2018年の発足から4年目を迎えた「Mリーグ」。サイバーエージェントグループの藤田晋氏が自ら設立した、麻雀のプロリーグだ。グラビアアイドルとしても活動する女流雀士から、還暦を超えた老獪なベテランまで、幅広い層の選手(Mリーガー)たちが8チームに分かれ、約7カ月に渡る長期戦を行い、日々しのぎを削りあう、競技麻雀のナショナルプロリーグだ。
そのMリーグが、これまで麻雀を知らなかった層をも取り込んで、さらなる盛り上がりを見せ始めている。その背景には、“観る雀”の楽しさが一般にも浸透しつつあるという状況がある。“観る雀”とは、麻雀が好きな人なら知っているかもしれないが自分がゲームに参加するのではなく、「麻雀の試合(対局)を観戦する」という楽しみ方である。
Mリーグはいかにしてファンを熱狂に導いてきたのか? 新たなファンを獲得してきたのか?
取材にはプレイド社内きっての麻雀好きである金子千明(カスタマーサクセス)と川井真由美(デザインエンジニア)も参加し、AbemaTVの塚本泰隆氏に話を聞いた。Mリーグ発足前夜からこれまでの歩みを振り返り、麻雀という“頭脳スポーツ”の視聴体験を提供するための舞台裏について探る。
麻雀のイメージを更新することへの使命感
まずはMリーグが生まれた経緯を説明しよう。Mリーグ以前も麻雀のプロリーグ自体は存在しており、Mリーガーたちも様々な団体に所属しているプロ雀士である。しかし、これまで彼らの知名度は決して高くなかった。様々なタイトル戦が行われているが、誰が優勝しようと一般メディアで扱われることは稀だからだ。
実力はあるのに、麻雀一本で生活することが難しい大多数の“麻雀プロ”たち。以前からこうした状況を憂慮していたのがサイバーエージェント社長・藤田晋氏だ。藤田氏はもともと大の麻雀好きで、2014年には竹書房『近代麻雀』主催の由緒あるプロアマオープントーナメント「麻雀最強戦」で優勝したほどの実力者。最強位を獲ったことを機に麻雀と業界を勉強し直した藤田氏は、賭け事としてのネガティブなイメージを払拭し、麻雀の新時代を切り拓くことに着手した。
そんな藤田氏の片腕となってMリーグを作り上げたのが、現在AbemaTVの編成統括本部スポーツエンタメ局で局長を務める塚本泰隆氏だ。塚本氏は学生時代には最高位戦日本プロ麻雀協会に所属していた元プロ雀士(最高位戦日本プロ麻雀協会所属)である。
塚本氏「もともと麻雀が大好きで、雀荘でアルバイトをしていたんですけど、周囲にプロの方もいるので、自分もやってみようかなと軽い気持ちで試験を受けました。ただ、プロとして今後やっていくイメージがなかなか見えなかったこともあって、大学を卒業後に一般企業に就職しました」
プロ活動を終了した塚本氏だったが、2016年にABEMAが立ち上がる際に転職する。これには下地があり、2014年に藤田氏が最強位を獲得したときに、ゲーム前の藤田氏のウォーミングアップ相手を務めていたのだ。
塚本氏「現在Mリーグの審判を務めている張敏賢(ちょう・としまさ)さんが、もともと最高位戦日本プロ麻雀協会の大先輩で、プロ時代からお世話になっていました。その張さんが藤田の練習につきあっている中で僕にもお声がかかった形です」
果たして藤田氏は最強位に。その後、ABEMAが2016年に本開局し、麻雀チャンネルを設けるタイミングで、既存のプロ団体との関係も深い塚本氏に藤田氏から声がかかった。こうして、これまで一般メディアで扱われる機会が少なかったプロ麻雀の世界が、AbemaTVというメディアを通し、スポーツエンタメとして視聴者に届けられるようになり、そこから、わずか1年あまりでMリーグが創立されるのだから怒涛の展開である。
塚本氏「リーグ自体は2018年に開幕したのですが、スポンサーをつけてチームで戦うというイメージが藤田の中で固まったのは、その1年前くらいですね。各企業には藤田が交渉し、僕は各麻雀プロ団体に“こういうことをやっていきたい”と話をし、さらに細かいルール等を決めて。そういうことを1年かけてやっていきました」
