オーダースーツの領域に4年程前から挑む、カスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO(ファブリック トウキョウ)」。
2014年のサービス開始から、スタートアップとしてオンライン・オフラインを横断した購買体験を提供。オーダースーツの満足感とテクノロジーを活用したいつでもどこでも買える利便性を、製造から販売までを一貫し安価な価格で提供している。
前編では同ブランドが提供するオンラインとオフラインを横断した顧客体験の作り方へとフォーカスした。続く後編ではよりよい顧客体験を提供するための仕組み、組織のあり方をFABRIC TOKYO代表取締役CEOの森雄一郎氏に話を伺っていく。
オンラインでもオフラインでも、データで顧客体験を高める
—— オフラインとオンラインがあると、見るべき指標も改善点も複雑になると思います。顧客体験向上のため、FABRIC TOKYOではどのような点を意識されているのでしょうか。
森:定量・定性の双方で顧客視点を持ち、データに基づいた意思決定をしています。そのために、オンラインに限らずオフラインでもデータを取得できるよう、店舗スタッフに接客データをアーカイブしてもらっています。
オフラインの定量的な分析では、接客時間、サイズ登録情報、気になっているアイテム、その場で購入したのか、といった情報をすべて記録。そこに、オンラインのデータを紐付け、お客様が購入した商品やリピート率、サポートでの対応内容など、細かく分析できるデータベースを構築しています。
——さまざまなデータを分析してらっしゃるんですね。その分析からはどういったことがわかるのでしょうか。
森:最近ですと、行動データの分析からリピーターのお客様の多くは、店舗での接客時間が短いことが判明しました。我々の仮説としては、スーツは決して安くない商材なので、じっくり接客をしたほうが満足度が高いと考えていたのですが、実際は逆。お客様はスマートオーダーという便利なシステムを気に入ってくださり、ビジネスウェアでも時間をかけずに簡単に購入したいと思っている。そのニーズの現れでした。
この結果を踏まえ、店舗での体験をなるべく最小限にし、時間がかからないオペレーションへと変更。普通のオーダースーツ店でおこなっているような「どの商品にしますか?」「カスタマイズしますか?」といったオンラインでもできることは最小限にし、店舗ででしかできない体験にフォーカスしました。
—— オンライン・オフラインの双方のデータがアーカイブできているのは大きな強みですね。定性的な情報はいかがでしょうか?
森:定性的な分析ではユーザヒアリングを頻繁に実施し、直接顧客から情報収集をするようにしています。ちょうど先日も新機能のリリースに向け、20人の方にオフィスまでお越しいただきお話を伺いました。その様子はムービーにし、機能追加に携わる開発メンバーだけでなく社内全員に公開しています。
すべての人がアクセスできる状態にすることによって、思わぬ気づきを発見してくれる場合もありますし、エンジニアなど普段顧客接点が少ないメンバーにとっては生の声を聞く貴重な機会にもなっています。
—— このような改善結果はどのようにフィードバックを得ているのでしょうか?
森:顧客体験の変化をわかりやすく見るツールとしてはNPS(Net Promoter Score。顧客ロイヤリティを計測する指標のひとつ)を活用しています。前述のデータが変化しているかも大切ですが、サービス総体して満足度がどう変化したかを確認するのに活用していますね。一般的にNPSは定量的な分析ですが、定性的な分析のため、フリーテキスト形式のアンケートも実施。双方を通して日々いかに顧客体験を向上できるか模索を続けています。
顧客体験から逆算された目標設定
—— NPSのスコアはどなたかが責任を持ち、向上に向けてアクションを取られているのでしょうか。
森:当社ではNPSを1つではなく、3つにわけて数値を取得し、それぞれを担当する部署へとフィードバック。全体としての体験だけで無く、具体的にどこに課題があるのかを明確にし、その向上に務める設計をおこなっています。
具体的には「商品」「店舗」「CS(顧客のサポート窓口)」の3つを計測。これらはいずれも管理指標とし、それぞれのスコアが上がればFABRIC TOKYO全体の顧客体験が向上するという設計に落とし込んであります。
—— 各プロセスで適切な顧客体験が提供できているか測る役割をNPSが担っていると。
森:NPSだけではありません。なるべく各部署の管理指標は顧客体験から落としこむようにしています。
