花を贈る。言葉を選ぶように、かたちや色味に感覚を研ぎ澄ませて、一輪を選んでみる。相手を思い、言葉を交わす代わりに人が花を贈るようになったのは、いつからだったのだろう。時に季節の移ろいを手元に映すように、思いがけず受け取った花束は日に日に表情を変化させながら、いつもの部屋の景色に彩りを与えてくれる。特別な記念日に、そしてなんてことのない日常に、花を贈り、受け取ることについて。多様な花との関わり方を提案してきた〈edenworks〉の篠崎恵美さんにお話を伺う。
(この記事は2022年12月14日(水)に発売された『XD MAGAZINE VOL.06』より転載しています)
特別な関係を築く場所。
花屋という〈エデン〉から
東京・代々木上原駅近くの閑静な住宅街。表通りから一本奥の道に建つ小さな建物を3階へ。扉を開けると、陽の光が差し込む大きな窓を前にして透明なガラスに包まれたベッドが置かれている。部屋の中央でのびのびと生命力を放つ花々に迎えられて、文字通り〈エデン(理想郷)〉に踏み込んでしまったかのような不思議な感覚を覚える。「花屋」というイメージからはかけ離れた〈edenworks〉の1号店。篠崎さんの原体験がぎゅっと凝縮されている場所だ。
篠崎さん「お花屋さんといえば通常は1階にあって、路面店のイメージ。まさかこんな住宅街にあるマンションの3階に、お花屋さんがあるとは誰も思わないですよね。
ベッドルームは朝起きたときに1日のはじまりを迎えて、夜眠るときに1日を終える場所。時間のスケールを大きくとらえたら、生まれた瞬間を過ごしていた場所でもあり、最期の時を迎える場所でもあるかもしれない。お花も生きている今現在からだんだんと死に向かっている存在なので、はじまりと終わりを過ごす場所に置きたいと考えていました。
そして眠って夢を見ている間は、普段であれば叶わないような難しいことでも、自分がなりたいものになれたりしますよね。お花が夢を見させてくれるような、親しい人しか招き入れない自分の部屋のような空間で、お花と親密な関係性が築けたら素敵だなと思い7年前、『edenworks bedroom』という名前でお店をはじめることにしました」
身近でありながら、ときに夢を見させてくれるような存在。それは篠崎さん自らが、花と向き合うなかで感じてきたからこそ伝えられることでもある。
篠崎さん「元々はファッションの学校に通っていて、お花屋さんになることや、お花を扱う職業を考えたことがなかったんです。ただ、母がお花がとても好きで、道に咲いている花も部屋に飾っているという風景が私の生まれ育った家では当たり前。物心がついたときから生活のなかで日々目にするものだったので、意識することもなくお花とともに生活をしていました。
そんななかで東京に出てきて、自分で買わなければ家にはお花がないという状況に直面して初めて、物足りなさを感じました。一人暮らしをはじめてお花を贈られたときは、懐かしさというか、ノスタルジックな感情を覚えましたね。私にとっては当たり前だからこそ特別な存在だったのだと思います」
ファッションに関わる仕事をしていた当時、どこか馴染めず自信ももてなかったという篠崎さんは、ふらっと訪れた花屋で働くことを決める。それは〈edenworks〉の原点につながる、その後の生き方すら変えてしまうような出来事だった。
篠崎さん「以前は人の目を見て話すことが苦手。接客もままならず、少人数で親しい人といるときにはじめて自分を出すことができるくらい引っ込み思案だったんです。けれどお花の仕事をするようになってからは、自分のなかで殻が割れるような、霧が晴れていくような感覚がありました。お花の話をするときは自信をもって人の目を見て話せる。性格がガラッと変わったんですね。
だからこそ今、こうして自分を変えてくれたお花の素晴らしさを、お客さんやスタッフに伝えたいという気持ちが強いのだと思います。お仕事としてはもちろんお店でお花を売っているのですが、売りたいというよりも、伝えたい。お花に恩返しがしたいという感覚に近いかもしれません」
花畑を運び「Present(現在)」を贈りたい
篠崎さんが市場で仕入れるとき、背丈のある花は背の高い花瓶に生ける。毎日の水切りも長さを残し、下の葉だけを取るよう心がけている。ラッピングにも包装紙やリボンは使わず徹底して自然体にこだわり、そのままのかたちで花を届けたいと思うのには理由がある。
