私たちが何かを買うときの判断材料として、当たり前になって久しい、レビューサイトやまとめサイト、SNSの口コミ。とはいえ、ウェブ上の不特定多数の人による評価は、いい意味でも悪い意味でも基準があやふやだったりすることも珍しくないから、本当に信頼できる評価なのか少し分からなくなりがち。
そんなときの拠り所の一つとして、頼りにできるのが「テスト誌」と呼ばれる雑誌である。“消費者視点”を掲げ、あらゆる商品をテストしては評価を繰り返す。戦後の『暮らしの手帖』が日本におけるその分野のパイオニアだった(現在は商品テストは中止)。
現在、そこで独自のポジションを築いているのが晋遊舎だ。1995年に創業し、テスト誌創刊以前はパソコンやソフトの使い方を紹介する雑誌などが主力。創業当時はパソコンやインターネットの世界すべてが発展途上だったため、そうしたハウツー情報を1冊にまとめた雑誌は需要があった。しかし、時代の趨勢に合わせてそのような形式の雑誌は役割を終える。
出版不況と言われて久しい時代に、同社を今日まで発展させたエポックが、2007年に発行した雑誌『家電批評monoqlo』。現在は、『家電批評』『MONOQLO』の二誌に分かれて刊行している。ドイツの『test』やアメリカの『Consumer Reports』といった消費者のためのテストメディアを参考にし、徹底的なリサーチや検証を通して、本当に良い商品を忖度なしで読者に伝えるために生まれたテスト誌である。“忖度なし”だからこそ、雑誌業界では当たり前とされる企業からの広告を入れず、テストを通して評価が低かったものは、当たり前のように「買わない方がいい理由」を書く。
2019年には、テストの検証精度を極限まで上げることを目的として、独自のテスト施設である専用ラボ「LAB.360(ラボドットサンロクマル)」を開設。外部の検証機関で働いていた研究員2人を社員として迎え入れ、各媒体のテストを日々行なっている。
「ごく普通の消費者感覚で、買う前に知りたいことを丹念に検証しているだけ」とさらりと言うのは、同社の木村大介氏。女性向けテスト誌『LDK』『LDK the Beauty』の責任者であり、テストメディアの新たな可能性を模索するマーケティング事業部を統括している。
現在発行するテスト誌『LDK』『LDK the Beauty』『家電批評』『MONOQLO』の舞台裏や、晋遊舎のビジネスモデル、そして今後の方針を聞き、変わり続ける消費者心理を紐解く。
企画の始まりは、読者が求める商品像をクリアにすること。
晋遊舎の社員数は80名(2021年8月現在)。そのうち、テスト雑誌制作の中心となる月刊誌の編集部員は40名弱ほどで、テスト誌部内では各媒体に8名前後いるという。いずれも班体制にせず、編集部員全員が毎号に関わり、全員野球で誌面が作られる。テスト誌のコアであるリサーチや検証に労力がかかるため編集部員や外部スタッフ、そしてラボの人間すべてがフル回転している状況だ。
各雑誌は毎月発行。ジャンルを問わず時代にあったモノを批評する男性誌『MONOQLO』。家電に特化した『家電批評』。暮らしにまつわるあらゆるモノをテストする女性誌『LDK』と、コスメなどの美容に特化した『LDK the Beauty』が同社のテスト誌。いずれもテストを通して消費者目線で評価することに重きが置かれ、評価が最も高かったものには雑誌上で「ベストバイ」や「A評価」といった認証マークがつく。近くのドラッグストアやスーパー、家電量販店に行くと、同社の認証マークを見ることも多い。
誌面を開くと、テストの量や細かさに圧倒される。例えば、2021年8月号の『MONOQLO』では、“換気が必要な夏だから”とし、「蚊取り蚊よけ最強決定戦」という謳い文句で、蚊の対策グッズを37製品(!)比較。グッズの種類も豊富で、ワンプッシュタイプや蚊取り線香、電気式蚊取りなどの想像しやすいものから、最近アウトドアブランドが力を入れているという虫除け機能付き衣類まで紹介されている。
そもそも掲載する商品や、検証する数はどのように決めているのだろうか?
