顧客からの信頼の証、顧客満足度調査において(※1)1位を10年連続第1位を獲得する企業がある。しかも、各企業がおもてなしにしのぎを削る国内航空部門においてだ。(※1 日本生産性本部サービス産業生産性協議会が実施する「JCSI(日本版顧客満足度指数:Japanese Customer Satisfaction Index)」)
スターフライヤーは、福岡県北九州市に本社を置き、西日本から各地域への空路を担う航空会社だ。同社は、人類にとって記念すべき、“ライト兄弟フライヤー号初飛行”から100年目の2002年に設立した。設立から20年も経っていないにもかかわらず、顧客満足度調査において10年連続第1位を獲得するというのは並大抵のことではない。
しかし、慢心はしていられない。他社も顧客満足度の数値を上げており、差は徐々に埋まりつつある。次の10年も顧客満足度第1位を維持していくために、同社は顧客体験(CX)に着目した。
なぜ今、CXにフォーカスしたのか。営業本部マーケティング部顧客マーケティング課の竹内隆介氏と古賀智氏に話を聞き、顧客満足度とCXの関係や、アプリで実現したCX、そしてスターフライヤーとして理想のCXを語ってもらった。
強みの顧客視点をさらに向上し、次の10年を戦う
スターフライヤーでは設立当初から、顧客視点を踏まえたサービスが強みであった。他社同型機より座席数を減らしたことで実現した、きめ細やかな接客などのソフト面。レザーシート、機内液晶モニターと多様な映像コンテンツなどのハード面。ソフトとハードの両面が、顧客のニーズを捉えたもので、これらが顧客満足度の高さにつながっていた。
竹内「他社の同型機よりも最大で30名分の座席を減らしているので、その分お客様に目が届きます。寒そうにしていたらすぐに毛布を持っていく。座っているお客様が頭上を気にしていたら『荷物をお取りしましょうか』と声をかける。こういったお客様の要望を読み取る力を現場のスタッフは持っています。日常的に心がけていたお客様の視点でのコミュニケーションこそが我々の強みだったのです」
しかし、競合他社も顧客満足に力を入れている。同社が公開した、2020年の中期経営戦略「“らしさ”の追求-2020」にも、危機感が表れている。
他社の追い上げは激しく、その差はごく僅かなものです。また国内では、従来はLCCの積極攻勢が目立ちましたが、JALが国内線機内Wi-Fiサービスの無償化開始、それに続きANAも国内線機内Wi-Fiサービスを無償化するなど、FSC(フルサービスキャリア)が攻勢を強めています。さらにFSCは、普通席でのシートモニターや電源コンセントの設置も進めており、当社が従来強みとしていた機内居住性の優位性は大幅に下がっていくと認識せざるを得ません。(中期経営戦略「“らしさ”の追求2020」より抜粋)
竹内「次の10年もお客様から支持を得るには、これまでとは異なる戦略が必要だと考えました。他社には真似できない、弊社らしい戦略が求められていました」
スターフライヤーは設立以来、顧客視点を持ったサービス展開に強みを持っていた。「スターフライヤーらしい戦略」を考えたとき、同社は顧客に改めて向き合うことにした。
CXが分断された社内の思考やサービスをつないだ
スターフライヤーは、顧客のロイヤリティの差を検証するために、顧客へのヒアリングをおこなった。使った指標は、NPS(Net Promoter Score)だ。これは、家族や親しい友人にブランドや商品などの対象をどの程度薦められるかを点数で示してもらうことで、ロイヤリティを数値化するもの。調査結果からは、搭乗回数が同じでも、NPSには差が出ていることがわかった。そこで、点数が低い人と高い人での差異を調査したときに一つの特徴が浮かびあがったという。
古賀「調査を重ねてわかったのは、ロイヤリティの高いお客様は、スタッフとの思い出を持っていることでした。『私が◯◯のときに乗ったら、スタッフが◯◯をしてくれて、とてもうれしかった』など具体的なエピソードを持っているお客様が、継続的にスターフライヤーに愛着を持ってくださっていることが分かったんです。つまり、ロイヤリティの差はCXでした」
ロイヤリティの差がCXによって生まれていると把握した同社では、次の10年に向けてCXの向上に狙いを定めた。全社的にCXの向上に取り組むために、まずCXの概念やキーワードを社内に正しい形で広める必要があった。
竹内「『CXが大事だ』と伝えても、そもそもCXの意味も読み方も大半のスタッフが知らないところからのスタートでした。まずは『カスタマーエクスペリエンス』というキーワードを、社内のあらゆるメディアに載せていきました」
「カスタマーエクスペリエンス」という言葉が社内に浸透したあとに活躍したのが、「カスタマージャーニー」だった。カスタマージャーニーは、サービスの提供時や、商品の購入時だけでなく、認知から購入後のサポートまで、顧客とのあらゆる接点を時系列で整理する手法だ。
竹内「点を線へと繋げ、お客様のCXをトータルで向上させることができれば、他社には簡単に真似することができない『スターフライヤーらしさ』になる。そう考えて、予約時から搭乗後までのカスタマージャーニーを描き、お客様の旅全体の体験をカバーしていく方針を決めました」
