GoogleやAmazon、IBM、Airbnb…。
名だたる北米のIT企業が、CX(Customer Experience・顧客体験)を担当する部署やポジションを設け、その取り組みに投資を進めている。
彼らのようなIT企業から、膨大な店舗数を有する小売店、コーヒーチェーンなど、多様な顧客と日々向き合う企業が登壇者名を連ね、CXに関するナレッジや経験をシェアするカンファレンスが「CXSF」だ。
2015年から毎年開催されている本イベントは、2018年も10月2,3日の2日間にわたって開催された。日本からもフリマアプリ『メルカリ』を展開するメルカリのメンバーが、この「CXSF2018」に参加。10月25日に現地での学びをシェアするイベント『CXSF2018報告会』を開催した。
報告会では、メルカリで顧客体験の改善に携わるメンバー4名が登壇。それぞれが学んできた情報を講演形式でシェアしていった。XDで、日本ではなかなかアクセスできない濃い情報が交換された報告会の内容をレポートする。
CXの重要キーワードは“シームレス性”
はじめに登壇したのは、メルカリで顧客体験視点からプロダクト改善に取り組むCS Product Kaizenリード/CXプロジェクトマネージャの大野木達也氏だ。
同氏は、『CXの重要テーマは“Seamlessness”』というテーマで、CXSF2018でキーワードとなっていた、シームレス性(Seamlessness)について語っていった。
まず、大野木氏はシームレス性を理解するために、北米で指紋などの生体認証技術を展開するClearを例に挙げた。同社は、空港のイミグレーションカウンター等で使われている指紋認証技術を開発している。
Clearの技術をわかりやすく伝えるため、大野木氏はNFLのチーム『シアトル・シーホークス』のスタジアムで導入された指紋認証ゲートサービスを紹介した。
Clearの導入によって、顧客はスタジアムに行く際にチケットを持つ必要がない。指紋認証のみで入場でき、中の売店での購買も全て指紋認証で済む。事前のアカウント登録時に、決済情報の登録や年齢認証を済ませるため、決済の手間がなくなり、スタジアムでアルコール類も購入可能だ。この体験プロセスにおけるアクション数の少なさがシームレス性を実現している。
「今後、ますますデバイスやサービスとの接点が多様化し、ユーザー体験がさらに複雑になります。その中、ユーザーのアクションを少なく、迷いのないものにする『シームレス性』は、顧客の体験を考える上でとても重要になってくるのです」
そう大野木氏は語る。では、サービス提供者はこのシームレス性をどのように追い求めていくか。CXSFではカスタマージャーニーマップに基づいた、2つの評価方法が紹介されていた。
1つはブランドプロミス。顧客体験のプロセスを細分化し、それに対応するように、会社のブランドが提供すべき価値を記載する。プロセスごとにブランドを体現する体験が明確化されることで、顧客に提供すべき体験を各プロセスで再現可能になり、現状課題になっている部分も明確化できる。
2つめはジャーニーアトラス。カスタマージャーニーを行動レベルに細分化し、そのプロセスを顧客がどう感じるかという感情を5段階に分け評価・色分けをする。すると、どのプロセスが顧客体験を一番阻害しているかがビジュアライズされるという。これを元に顧客体験の改善アクションへつなげることができるという。
「どちらもカスタマージャーニーをベースにすることで、目指すべき顧客の姿やボトルネックをプロセスごとに明確化できる方法論です。適切に課題を発見し、改善を繰り返すために、これらの方法論は効果的だと考えています」
大野木氏は、これらの手法を振り返りつつ、シームレスな体験を作り上げていくためには、分析と改善すべきポイントの発見、評価を繰り返すことが必要となると語る。
「シームレス性を実現するためには、定性的なリサーチでボトルネックを発見し、定量的な手法で評価し改善していく流れを作らなければいけません。これをつなぐためにカスタマージャーニーを多様な視点で洗い出すこと、それを元に分析することが重要となるのです」
経営層から、組織作り、現場まで横断したCX戦略
次に登壇したのは、顧客体験・NPS(Net Promoter Score・顧客ロイヤルティを測る指標)改善に携わるプロダクトマネージャの國分佑太氏。『小売・店舗ビジネスにおけるDigital CX戦略』をテーマに、顧客体験の改善に求められる経営のコミットから、組織作り、実際の顧客接点のあるべき姿までを語った。
