ユニークなレシピの数々を発表し、お茶の間やネットで何かと話題を生む料理愛好家の平野レミさん。そんなレミさんが食や料理を通じてどのような体験を受け取り、その価値をレシピの提案やテレビ番組・著書、「レミパン」といった商品開発などのコンテンツを通して、視聴者やファンの方々にどのように発信しているのだろうか。「食」というエッセンシャルかつ常に人が向き合うジャンルを、引いては人生そのものを楽しみ続ける秘訣を、レミさんの経験をもとに紐解いていく。
40年の節目の1冊をつくる動機も、レシピが溜まったから。
テレビ番組に映る印象そのままに、天真爛漫で、率直で、底抜けに明るい。
取材の冒頭、これまでの料理の体験を振り返ってもらいたいとこちらが言えば、開口一番に「五感を全て幸せにするのは、料理! 料理を誰かに振る舞って、食べてもらう。それは相乗作用でみんなが幸せになるものよ!」と意気揚々と語ってくれた。
シャンソン歌手として、料理愛好家として。自身の関心ごとを広げながらマルチに活動を続けてきたレミさん。好奇心の赴くまま、他人には真似のできない域の活動を展開するその姿は、揚げないでつくる「食べればコロッケ」や、ブロッコリーを丸ごとつかった「ブロッコリーのたらこソース」など、料理の発想の自由さにもつながっている。
「時間とお金をかけて美味しい料理をつくるのが、 “シェフ”。なんとか時間とお金をかけないで、美味しい料理をつくるのが、 “シュフ”」と、レミさんらしい楽しくて美味しい料理を提案する。
そんなレミさんが料理家として40周年の節目となる1冊が『平野レミのオールスターレシピ』。いつも通りレミ節が満載のレシピはもちろん、普段ご自宅で使っているものばかりだという食器の写真や、家族や知人とのエピソードがふんだんに盛り込まれ、2022年8月の発売から約3ヶ月が経った今も、Amazonの「エスニック・アジア料理本」カテゴリの売れ筋ランキングでは1位となっている。
「溜まっていたレシピがあったから!」とこともなげに話すレミさんだが、本づくりの話を紐解いてみると、レミさんの料理づくりへの姿勢にも繋がっていた。
好き嫌いがあると、世界が狭くなる。
そもそもレミさんはレシピを専用のノートにまとめているわけではない。チラシやレシートの裏紙に、思いついた瞬間に書き溜めておくという。テレビや書籍などのコンテンツのためにレシピを作成するのではなく、普段の生活と料理が違和感なく地続きなのだ。
そして『平野レミのオールスターレシピ』を刊行することになったきっかけは、4年ほど担当していた料理番組でのレシピが溜まったこと。その姿勢も料理番組のためにつくるというよりは、思いついたものを番組に即して紹介するため、二番煎じや自己模倣ではない。
社会の状況に柔軟に対応しながら、食べる人のことを考えた料理を展開するのもレミさんの特徴だ。レシピ本の編集者と話しているうちに「コロナ過で海外に行けない人が多いから」と、家庭でも簡単に作れる世界の料理を冒頭に入れることにしたという。
食べる人のことを考えて料理をつくる。当たり前だが、こうしたサービス精神がレミさんのレシピの根源にはある。
レミさん「苦手な食べ物がある知り合いを見ると、居ても立っても居られなくなっちゃう。例えば、6代目の三遊亭円楽さんはパクチーが食べられなかったの。加藤茶さんはピーマン。そういうのを聞くと、『よし、私が食べられるようにしちゃお!』って思うのね。好き嫌いがあると、世界が狭くなっちゃうでしょう? 逆になんでも食べられる方が、気持ちが広くなるし、怖いものがなくなる気がしない?」
“世界が狭くなる”。レミさんは世間の常識や定型に縛られず、自由に発想することを大切にしている。独特なレシピ名は真骨頂だが、名前を先に思いついてから、具体的なレシピに落とし込んでいくこともあるらしい。『平野レミのオールスターレシピ』の帯に書かれた「トンカツオ」がまさにそうだ。
レミさん「名前が先にパッと思いついたの。それで“とんかつ”と“鰹”をどう合体させるのがいいかなって考えると、とんかつは油で揚げるのに時間がかかるし、肉が厚いから歯に挟まりやすいでしょう。でも、鰹の刺身に豚のバラ肉をぐるっと巻いて揚げるだけなら、調理時間は短くて済むし、歯に挟まらないし、なにより美味しかった」
独特のネーミングセンスは旦那さんである故・和田誠さんからの影響が大きいという。料理家として活動を始めた頃、和田さんが名前を考えてくれていて、いつの間にかレミさんのものになっていたそうだ。
レミさん「カナッペを作っているときにね、上に乗せる食材が田舎の食材ばかりだったの。そうしたら和田さんが、「田舎ナッペ」だって。普通の料理名は大っ嫌いね(笑)。名前からして笑えるのって、すでに楽しいじゃない」
残したっていい。「もう十分!」が幸せ。
これまでに50冊にもおよぶレシピ本を出してきたレミさん。その料理の原体験は、幼少期まで遡る。
レミさん「小さいときから、自宅の家庭菜園から野菜をもいで来てね。ないものは近くの畑からもらってきちゃう(笑)。食材を集めたら、庭のあずま屋にある囲炉裏に近所の子供たちを大勢集めて、ご飯をつくって食べるのが遊びの一環だったの」
和田さんと結婚するまで両親と暮らしていたレミさんだったが、実家でも料理を担当することが多かったという。和田さんと結婚生活を始めて、レミさんが料理を作るのも自然な流れだった。
