昼過ぎの少し落ち着いた時間帯。あるオフィスのフリースペースには、絶えず人が訪れる場所があった。
「先週旅行に行くって言ってたよね。どうだったの?」
友人との会話を楽しむかのように話しかけるのは、このオフィスに常駐するバリスタだ。カウンター越しに、コーヒーを淹れながら旅行や趣味など、その人に合わせた会話を楽しむ。このバリスタは、オフィスカフェ導入支援サービス「Garden」のバリスタだ。「人事より社員のことを知っている」と評されるぐらい、コミュニケーションを取りながら、さまざまなオーダーに応じる。
このサービスを提供するのは、XDでも以前取材をしたLUCY ALTER DESIGN。ハンドドリップの日本茶専門店「東京茶寮」などの日本茶事業で知られる同社だが、同時期の2016年からGardenを展開。IT企業を中心に少しずつ導入数を伸ばしてきた。
2020年1月27日、同社は株式会社Gardenを新設分割し、UCCホールディングス(以下、UCC)と資本業務提携すると発表。次のフェーズへ大きなアクセルを踏み込む。
代表取締役兼クリエイティブディレクターの青栁智士氏と取締役兼デザイナーの谷本幹人氏は、一貫して「心地よい時間、つながりを生む場所をつくること」というミッションと向き合い、事業を育んできた。Gardenが提供する体験価値とは何か。そして、UCCとの提携を経て目指す姿を聞いた。
休憩の体験価値を変える——情緒のある福利厚生
Gardenは、オフィスにバリスタが常駐してコーヒーを中心としたドリンクを提供するカフェサービスだ。国内外のロースターから届く高品質な豆を使ったスペシャリティコーヒーを、その場で一杯ずつ淹れて提供する。福利厚生として導入されるため、従業員は一杯100~200円という価格で楽しめる。
今回取材で伺ったVOYAGE GROUPをはじめ、ビズリーチやサイバーエージェントなど、IT企業を中心に導入が進んでいるという。そんなGardenが生まれた背景には、青栁氏が前職のVOYAGE GROUPで人事担当役員をしていたころに感じていた課題意識がある。
青栁氏「当時は、規模が大きくなるにつれ、従業員同士の気軽なコミュニケーションや出会いが生まれにくくなっていました。もちろん、機会や場は提供していたのですが、なかなか機能しない場面もあった。こうした課題は多くの企業が抱えているのではないか、そんな思いがGardenの構想につながったんです」
とはいえ一定以上の規模の企業なら、オフィス内にカフェスペースがあったり、カフェが入居したりもする。また、オフィス内にマグネットスペースを設けているところも少なくない。その中で、同社が目をつけたのは“人のいる重要性”だった。
青栁氏「場所だけあっても、行く動機がなければ人は集まらない。カフェがあっても、利用されない企業も結構多いんです。利用しない理由を聞くと、「コーヒーを淹れるのが面倒」「おいしくない」など、シンプルで複合的な理由です。そこで、Gardenが考えたのは“専任のバリスタを常駐させる”アプローチでした。
人が介在することで、おいしいコーヒーを淹れてくれるだけでなく、『いつものあれをお願い』で通じるような、関係性も提供できる。それは、自動販売機で買ったり、自分で淹れたりするものとは、体験価値としてもまったくの別物です。それと同時に、バリスタとのコミュニケーションを起点に、自然と人が集まる状態を意図的に作れるのではないかと考えました。
コーヒーを飲めるという機能的な価値だけでなく、場や人との関係性によって生まれる情緒的価値も作り出したいと考えているんです」
コーヒーを待つ間、カウンターの前には同じタイミングで訪れた人の輪ができる。それが偶発性のある出会いとなって社員同士の接点を生み出していた。「場所って人がいないと意味がなくて、人が介在するからこそ動きが出て生きてくるんです」と青柳氏が語るように、バリスタがいることで確かに、場が形成されていることが感じられる。
人を介した場作りでは“コーヒー”も重要な意味合いがあった。日本茶に関連した事業を展開する一方、Gardenではコーヒーという選択をした背景には谷本氏の想いがあった。
谷本氏「コーヒーは、コンテンツとしての求心力が高いんです。豆や焙煎、淹れ方、道具などを含め、それぞれにこだわるポイントが存在する。それだけでもコミュニケーションのきっかけになります。
また、会社でコーヒーを飲む目的には、『リラックスしたい』といった休憩の意味も含まれますよね。私自身コーヒーが好きで、高品質な豆から淹れるコーヒーが生活を豊かにする実感があったからこそ、休憩の質を上げる意味でもコーヒーは最適だと考えました」
バリスタのオーナーシップが作る、“会社ごとの味”
「出社後に自然と社員がカフェの周りに集まり、雑談が始まるのが日常の風景に」「Gardenがきっかけで社内結婚にもいたった」 導入企業からはそんな声が寄せられる。コミュニティを生むカギは、常駐するバリスタのオーナーシップだ。
