「百貨店でアート作品と出会う」と聞くと、どのようなイメージが思い浮かぶだろうか。書画や陶磁器などの古美術や、学生時代に教科書で見かけたようなモダンな西洋画などの作品群を連想する人が多いかもしれない。しかし、近年はこうした確たる歴史のあるアート作品に加えて、現代アートまで取り扱う流れが盛んになっている。
近年の例を挙げると、大阪・大丸心斎橋店ではリニューアル時に現代アート作品の取り扱いがはじまり、翌年には東京・日本橋三越に「三越コンテンポラリーギャラリー」がオープンするなど、その動きは全国に広がりつつあるようだ。
福岡の中心、天神エリアにある三越伊勢丹ホールディングス傘下の百貨店「岩田屋」も、こうした流れを汲んでいる。2021年2月10日には、本館の2階にコンテンポラリーアートギャラリー「Gallery CONTAINER」をオープン。海外のアートマーケットで高い支持を得たアーティストの作品はもちろん、地元福岡出身の若手作家の作品などを幅広く取り扱う。さらに年に2回、本館と新館の随所で現代アートを展示する「LIFE WITH ART」というイベントを実施するなど、現代アートへの期待は高い。
ではなぜ、百貨店が取り扱うアート作品の幅を広げつつあるのだろうか。またアートを通して百貨店での顧客の体験をどのように変えようとしているのだろうか。これらの実態について聞くため、福岡を訪れ、岩田屋三越の方々に話を聞いた。
百貨店と現代アート
「日本のアート産業に関する市場調査2021」*によると、日本国内の美術品売上高は国内の事業者だけで1868億円にのぼり、うち857億円は国内の百貨店による売上高だ。つまり、国内販売の約半数近くを百貨店が担っている。
*「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造
また、近年アートマーケットが活気づいていることも付け加えたい。2021年に開催された「アートフェア東京」では、過去最高益を記録し話題を呼んだ。さらに、2023年からは文化庁の主導によって現代アートの振興政策が進められていることも相まって、現代アートへの社会的な関心は高まりつつある。
では実際、こうしたギャラリーが設立されるに伴い、百貨店内部ではどのような会話が交わされていたのだろうか。岩田屋本店にて現代アートを担当する樋川氏にGallery CONTAINER設立の背景から訪ねた。
樋川氏「私たちが所属している株式会社岩田屋三越は、福岡三越と岩田屋の2つの百貨店を運営しています。それぞれの百貨店の特性を平たく説明すると、福岡三越が伝統的に価値があるような、由緒あるものを紹介する百貨店。岩田屋は新進ブランドなどを積極的に取り入れ、お客様に新たな価値を紹介する百貨店、といったキャラクターの違いがあります。そもそも百貨店は古くから衣食住のライフスタイルに関する品々を数多く扱ってきました。時代や人々の価値観の変化に対して、多様な視点や考えを提案する現代アートとは個人的に親和性を感じ関心がありました。
しかしことアートに関しては、福岡三越では、いわゆる古美術や近代美術などのオーセンティックなアート作品を長年取り扱っていますが、岩田屋では近年、アートに関する主立った取り組みがありませんでした。これらの状況を鑑みて、福岡三越とは異なる見せ方でお客様にアートを紹介できるような場を岩田屋に作れないか、と考えたんです」
樋川氏「商品としてアートを扱いたいというよりも、百貨店としてより身近にライフスタイルの一部としてアートに触れられるような体験をつくることからはじめたいという思いで、まずは2020年に現代アートを取り扱うポップアップストアを実施したんです。喜ばしいことにこのポップアップストアがお客様からの反響もよく、また売上も好調だったため、一時的ではなく、恒常的に現代アートに触れられるギャラリーを設立すれば、より多くの方に喜んでもらえるのではないかと動きはじめました。
さらに、設立の背景としては、ギャラリーへ足を運ぶ敷居を下げたかったんです。美術館やギャラリーのような“アートを見に行く”ための格より専門的な場所とは異なる立ち位置として、ショッピングの合間などもう少し手軽に立ち寄れてアートにふれられる出会いの場所にしたかった。構想当時から世間ではラグジュアリーブランドと現代アート作家のコラボレーションなどが話題でしたし、ファッションに関心のあるお客様はアートにも関心をもってくれるのではないか、と仮定し、アートスペースを作るために動き始めました。
また、岩田屋と福岡三越の両方に携わっている私としては、福岡三越では伝統ある名匠の方々の作品を紹介し、岩田屋では新しい表現で活躍されている方々を紹介することで、それぞれの百貨店の文脈を、美術を通して表現したいと思っています」
