サービスはリリースした段階で完成ではなく、その後も運用を通じて変化を続ける。なかには、リリース時には予期していなかったような成長につながることも。
人の目標達成を後押ししようと始まった習慣化アプリ「みんチャレ」は、リリース後に「ユーザーにとっては、目標達成ではなく、過程のほうが大事」だという視点の転換があった。サービスの価値がどこにあるかを見直した上でのアプリのロゴの変更や機能開発により、重要指標も大きく改善したという。
「みんチャレ」の開発において、どのようにユーザーと向き合い、サービスの価値を作り上げてきたのか。同サービスを開発するエーテンラボ株式会社代表取締役CEO 長坂剛氏にサービス設計の過程と、その根底にある信念を聞いた。
ピアサポートでユーザーの習慣化を支えるアプリ「みんチャレ」
「みんチャレ」は、新たな習慣を身につけたい人が習慣化にチャレンジする三日坊主防止アプリだ。習慣化することで貯めたコインを植樹や食料支援などの社会貢献活動に寄付することもできる。
同アプリは、Google Play ベストアプリを2016年、2017年、2019年と、3度にわたり受賞。ユーザーからの評価も、平均レビュー4.7となるなど非常に高いものになっている。レビューの一覧を見てみても、多くのユーザーが習慣化に成功しているようだ。
ユーザーからの高評価の背景にあるのは、同社が注力しているピアサポートテクノロジーとナッジ理論、ゲーミフィケーションを応用した機能だ。「みんチャレ」では、5人でチームを組み、チャットで励まし合いながら目標の達成を目指す。
5人1組でのチームにおけるユーザーのふるまいがサービスの価値のコアになっているが、これを実現するには不確実性も大きいように思える。こうしたピアサポートによるサービスは、どのような背景から生まれてきたのだろうか。
現実世界の「人を幸せにしたい」からはじまったアプリ開発
長坂氏が習慣化アプリ「みんチャレ」を開発した背景には、前職のソニーでの大好きなゲーム開発に没頭する中で感じた葛藤があったという。
長坂氏「ゲームをすることで人は幸せを感じるのに、実際の人生が幸せになっているとは限りません。自分の大好きなゲーム開発に関わる中で、現実世界の人生を幸せにできていないことに課題を感じていました。次第に、ゲームの原則をゲーム以外の物事に応用する『ゲーミフィケーション』で、もっと人々の人生を楽しくできないかと考えるようになっていきました」
「ゲームで人々の現実の世界も幸福にしたい」──そう考えた長坂氏は、本業の傍ら自身のゲーミフィケーションの知見を活かせるアイデアを探した。その中で発見したのが、人の幸福に関する研究だ。
長坂氏「現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で、幸福学を研究されている前野隆司教授の著書に、『人は自分から積極的に行動することで幸せを感じる』という内容が書いてありました。その他にも、様々な研究論文を参照しながら、ゲーミフィケーションを用いて人の積極的な行動を促せれば、多くの人が幸せに暮らせる世界が作れるんじゃないかと考えるようになりました。これが『みんチャレ』の出発点です」
積極的な行動をすれば、人は幸せを感じる。だが、人はなかなか積極的に行動しない。なにがハードルになっているのかを探るべく、長坂氏は周囲にヒアリングを行っていった。
長坂氏「ヒアリングを通じて見えてきたのは『継続が苦手』という共通の課題でした。行動をはじめても、続けるのが難しく、やめてしまう。続かないのがわかっているから一歩を踏み出せなくなる。継続が困難という課題を解決できれば、行動によって幸せになれる人が増えるのではと仮説を立てました」
多くの人が「継続」に苦手意識を持っている確認できた長坂氏は、機能は最小限にとどめたプロトタイプを開発し、実際に利用してもらえるのかどうかを検証していった。このときには、すでに「チームを組み、行動した記録を報告しあう」というコンセプトが反映されていたという。
長坂氏「ゲームでは、ボスを倒すためにチームを組むことがあります。チームを組むことによって、よりそのゲームにハマっていくというのはゲーミフィケーションのひとつの手法です。
