外出自粛が続くなか、自宅で過ごす時間が格段に増えた。そうすると、これまでは気にならなかった部分が気にかかるようになったり、生活スタイルを変えざるをえなくなった人も多いだろう。SNSを見ていると家具をレンタルする人々の投稿を目にする機会も増えている。
「緊急事態宣言後、在宅勤務向けのデスクやチェアなどの需要が大幅に増えました。家の中でのトレーニンググッズや調理家電の需要も増えています。最近利用されるお客様の声を聞くと、家に働くための環境がない方が、自粛を機に在宅勤務のための環境を整えているようです。この状況がいつまで続くかわからないということもあり、購入ではなく、レンタルを選択されているんだと思います」
家具家電のサブスクリプションサービス「CLAS」を運営するクラス代表取締役社長の久保裕丈氏はこう語る。ソファ、ベッド、テーブル、収納、照明などの家具から、洗濯機やテレビまで幅広い商品をレンタルできる同サービスを使い、柔軟に暮らしの空間を変えるユーザーが現れているという。
“『暮らす』を自由に、軽やかに” というビジョンを掲げている同社。家具家電のサブスクリプションが、どのようにユーザーの自由さや軽やかさへとつながるのか、住まいのあり方にはどのような変化が生じているのか、話を聞いた。
家が賃貸なら、家具も賃貸でいいはずだという発想
「家は賃貸なのに、なぜ家具は買うんだろう?」
「CLAS」の正式リリースを知らせる2018年8月のプレスリリースには、そんなシンプルな問いが書かれている。このシンプルな問いに向き合うサービスが生まれた背景には、久保氏自身が引越し時に感じた家具にまつわるストレスがあった。
久保氏「引越しの際に、家具の廃棄、選択、購入、それぞれに課題があると実感しました。特に大型家具は移動させるのは重く、解体も簡単にできません。粗大ごみの引き取りは時間がかかるし、集荷場所まで持っていくのも一苦労。所有していた家具も新しい空間に合うとはかぎりません。家具の利用には、様々な場面でストレスがあると気づきました」
人は環境が変わるとストレスがかかる。環境が大きく変わる引越しであれば、尚更だ。そのタイミングで、変化に柔軟に対応できない家具から受けるストレスは大きいだろう。だが、私たちはこれまでの経験から「家具は柔軟に変えられないから仕方がない」といつのまにか思い込んでしまっている。
久保氏「生活の不確定性もどんどん高くなっていますよね。今回の緊急事態宣言もそうですが、それに限らず、テクノロジーの発達や勤めている会社、給与、家族構成などが変わることも環境変化の要因になります。多くの変化要因があり自分の人生がどうなるかを見通すのが難しいなかで、住環境が固定されてしまうと変化で生まれる負の面に対応しづらくなってしまうと思うんです」
住環境を固定することのリスクを捉え、家具に関する課題を解決するために、久保氏は家具のサブスクリプションサービスを始めることを検討し始めた。
人は利用する家具をどう選んでいたのか?
サービスの検討を進める中で、久保氏はそもそもサービスのペルソナに近い自分のニーズを考え、周囲の友人にアンケートやインタビューを行っていった。久保氏がサービスを考える上で知っておきたかったのは、家具に対する「リテラシー」や「こだわり」だ。
久保氏「家具に対するリテラシーが高く、こだわりが強ければ、ユーザーのニーズが多様化していく可能性が考えられます。新しくサービスを立ち上げる事業者としては、多様なニーズに応えるために販売機会の少ない商品でも幅広く揃えるロングテール型のビジネスになると、在庫などの面からハードルが高くなってしまう。新たにサービスとして立ち上げられるかどうかを考えるために、リテラシーやこだわりを知らなければなりませんでした」
200名ほどにインタビューを行ったところ、好きな家具ショップや家具ブランドを聞いても6割以上が無回答だったという。これは久保氏が過去に働いていたアパレルと比較すると、大きな差異だ。アパレルでは回答はユーザーによって千差万別で、無回答もごく少数になる。家具とアパレルでは人々の関心が大きく違うことがわかったという。
一方で、リサーチによって家具にかける金額、購入頻度はそれほど低くないことも判明した。かける金額は大きいにも関わらず、ショップやブランドへのこだわりは強くないという状況は一体どういうことなのだろう。
久保氏「このユーザーの状況には、大きく2つの要因があると考えています。ひとつは家具の購入を体験する機会が少ないこと。家具は買って、失敗して、次に生かすといったサイクルを回しづらく、リテラシーが上がりにくい。
また、家具の情報を伝えるメディアが玄人向けに偏っていることも要因だと考えています。家具に関する情報に触れる機会が少なく、知識や興味を持ちづらいことがリテラシーに影響しているのではないでしょうか」
リサーチを踏まえてリリースされたCLASのサイト上には、シンプルなデザインの家具が並ぶ。実際の家具にはさまざまなデザインが存在しているが、こだわりがそこまで強くないのに選択肢が多くなってしまっては選ぶのにも一苦労だ。