岩田屋における現代アートの取り組み
よりアートと接しやすくするためにつくられたGallery CONTAINERの特徴は、その場所にある。通常、こうしたアートスペースなどは上階層に設けられることが多いが、同ギャラリーが位置するのは本館の2階。海外のラグジュアリーブランドなどが入ったフロアだ。なぜ、このような場所にギャラリーを構えているのだろうか。
樋川氏「従来の百貨店のギャラリーは、基本的にそこへお客様がめがけて来るような上層フロアにありました。でももっと、日常的にアートへの接点を増やすことで興味を持ってもらおうと、立ち寄りやすいようにエスカレーター上がってすぐのこの立地にしています。
その結果、実際に催事の中でライブペイント(絵の制作過程を見せるパフォーマンス)を実施した際も、ショッピングをしているお客様が興味を持ってくれて、ギャラリー前に人だかりができるようなこともあったり、子連れのお父様がアーティスト本人に「あなたの作品を、以前街中で見かけたことがあって、とても好きな作風だと思っていたんです!」と話しかけるような出来事があったり、日常的にアートへの接点を増やしたいという思いは少しずつでもかたちになりつつあります。これらの出来事はまだ第一歩に過ぎませんが、これまで興味がなかった人、あまりギャラリーに足を運んでこなかった人にとっても、自然とアートに出会えるような場所にできればと」
では、主にどのような作品が選ばれているのだろう。
樋川氏「作品を選ぶ基準の一つは、アーティストのクリエイティビティに共感できるかどうかです。日々お客様と会話する中で『地元のアーティストを応援したい』という声をいただきます。そのため、アートマーケットだけを意識するのではなく、天神に構える百貨店として九州にゆかりあるアーティストを選定することに加え、かつまだ福岡では紹介されていないような新進のアーティストまで紹介できるよう意識しています。
もう一つは、ダイバーシティです。岩田屋は“百貨”店なので、お客様の趣向もさまざま。絵画や彫刻といった特定のカテゴリだけに特化せず、どのような新しいアーティストも紹介できるように名前も『Container』、つまり“入れ物、容器”というプレーンなニュアンスにしています」
天神の百貨店ならではの見せ方も
岩田屋はGallery CONTAINER運営の他にも、現代アートへの取り組みを行っている。それが、岩田屋の随所をつかったイベント「LIFE WITH ART」だ。初開催は2020年3月に「INTRO」と銘打たれ、2022年9月には「PLAY」、その後は2023年3月に「DAWN」、同年9月に「LIFE WITH ART」と名前を変えながら国内外のアーティストの作品を紹介するイベントを実施してきた。
樋川氏「このイベントは、音楽と同じくらい感覚的にアートを楽しんでもらおうという主旨で実施しているものです。音楽は感性に訴えかけて、心を豊かにしてくれるもの。さらにアートよりもカジュアルに接するものでもありますよね。アートもそれくらい身近なものとして取り入れられていけばいいなと。
そのため、普段アートに関心がない方でも、違和感なくアートに触れられるような仕掛けも工夫しています。2023年9月に開催した『LIFE WITH ART』にて出展いただいたアーティスト、Keeenueさんの作品を例に挙げると、天神エリアは現在大規模な再開発事業が進められている最中なのですが、Keeenueさんは歴史あるビルの工事用仮囲いにアートを施し、ひときわ目を引くウォールを手がけられていました。
これを受けて、同年の『LIFE WITH ART』では、Keeenueさんにキービジュアルを描き下ろしていただき、岩田屋のウィンドウやエントランス、エレベーター、エスカレーター、フロアなどの装飾を彩り、作品展示も行うことによって、『このビジュアル、あのビルでも見た!』という風に、日常的にアートに触れあっていない人にも知っていただくきっかけができました。
当館がこうした取り組みに力を入れている背景としては、アーティストと百貨店が二人三脚で成長していくことに、私自身が憧れていたんです。岩田屋で紹介している作品はセカンダリーよりもプライマリー*の作品が中心。
*プライマリーとセカンダリー…アートマーケットにおける2つの市場。前者はギャラリーから最初に販売される作品、後者はオークションやギャラリーなどを通じて二次販売される作品を指す
プライマリーを扱うことは、前例にあてはめづらいことから売上が読みづらいなどチャレンジングな面もあるのですが、その反面、もしかすると岩田屋で紹介したアーティストが、50年後は時代を代表するアーティストになるかもしれません。そのためにはまず、百貨店とアーティスト、双方が強いつながりを築いて互いに成長できるような状態を目指すことこそ、岩田屋が取り組むべきことなのではないかなと」