行動心理学でも、人の意志や行動は環境に左右されるということがわかっています。また、認知行動療法の考え方では、毎日の自分の行動を振り返り、意味づけし、そこに対して他者からの正のフィードバックを受けると、その行動の継続性が高まります。
そうした知見を組み合わせて、ユーザー同士でお互いにフィードバックをしあうというコンセプトを初期から取り入れていました」
習慣のために、ゲーミフィケーションの知見を用いて、チームによる活動を促す。すでに「みんチャレ」の基礎となる要素は集まった。だが、コンセプトが固まったからといって、ユーザーに使ってもらえるアプリになるとは限らない。
長坂氏「理論は理論であって、外部環境や対象の属性によって結果は変わってしまいます。プロトタイプの開発を進める傍ら、チームの最適人数について検証を進めました。メッセンジャーアプリで、人数の違うグループを複数作り、習慣化にチャレンジしてもらったんです。その結果、もっとも成果が出るのが5〜6人だということがわかりました。
チームの人数が少なすぎると、報告やフィードバックなどコミュニケーションの間隔が空いてしまい、行動の継続性は落ちます。一方で人数が多すぎると、『社会的手抜き』という、誰かがサボり始める現象が起きたんです。
5人か6人か。どちらをデフォルトの人数にするかを迷い、結果的に5人に決めました。奇数グループでいると会話が活発になり、偶数グループでいると会話が落ち着くことが見えてきたので、『みんチャレ』で大切にしたかった楽しさを追求するなら、5人が適しているだろうと」
自身の経験、幸福や行動に関する研究、ユーザーからのフィードバックをもとにプロトタイプを完成させた長坂氏は、ソニーのアクセラレーションプログラムに参加。すぐに本番用のアプリ開発に着手し、サービスをリリースした。
ユーザーによって気付かされたサービスの価値
「みんチャレ」は正式リリースより前に、現在のアプリの根幹となる要素が揃っていた。実際にリリースした後も、想像以上に多数のユーザーが習慣化のためにアプリを利用し、初期から反響もあった。だが、「みんチャレ」はリリース後も、ユーザーの利用に合わせて進化を続けた。「特に大きな変更は『にゃんチャレンジャーの導入』『ロゴの変更』『オンボーディングプロセスの更新』の3つですね」と長坂氏は語る。
長坂氏「『にゃんチャレンジャー』はユーザー同士のコミュニケーションを促す、AIチャットボットです。なかなか、ユーザーだけでコミュニケーションするのは難易度が高かったこともあり、導入しました。
にゃんチャレンジャーがチームのメッセンジャーに『みんなで自己紹介するにゃー』などの掛け声をしてくれるので、ユーザーもコミュニケーションのハードルを下げることができています。また、にゃんチャレンジャーにユーザーの規範となるような行動をさせることで、サービスを利用し始めたユーザーもどんな行動をすればいいのかを学びやすくなります。ユーザー同士の関わり合いが重要なこのアプリの体験価値を高める役割にもなっています。
にゃんチャレンジャーは、あくまでもユーザーと同列の存在です。名前に『チャレンジャー』を入れたのもそのため。また、情熱的なレッド、冷静なブルー、怠け者のグリーン、お調子者のイエロー、甘えん坊のピンクと、色違いで5匹のにゃんチャレンジャーを用意したのにも狙いがあります。『気合を入れるために最初はレッドにして、慣れてきたから途中からは緩めのグリーンにしよう』という風に、キャラクター選びの中にも、自己選択ができる余白を残しました」
続いて、長坂氏が着手したのは「ロゴの変更」だ。リリース時「みんチャレ」のロゴは、目標の達成を想起する旗をイメージしたものだった。リニューアル後、現在のにゃんチャレンジャーの足跡に変わっている。このリニューアル時に、「ユーザーからサービスの本当の価値がどこにあるのかを気付かされた」と長坂氏は語る。
長坂氏「『みんチャレ』は習慣化のアプリなので、利用開始からしばらくしないと、ユーザーの反応を確かめることはできません。リリースからしばらく経過して、ユーザーヒアリングを重ねるようになりました。ヒアリングを繰り返すなかで、私たちが想定していた価値と、ユーザーが感じている価値が異なることに気づきました。