レミさん「父はニンニクが嫌いだったから、実家だとニンニク料理はつくれなくて。だから反動で結婚した当初は、ニンニクばっかり食べてたわね(笑)。楽しかったなあ」
レミさんの流儀の一つが、「テーブルを埋め尽くすくらいの量をつくる」こと。残ったら残ったで良い、思う存分食べたいし、食べてほしいという、サービス精神がここでも垣間見える。
レミさん「和田さんを始め、食べる人が出すものすべて『おいしいおいしい』って煽ててくれるから、たくさん作っちゃうのよね。そしたらある時、家に迎えにきた私のマネージャーに、『レミさんあんなに作っちゃダメですよ、あんな食べたら和田さん死んじゃいますよ』なんて言われて(笑)。サラダ一つとってもあまりにも量がすごいってね。でも、もうちょっと食べたかったな、っていうのが嫌なの。『もう十分!』というくらい食べるのが幸せじゃない」
親の手料理で子供を育てれば、悪い子にはならない。
「子育てもね、料理だけは一所懸命つくっていたの」とレミさんは言う。そしてそれは、食事という体験が、いかに豊かであるかを自然に子供に伝える行為でもあった。
レミさん「必ず台所のそばで、宿題をさせていたの。水で食材を洗う音、包丁を使っている音、炒めている音。ぜんぶ耳に入ってきたら、お腹が空いてくるでしょう。『お母さん、お腹減っちゃった』って息子が言うから、『もうちょっとだから待ってね』って。ご飯を待つ喜びを知らないうちに覚えるわよね。それで『はい、できたわよ!』ってお皿を並べたら、料理が完成することの幸福感も味わえる。それは出来合いのものをチンして出すことでは分からない体験だと思う。内容はなんでも構わない。下手だって良い。親が自分の手でつくることで、食事っていう時間を子供が覚える。絶対に悪い子にならないわよ(笑)」
レミさんが作るだけでなく、和田さんが料理をしていたというエピソードもまた、印象的だ。
レミさん「雪が降る日に家に帰ってきたら、まだ小さかった子供が迎えてくれて、奥で和田さんが『ご飯できてるよ』って。野菜は皮付きで、肉はゴロゴロ。とても男っぽい料理だなと思ったけど、それがすごい美味しかったの。あと、私が帯状疱疹で参っちゃったときにも、和田さんがずっと料理をつくってくれて。新婚の頃かな、日本で流行っていた『たらこスパゲッティ』を専門店で覚えてきたからって、毎日つくってくれるのよ。最初は美味しいって食べてたけど、あまりに毎日なので、それ以来、たらこスパゲッティだけは食べられなくなっちゃった(笑)」
料理家という肩書きがつかずとも、つくって食べることが当たり前だったレミさん。かつてはそれが社会的にも一般的だったが、現代は違う。そうした状況をどう見ているのだろう。
レミさん「コンビニやスーパーで売っているお惣菜やお弁当は便利だからつい頼りがち。そういうものが存在しなかった時代はつくることが当たり前だったけど、今はもうなかった時代に戻れない。大人が自分で選んで食べるのはまだ仕方ないと思うけれど、子供にそういうご飯しか食べさせないのは、その子の人生の選択肢を狭めることにつながると思うの。私は目覚まし時計の代わりが、母が鰹節を削る音だったの。皆にそうして欲しいとは思わないけど、大事なのは素材の味、つまり基本の味を小さい頃に覚えさせてあげること。その上で、大人になって楽なものを選ぶのは本人次第だから」
自分は自分。他人は他人。冷たいくらいがちょうどいい。
レミさんの言葉からは、“自分を持つこと”の大事さ、そして楽しさが滲んでくる。「子供には手作りのご飯を」というのも理想論ではなく、子供が自分なりの舌を持って、自分で選択できる自由さを保証してあげたいという気持ちからだろう。
そうしたスタンスは自身の仕事に対する周囲からの評判への反応にも現れる。昔から世間からの評価に流されたことはないそうだ。
レミさん「自分のことだけ考えて、自分が美味しい料理をつくるってことにいつも向かってるつもり。SNSなんてもちろん見ませんよ。自分は自分、他人は他人。人に迷惑をかけないなら、何をしたってOKだと思うの。料理だってそうよ」
出演した番組もほとんど観ないそう。テレビで観るのは、ドキュメンタリーやノンフィクション。「私は、本物が好きなの」とレミさんは説明する。
料理は自由。多種多様な趣味趣向が許容されるようになった時代においても、レミさんの人気が根強くあるのは、キャラクターや見た目などの表面的な部分ではなく、そのリアリティにあるのではないか。
レミさん「和田さんがいなくなっちゃったから、1人で食べることも増えた。でも今は結婚しない人も多いし、私と同じようにパートナーに先立たれちゃった人もいる。1人だと面倒臭くてご飯作らない人も多いと思うから、そういう人でも簡単に食べられる、つくれる、料理本をつくろうかなって。未亡人がつくる『味望人=味を望む人』のためのレシピよ!」
新刊を出したばかりだというのに、もう次のレシピ本の構想を語るレミさん。彼女にとって、料理をすることは生きることと同義で、その根底には、“自由”という共通項がありそうだ。だからか、暗くなるようなことがあっても、レミさんのレシピや立ち振る舞いを見れば、私たちは「料理って楽しい。生きるって楽しい。」と思えるのだ。
執筆/koke1 撮影/室岡小百合(SIGNO) 編集/鶴本浩平、浅利ムーラン(BAKERU)