Gardenで提供するコーヒー豆は5種類から選択でき、1~2週間ごとに入れ替わる。しかも、会社ごとに置かれるものは異なるという。現在、十数社のロースターと契約しており、常時100種類以上ある中から、バリスタが各企業のニーズにあったものをセレクトしているからだ。バリスタ自身が美味しい豆を見つけてきて、取引を働きかけることもあるという。UCCとの提携後も、様々なロースターと契約する方針は変わらない。
青栁氏「従業員を一番知っているのはバリスタですから。基本はほとんどを任せて、それぞれの会社に最適なカフェを作ってもらいます。経営的にみると非効率ではあるのですが、企業によってメニューもバラバラですし、カフェの名前も自由にしています。
Gardenはあくまで黒子。みなで場を作る意識や、愛着を持ってもらうことを第一に考えました。そのため、バリスタを採用するときは導入企業のカルチャーにフィットするかを見ますし、スキルだけではなく『話すことが好き』という点も大切にしています」
訪れていたオフィスのバリスタは、積極的に社員に話しかけていた。そこには自然と輪が生まれ、交流がはじまる。知らない人同士の場合は、バリスタが仲介者となってつなげることもあるそうだ。
バリスタがオーナーシップをもつのは、豆のセレクトだけではない。
ある企業で「二日酔いに効く商品はないか」という声があったときには、オリジナルメニューの開発を進め、無添加のスープの提供をはじめた。また、コーヒーが苦手な人に向けて、野菜のスムージーやスープも提供。「心地よい時間、つながりを生む場所作りが目的であり、コーヒーが飲めない人を除外したくない」と、谷本氏は語る。
従業員の声を受け取るところから、メニューの変更や開発まで、基本は各拠点のバリスタに委ねられる。こうした積み重ねで、バリスタと従業員との間に関係性が構築され、日々のコミュニケーションの活性化につながっていく。谷本氏は、バリスタについて「産業医や保健室の先生のような存在に近いかもしれない」と表現したうえで、次のように語った。
谷本氏「ここは路面店ではないので、“味を守る”という考え方はありません。むしろ企業と一緒にそこの味を作っていく。企業にマッチした店舗作りがバリスタのミッションです。結果、企業とバリスタの関係性によって、さまざまなコミュニケーションの形も増えてきています。
ある企業ではSlackに専用チャネルを用意して、事前注文できるようにしているほか、朝には『今日のバリスタは私です』という挨拶から始まり、その日のメニューやおすすめの豆などの情報の投稿。時には、『氷を買いに行くので15分いません』といった気軽なやりとりをしている。この関係性はGardenだからこそ生まれると思っています」
コアバリューである“人”の再現性をより高く
Gardenはこれまで表だったPRをせず、口コミベースで拡大を続けてきた。結果、初めてのリリースが今回の分社化と資本業務提携となった。
谷本氏「企業のコミュニティデザインを続ける中で、ようやく提供価値の型が見えはじめてきました。それをより多くの企業に届けるため、UCCとともに歩む判断をしました」
Gardenには、オフィスでの“コーヒー体験”作りのアセットがある。一方のUCCには、業界では知られたバリスタ育成プログラム“UCCコーヒーアカデミー”や、B to Bの領域で長年培ってきた顧客との関係性、そしてコーヒーやそれ以外も含めた多様なメニューが存在する。
サービスをより安定的に、かつ従業員のニーズに応えて拡大していくには、UCCの持つアセットはGardenと非常に相性が良かった。
青栁氏「一番大きいのは、バリスタの環境を整えられることですね。Gardenはコーヒーというプロダクトではなく、人が価値の源泉にあります。その価値を、いかに再現性もって高められるかという観点で、UCCの持つ育成環境は非常に価値があるんです。また、我々はまだまだ規模が小さいため、時としてご要望いただくコーヒー以外の飲食物の調達や、営業機能のカバーにも時間がかかる。そこでUCCの力を借りることができればと考えています」
実際、UCCには全国にある拠点で「(自社に)カフェを作ることができないか」という企業からの相談が寄せられているという。そこにGardenを提供するスキームも、今後は考えられる。拡大するためにはGardenの提供価値の根幹にある“人”が欠かせない。その“人”の技術に再現性を持たせる上で、バリスタ育成のノウハウを持つUCCの存在は大きなものとなるだろう。
今回分社化を行い、事業を拡大していく同社。一方で、その裏には日本茶事業とまったく変わらない、「あらゆるステークホルダーにとって価値のある事業を作る」という想いがある。
青栁氏「バリスタには、コーヒーとお客さま双方にフォーカスできる環境を。従業員には、素晴らしいコーヒー体験とコミュニティを。豆を提供してくれるロースターには、日本茶事業と同じように正しく価値還元できる仕組みを。我々がGardenを通してやっているのは、バリスタと、従業員、ロースターの三者が三方良しになる、究極のコミュニティデザインなんです」
文/庄司智昭 取材・編集/小山和之 撮影/須古恵