映画や音楽など、カルチャーの発信地として強固なブランドを築いてきたTSUTAYA。なかでも2003年にオープンした東京・六本木ヒルズ内の「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」は、当時はまだ珍しかったBOOK&CAFEという業態で、オープン以来、象徴的な店舗として人気を博してきた。
2020年3月、その「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」は「六本木 蔦屋書店」へとリニューアルを遂げた。“六本木の洋書屋”をコンセプトとし、世界へと目を向ける高感度な客層のニーズにも応える店舗として生まれ変わった。その背景には、開業当時から見つめてきた“ライフスタイル提案”への強い思いがある。
代官山 蔦屋書店をはじめ数々の出店に関わり、今回のリニューアルも手がけた蔦屋書店の田島直行氏に、リニューアルの狙いと、TSUTAYAが一貫して顧客へ提供し続けている価値について伺った。
創業時から一貫する「ライフスタイル提案」という軸足
田島氏「私たちはレコード屋をやりたいわけでも、本屋をやりたいわけでもありません。モノを売るのではなく、中身=コンテンツを提供するのがツタヤの使命と考えています。
例えばレンタル事業でも、映画のDVDを貸すことが私たちの仕事ではなく、その映画を見てお客様が涙したり、笑ったり、元気になれたり…そういった時間を提供している。これは創業時から一貫した価値観です」
「TSUTAYA」から、「蔦屋書店」に変化した六本木の店舗について、田島氏はこう語る。
TSUTAYAの始まりは、1983年の大阪へとさかのぼる。大阪・枚方市にオープンした「蔦屋書店 枚方店」こそが、「TSUTAYA」の元祖だ。レコード、ビデオのレンタルと書籍の販売から始まった店舗だったが、そのコンセプトは「ライフスタイルを選ぶ場所」だった。
田島氏「コンテンツに触れることで、お客様が心を動かされたり、何かに憧れを抱いたり、ワクワクできたり……。そういった体験から、自分の憧れやなりたい姿、未来の自分を想像してもらう。そのための場所として、TSUTAYAはスタートしました。それが、よりよい生き方や心の豊かさにつながるはずと考えていたからです」
当時は大量生産・大量消費の価値観がまだまだ強い時代。モノ自体ではなく、ライフスタイルに目を向けたのは、珍しいアプローチだったはずだ。
その価値観の延長上に、「TSUTAYA」も、2011年の代官山店を皮切りに展開する「蔦屋書店」も存在している。
地域性を深掘り導き出された、六本木 蔦屋書店
もちろん、今回の六本木 蔦屋書店も“ライフスタイル提案”という軸足は同様だ。ただ、その軸足のもと、どのように店舗を作り上げるかは、地域の特性を深く読み込んだ上で検討を進めたという。「六本木の洋書屋」というコンセプトは、地域特性と、同社の強みでもある、Tポイントを中心とする顧客のデータ基盤から読み取れる顧客像から導き出された。
田島氏「六本木は特殊な地域性をもったエリアです。わかりやすい例で言えば、居住者の年収が他地域と比べて高いため、おのずと客単価も高くなると予測されました。また、大使館職員などの外国人居住者も多い。加えて、世界を舞台に活躍するクリエイターやビジネスパーソンといった層もいる。こういった背景から、洋書店というコンセプトが生まれていきました」
コンセプトの通り、六本木 蔦屋書店には約3万冊にのぼる洋書・洋雑誌が並ぶ。
それに加え、デザインやファッション、アートといったジャンルも強化し、店舗の2階部分にはアートが並ぶギャラリースペースを設けるなど、感性を刺激する要素を各所に配した。その理由も地域の特性と結びついている。
田島氏「六本木にはテレビ番組の制作会社などが多く、クリエイティブ系職業の方が多く働いています。普通の書店では売れないように思われる本でも、インスピレーションの源泉になるかもしれないと考え取りそろえています。
こうした要素は、クリエイティブ職種の方でなくとも“知らなかったモノ”との出会いを生み、新たな価値観やアイデアを提供するきっかけになるかもしれない。これはオンラインショッピングではなかなか起こりにくいことだからこそ、私たちが“ライフスタイル提案”をする店舗としてなすべきことだと考えています」
空間の作り方も特徴的だ。書籍等の販売に限らず、1階にはBOOK&CAFEを、2階にBAR&LOUNGEもオープンしている。BOOK&CAFEは「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」時代から引き継がれる特徴だが、BAR&LOUNGEは初の試みとなる。
田島氏「六本木にはカフェが少なく、商談にはホテルラウンジなどを利用するという声が聞かれていました。その声から、よりクローズな空間として、取引先との商談や打合せにも使えるようBAR&LOUNGEを設けたのです」
カフェが作業場所だとすれば、バーラウンジはコミュニケーションの場所。カフェではカジュアルすぎる場合にはバーラウンジに場所を移すなど、使い分けができるよう配慮した。カフェよりも少しグレードを上げた空間でのコミュニケーションを通じて、新たな価値を生み出せる余地がありそうだ。