ユーザーは、目標達成ではなく、目標に向かう『過程そのもの』に価値を置いてくださっていたんです。目標達成に向けた行動を繰り返し、習慣化することで『自分ならできるという自己効力感』を得られ、他の物事に対しても積極的に行動できるようになったという声が多かった。リリースからしばらくが経過して、ようやくみんチャレの本当の価値に気づけたんです」
結果ではなく過程。そのことを表現するロゴへと変更したことは単に価値の置きどころを表現したのみならず、アプリの起動率や継続率などの重要指標が約10%改善したという。その後、「オンボーディングプロセスの変更」を経て、現在のアプリの状況に近づいた。この改善を行った背景には、アプリをダウンロードしてからチームに入るまでに離脱してしまうユーザーが多いという課題があった。
長坂氏「チームに入ってもらうまでのオンボーディングプロセスを改善するために、初回起動の画面でにゃんチャレンジャーからチャットが送られてくる仕様にしました。ユーザーネームを送信してみたり、写真を送ってみたりしながら慣れていってもらいます。送るメッセージは、A/Bテストを繰り返し、最適化してきました。最初にコンセプトを説明したほうがいいか、目標を聞いたほうがいいかなど、いくつもの項目を検証した結果、チームへの参加率が向上しました」
ユーザーと対話しながら「人の幸せ」につながる機能だけを採用
オンボーディング機能におけるA/Bテストのように、「みんチャレ」の数々の機能はA/Bテストによって取捨選択されている。判断軸になっているのは「本当に人を幸せにするかどうか」。いくら行動が促せそうだとしても、ユーザーの幸せから遠ざかるような選択肢はとらないし、過半数の支持がなければ実装はしないという方針だ。この姿勢を象徴しているのが、「タイムライン機能」の開発だろう。
長坂氏「チーム外の情報が見えたほうが行動が促進されると思い、自分のチーム以外の行動をSNSのように見ることができる『タイムライン機能』の検討していました。これは人間の『承認欲求』が刺激されることで、私たちが目指す人の幸せからは遠ざかってしまうと思い、やめることにしました。
『SNS疲れ』という言葉があるように、不特定多数に見られると思うと、人間は自然と見栄をはってしまいます。そうすると承認欲求を満たすような行動が増えていき、そこにエネルギーを使うようになってしまう。それでは幸せになれません。タイムライン機能があれば、アプリのリテンションや滞在時間は増えるかもしれませんが、『みんチャレ』には必要ないと判断しました」
一般的に用いられるアプリのKPIだけで機能の有無を判断せず、本来の目的である「人を本当に幸せにする」ための機能を追求している。だが、「幸せかどうか」というのはどのように測定するのだろうか。
長坂氏「私たちは『主体的にどんどん行動している=幸せな状態』という考えのもと、ユーザーの発信数やチームのコミュニケーションが活発かどうかをみています。
たとえば、他のユーザーを励ましたり、チームに貢献したりするような人は、自己効力感が高まっていて幸せな状態だと推測しています。一方で、発信は少ないけれど淡々と習慣化できている人もいるので、そこはアプリの継続率やチャレンジ投稿数が判断基準になります。
こうしたユーザーの行動を観察しつつ、ヒアリングをして生の声を聞き、それらの情報に僕らの価値観を重ね合わせ、どうすればより人が幸せになるサービスになるかを、社内でもいつも議論し、考え続けているんです」
マネタイズを図って確信した「みんチャレ」が解決できる深い課題
「みんチャレ」は、長くユーザー体験の磨き込みを追求してきた。ユーザー体験がいまいちな中で、マネタイズやマーケティングに注力すべきではないとの考えからだ。その結果、みんチャレがプレミアム機能を導入したのは、リリースから3年が経過した頃だった。
長坂氏「今振り返ると、もっと前からプレミアム機能を入れておけばよかったなとも思っています(笑)ただ、有料化して、さらに1年ほどが経って、ようやく課金ユーザーのニーズが見えてきました。お金を払ってでも使ってくれるユーザーのニーズが見えてきたことによって、自分たちが提供すべき価値がさらにはっきりとしてきたんです。