一番のネックだったのは麻雀=賭け事という世間のイメージ。そこで藤田社長は「ゼロギャンブル宣言」を打ち出し、Mリーガーにオンレートのプレイを禁止した。ここをクリアにすることで、各企業との交渉もスムーズとなり、開幕へ向けて突き進むことになる。
プロ野球などを参考にし麻雀を「スポーツ」競技に
こうして2018年8月、既存のプロ団体に所属するプロの中からMリーガーを選出するドラフト会議が行われ、10月から半年弱に渡るチーム対抗戦がスタートした。学生時代に麻雀にのめり込んだというプレイドの川井は「個人戦のイメージが強い麻雀をチーム戦にしたこと」を画期的と感じたという。チーム戦にした狙いはどのような部分にあるのだろうか。
塚本氏「ご指摘の通り、麻雀というゲームは基本的に個人戦です。それをなぜ団体競技にしたのかといえば、チーム組成や戦術面で“色”が出るからです。野球やサッカーと同様、そういった部分にファンがつくのではないかという思惑がありました。藤田には最初から個人戦という選択肢はなかった。麻雀の技術差は他のゲームと比べて伝わりにくい部分もある。だから例え麻雀に詳しくなくても色々な人が楽しめるようにしたかった」
団体戦にすることで、女性中心のチーム、ベテラン中心のチーム、攻撃的なチームなど、様々な“色”が生まれる。またチームの状況(順位の上位・下位)によって、普段ならば攻撃的にいく場面でも守備的な戦術をとることもあるだろう。あくまで目指すはチームの優勝。そこに個人戦にはないドラマが待っているのだ。
また、毎年行われるドラフトも大きなドラマを生んでいる。多彩な顔ぶれのプロ雀士が一人ひとり指名されていく様は、麻雀にさほど詳しくなくても、野球のドラフトと同様にワクワクしながら見ることができるからだ。プロ雀士たち自身も自分が指名されるのではないかと固唾を飲んでドラフトの模様を見守り、呼ばれなかった際は落胆した様子をSNS等でつぶやく。このお祭り感こそが、これまでの麻雀のプロリーグに大きく欠けていたものだ。
塚本氏「ドラフトを始めとして、プロ野球はかなり参考にしています。日本にチームスポーツ観戦の魅力を植え付けた競技ですからね。だからMリーグもパッと見てどこのチームの選手なのかわかるようにユニフォームをそろえ、(初心者に向けて)その攻守の何がすごいのかを伝えられるよう詳細な実況をつけた。ちなみにMリーグが10月に開幕するのは、野球のシーズンと入れ替わりに見ていただければ、という藤田の意向もあるのです(笑)」
野球ファンの楽しみの1つに、打率や防御率など選手のデータを細かく読み込むことがある。Mリーグでも、熱心なファンが連対率から平均打点、ラス回避率など、細かな数字を集計するなど、その変動を日々チェックすることもファンの楽しみになっている。(※連対率…トップもしくは2位を獲る割合。平均打点…あがった際の平均点数。ラス回避率…ラス=最下位を回避した割合)
塚本氏「そうしたランキングも選手の特徴を伝える重要なツールですね。あまり細かくなりすぎてしまうとコア層向けになってしまう嫌いもありますが、数字の楽しみ方というものも積極的に伝えていかないといけないなと感じています。最近はSNSでファンの方が数字について言及することも多くなってきました」
平日(水曜日を除く)に行われる試合を見続ける、という野球やサッカー観戦に通じるスポーツ的な楽しみ方ができる理由に、データを追う楽しさも一役買っていると言えるだろう。
塚本氏「ファンの方に楽しんでもらうという部分でいうと、もちろん毎日見ていただく継続的な楽しみ方は目指すところではありますが、『一日だけ見る』『一局だけ見る』という切り取った見方をしても楽しめるのも麻雀の強みですよね。これが将棋だと10分だけ見て満足できるかというと難しいと思うんです。その点、麻雀は『この選手の親番だけ』とか、一局だけ見るということもできる。一局だけ、今日だけ、という見方をした人におもしろかったと思ってもらって、明日も見ようかな、今シーズン見てみようかな、となるよう、一日一日を作り上げています」