「絵にすることで、合点のいくスタッフが増えていきました」と竹内氏は当時のことを振り返る。作成したカスタマージャーニーマップを用いながら、同社はCXの理解を全社的に深めるための社内ワークショップを何度も開催した。部署内のキーマンとなるスタッフに参加してもらい、繰り返し同じメンバーで学びを深めていく。社内ワークショップ参加者が深めたCXへの学びは、キーマンを通じて各部署へと横展開していった。これにより、さらに全社的にCXの概念が浸透していった。
竹内「これまでもオントラベル(空港・機内)・オフトラベル(予約段階や搭乗後など)という言葉を使っていて、搭乗時以外のコミュニケーションが大事だという認識はありました。しかし、オントラベルは現場のスタッフ、オフトラベルはマーケティングやデジタル部門のように、社内で担当も思考も分断されており、トータルで顧客の体験を向上させる視点が欠けていたんです。CXという言葉が、途切れていた社内の認識をつなぎ、お客様の体験をトータルで考える役割を果たしました」
CXに注力した結果生まれたのが、スターフライヤーが2018年9月にリリースした新アプリだ。航空機の運航状況から、機内や搭乗後のサービス、クーポンなどが提供される。重要視されているのは、デジタルとアナログの融合だ。これらのサービスには、ロイヤリティの差を生んだ「スタッフとの思い出」を増やしていくため、同社スタッフとの接点が発生するよう設計されている。例えば、軽食サービスなどのクーポンを利用してもらう際には、スマートフォンの画面をスタッフに提示してもらうようにした。顧客との自然な接点が生まれ、スタッフとの思い出につなげていく考えだ。チャットサービスにも工夫を凝らしている。
竹内「テクノロジーを使えば、チャットボットを導入することもできます。しかし、我々は高い評価をいただいている弊社のコールセンターにチャット対応スタッフを設けて、人による応対をすることにしたんです」
古賀「当然、チャットボットのほうが効率的です。しかし、今のテクノロジーでは、人と同レベルの顧客視点をボットに望むことはできません。時間も手間もかかりますが、お客様に喜んでもらえるよう、あえてアナログな対応を残しました。お客様の要望を細かく伺って座席を提案したり、質問にもスムーズに回答することができます」
元々、顧客視点に強みを持っていたスターフライヤーが、CXの概念を取り入れたことで、サービスや社内の分断をなくし、より顧客のためのサービスを提供するに至った。スターフライヤーは、全体のCX向上を武器に次の10年も顧客満足度第1位の獲得に挑戦する。
深さと広さのある「スマートエクスペリエンス」へ
今後20年、30年と、顧客からの信頼を長期的に得ていくために必要なことはなんだろうか。スターフライヤーが重要視するのは、顧客の日常にも関与することであり、そのための新しいアプリだ。
竹内「多くのお客様にとって理想的なCXは、飛行機を乗るためのあらゆる体験が、便利なことや適切なことであると考えます。我々はそれを『スマートエクスペリエンス』と呼んでいます。これまでもリアルなコミュニケーションに関してはご評価いただいていますが、今後アプリによって、搭乗の前後だけでなく、日常にもスマートエクスペリエンスを広げていきたいのです」
毎年、飛行機に乗る時期が決まっている人、仕事で頻繁に乗っている人、家族で乗る人、一人で乗る人、それぞれに必要な情報と必要なタイミングは異なる。アプリから得られる顧客の細かなデータにより顧客理解を更に深めることができる。
竹内「お客様の状況に応じたカスタマージャーニーを描き、適切な情報を届けなければなりません。これからは、お客様の搭乗履歴だけでなく、アプリからより細かいデータを取得することができます。適切にパーソナライズされたコミュニケーションをお客様にお届けすることができるはずです」
一人ひとりにパーソナライズされた深さのある体験を提供すると同時に、様々な顧客に対応する広さもスマートエクスペリエンスには重要だ。
竹内「現状、弊社のお客様はビジネスパーソンが多いのですが、ファミリーにも、高齢の方にも、お体の不自由な方にも、例外なくスマートエクスペリエンスを届けられるよう、ユニバーサルなサービスを目指していかなくてはなりません。誰もが快適に旅を楽しめるように、今後もCXを改善していきたいと考えています」
顧客満足度10年連続第1位の背景には、スターフライヤーが続けてきたリアルコミュニケーションのCXの高さがあった。現場スタッフの顧客視点の接客が、搭乗時の特別な体験をつくりだしていたのだ。顧客からのヒアリングを通じてその強みを再認識した同社は、カスタマージャーニーを作成し、次の10年に向けて今取り組むべき指針を社内外に共有している。
企業目線に立つと役割や仕組みの中で「ここからここまでが自分たちの仕事だ」と細分して思考しがちだが、顧客にとっては予約から搭乗後まで一貫して同じ企業から受けているサービスである。
CXというキーワードは、分断されていた部署や思考をつなぎ「顧客にとって本当に必要とされている体験」を受け渡していくタスキのような役割を果たせるのかもしれない。
取材・文/葛原信太郎 編集/モリジュンヤ 撮影/須古恵