長い長いレジ待ちの時間。誰もがいらだちを感じることだろう。このカスタマーのいらだちを解決するアプローチとして普及しているのが「ピックアップ機能」の提供だ。
ピックアップ機能とは、モバイルアプリを使って事前に商品を注文しておき、店舗に到着すると列に並ぶことなく商品を受け取れる体験を実現する機能を指す。
米国で展開する大手コーヒーチェーン「Starbucks」や大手小売「Target」などの店舗では、カスタマーが並ぶことなく商品をピックアップする機能は当たり前の光景になっている。
2009年から始まった「ピックアップ」体験
ピックアップ機能を始めた先駆けが、グリルドチーズレストラン「The Melt(ザ メルト)」だ。The Meltはサンフランシスコで2009年に創業し、著名VCのSequioa CapitalとSV Angelから資金調達した。テクノロジーを駆使し、経営を最適化することをミッションとしている。
The Meltの店舗でピックアップ機能を使いたい顧客は、専用のモバイルアプリで事前に商品を注文する。アプリで決済を済ませると、専用QRコードが発行される。店舗入り口にあるQRコード読み取り機にかざすと、調理が始まる仕組みだ。
「せっかく事前に注文と決済まで済ませているのに、なぜ店頭に来てから調理を始めるの?」と疑問に思う人もいるかもしれない。The Meltは、出来立ての料理を提供するという顧客体験を重視している。そのため、店内で注文が入ったと同時に調理が始まるという従来のレストランのプロセスは変えていない。多くの人が非効率な導線だと思ってしまうだろう。
しかし、単にピックアップ機能を活用して待ち時間を極限まで減らすオペレーションにしてしまっては、商品を作り置きして渡す体験を工夫しなければならない。
筆者は、3年間サンフランシスコに住んでいた際にThe Meltの競合レストランを訪れた。そのとき、ピックアップ機能を使っていたが、渡されたのは冷え切った商品だった。The Meltの方が顧客のことを考慮し、商品の質を落とさない仕組みを徹底している点で勝っていると感じた。
ピックアップが普及したきっかけは「Starbucks」
そんなピックアップ機能が、急速に普及したきっかけがある。2015年、米国のStarbucksが機能を実装したのだ。
当初は、シアトルやサンフランシスコ店舗限定の試験運用から始まったが、すぐに全米展開された。Starbucksの株主総会資料によると、同年のStarbucksアプリは1,700万ユーザーだった。
約1年後の2016年3月には2,000万ユーザーとなり、35%の年間成長率を達成したという。また、『Bloomberg』の記事によると、アプリ上での総取引額が15%から20%まで上昇しており、これを後押ししている要因にピックアップ注文機能があると指摘している。
コーヒーも受け取るタイミングが重要だ。冷めてしまうと美味しくない。だが、Starbucksはアプリから注文が入ると同時にコーヒーの調理を開始する。カスタマーは、注文から5~10分ほどで「モバイル・オーダー受け取り口」という看板が置かれたカウンターで、自分の名前と注文商品名が書かれたコーヒーを取っていくだけとなっている。
シンプルで効率的なオペレーションだが、注文をしてしまったらすぐに調理が始まってしまうことから、予想以上に店舗の到着時間が遅れたら冷めたコーヒーが置いてあるリスクもある。一方、時間通りに着きさえすれば、熱々のコーヒーを受け取れ、勝手にカウンターから取るだけの導線であることから、圧倒的な時間短縮のメリットを受けられる。
受け取り時間の指定はないため、顧客は希望するピックアップ時間より少し前を見計らって注文する必要がある。注文後はカウンターに商品が置かれ、受け取り確認のプロセスもないため誰かに盗まれる危険性もある。
筆者の場合、仕事場だったコワーキングオフィスの最寄駅に到着する直前に電車の中で注文をしておき、駅からオフィスの道中にあるStarbucksで商品を受け取っていた。慣れてしまえば、時間効率と出来立ての商品を受け取れる両方の顧客体験を享受できる。Starbucksのピックアップ体験は、効率化と顧客体験の最大化のバランスを上手くとることに重きを置いたのだ。
米国大手飲食チェーンがピックアップ機能に手をつけ、圧倒的な成長率をはじき出したことをきっかけに、同機能は世界中で市民権を得た。
ピックアップの強みは「店舗戦略」と「パーソナライズ体験」
世界各地の店舗で広がる「ピックアップ機能」。店舗にとって「ピックアップ機能」の本質的な価値は何かと問われれば、2つのポイントが挙げられる。
1つは、店舗滞在時間の短縮化と、それに伴う来店客の回転数の向上だ。回転数が上がれば、より多くの顧客にサービスを提供することができる。日本では、飲食チェーン「俺のフレンチ」が同じ目的を達成するために立ち食いスタイルを採用している。しかし、ピックアップ機能を導入すれば、どの店舗においても顧客回転数向上が期待できる。
また、回転数が上がれば地価の高い都市部に大型店舗を構える必要がなくなるという大きなコスト削減にもつながる。
従来、飲食事業者はなるべく多くの顧客を迎えるために店舗の大型化を進めてきた。しかし、The Meltはピックアップ機能の導入により、狭いスペースでも大型店舗と同量の注文をさばける仕組みを作り、都市部に出店しながら店舗の小型化に成功した。このように店舗出店戦略にまで絡む概念がピックアップなのである。
2つ目はパーソナライズ体験の提供だ。マニュアル運用の飲食店では、どの顧客が過去に何を買ったのかは把握できない。一方、モバイルアプリを挟むことで顧客の注文データを蓄積できるようになった。顧客の趣向がわかれば、それに応じたレコメンド商品を提案できるようになり、パーソナライズ体験の提供につながる。
このようなピックアップ機能の強みを十分活かして長期戦略を立てているのが、The MeltやStarbucksなのである。後編では、ピックアップに代表される秀逸な顧客体験を、無人店舗を通じて外販する最新小売トレンドに触れていきたい。
Img : Eatsa,The Melt,Starbucks, Unsplash