ファンからの反響を、試合の見せ方に反映していく
MリーグとSNSは思いのほか相性がよく、リアルタイムで試合を視聴しているファンが熱狂を拡散させている。もちろんなかには進言や苦言も含まれている。こうしたファンの声を拾い上げることも多いのだろうか。
塚本氏「反響やトレンドはできるだけチェックするようにしています。そのなかで“ユーザーはこういうことを求めているんだな”と把握し、“番組にどう取り入れられるかな”ということは日々考えています」
SNSの反応で意外と反響があったのが『この選手はリーチが多かったけど、ほとんど空振った』といった“可哀想な局面”に対する感想だった。Mリーグの番組自体も当初から試合のハイライトを振り返ることはしていたものの、フラットに番組を終えていたという。現在では試合のハイライトを解説しつつ、得点の推移をグラフにし、「東場はものすごいマイナスだったけど、V字回復した」など、“ドラマ”を数値化して伝えるようにした。
すごさだけでなく惜しかった局面や残念だった部分も抽出することで、ドラマチックに盛り上げ、次の試合への興味へとつないでいく。そのための仕掛けを作ることが、固定ファンを獲得するための重要な戦略であったということだ。事実、「Mリーグ2020シーズンの「ABEMA」の『麻雀チャンネル』視聴数は、毎試合、数十万から100万を超える視聴数でMリーグ創設時の2018シーズンから約3倍に増えている」とのことだ。前述したように、麻雀というゲーム自体を深く理解していないファン層にも広がりを見せている。
塚本氏「麻雀自体はなんとなくしか知らなかったけど、“これを機に覚えたいなと思ってMリーグを見始めました”という視聴者の声も多く聞きます。また昔はよくやってたけど、Mリーグを見て久しぶりに打ち始めたとか。Mリーグも4年目に入って、着実に麻雀のプレゼンスが上がってきたな、という実感はあります」
麻雀は、野球をはじめとした他のスポーツよりも、ファンが「自分ならこうする」というプレイヤーの目線を持って楽しめるのも魅力のひとつだ。選手の一挙手一投足に感情移入したり、こうしたらよかったのでは?という視点からも楽しむことができる。さらに、試合を見たファン側がSNSなどで発信をし、Mリーグ側がその反響を反映させるということが起き、「Mリーグを一緒に作り上げている」という楽しみ方が生まれている。
塚本氏「我々も自分たちだけでMリーグを作っているという意識ではなく、ファン、選手と一緒にMリーグというスポーツを作っているという思いです。これはMリーグが始まった当初からそうです。熱狂をファンに届け、ファンがそれを色々な人達に伝えて波及していって、それを我々も受けてより楽しめるシステムなどを作っていく、そういうことをはじめから考えていました」
Mリーグは2019シーズンから、各チームに「男女混成の義務化」というレギュレーションを取り入れた。プロ雀士は男性のほうが多いが、各チームに必ず1人は女性選手を入れなければいけない。10数年前から麻雀ファンにはおなじみの二階堂瑠美・亜樹姉妹(EX風林火山)や、声優と兼業の伊達朱里紗(KONAMI麻雀格闘倶楽部)らがベテラン男性選手をなぎ倒すのも、頭脳スポーツ麻雀の醍醐味と言えるだろう。彼女たちの活躍もあり、女性視聴者も増加しているという。
塚本氏「女性層も当初から倍増しており、全体に占める比率としては20%くらい。これはとても大きいなという印象です。年齢でいいますと男性なら20~34歳、35~49歳、50歳以上の比率はだいたい均等。幅広い層に見ていただいているというのが特徴ですね。ティーンの視聴者もいますが、さすがにまだ多くはないです」
熱狂をリアルな体験として届けたい