プレミアム機能を導入したことでわかったことは2つ。ひとつは、ダイエットや資格試験の勉強など、目標のゴールが明確なユーザーは1年くらいで目標達成をして解約してしまうこと。もうひとつは、生活習慣病予防やヘルスケアを目的にしているユーザーは継続すること。
継続するユーザーに深くヒアリングをすると、『孤独』という課題が見えてきたんです。健康や予防のために習慣化に取り組む方は、自身の状況について周囲に伝えづらい。そのため、隠して活動していたんです。そうした方々が、同じ状況の方と励まし合いながら生活習慣病の改善に取り組める。
それこそが『みんチャレ』が実現する、習慣化の本当の価値だと確信したんです。そこから、ヘルスケアのニーズを持った方に向けたマーケティングを行ったり、機能を開発したりするようにもなりました」
ヘルスケアの領域にこそ真価を発揮すると知った長坂氏は、歩数や体重、睡眠時間、食事内容を記録する機能を追加していった。ヘルスケア関連のサービスでも、健康のために習慣を記録するための機能は用意されているが、出発点が違う「みんチャレ」は異なる価値を提供できるという。
長坂氏「一般的なヘルスケアのアプリでは、病気や疾患に関する正しい情報を知ることに重きが置かれています。最初にバーっと情報が降ってきて、ユーザーはそれを一気にインプットするんです。ただ、それでは行動する気は起きませんし、何日か健康な生活を送ったとしても、面白みがなく継続できません。
みんチャレは、もともと過程を楽しむことに重きを置いてきました。そのため、ユーザー体験を重視し、楽しく続けるなかで、少しずつリテラシーが上がっていく設計にしています。情報が必要な際も、すぐに読めて覚えられる量の健康情報をにゃんチャレンジャーが送ります。
そのほうが、大量の情報が送られてくるよりも記憶に残りやすいし、行動にも移しやすい。行動したら写真をチームに送ることで励ましを得ることができる。それを繰り返していくうちに、健康習慣が身につき、本当に生活が変わっていきます」
習慣化をアプリのテーマとして掲げた頃から、長坂氏の頭の中にはヘルスケア領域での活用は選択肢に入っていた。だが、その可能性に確信を持てたのは、長年に渡ってアプリを提供し、ロイヤリティの高いユーザーが利用する様子を見てからだ。
みんチャレの裾野を広げ、さらに多くの人を幸せに
「みんチャレ」は、「人を幸せにしたい」という想いから始まり、ゲーミフィケーションにヒントを得て、ピアサポートの仕組みを開発。ユーザーとの対話を通じたバージョンアップを重ねたことで、ヘルスケアという領域における価値に辿り着いた。
当初のコンセプトをぶらすことなく、進化を続けてきた「みんチャレ」の今後の挑戦は、アプリの裾野を広げていくことだという。
長坂氏「みんチャレは『続ける』という行動変容をサポートしてきましたが、世の中にはそもそも『はじめる』という行動変容のサポートが必要な人がたくさんいます。特に健康無関心層は、自ら健康になるための行動を起こそうとはしません。その人たちをどのように誘って、一緒に行動をはじめるか。ピアサポートのコミュニティにどう呼び込むかが今後の課題です」
裾野を広げるための取り組みはすでに始まっている。試行錯誤を続けてきた習慣化を促進する技術があるからこそ、様々な企業や地方自治体との連携が実現しているようだ。
長坂氏「みんチャレのピアサポートを活かして、企業の禁煙を促進する取り組み『みんチャレ 禁煙』やシニアの外出や社会参加を支援する取り組み『みんチャレフレイル予防』も行っています。健康問題と孤独を解決するとともに、シニアでも簡単に操作できるシンプルさを武器に、デジタルデバイドの解消を実現したいと思っています」
「みんチャレ」がこれまでに実施してきたバージョンアップの回数は1000回を超える。「まだまだ、試してみたい機能のアイデアは尽きません」と長坂氏は語る。より人が楽しく行動できて、健康かつ幸せになる未来を目指して、「みんチャレ」はユーザーとともにサービスを成長させていく。