだが、各サービス提供者がその形を確立できるよう支援しつつ、プラスアルファとしてMOSHのサイトからエンドユーザーへ、おすすめの提案も始めている。また、今後は支援の幅を広げ、パートナー企業との協業を通してブランディングや集客、経理などのエコシステムを構築し、中長期的なサポートに乗り出す。
さらに3-4年内の近い将来には、当初から視野に入れていたグローバル化を見込む。瞑想や禅などのプログラムを中心に、英語圏のエンドユーザーから受講の要望が届いているため、英語版サイトやライブビデオへの字幕挿入などを整備する予定だ。「まずはアジアナンバーワンのCtoCサービスECを目指す」と籔氏。
個性の発揮や、働き方の多様化は、今や社会全体で求められていることだ。早くも実践する先駆者から、共感した人たちへと情熱が伝われば、社会は変わっていく。「情熱がめぐる経済」が、着実に広がっている。
執筆/田中嘉 編集/高島知子 撮影/須古恵