幅広い層のファンを着実に獲得しているなか、課題と感じている部分もある。大きな問題の1つがパブリックビューイングなどの「リアルな体験」だ。Mリーグは発足当初から、野球やサッカーと同様に試合を楽しんでもらうために、パブリックビューイングにトライしていた。スポーツ競技の主たる収入源は放映権やグッズなど多々あるが、密室で行われるゲームの場合、来場者収入が圧倒的に弱い。そこをカバーするため、大勢で観戦しながら楽しめるパブリックビューイングを行い、手応えをつかみつつあるところだったのだ。プレイドの金子も幾度もパプリックビューイングに足を運び、数百人の麻雀好きが集まり麻雀を見る、という非日常な空間で試合に熱狂していたという。金子は「麻雀打ちがこんなに一堂に会することがないので、光景としてまず異様。大きなアガリよりも、むしろ『すごい守備』でめちゃくちゃ沸くのが醍醐味かもしれない」と語る。まさにMリーグだから成し得た体験の価値といえるだろう。
塚本氏「選手が放つすごい一打を色々な人と共有して盛り上がる楽しさを体験してほしかったんですね。だから2018年の開幕当初からパブリックビューイングを行ってきて、しっかりチケットも売れて手応えはあったんです。1000人規模の六本木EXシアターも満員になった。Mリーガーたちも普段からファンをすごく大事にしていますし、来場者との触れ合いも楽しんでいました。ファンと一緒に盛り上がりたいという意識が、すごく高かった。
ところが2020年以降なかなか開催が難しい状況になり……。もちろん画面越しでも観戦できるし、SNSでも盛り上がれますけど、リアルな体験もひとつキーとしてあると考えてやってきました。それがこのご時世もあって、すっぽり抜けていたんですね。そんな中でも、そうした体験を新たに作り上げる、もっともっと熱狂できる環境を整えるということを課題として取り組んできました」
新型コロナウイルスの逆風のなか開催を控えざるを得なかったパブリックビューイングだが、この3月に約2年ぶりに復活、『Mリーグ2021プレミアムナイト』を開催する。まだまだ厳しい状況が続く中ではあるが、これまで取り組んできた「リアルな体験の場をつくる」という課題のクリアに向け、一歩を踏み出したといえるだろう。まだ発足から4年目、Mリーグは歩みを始めたばかり。今まさに、ファンと選手が一丸となって盛り上げている真っ最中である。
塚本氏「藤田は2年目に“この熱狂を外へ”というスローガンを立てました。これは“僕らが楽しいと思っていることをみんなで外へ広げていって、もっともっと楽しいものを一緒に作り上げましょう”というメッセージです。我々だけで世の中を動かせるなんて初めから思っていません。ファンがMリーグを楽しみ、それを色々な人たちに伝えて波及し、それを受けて我々もより楽しめるシステムや仕掛けを作っていくことが大事だと思います」
自社のメディア(AbemaTV)を使って日常的にプロ麻雀リーグを視聴者に届け、選手(プロ雀士)たちは高額賞金を目指して思う存分、実力をぶつけ合う。藤田社長と塚本氏らが築き上げた新時代の麻雀は、着実に一般層へも広がり始めた。今ではMリーガーのファッションやユニークなコメントがヤフーニュースのトピックに取り上げられるほどだ。このままファンの裾野を広げ、様々な声を拾い、成熟した頭脳スポーツのいちジャンルとして確立していけば、やがては麻雀自体が野球やサッカーと肩を並べるようなプロスポーツ競技の1つとして認知され、果てはオリンピックに正式種目として採用されるのも夢ではないかもしれない。
そして、そんな場のキーとなるのがここまで幾度もあがった「ドラマ」や「熱狂」というキーワード。自分たちが楽しく熱狂的にかかわれるものを、いかにエンターテイメントとして磨き上げ、お客を巻き込んでいくか。そして、関わる人たちすべての楽しみを増やしていく。常にアップデートを試みる仕掛け作りと、これまでの歩みを振り返ると大きな夢も実現可能な未来に感じられてこないだろうか。
執筆/奈良崎コロスケ 撮影/西村満 編集/サカヨリトモヒコ(BAKERU)