1平米あたり4,000〜5,000万円。日本一地価の高い街・銀座に「公園」をつくったソニーの挑戦は、大きな話題を呼んだ。
かつてショールームとして機能した旧ソニービルがあった土地に「Ginza Sony Park(以下、ソニーパーク)」を生み出した同社。地上には、緑やウッドデッキ、ベンチなどが用意され、地下のフロアにはカフェやクラフトビール専門店、雑貨店など、いくつかのショップもある。
しかし、ソニー製品を全面に打ち出すことはない。ライブなどができるスペースもあるが、ソニー製品の広告となるようなイベントも原則として行われていない。
いったい、ソニーはなぜこの「公園」をつくったのだろうか。運営を担うソニー企業株式会社 代表取締役社長兼チーフブランディングオフィサーであり、Ginza Sony Park Projectのリーダーを務める永野大輔氏にその背景を伺うと、現代の企業における「公共性」と「ブランディング」のあり方が見えてきた。
創業精神から導かれた「公園」という選択肢
──「ソニーパーク」立ち上げの経緯を教えてください。
2016年にソニービルが50年を迎えるにあたり、ソニーの平井一夫社長(当時)のもとでビルの次のあり方を検討するプロジェクトがスタートしたのが2013年。ソニーの象徴であり、ブランド発信基地であるソニービルを生まれ変わらせるため、建築デザインを誰にお願いするのか、ビルの高さはどうするか、中にどんなテナントを入れるのかなどを話し合っていました。
──当初から「公園」というコンセプトでスタートしたわけではないのですね。
そうなんです。話し合いを進めていくと、どうしても「建て替え」の発想になってしまう。他のビルと似てしまうんです。それが本当に「 “ソニーらしい” のか」「ソニーとしてこの方向でいいのか」と立ち止まり、そもそもの「ビルの建て替え」の是非を考えました。このとき注目したのが、ソニーが創業当初から掲げてきた「人のやらないことをやる」精神でした。
2020年に向かっていろいろな建物が壊され、つくられていきます。どんなに立派なビルを建てても、ワンオブゼムになってしまう。それよりも「建てない」選択肢を選んだほうがソニーらしいと考えたんです。
──あえて建てないことが「ソニーらしさ」になる、と。
はい。もうひとつのヒントは、1966年にソニーの創業者のひとり盛田昭夫がつくったソニービルの建設趣旨でした。そのキーワードは「街に開かれた施設」。私企業の土地でありながら、旧ソニービルは街の一部として公共性を意識していました。その象徴が数寄屋橋の角にあった「ソニースクエア」。盛田はここを「銀座の庭」と定義し、公共スペースとして活用していたんです。
銀座の一等地を、あえて開放し、街に開かれた施設にする。この想いを継承したコンセプトが「公園」なのです。
──ソニーパークの背景にあるのは、50年前から変わらぬ想いなのですね。
はい。また、銀座の方々がプロジェクトを応援してくれたのもうれしかったですね。銀座には座る場所も緑も少ないため、公園は街にとってもプラスに働きます。
「人生は、うれしかったりつらかったりといったアップダウンがあって、豊かになる。同じように、街も新しいお店、老舗、路地裏、ラグジュアリーショップなど、いろんな“リズム” がミックスされ、豊かになる。ラグジュアリーな銀座を、ソニーパークがドレスダウンさせる。つまり、銀座の敷居を下げ、新しい来街者を増やしていく」
まちづくり協議会の方々とは、こんな話をしました。実際、ソニーパークができて、これまで銀座に来たことがなかった方たちが多数、訪れています。ソニーパークは2020年秋までの2年間限定のプロジェクトを予定していますが、次のビルを建てるときにも、過去50年の想いを継承し、コンセプトは変えない方針です。
ソニーパークは「らしさ」を伝えるインターフェイスであり、プラットフォーム
──大胆なコンセプトに対し、社内から反対意見もあったのでは?
