イノベーションプロジェクト、ワークショップデザイン、ファシリテーションの方法論などを通じ、人と組織の創造性を高める研究を行う安斎勇樹氏による、組織づくりのためのルールのデザイン論。
(この記事は2023年7月20日(木)に発売された『XD MAGAZINE VOL.07』より転載しています)
安斎勇樹(あんざい・ゆうき)
1985年、東京都生まれ。株式会社MIMIGURI 代表取締役、東京大学大学院 情報学環 特任助教。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高める方法論について研究している。主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社、2020年)、『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年)などがある。
ルールを遵守する遊び、ルールを再構築する遊び
ルールと遊びは密接に関わっている。ゲームやスポーツを楽しむためにはルールの遵守が不可欠であるし、他方、既存のルールを破る行為にもまた魅惑的な何かがある。
フランスの哲学者ロジェ・カイヨワは、人間の遊びには「ルールに従うことで楽しめる遊び」と「既存のルールにとらわれない自由な遊び」があると指摘した。前者はチェスやサッカー、ギャンブルなどが挙げられる。後者はごっこ遊びや見立て遊び、空想表現などがそれにあたる。
子どもは元来、後者の自由な遊びのエキスパートだ。私の4歳の娘は、たびたび「時間よ止まれ!」と私に魔法をかけてくる。私は一生懸命動けなくなったフリをするわけだが、ここでは現実世界のルールは無視されていて、代わりに別の暗黙のルールが新たに生成されている。このような、想像力によってルールを再構築する遊びを、カイヨワは「ミミクリ(mimicry)」と呼んだ。
こうした遊びはあくまで「子どもの世界」の話であって、ビジネスには無縁のように思える。実際に、一般的な企業では目標達成と人材管理のために仕事の進め方はルールに縛られていて、逸脱の余地がない。出社時間、営業ノルマ、業務マニュアル。それらは不祥事やトラブルのたびに新たに追加され、もはや覚えきれないほどだ。ルールを追加するほど組織は硬直化し、職場には閉塞感が蔓延する。そうして私たちは、気づけば“ルールの奴隷”となっていく。
このような状況を考えると、組織において「遊ぶ」余裕などないように思える。あるとしても、同僚と営業数値を競い合ったり、事業成長を育成ゲーム感覚で楽しんだり、リソースの不足を“縛りプレイ”と考えたりなど、心がけを変えることで「ルールに従う過程を楽しむ」のが関の山だろう。結局のところ、私たちはルールの奴隷になるしかないのだろうか。
“ローカルルール”で組織の創造性をハックする
本稿の提案は、想像力によってルールを再構築する「ミミクリ」遊びによって、職場の創造性をハックする考え方だ。自らルールをデザインする視点を持つことによって、閉塞感を打破し、組織を「遊ぶ」ことが可能になる。
いやいや、組織のルールを変えられるのは経営や人事の領分で、そうでない多数の従業員にとっては無縁ではないか。そう思われるかもしれない。しかし職場における“ローカルルール”であれば、誰にでもデザインすることができる。
ローカルルールとは、特定の地方に浸透した非公式のルールのことである。例えばトランプゲームのひとつである「大富豪」には「革命」「8切り」「縛り」などの多様なローカルルールが存在する。大富豪のグランドルールは破壊しない範囲で、地方独自のアレンジが加えられたものである。組織においても、企業理念や就業規則を侵害しない程度に、自分の職場やチーム独自のローカルルールをうまくデザインすることで、仕事の面白さは格段に変わる。
ルールデザインの4つの基本型
ルールにはいくつかの型がある。本稿では、以下の4つの基本型を参考にしながら、職場のローカルルールのデザインアプローチを検討していこう。
1|禁止型:~してはならない
2|強制型:~しなければならない
3|条件型:もし~の場合、~する
4|意識型:~の視点を持つ
[1]禁止型:~してはならない
禁止型とは、特定の行動を差し止めるためのルールである。一般的に不祥事やトラブルを抑止するために使われることが多い。例えば秘密保持のためのルールや、不正行為を防止するためのルールがこれにあたる。
しかし使い方によっては、禁止型のルールは人間の好奇心と創造性を刺激する。例えば、人気バラエティ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)のかつての大晦日の特番シリーズに「笑ってはいけない」という名物企画があった。お笑い芸人たちに「笑うと罰せられる」という逆説的なルールが課されていることが独特の滑稽さを生み、人気を博していた。
これを参考に、職場において一般的に「良し」とされている行動を禁止してみてはどうだろうか。普段とは異なる試行錯誤が誘発され、刺激的な会議になるはずだ。
例:会議において、良いアイデアを提案してはならない
例:会議において、1 分以上長く話してはならない
[2]強制型:~しなければならない
強制型とは、特定の行動を必須とするためのルールである。出社時刻や日数、勤務時間、全社総会への出席などに適応されることが多い。管理型のマネジメントと相性がよく、創造性や遊びとは無縁に思える。ところが禁止型と同様に、遊び心を持ってローカルルールに落とし込めば、以下のような例が思い浮かぶ。
例:上司の意見に対して、必ずツッコミを入れなくてはならない
実行には上司の協力が必要であるが、うまくいけばこのルールを“言い訳”にして、心理的安全性の醸成にもつながるかもしれない。小道具に凝るのであれば、ハリセンを用意しておくのも一興だ。
[3]条件型:もし~の場合、~する
条件型とは、特定の条件において適用されるルールである。もし必要経費が規定金額を超える場合は事前申請が必要、といったものだ。
筆者が経営するMIMIGURIでは、“アジェンダブレイク”と呼ばれる会議ルールがある。会議のアジェンダと無関係でも、どうしても話したい衝動が湧いた場合は、脱線しても構わないというルールだ。
例:もし衝動が湧いた場合は、会議のアジェンダから脱線しても良い
無条件に「いつでも脱線して良い」としてしまうと、秩序が崩壊し、仕事が成立しない。しかしこのように適用条件を明示することでバランスが生まれ、互いの衝動を尊重する風土にもつながる。
[4]意識型:~の視点を持つ
意識型とは、特定の意識や態度を奨励するルールである。企業の行動指針( クレド、バリュー)などがこれにあたる。例えば「チャレンジする」という指針が掲げられていた場合、常に挑戦を意識することが奨励される。
あくまで“奨励”で強制力が弱い分、意識型のルールは短期的な実験に向いている。例えば以下のようなものはすぐに試しやすいだろう。
例:会議の冒頭で、各自“アイデア・発想が豊かな人物”を思い浮かべる。身近な人でも、有名人でも構わない。この会議では、常にその人物かのようにふるまってみる。
例:これから1週間、ターゲットユーザーになりきって生活してみる
ローカルルールは伝染し、組織を変革する
こうした“ローカルルール”の多くは、すぐには大きな成果にはつながらないだろう。しかし実験を繰り返していくと、稀に思いも寄らない効果につながることがある。手応えを感じたら、すぐに他のチームに試行錯誤の過程をシェアすることがポイントだ。
“ローカルルール”の強みは、伝染力である。シェアしたルールをもし隣のチームが真似し始めようものなら、それは大袈裟でなく、組織変革のきっかけになる。非公式であるはずのローカルルールのうねりが経営に届いたとき、それは公式なグランドルールに昇格する可能性を秘めているからだ。この過程を経営学では「組織学習」と呼び、イノベーションの手段として注目されている。
人間の遊びは、常に新しい文化をつくり出すきっかけになる。さあ、ルールデザインを始めよう!
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