CXと言われると、ついつい顧客との接点に注目してしまいがちだ。だが、より良い顧客体験を提供するためには、組織全体のCXへの理解、経営層の意識までもが重要になる。
経営レイヤーがCXにコミットしている例として、アウトドアブランド『コロンビア・スポーツウェア』の事例が挙げられた。
同社は「顧客が求める在庫がある」「オンラインで頼めばすぐに届く」といった顧客体験を重視している。これは、コロンビア売り上げのベースラインを支えるのが目的を持って買いに来る既存顧客であり、彼らの満足度が、自社の安定的な成長に重要だからではないかと國分氏は考える。
ただ、「在庫がある」「すぐ届く」といった体験の向上は設備投資が必要となり、経営層の意思決定も重くなる。それを乗り越えるために、同社では顧客体験の向上が経営層のミッションになるように紐付けているという。
続けて、よりよい顧客体験を提供する組織作りについて、北米の薬剤給付管理サービス会社『Express Scripts』を例に語られた。
同社では、CIO(Chief Innovation Officer)の直下に顧客体験を統括する部署を設置。その部署には、アクセシビリティやUXリサーチ、データ分析、NPS分析、カスタマージャーニー担当などが含まれる。国分氏は、この組織図に学びがあると考える。
「特に印象的なのは、定量的分析と定性的分析を担当する人が同じ組織で連携していることです。定性的な情報でインサイトを得て、定量的な情報で裏取りし実行する、という仕組みが構築されている。また他部署に対しては、NPS担当が顧客体験のコントロールタワーとして機能し、顧客の声をプロダクトの改善等にも活かしているそうです」
最後は、実際に顧客と対峙する現場の例だ。ここではコーヒーチェーンの『Philz Coffee』の例を挙げた。
Philz Coffeeは事前注文機能を持つアプリを通し、顧客体験の向上に力を入れている。この事前注文機能自体は、国内でもO:derが展開するなど、そこまで珍しいものではない。
参考記事:当たり前の消費体験を進化させたい―― 日本発モバイルオーダー&ペイサービス「O:der」に聞いた、事前注文が生み出す変化
同社がユニークなのは、アプリによって、従業員の体験も豊かにしようとしている点だ。
「アプリから注文が入ると、店舗に設置されたiPadアプリに通知が飛びます。同社はこのアプリの使いやすさに力を入れているそうです。それは、従業員の働きやすさが重要だと考えるから。セッションでPhilz Coffeeは、従業員体験が顧客体験に直結していると熱弁していました。だから従業員が使うアプリにもこだわり抜いている。この視点は大きな学びになりました」
国分氏のセッションからは、上流だけの理解でも、現場だけの努力でもない。顧客体験の改善においては、企業の経営レイヤーのコミットから、現場の従業員まで幅広いレイヤーの満足度を意識しなければならない旨が語られた。
感情指標を分析する上で鍵となる3つの要素
その次に登壇したのは、NPSを用いたプロダクト・顧客体験の改善へと取り組むデータアナリストの石田祥英氏。『データドリブンなCX改善事例』をテーマに、データを用いていかに顧客体験を良くできるかが語られた。
石田氏は顧客体験の改善において見るべき指標を「CX指標」と呼ぶ。CX指標には大きく、NPSなど定性データから測る「感情指標」と売り上げ等の定量データから測る「行動指標」の2種類がある。
行動指標は定量的に測れるため分析もしやすいが、感情指標は要素分解や、分解した要素の網羅性、最大要因の特定等、扱う上での難易度が高い。石田氏はこの感情指標を扱いやすくするための方法論を解説する。
「感情指標を分析するためには『要素分解できること』、『分解した要素が全体を網羅していること』、そして『その要素が改善に大きく貢献すること』の3つが必要です。今回はCXSFで登壇した事例から、それぞれに有用な方法論をご紹介していきます」
要素分解の事例として挙げられたのはビジネスSNSのLinkedInだ。同社はNPSのデータを元に、一番NPSの数値に影響した“機能”をアンケートで聞き、改善箇所として特定しているという。
「機能であれば一通り網羅しやすく、担当部署はどこかもわかりやすい。また、NPSの数値と選択式のアンケート結果を組み合わせることで、エクストリームユーザーが混ざっても、全体でみれば結果は定量的に測れます。とてもいい計測方法だと思いました」