ビルのほうがテナントの賃料も取れるし、屋外広告も取れる。採算性への危惧は少なからずありました。しかし、普通のビルではお客様の「驚き」や「感動」を得ることはできません。創業精神の「人がやらないことをやる」に立ち戻り「公園」を再構築するほうが、はるかにわくわくできるはず。創業精神に支えられ、反対する声に流されずにプロジェクトを推進していくことができました。
ソニーパークが設置されるこの2年間は、採算性をいったん置き、次のステージに行くためのきっかけなのです。ただし、採算性を無視はしていません。周囲に様々なビルが乱立する中「建てない」ほうが目立ちます。実際、公園をつくったことでメディアへの露出も増え、想定以上のパブリシティを獲得できました。
──メディアへの露出によって、ソニーのブランディングができたんですね。
はい。ソニーパークは、企業と人を結ぶ「インターフェイス」であり「プラットフォーム」です。大事なことは「公園」というプラットフォームを活用し、ブランドコミュニケーションができること。
そもそもソニーでは、映画、音楽、金融など、従来の家電やエレクトロニクスにとどまらない領域にまで事業を拡大させてきました。時代に合わせて事業領域が変わっていく中で、旧ソニービルが持っていた、商品を展示する「ショールーム」のような機能が限定された空間はそぐわなくなっている。そこで、機能が自由に変えられる「プラットフォーム」としてのあり方にシフトしたんです。
──時代に合わせて事業領域が広がり、これからも時代とともに移り変わるからこそ、「ショールーム」ではなく「プラットフォーム」が必要になった、と。
はい。また別の言い方をすれば、ソニーパークはウォークマンやプレイステーションのような「商品」だと考えています。そもそも企業にとって商品は、お客様との関係をつなぐインターフェイスです。ウォークマン、プレイステーション、aiboといったソニーの商品を通じて、ユーザーはソニーに「かっこいい」「クリエイティブ」といったイメージを抱きます。いくら企業側が「人がやらないことをやる」「遊び心がある」といった理念を打ち出しても、商品からそれを感じられなければ、ただのスローガンにすぎないですよね。
──ソニーパークに足を運び、ユーザーはソニーという「ブランド」を体験する。その意味では、商品によるブランドコミュニケーションと変わらないんですね。
その証拠に、オープンから1年、ソニーパークでは自社製品をテーマにしたアクティビティがないにも関わらず、「遊び心がある」「他の施設とは違う」「ソニーらしい」といったイメージを来場者が想起してくれていることがアンケートを通じて分かっています。狭義の「ソニー製品」がなくても、来場者は「ソニーらしさ」を感じてくれるんです。
社会が企業に求めることは大きく変化しています。現代では、企業に対して「かっこいい」「先鋭的」というイメージばかりではなく「サステナブル」「社会貢献」なども期待されている。しかし、企業が声高に「社会貢献をします」と言っても、それはスローガンにすぎません。ソニーパークが公共空間として人や街に貢献するからこそ「クール」「イノベイティブ」といったイメージを生み出せています。
プライベートが重なり合い、パブリックをつくる
──オープンから1年が経ちましたが、来場者にはどのように利用されていますか。
アンケートの結果を見ると「休憩」「通り抜け」「トイレ」といった過ごし方が多くなっています。オープン前は「本当にここでくつろいでくれるだろうか」「休憩やトイレなどに使ってくれるのか」と不安だったのですが、予想以上に多くの来場者が「公園」として利用しています。
建築家の槇文彦さんは「パブリックスペースをつくることはプライベートスペースをつくることと同義」と話しています。公園をつくる側の意識はパブリックでも、使う側はプライベートスペースになるから使うのです。お弁当を食べたり、スマホを触ったり、読書をしたり、それぞれがプライベートスペースとして自由にくつろぐ、その行為が重なり、パブリックスペースが生み出されます。逆説的に言えば、公的機関がつくるから「公共」が生まれるわけではない。利用する人々の行為によって「公共的」になっていくのです。
──そんなプライベートな行為の重なりを生み出すために、どのような工夫をしていますか。
重視したのは「余白」です。例えば、ときどき見かける小学生の女の子。ランドセルを小脇にテーブルで宿題をしている彼女は、お母さんと待ち合わせるために来園しています。お母さんからすれば、安全で、お金もかからず、駅に直結した便利な場所なのでしょう。パブリックな場である公園の本質が「余白」であり、余白を敢えてデザインしたからこそ、プライベートな空間として、それぞれが自由な使い方をすることができるのです。
人々は賢い。企業から「こうしなさい」「こう感じて」と押し付けるのではなく、余白をつくり、来園者の解釈に任せる。現代は「解釈の時代」と言いますが、まさしく人々は解釈したいのです。来園者を信頼し、委ねていい。ソニーというブランドを来場者が体験して、解釈する。委ねた結果として、企業のブランディングという目的に沿うことになるのです。
──ソニーパークでは、毎週、ミュージシャンによるライブ「Park Live」が開催されています。この企画にも公共空間としての狙いがあるのでしょうか。
ライブの一番の目的は「偶発的な出会い」を設計すること。公園で昼寝をしていたら音楽が聞こえてきた、というような偶発的な出会いを生み出したいんです。ワンドリンクの費用だけで素晴らしいライブが鑑賞できます。毎週金曜日の定期開催で「金曜夜はいつでもライブをやっている場所」として定着させたい。
東京スカパラダイスオーケストラのメンバーによるDJライブのときには、人生初のライブに来た高校生がいました。「ワンドリンク」システムすらもよくわからなかった彼女でしたが、ソニーパークで初めて生のスカパラのパフォーマンスに触れ、大喜びで帰ったそうです。彼女にとっての「ライブ」との初めての出会いをつくることができた。彼女は、こちらの方が涙が出るくらいの喜びをSNSに投稿していました。
──余白があり、偶然の出会いがあるからこそ、人々が集い、愛着が持てる空間になっていくんですね。
そうです。ソニーパークのブランディングは短期的なものではなく、未来への投資。セールスプロモーションとブランディングでは前提とする時間軸が異なります。体験が深く刻まれ、将来にわたってブランドのイメージも刻まれる。
これは個人的な意見ですが、ブランディングには「おしゃれ」「かっこいい」といった「フォアグラウンド(手前)」のブランディングから「社会に貢献する」「持続的な社会をつくる」といった「バックグラウンド(奥)」のブランディングまであると考えています。
短期的なフォアグラウンドのブランディングは簡単に別の企業に取って代わられてしまう。一方、バックグランドのブランディングはユーザーとの根の深い関係を結ぶことによって、ブランドスイッチを防ぐことができるんです。
──まさに、企業精神の「人のやらないこと」を象徴しているんですね。
「人がやらないことをやる」と「街に開かれた施設をつくる」に立ち戻り、ソニーパークはつくられました。私たちは決して新しいことをしているわけではありません。「原点進化」と呼んでいるのですが、私企業でありながらパブリックを内包する創業者の想いに立ち返り、進化させたものこそが、ソニーパークなのです。
文/萩原 雄太 取材/木村 和博 編集/葛原 信太郎 撮影/佐坂 和也