具のデザインはシンプルにして選びやすく。その一方で、サイズや使い勝手など、実用面のバリエーションは増やす。部屋の大きさに適したサイズ、使い方に適した機能で選べることを大切にしたサイトとなっている。
家具の買い切りはせず、リペアにこだわる理由
家具のレンタルサービスとして、シンプルなデザインの家具を集めてスタートしたCLAS。実際にユーザーに利用されるようになると、ユーザーが家具に対して抱えていた不満や懸念が浮かび上がってきた。
久保氏「CLASでよくレンタルされるのは、ソファやベッドなどです。これらの家具は機能だけで考えると座椅子や布団など、他の家具でも代替可能なもの。これまで人々はこうした家具を『買っても邪魔になるかもしれない』と考えて、購入を躊躇してしまっていたのだと思います」
久保氏「実際に家具を配置してみないことには、自分にとって快適な空間になるかどうかはわからないと思うんですよね。思い切って購入したけれど、想像よりも空間に合わず、「でもしょうがないから」と我慢して利用している場合もあるでしょう。
我々のサービスを使うことで、どんどんインテリアを交換して試して、いまの自分にフィットした生活を求め続ける体験をしていただきたいんです」
提供したい体験を実現し続けるために、CLASはユーザーの声を大切にしている。家電や、クッションやラグなどファブリック系の商品は、サービスリリース後に要望が多くあったことで取り扱うことを決めたという。
ユーザーの声に耳を傾けてサービスを改善していく一方で、「家具の買い切りは要望があってもやりません」と久保氏は語る。
月額で利用料を払っていて、一定の金額に達し時点で買い切りになったら、ユーザーとしては利用のハードルは下がりそうだ。CLASが買い切りをやらないと決めているのはなぜなのだろう。
久保氏「私たちは、住空間作りという点で自由でいられることを大切にしたいという前提はありつつ、環境への負荷を下げたいという思いも持っています。家具を売ってしまうと、持つことにより制約が生まれてしまいますし、いつかは捨てられてしまうでしょう。しかし、サブスクリプション型のサービスで交換という形式であれば、我々の職人が可能な限り生まれ変わらせることができる。その方がずっと長持ちさせることができ、廃棄せざるを得ない家具を減らせると考えました。
自社で開発している家具は、最初からリペアしやすい設計で作っているんです。購入していただけない代わりに、同じ家具を長く使いたいお客様には、長く使うほど安くなる長期利用割引を提供しています。最大8割引になるので借り続けてもお得になるはずです」
久保氏がリペアにこだわり、長期利用できるように配慮している背景には、引越し時に感じた家具の廃棄に伴う「忍びなさ」があるという。家具を廃棄するという体験は頻度が高くないため、つい忘れてしまいがちだが、たしかに捨てるとなったときの申し訳なさもある。CLASは、そういったユーザーの負もなくしていきたいと考えているようだ。
「住まいのPDCA」を回して柔軟に暮らしを変えていく
リリースから2年弱が経過し、ユーザーの反応を得ながら、CLASの価値観を重視しながらサービスは成長してきた。新型コロナウイルスの影響もあり、家具をレンタルすることへの関心度も高まった。周囲の環境が変わる中で、CLASはこれから先なにを目指すのだろうか。
久保氏「私たちが目指すことは創業から変わりません。お客様に今の自分にフィットする生活を見つけてもらうこと。家具をレンタルして、使い心地を検証して、また次の家具を借りる。そうやって住まいのPDCAを回せれば、変化に応じて家具もフィットしたものに柔軟に変えていけるはずです」
CLASの利用者のデータを分析すると、家具の交換率の高い人はサービスの解約率が低いという。ユーザーが家具の交換を行い、住まいのPDCAが回せている状態は、ユーザーの満足度にもつながっているようだ。
『暮らす』を自由に、軽やかに──掲げているビジョンのとおり、CLASは柔軟に空間を変えられるようにし、人々がより自由に生きられる世界をつくろうとしている。それは、今のように先行きが不透明な時代だからこその価値でもある。もはや、仕事と生活の空間は明確に切り分けることが難しく、同じ空間に長い年数暮らすかどうかもわからない。そんな環境において、家具を買う以外の選択肢は間違いなく必要だ。
久保氏「住む場所と働く場所がはっきりと分かれていた時代から、境目が曖昧になる時代へと変化していきます。状況によって、気分によって、自由で軽やかに環境を変えられることが大切だと感じていて、CLASはそのお手伝いができたらと思います。
私たちのサービスで、家にまつわるコスト、家具にまつわるコスト、時間にまつわるコストなど、さまざまなコストから抜け出すことができれば、人はもっと軽やかに生きられる。減らしたコストは自分のために投資する。自由さは、人々のバイタリティーを生み出していくんです」
執筆/葛原信太郎、編集/木村和博