次は、網羅していることについて。例として挙がったのは「1800contacts」というコンタクトレンズの小売店の事例だ。同社ではNPSの改善ポイントを「Surprise&Delightな体験」と「低い満足度」に絞り、それぞれの要因となる要素にしぼり改善を進めたという。
「NPSを上げるためには大きく2つの戦略があります。ひとつは批判者を中立者に上げること。もうひとつは中立者を推奨者に上げることです。この2つは戦略が大きくことなるのですが、1800contactsではその前提を理解した上で、双方の改善に取り組んだのです」
同社が特に取り組んだのは、顧客の声から改善のアクションを起こし、再度顧客にフィードバックするという、NPS改善のプロセスのひとつ「クローズドループ」の実施だ。不満を抱える顧客の声を聞き、プロダクトへ反映、改善報告をすることで批判者の引き上げに尽力したという。
最後はCX改善におけるインパクトの高い要素の特定。ここでもLinkedInの事例が紹介された。同社では同僚などからスキルのお墨付きを与える「エンドースメント機能」の満足度改善に、独自のフレームワークを活用。キーとなるユーザー行動の特定をしていったという。
「フレームワークは、大きく5つのステップがあります。1つ目は、目標とする感情指標を決めてアンケートを集める。LinkledInの場合、エンドースメント機能の満足度でした。2つ目は、その指標に関連する行動の洗い出し。エンドースメント機能の場合84個に上ったそうです。3つ目は、アンケート結果と洗い出した指標をマシンラーニングにかけ、影響度の高い要素Top10を洗い出す。4つ目でその10個から本当に取り組むべき要素をプロダクトマネージャーとも相談し、絞り込む。最後はその絞り込んだ要素をKPIに置き、指標として追い続けるといった具合です。これは論文を元にLinkedInが実践したもので、先進事例を取り込む例としてもユニークなものでした」
3つの事例を紹介した後、石田氏はCX指標をデータに基づいて分析し、改善を繰り返すことが世界標準になってきている旨を述べ、セッションを総括した。
「あくまで口頭で聞いた話ではありますが、GoogleではNPSリサーチャーという職種があり、Airbnbではデータアナリスト・サイエンティストが全社員の20%を占めるそうです。またLinkedInはリサーチ部署等を強化している。北米のIT企業の取り組み方を見ると、世界的にも顧客体験の改善に取り組む動きは強まっていくことが期待されます。その時にむけ、感情指標と行動指標の双方をうまく扱える状態を作ることが大切だと考えています」
CXSFがメルカリ、社会をどう変えるか
四人目に登壇したのは、顧客体験改善を目的とするカスタマーサービス(CS)体制作りを行う、CS Productマネージャの岩田嘉津磨氏。ここまで語られたナレッジを踏まえ、『CXSFの学びをメルカリでどう活かすか』をテーマに、どのような変化が必要かが語られた。
岩田氏が語ったのは大きく3つ。「カスタマージャーニーとCX Designの一体化」「顧客とのコミュニケーションの透明化」「顧客の手間やストレスの軽減」だ。いずれも、CXSFで語られたエッセンスを元に、メルカリの組織自体からユーザーが触れる部分まで、幅広く変化をもたらしていきたいという旨が語られた。
イベントでは、CXSFの様子をメルカリメンバーがそれぞれの視点で語っていったが、一貫して語られたのは、北米の企業が顧客体験の改善に本気で取り組んでいることだ。
CXにデータ・テックの波が来ているという。特にGoogleやAmazon、IBMなどテック企業も全力で取り組んでいる。成果を強く求める北米のテック企業がデータを用いて改善に取り組んでいる姿からは、「CXが真にホットトピックであると強く感じられた」と登壇者も語っていた。
また、会場内にはCXツールのベンダーが40社近くブースを出店。用意されたノベルティは豪華なものも多く、大きな予算を投下しビジネスに取り組んでいる姿が見て取れたという。
ただ紹介されたトピックはいずれも、各企業の事情を踏まえ成功した事例だ。ここでの学びは得つつも、自社のプロダクトやサービスにどのように活かせるかは綿密な調整が必要となるだろう。
この学びがどのように現場へ行かされていくのか。濃いナレッジを活かした今後の変化期待したい。