篠崎さん「お花は存在そのものが日々変化する造形物。作家が0から1を生み出し、1から100をつくれる人だとしたら、私にとってはお花自体がすでに100のもの。自分はそれを組み合わせて必要な場所に花畑を運ぶ役割だと考えています。
『Present』という言葉は、“プレゼント”の意味であり“今・現在”も意味しますよね。お花は文字通り、今の一瞬に咲いていることがプレゼント(贈り物)だと思うんです。仕入れるお花を選ぶのにも、市場でたくさんの種類のお花が売られているなかで目が合う感覚があるんです。言葉には言い表せないのですが、人と目が合ったときにドキッとするのに似ている瞬間がある。仕入れているお花にはもちろん主役も脇役もなく、すべてひとつずつで存在している。人と同じように、お花にも個性があるので、その一つひとつのお花が調和するようなイメージで選んでいます」
花束を組むときにイメージするのは、個々の花がのびのび咲いている、花畑が編まれているような自由な花束。生き物として敬意を払い、そのもののかたちを生かして、バランスを取るだけ。ラッピングも茎や葉を隠さないよう透明なシートに包むのみ。正解をつくらないという〈edenworks〉の花束は、花それぞれの個性はもちろん、日々の天気や訪れる人によって、そして組むスタッフによっても表情が変容する。
篠崎さん「贈る人をお花に映すように、お客さんと会話しながら一緒に花束を組んでいきます。お手本はつくらず、隣のお客さんが喜んでくれなかったら不正解で、喜んでくれたらすべて正解。スタッフに経験者を雇っていない理由もそこにあるのですが、お花を触ったことのない人がどうお花と向き合うのかということに興味があるんです。慣れてしまうと“これが当たり前”という考え方が生まれてしまう。けれど当たり前なんて本来ないんですよね。
花を選ぶことを楽しんでもらいたいので、たまに意外な提案をあえてすることもあります。こういうイメージだけれど、逆にこの花はどう? と。お客さんにとって新たな発見につながったりすると嬉しくなりますね」
棄てず、次につなげるために。
新陳代謝する花のかたち
型となる正解をつくらず、日ごと、季節ごとに変化する花やお客さん一人ひとりに向き合い、その時々に応じた提案をする。そんな「花屋」の定石を覆してきた篠崎さんが2店舗目として考えたのが「花を棄てず、次につなげる」ことを掲げたドライフラワー専門店〈EW.Pharmacy〉だ。それまでの「枯れてしまった花」というネガティブなイメージを払拭すべく、ドライフラワーの新たなかたちを考案。遠出もできず、家で過ごす人が増えたコロナ禍には、できるだけ手軽に、毎日の生活に花を取り入れられるようにと新宿駅直結のフラワーショップ「ew.note」もオープンした。次々に新たな花との出会いの場を提案する原動力は、花やスタッフと向き合うなかで得られる、日々の気づきのなかにある。
篠崎さん「植物のお仕事をしていると、絶滅まではいかないのですが、あの植物がもうない、この品種がなくなる、色が変わってしまうというようなことを日々耳にするんです。植物は土から育つものなので、その変化がより顕著に伝わってくるんですよね。同じ品種でも1年前と色が全く異なっていたりする。時代や環境の変化に日々直面するので、どうしたらよいか、自然と考えざるを得ないんだと思います。地球が変化を余儀なくされているという状況を目の当たりにして、大丈夫かなと心配になってしまって。ロングスパンで計画して今に至るというよりも、新陳代謝するように目の前で起きている変化を敏感にキャッチし、考え、瞬発力をもって動いてきた結果が今の〈edenworks〉につながっているのだと思います」
今年で「EW.Pharmacy」がオープンして5年。店舗に立つスタッフとも話し合いを重ねて、現在の〈edenworks〉がやらなくてはいけないことを考えた結果、以前あったファクトリー「PLANT by edenworks」の機能と統合した「conservatory by edenworks」というかたちでお店をリニューアルオープンすることに決めた。
篠崎さん「アフターコロナに向けて世の中も動き出している今日、私たちに何ができるだろうとスタッフとも話し合いました。そこでより植物の力を伝えたいという気持ちが強くなり、考えたのがドライフラワーと生きている植物をつなぐお店のかたち。