木村氏「まず企画段階で読者アンケートやTwitterでのアンケートなどの情報収集を通して、読者が望んでいる商品像、例えば価格帯や求めている効果を掴んでいくんです。我々の目的は、読者に『楽しく買い物してもらう』こと。買い物をするときに誰も100商品を比べたいなんて思いませんよね? なんとなくアタリをつけた枠の中で比較したいはずです。
だからむやみやたらに数を増やすのではなく、掴んだ商品像に当てはまるお店やネットの売れ筋商品、広告が多い商品、お店では見かけないけど楽天では1位になっている商品などを集めて、商品像のアウトラインに合わせてラインナップを考えます。
話題にはならないけど長く売っている商品や、質実剛健なメーカーさんのものも、意識してそろえるようにしています。全く有名じゃないものがずば抜けて良かったりすることがあるんですよ。そんな風に『本気でものづくりをしているメーカーさんが作った“隠れた名品”を見つけ出す』ということも、意識していることの1つだったりします」
そして、切り口となる検証項目は、編集部員やモニターによる主観と、データなどの客観の両方から検討する。あくまでも大切にするのは、雑誌ならではの情報の伝え方。そして消費者視点でのリアリティだという。
木村氏「客観的なテスト結果だけ伝えたいのであれば、結果の数値をエクセルにまとめたものを発行すればいいと思うんです。でもそれだと買い物という体験が楽しくならない。そして本当に欲しい商品の本質に届かない。さらには雑誌として読んでいてつまらない。だから、我々編集も消費者の一人として、日頃の生活から思っていることを項目には取り込んでいきます」
ハンドソープを取り上げたときも、汚れ落ちや除菌力など科学的なテストは行なった上で、消費者目線の使い勝手も項目とした。例えば「イヤな臭いの消臭力」や「香り残りの強さのちょうど良さ」などである。
トースターのテストで、食パンを2000枚焼く。
流れだけ聞けば、誰でもできると思うかもしれない。しかし、テストの手間を聞くとその印象は一変する。前述した「蚊取り蚊除け最強決定戦」では、専門機関から蚊を購入し、検証と並行してオフィスで飼育。その数なんと700匹。死んでしまわないように、毎日砂糖水をあげていたという。
実際のテスト内容も、スプレー型などに関しては「10匹の蚊を倒した数」を基準としながら、15分間の試験を終えて蚊の状態をKOから元気までの4段階で定義したり、箱から取り出して1日後に復活しないかも確認したりと芸が細かい。
他にもエピソードは事欠かない。
当時話題となったバルミューダのトースターを比較検証するために、他ブランドの色々なトースターを買い、食パンを2000枚焼く。
食器用洗剤でどれくらい汚れが落ちるかを検証するために、会社近くの中華料理店に頼み込み、洗い場を提供してもらう。ランチタイム後のお店に担当の部員が通い、持ち込んだ洗剤でたまったお皿1500枚を洗い、洗浄力を比較する。
話だけ聞けば笑い話だが、「じゃあ明日からやってください」と言われたら、とてもじゃないができない。でも晋遊舎はやる。それこそが、晋遊舎の強みである。
消費者が変わり、メーカーが変わる。
オンラインショッピングやSNSの発達に伴い、買い物のスタイルが大きく変化している。
木村氏曰く、アーリーアダプターではないごく普通の消費者の買い物の仕方が分かりやすく変わり始めたのは、2015年ごろのこと。それは、今でこそ当たり前になったAmazonが急速に日本に根付き始めた時期である。ネットでモノを買うことが当たり前になり、消費者が触れる口コミの量が格段に増えた。それによって、CMをはじめとする商品を魅力的に見せるためのプロモーションではなく、実際に使った人のレビューを買い物の判断基準にする人が増えてきたのではないか、と話す。
そんな消費者の変化から、メーカーも変わらざるを得なくなり、「明らかに全体の商品レベルが上がってきている」と木村氏は言う。つまり実感として、消費者のことだけを真っ当に考えた商品が増えてきたそうだ。
木村氏「家電を例に取ると、『家電は国内メーカーが一番』って価値観が強く、国内家電ばかり流通していた2007〜2010年は、言ってしまえば性能と同時に値段が高いものがほとんど。選択肢も少ないためそれを買うしかなかった。そのうえ価格の割りに、がっかりな製品も少なくなかった。