たとえば店舗スタッフの指標は「売上」ではなく「サイズのデータ登録」としています。これは店舗でサイズを登録してもらえれば、「どこでも簡単にビジネスウェアが簡単に購入できる」という、我々の一番の強みであり、お客様が今まで体験したことのない価値を提供できるからに他なりません。
逆に売り上げを指標にしてしまうと、スタッフはその場で購入してもらおうと尽力してしまい、「どこでも簡単にビジネスウェアが購入できる」というのがFABRIC TOKYOの顧客体験を阻害してしまいます。NPSをはじめ「本来提供したい顧客体験が提供できているか」が管理指標となる設計を心がけています。
組織で顧客体験を考え続ける姿勢
—— 組織内に数多くの顧客体験に紐付く指標があるとのことですが、その全体感を管理し、FABRIC TOKYOとしての顧客体験を常に改善し続けている方はいらっしゃるのでしょうか。
森:顧客体験に絡むことは役員レベルで常に議論を重ねています。加えて、チームとして支えているのが、「お客様の体験をマネージメントする」ことがミッションのCXM(Customer Experience Management)という部署です。
一般的な企業で言えばカスタマーサポートを担う部署が近いのですが、CXMは名前の通り顧客サポートやクレーム処理、窓口対応のための部署ではありません。お客様の生の声を受け取りながら、顧客体験をいかによりよいものとしていけるかを考える部署なのです。
実際、前期におけるCXM部署の四半期目標は「バリューチェーンの司令塔となり、UX(ユーザーエクスペリエンス)の司令塔になること」でした。
—— 担当役員の方とCXMが連携し、顧客の声を集め、改善への動きを統括されていると。
森:その通りです。ただFABRIC TOKYOの強みなのが、社員それぞれが自ら情報を共有するカルチャーがあること。CXMからの発信だけでなく、それぞれのメンバーからも発信されているのです。わかりやすいのでは日報のカルチャーですね。
当社では創業当初から日報を出すカルチャーがあり、各店舗のメンバーを含め業務日報だけでなく、日々の雑感や印象的だったお客様の話や学びなどさまざまな情報をオンラインで誰もが読める状態に共有しています。
すべてのメンバーが部署横断して内容を見られるため、気になるトピックに関してはオンライン上でディスカッションが生まれます。すると、実店舗で見えた課題をすぐにオンラインに実装するということも可能です。
—— CXMの部署発のものもあるのでしょうか?
もちろん、CXM起点のものもあります。最近ですと「今日のお客様の声」という、その日集まった声の一部をすべてのメンバーへ伝える仕組みを作りました。
こういった情報共有は、見過ごされがちなニーズを拾い上げる意味もありますが、お客様との距離が通りメンバーの顧客視点を育む意味合いでも役に立ちます。たとえばエンジニアメンバーなどはどうしてもお客様との距離が離れがちです。そういったメンバーにとって顧客が見えることはとても有益かなと思いますね。
組織全体で顧客体験を考える仕組み作り
—— 部署作りや、役員陣の考え方などFABRIC TOKYOでは顧客体験を重要視するマインドが醸成されているように思いました。組織全体に顧客体験を大切にする意識を持たせるために必要な要素は何だと思われますか?
森:我々もまだまだトライしている段階ではありますが、情報を開示しつつ、なるべく目線合わせをする機会を積極的に作り続けることではないでしょうか。FABRIC TOKYOはものづくりの会社のため、工場から店舗、オンライン、サポートに至るまで必然的にサプライチェーンが長く部署や関係者が多い。ですからすべての人に同じ目線を揃えるのは常に模索し続けなければいけません。
現状実践しているのは、毎週すべてのメンバーへ顧客体験の意識を持ってもらうための「全社会議」や「オペレーショナルエクセレンス会議」の実施です。ここでは、さまざまな部署が横断的に参加しコミュニケーションを取り、全社的に顧客体験の統一を狙っています。
もう少し長いスパンでは「顧客体験会議」という合宿形式の会議も開催しています。ここではカスタマージャーニーをもとに、お客様とFABRIC TOKYOとのタッチポイントの改善点や課題を抽出します。
どんなによい顧客体験を考えても、お客様の課題は変わっていきますし、われわれが提供できる価値もどんどん増えていく。“これで完成”という顧客体験は存在しません。その前提のもと、都度顧客体験をアップデートし続けていくマインドこそが大切なのかも知れません。
—— ありがとうございました。
撮影/加藤甫