XDを運営するプレイドが、J-WAVE(81.3FM)の『TOKYO MORNING RADIO』内で放送※していた「KARTE CX VOX」。プロダクトやコンテンツ、イベントなどの誕生ストーリーや仕掛け人の思いを紐解き、「顧客体験(CX)」の意義をともに考える番組だ。
2020年7月20日から23日の放送では、東京都現代美術館の取り組みを紹介。お話を伺ったのは、話題の展覧会を多く手がけられてきたキュレーターの藪前知子氏だ。
放送では、これまで藪前氏が手掛けたものから現在準備中の展覧会を例に挙げ、現代アートを通して得られる時間と思考の体験について伺った。
本記事では、放送内容をまとめ紹介していく。
幅広い展示を通して、現代について考える美術館
――最初に、東京都現代美術館の美術館としての役割を教えてください。
「現代美術の分野を国内外に発信すること」をミッションとしており、主に第2次世界大戦以後の現代美術の収集を中心におこなっています。ただ、現代美術だけではなく、現代の表現全般に目を配っていて、最近はアニメーションや映画、ファッションなど幅広く展示します。世の中に今どのような表現が出ているかを紹介し、現代について考える美術館ですね。
現代美術は、ある程度、最先端の内容を含みます。世の中の価値観とは違う、一歩先に行くような考え方や、そういった可能性を含む表現も出てくるんですよね。世の中のとがっているものを、どのように公共の役割の中で紹介していくかは大きな課題でもあります。その間をつなぐ役割として、私たちのようなキュレーターという存在がいると思っています。
――東京都現代美術館の展覧会は、どのようなプロセスで作られているのでしょうか。
展覧会には、いくつかタイプがあります。その一つは、現存している作家さんの新作を含むグループ展。そして、いわゆる回顧展と呼ばれる、ある作家さんの一生の作品を丸ごと紹介するような個展もあります。
グループ展の場合、まず作家さんたちに展覧会のテーマやビジョンをお話しして、どのような作品で表現してもらえるかを話し合うところが最初の一歩ですね。時間をかけて、作家さんたちと何案もプランを話し合っていきます。
個展の場合は、例えば、亡くなった作家さんの手紙などまで含んだ遺品を整理して、そこから表現を紡いでいくことがあります。ある意味では、作品自体も遺品のような物ですけども、その方の存在そのものを色んな物から体感していただくのが、回顧展の一つのかたちかなと思います。5年などの長い年月をかけて、継続的に調査することもありますね。
「今、この瞬間にしか味わえないものを体験してほしい」
――2007年に亡くなられ、伝説的モデルとして今も多くのファンがいる山口小夜子さんの展覧会が2015年に話題を集めました。どのような展覧会だったのでしょうか。
常に「今この瞬間にしか味わえないものを体験してほしい」と思い、展覧会を作っています。作家や表現者が「作品を作った瞬間を体験してもらいたい」と思っているからです。
『山口小夜子 未来を着る人』は、亡くなる前の数年間、山口さんと活動されていた当時の若い作家さんたちと一緒に、小夜子さんの一生を再現しようと考えたところから始まりました。彼女の活動をたどるようなアーカイブの展示から始まり、次第に小夜子さんの残した映像や音声を素材に、彼女と一緒に活動されていた作家の新作へ移行していく形をとりました。回顧展で過去を振り返るだけではなく、作品を通してまだ彼女が存在しているというメッセージを出せたのではないかなと思っています。
――そんな山口小夜子展では、藪前さんも驚いた反応があったそうですね。
会期中で面白かったのは、若い人たちの中で「こんなかっこいい人がいたんだ」と、いわゆる「バズった」ことですね。「サヨコス」という言葉まで出て、小夜子さんのコスプレをして会場に来る人たちがすごく増えました。彼女は文字通りモデルとして、おかっぱ髪や切れ長のアイメイクという一つの型をを提案しました。それは誰もがマネできるものなわけですね。単に作品を見るだけではない、変身も含めた強烈な経験を若い人たちにもたらすことができたのは、キュレーター冥利に尽きることだったなと思ってます。
また、「小夜子になりたい(Be Sayoko! 小夜子になりたい!)」というワークショップも行い、100人を超える方々に小夜子メイクを施したり、小夜子さんがやっていたダンスのメソッドを体験してもらったりしました。そういう仕掛けから「モデル」という彼女の仕事の本質について考えるきっかけとなればと思いました。
作品だけでなく、思考や製作のプロセスも共有する展覧会に
――現在準備されている展覧会「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が、11月14日から始まる予定です。どのような展覧会になるのか、教えていただけますか?