でもその後「アイリスオーヤマ」などの新興メーカーのほか、「サムスン」や「ハイアール」、「ハイセンス」など海外のものが入ってきて、求める性能や価格帯で選べる幅も広くなりましたよね。幅が広がると、さらに比較ができるようになるから、なんで性能は同じなのに高いんだろう? って消費者は考えちゃうと思うんです。そうするとどんどん消費者も賢くなっていく。そして賢い消費者に買ってもらうために、メーカーもより『消費者目線』を強調して商品を作らざるを得なくなる、という流れだと思います」
本気で本をつくるからこそ成り立つビジネスモデル。
テスト誌を作り始めた当初は、広告を入れないため、雑誌の実売のみで利益を出してきた。今は紙の雑誌の売り上げに加え、電子書籍の売り上げと、オウンドメディア「360.life」のアフィリエイト事業。そして認証マーク(ベストバイマークなど)をもとにしたマーケティング事業が同社の柱となった。
月額440円で様々な雑誌が読める、電子雑誌アプリ「dマガジン」では、グラビア誌や週刊誌が強い中、人気ランキングの上位を常に確保。1位になることもザラだという。ページビューに応じて売り上げが増減する仕組みであり、常に他媒体と比べられながらコンテンツの中身で読者を惹きつけている。
編集部とは別セクションで活動するマーケティング事業は、テストを通じて評価が高かったものを小売店で販売する際にマークの使用をメーカーに許可したことから始まり、今では検証データをもとに、商品の良さをさらに深掘りする動画やパンフレットなどをつくることでも利益を生み出している。つまり広告はもらっていないが、高評価商品に限り販売促進の手伝いはしている。しかし、メーカーに忖度しないというスタンスはここでも変わらない。
例えば商品を紹介する動画をつくる際には、「消費者目線に立ち、さまざまな観点からテストし、公平な立場で判断します」「動画やパンフレットなどで掘り下げる際に、メーカーから制作費や協力金を頂戴するときは明記します」など、テストありきの姿勢を一貫して伝えている。
木村氏「今も会社のコアは変わらず編集部です。もっと言うと、我々しか出せないレア度の高い情報です。それを捻じ曲げずに、ウェブやマーケティングにも使っていくことで、出版市場が頭打ちになっても別のところで担保できると思うんです。
事実、売り上げの比重は、少しずつ、紙から電子書籍やウェブに移ってきています。業界でも紙をやめてウェブメディアに移行する媒体も少なくありませんが、現状私たちは紙をやめるということは考えていません。雑誌が好きだからということもありますし、本を出していること自体の社会からの信頼度もまだ根強いんですよ。
『LDK the Beauty』の検証で人気YouTuberの人にモニターで参加してもらった際、その方が自身のチャンネルで『LDK the Beautyに出ました!』って発信したら、『出版進出おめでとうございます!』って反響がかなりあったそうなんです。若い世代からの意外な反応は、うれしかったです」
1冊に入る情報量は相当なもの。どちらかと言えば、電子書籍よりも誌面の方が情報は読みやすいだろう。それでも電子書籍で読む人が増え続けているのは、電子書籍が普及してきたということ以外に、晋遊舎の編集力が常に消費者に刺さっている証ではないか。具体的にいえば、ネットのレビューは実ユーザーの忌憚ない意見が並ぶものの、匿名性の高さゆえに信頼できるかは不透明。一方、晋遊舎は時間やお金などのコストをかけてテストを行うことが裏付けとなって、信頼となっている。
審美眼を磨く=相対的にモノを選ぶ
木村氏「この商品、良いですよっていうときに重要なことって比較なんです。そのジャンルの他の商品と比べて、どこが良く、どこが悪いのか。広告を入れたら、この当たり前のことができないんですよ。
消費者の立場でモノを選ぶときも相対的に選ぶじゃないですか。その中で何が良いのかを見極めるのが本質的な買い物だと思っているので、そこに真摯に答えられる雑誌づくりを続けていきたいですね」
木村氏の話を聞いて、私たち消費者の「買い物の先入観」を見直すきっかけを与えてくれるのが『LDK』や『MONOQLO』をはじめとしたテスト誌の一つの役割だと感じた。
自分にしても、周りを見渡しても、昔と比べて買い物という体験が軽くなったように思う。家にいながら「なんとなくAmazonでポチる」という行動である。便利にはなったし、メーカー間の条件がオープンになり、ユーザー視点でつくられた商品が市場に出回ることも増えた。だからこそ、なんとなく買っても損することは少なくなる。でもそんな今だからこそ、日頃から「モノを買うことに少しだけ主体的になる」ことで、もっと買い物が楽しくなるはずだ。
執筆/koke1 編集/サカヨリトモヒコ(BAKERU)