偶然性の重要度が増す中での「提案」
顧客は“モノ自体”ではなく、モノから受け取る心の動きや豊かな時間を得る“体験”を求めている。その提供が、TSUTAYAの使命だ。特に近年ではその重要性を強く感じていると田島氏は言う。
田島氏「実店舗とオンラインを比較すると、顧客の購買までの動きが大きく異なります。オンラインでモノを買うとき、多くの場合は“欲しいモノ”が決まっていて、それを検索して購買しますよね。加えて、オンラインではユーザーの志向やニーズに最適化された情報が表示されるので、余分な情報は入ってこない。ムダをなくし効率的な反面、偶然の出会いや新しい発見を生むのが難しい。いわゆるフィルターバブルが発生します。
一方、実店舗では目的のある買い物をする以外にも『何か面白いモノはないか』と考えながら店内を見て回ることもありますし、欲しいと思っているモノ以外の商品も目に飛び込んできます。結果、思いもよらなかった“偶然の出会い”を生むこともある。これは、オンラインでの活動が増えるほど、店舗にとっては大きな強みになってきた。蔦屋書店ではこの“偶然の出会い”を生み出すことに、力を入れているのです」
もちろん、レンタルを主軸とするTSUTAYAもオンライン宅配サービスやネット販売などを行い、より手軽にコンテンツを楽しみたいユーザーのニーズに応えている。加えて、まだ見ぬ面白いモノや新しい世界への入り口を探しているユーザーへの“提案”を担う店舗として、蔦屋書店が大きな役割を果たしているという。
この価値提供に大きく寄与しているのが、”コンシェルジュ”というスタッフの存在だ。蔦屋書店で扱う書籍のセレクトやイベント企画は、各店舗に常駐するコンシェルジュに任せられている。売り場を作る大きな権限が付与され、それぞれの分野に精通したコンシェルジュが顧客とコンテンツとの出会い方を決めているという。
田島氏「なんだか面白そう、興味をそそられる、という出会いの提供に大きな役割を果たすのがコンシェルジュです。通常の接客だけでなく、お客様からの質問や相談に答え、最適な本をご提案する。そのためには、自分の担当するジャンルの周辺領域にもアンテナを張り、お客様へ提案できる力が必要です。
何かを買おうとするとき、信頼のおける人からレビューを受けると参考にしやすいですよね。ですからコンシェルジュには、お客様から信頼される豊富な知識と、相談からお客様のニーズをすくい取るヒアリング力を求めています」
蔦屋書店では日々入荷される本を陳列し、POPをつけることだけが仕事ではない。売り場づくりに大きな権限と責任を持つコンシェルジュがその知見を惜しみなく提供することで、顧客の“偶然の出会い”が生み出されている。これは六本木でも同様だ。
地域の個性をつかみ、柔軟に変化しながら価値を提供し続けたい
開業から一貫して“コンテンツ”によるライフスタイル提案を行ってきたTSUTAYA。モノだけではなく、形のないものにも価値を見出すことが一般化したが、TSUTAYAが提供すべきと考える価値は、創業以来変わらないと田島氏は言う。
田島氏「お客様が憧れ、ワクワクしてハッピーになれるようなインスピレーションやライフスタイルを提案していけるお店であり続けたい。これは今後も変わることはないと思っています」
一方、蔦屋書店ブランドとしては、今後その価値をより広範にも拡大していこうと考える。「蔦屋書店が提供できる価値は都市部だけで求められているものではありません。全国、海外も含めていま蔦屋書店が提供している“偶然の出会い”や、そこから生まれる体験の価値はより多くの人に届けていきたい」と田島氏は語る。
多様な地域に展開するにあたっては、各エリアの地域性には特に気を配るという。その地域の住人や店舗の利用者がどのような志向を持ち、そこへ蔦屋書店が何を提供できるかを徹底的に考え抜く姿勢は一貫させる。
田島氏「蔦屋書店は“蔦屋書店 六本木店”ではなく“六本木 蔦屋書店”と地域の名前を先に出すことをポリシーとしています。これは、その地域に合わせたラインナップや機能を備えた店舗を作り、その地域の人々に最も適した価値を提供したいから。これは、どれだけ店舗が増えても変えるべきではないと考えています。
例えば2013年にオープンした函館 蔦屋書店では、イベントスペースを地域住民のみなさんにも開放しています。市民の方が主体となり、ハンドクラフト教室や趣味の集まりを開催するなど、地域コミュニティの交流の場として活用されている。東京で目にするような蔦屋書店としてのあり方だけでなく、地域に合わせ、それぞれにあったライフスタイルを提案できる場であり続けたいですね」
決まったモノを買うだけでは得られない、偶然の出会いによって新たな視界が開ける感覚。蔦屋書店が提供する“偶然の出会い”の価値には、創業以来見つめ続ける「ライフスタイルを選ぶ場所」を提供することへの一貫性が表れている。
他方で、新たな業態を展開したり、多様な地域・価値観に対しそれぞれに合わせた提案を形作ったりという姿勢を持てるのも、一貫すべきものが明確だからこそだろう。
執筆/藤堂真衣 編集/小山和之 撮影/植村忠透