日本を代表するグラフィックデザイナー、アートディレクターでもあった石岡瑛子さんについての展覧会です。石岡さんは、70年代からパルコや資生堂などの広告を手掛けたあと、「もう日本は狭くて嫌だ」と海外に飛び出し、主に舞台や映画の美術監督や衣装デザインをされました。フランシス・フォード・コッポラの『ドラキュラ』でアカデミー賞を受賞、オリンピックのプロジェクトなども手掛けており、世界的に活躍された方です。
今回の展覧会では、石岡さんの世界初の回顧展として準備しております。目玉の作品は、やはり、ハリウッドでアカデミー賞を受賞した『ドラキュラ』の衣装。ハリウッドアカデミーに所蔵されている、石岡さんのすばらしい衣装コレクションの数々もご覧いただけますし、彼女が時代を作ってきた60年代からの広告も展示される予定です。
――この展覧会で、藪前さんはどのような体験を共有したいと考えてるのでしょうか。
石岡さんは圧倒的なクリエーションで知られる方なんですけれども、彼女の活動をよく見ていくと集団制作なんですよね。デザイナーとしてクライアントや監督の要求に応え、職人たちと形にしていく。そういうコラボレーションのプロセスを、極限まで突き詰めた方でもあるんです。
集団の中で、個人がどうやって最大限のクリエイティビティーを発揮するかは、今の日本の社会においても、いろいろな方が必要としていることじゃないかなと思うんですね。展覧会としても彼女が作った物だけではなく、その思考のプロセスがわかるようなドローイングやメモなどの展示で、石岡さんの考え方を共有する展覧会にしたいと思ってます。
現代美術は、社会をより良くするための「思考レッスン」
――数々のユニークな展覧会を手がけてきた藪前さんですが、現代美術を鑑賞する体験については、どのように捉えているのでしょうか。
現代美術というのは、今の私たちが生きている時代に対しての問題提起だと考えています。作家さん個人の考えを知ると、自分とは違う考えを持った存在が世の中にいることに気付かされます。個人同士の会話では数時間かかる理解も、作品を見ると一瞬で理解できる。自分と違う他者の存在を理解できるのが現代美術の面白いところです。
「作品を見る」というと、受動的な経験が主になってしまうのですが、現代美術の良いところは、もっと能動的に自分から進んで体験を選べることです。
そこには「自分と全く考えが合わない」とか「攻撃されている」と思ってしまうような表現も、たまには含まれています。ただ、それは私たちの社会の様々な側面について理解し、より良くしていくための思考のレッスンなんだと思って、もっと大きい枠組みで見ていただけると嬉しいなと、いつも思っています。
――最後に、藪前さんが描く、今後のビジョンについても教えてください。
「美術館」というと普通は美術を見に来る場所なんですが、私自身はこの空間をもっと色んな用途に開いていきたいと思っています。例えば、私は美術と同じくらい音楽も好きで、美術と音楽の関係にも興味があります。この前担当したグループ展では、ロックバンドと詩人のコラボレーションを展示したり、展示会場でファッションショーをしたりしました。
このように美術というものを、もっといろいろなジャンルとの関係の中で捉えていきたいですね。美術館でしかできない、新しい経験の形を探求していきたいなと思っています。
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