売れ残ってしまったけれど、可愛い花たちを棄てずにドライフラワーとして販売する。とはいえ、毎日の水あげのときに茎だったり枯れてしまった葉っぱやどうしてもドライにならずに廃棄してきたものを、全部コンポストできればお花や植物のパワーの詰まった肥料ができる。それを植物に与えて、お花でお花を元気にするようなイメージがつくれたらなと思いました。
これからの時代、ゴミは増える一方で、それを燃やすのにも大気には良くなかったりする。そういった問題を少しずつでも解決するためにどんなことができるだろう? と考えながら、植物には植物でできた堆肥を与えられる仕組みができたらと考えたとき『PLANT by edenworks』と『EW.Pharmacy』の機能をひとつにした『conservatory by edenworks』というコンセプトに辿り着きました。明るくないニュースも多く下を向いてしまいがちな時代だからこそ、生きている植物に力を分けてもらって、前を向けるような場所にできたらといいなと思いますね」
世代を超えて。
手で紡ぎ、贈りたい思いをつないでいく
多岐にわたる〈edenworks〉の活動には、一貫している軸がある。それは花を人から人へ、あるいは世代や国境、ジェンダーを超えて「断ち切らず、つないでいく」という姿勢だ。現在ロサンゼルスのギャラリーにも所属している〈PAPER EDEN〉のプロジェクトは、店舗に留まらない〈edenworks〉 の活動のひとつ。発端は篠崎さんのお母さんが贈り物としてつくっていた手作りのお花を「つないでいきたい」という思いにあった。
篠崎さん「贈り物をするとき、街に買いに行く人もいれば自分でつくったものをプレゼントする人もいますよね。私の母は手作りが好きな人なのですが、自分自身がお花の仕事をするようになってから、母が昔から紙のお花をつくっていたのを思い出しました。それでなぜつくっているのかを聞いたら、祖母に教えてもらったのだと。誰かを思ってものをつくること自体、昨今では減っているように感じていたこともありましたし、祖母から母へ引き継がれてきたことを、断ち切られることなく多くの人につないでいけたらと思い〈PAPER EDEN〉の活動をはじめることにしました。」
まずはお母さんのつくった紙の花を分解し、構造を再考していくことからはじめたという篠崎さん。新たに型紙のデザインを考えていくなかで、〈PAPER EDEN〉には、花を贈るのには少し抵抗がある人や枯れてしまうのが嫌でお花は買えないという人にも、自由に花を選んでもらいたいという思いを込めている。
篠崎さん「お花というと女性的なイメージを抱く方も多いのですが、お花自体はめしべとおしべが合体しているひとつのかたち。元々ユニセックスな存在なので、紙のお花も性別問わず喜んでもらえるかたちにしたいと考えています。アイデア出しの時点から男性スタッフと構成し、花をグラフィカルにとらえて制作しています。花弁や葉のかたちの型紙自体も手描きで描いています。
もちろん季節感を楽しむのには生花が一番ですが、〈PAPER EDEN〉では季節を問わず、自分の好きなお花を楽しんでもらえるのも魅力のひとつだと思います。たとえばチューリップには“思いやり”という花言葉があるのですが、チューリップが好きなお友達にどうしてもこのお花をあげたいけれど季節柄ないというときにも、紙のお花があれば言葉を伝えることができますよね」
季節ごとに、毎年手で紡がれる花の種類は増え続けている。思い描くのは、特別な日ではなくなんてことのない、そう、たとえば今日みたいな日の待ち合わせに一輪、あるいは帰り際に、家にいる家族や友人に花を贈る、そんな光景だ。取材を終える別れ際、ふと気になって篠崎さんが今までで一番嬉しかった贈り物について尋ねてみた。
篠崎さん「ありきたりの答えかもしれないのですが、お誕生日にもらったお花が、とても嬉しかったですね。お花の仕事をしているからか、みんな気を遣っているようで、今までお誕生日にお花をもらったことがなかったんです。けれど、花束って上手い、下手ではないんですよね。ただ、こう選んでくれたんだということを想像するだけで、とても嬉しいなと思います」
取材・文/西山萌 写真/Sayuri Murooka (SIGNO)
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