ギャラリーの運営やアートイベントの実施は、実際に販売する場所であると同時に、お客様に作品の価値やアーティストの魅力を紹介するメディアとしても機能している。百貨店がこのような取り組みを行ううえでは、どのような目線を大事にしているのだろうか。樋川氏とともにアート関連の施策に携わる営業政策担当のマネージャーである大石氏に尋ねた。
大石氏「岩田屋に足を運んでくださるお客様は、買いたいものを購入するためだけにお越しくださっているわけではないと思っています。なにか新しいものに出会いたい、新鮮なものにふれて気分を上げたい、という気持ちを持って立ち寄ってくださる方も数多くいらっしゃいます。そのため、ふと訪れたときにも楽しんでもらえるよう、1階のメインエントランス入ってすぐの場所に作品を展示したりビジュアルを施したり、エスカレーターの手前の床にキービジュアルを表示したりと、単純にアート作品を紹介するだけではなく、百貨店でのショッピングの体験が変わるような、ワクワクするような仕掛けにすることは前提としてありますね。
さらに、この取り組みは思わぬかたちで嬉しい反応も寄せられていて。同じ岩田屋で働く従業員からも、普段目にする館内とちがう装いになっていてワクワクするといった声も多く、さらに毎回テーマや会場を少しずつ変えていることも相まって、お客様だけではなく従業員までもが楽しみに思ってもらえるようなイベントになりつつあるのかなと。でもその分、次はどのような展開にしよう、とハードルは上がるのですが(笑)。これからも期待に応えられるようなかたちで、アートを紹介していきたいと思います」
現代アートが百貨店の可能性を広げる
これまで現代アートに取り組んでこなかったからこそ、その分ポテンシャルも十分にある。Gallery CONTAINER、LIFE WITH ARTと2つの体制が整った今、これからはどのような展開を目指していくのかを聞いた。
樋川氏「これはまだアイデア段階ですが、ファッションと現代アートのコラボレーションをなんらかの形で提案できればと考えています。岩田屋はお客様からファッション領域に強い百貨店として親しまれてきた歴史もあるので、例えばファッションブランドのフロアに現代アートの作品が展示されていたり、ファッションブランドと一緒にアーティストがイベントを実施したりと、通常のギャラリーや美術館では実施できないような取り組みも行える余地があると思っています。
さらに、私たちには系列百貨店のバイヤーがいて、ギャラリーやコレクター、お客様との距離が近いことは強みだと思うんです。現代アートのマーケットにおけるトレンドはもちろん、お客様の声からアーティストを知り、作品を知り、現代の潮流も知ることができるうえに、そこで得た情報をダイレクトに展示やイベントに反映できるんです。その点では、美術館やギャラリーよりももっと、お客様に近しいところでアートを紹介できる強みがあると思います。
また、福岡はアジアの玄関口として海外からのお客様も数多く来られます。2023年は歴代最高を記録するほど多くの海外旅行者の方に岩田屋へ来ていただいたので、日本国内だけではなく、海外の需要にも応えられるようなものは用意していかなければと感じますね。
さらに、何回かイベントを重ねる中でお客様の反応も得られるようになってきました。その場で初めてアート作品を購入したお客様が、今は倉庫を借りて収蔵するほどのコレクターになられていたり、子連れで通りがかったお客様がアーティストと直接話して作品を購入してくださったりと、理想としていた光景を見られるようになってきたので、よりアートとの接点を増やせるように尽力していこうと思います」
大石氏「岩田屋、三越の美術のバイヤーは、実際に店頭で実施するフェアの時、会場に立って直接お客様とお話することが多いんです。お客様の声や反応がとても拾いやすい環境にあり、時代に合わせた提案ができる自負があるので、この環境を活かしながら、岩田屋にお越しになるお客様だけに限らず、天神へ遊びに来た方、福岡へ遊びに来た方にとってアートを見にいける場所として広げていきたいです」
次回開催予定「LIFE WITH ART」
日程|2024年9月18日(水) – 23日(月・祝)
場所|岩田屋本店(本館1階 KIRAMEKIBOARD / 本館2階 Gallery CONTAINER / 本館7階 大催事場)
開館時間|午前10時 − 午後7時[最終日午後5時終了]
取材・文/梶谷勇介 写真/タケシタトモヒロ 編集/鶴本浩平(BAKERU)