神奈川県横浜市。渋谷から田園都市線で約30分の東急・青葉台駅を降りると、住宅街を1kmほど歩いた先に、緑が繁るレンガ造りの建物がある。“旅する八百屋”として全国を巡り野菜を仕入れてきた、「青果ミコト屋」が開く初の店舗だ。野菜や果物、加工品を販売するほか、出荷場、事務所、さらに青果を使って作るアイスクリームスタンドも構える。
出迎えてくれたのは、青果ミコト屋の代表を務める鈴木鉄平氏と山代徹氏だ。2010年に1台のキャンピングカーに乗り込み、日本中の農家をまわる八百屋としてスタートした。数えきれないほどの旅を重ね、2021年にふたりの地元である青葉台に、拠点となるこの店舗「micotoya house(ミコトヤハウス)」をオープンするに至った。
鈴木氏と山代氏は、青果ミコト屋を“畑と食卓をつなぐ仲人”と表現する。農家からただ野菜を仕入れて売るだけでなく、農家がどんな思いで野菜を作り、おいしく食べるにはどのように調理すればいいのか、顧客に“伝える”ことを役目と捉える。
ふたりが活動してきたこの十数年は、そうした「ものにまつわるストーリー」への注目が高まり続けた時代でもあった。溢れるストーリーに“疲れ”や“飽き”すら覚えかねない現代にあって、青果ミコト屋は今なお、必要な情報を顧客にまっすぐ届けているように見える。その違いはどこにあるのか、青果ミコト屋の買い物体験を通じ掘り下げていく。
野菜の流通を広げようと始めた“旅する八百屋”
鈴木氏と山代氏が「青果ミコト屋」を立ち上げたのは2010年のこと。一般的な八百屋と異なり、店を持たず、市場を出入りすることもない。キャンピングカーで全国の農家をめぐり、仕事の姿勢やこだわりを知る。野菜や果物を仕入れ、定期宅配を行っていた。
ふたりはもともと高校の同級生で同じサッカー部、バイトも同じという濃い間柄だ。大学卒業後、同じ会社で働いた時期もあったが、何か物足りなさを感じて退職。ともに旅に出たとき、「食べる」ことに感銘を受け、食べ物が育つ現場を見てみようと千葉の自然栽培農家で修行をすることになる。そこで「規格外」の野菜が廃棄処分される現実を知り、野菜を育てる農家と、買って食べる生活者をつなぐ存在になろう、と始めたのが八百屋だった。
鈴木氏「最初の1年はふたりで農家さんをまわっていました。そこの人たちと時間をともにし、泊まりこんで畑を手伝い、話を聞く。そんなお付き合いから始めて、個人への定期宅配のほか、飲食店への配送も行うようになったんです。マルシェやイベントに出店し、直接販売する機会も増えていきました。
一方で、当初からやっていた“仕入れの旅”はずっと続けていました。生産者である農家さんとの出会いといいましょうか。深くコミュニケーションをとるための旅でしたね」
市場には、味が良くても規格外の野菜は出回らない。青果ミコト屋は直接農家から仕入れることで、スーパーでは手に入らない色や形、珍しい種類の野菜にも出会うことができた。
それらを販売するときは、野菜の説明やおいしく食べるコツを丁寧に伝えていく。宅配時には、農家の思いをまとめたオリジナル冊子も入れていた。2週間ごとに制作し、顧客からは好評を得ていたという。
農家との付き合いが増え、定期宅配も徐々に軌道に乗り、冊子のほかWebサイトやSNSに載せる映像制作にも力を入れる。鈴木氏と山代氏は手応えを感じていたが、同時に冊子や映像だけでは、農家の思いをダイレクトに伝えきることはできないもどかしさもあった。
箱の中にどれだけおいしい野菜が入っていても、宅配ではその背景まで「すべて伝えきることはできない」。そんな葛藤もあったなか、創業10周年を超えたタイミングで、青果ミコト屋は初めての実店舗「micotoya house」をオープンした。
農家と顧客をより「巻き込みやすく」なった実店舗
それまでの青果ミコト屋は、出荷量が見える定期宅配と飲食店の事前注文にあわせ、農家から仕入れを行う“在庫を抱えない経営”を続けてきた。しかし、常設店舗を持つ以上、「店頭にいつも一定量の野菜を積み続けておく」必要が出てくる。どうしても在庫という名のロスが出てしまうため、その受け皿になる事業をつくろうとふたりは考えた。
そこでひらめいたのが、アイスクリーム製造だった。野菜や果物を加工して作るアイスクリームなら、冷凍で長持ちするため、廃棄することを避けられる。そうして生まれたスタンド「KIKI NATURAL ICECREAM」では、常に10種類のアイスクリームを販売しているという。
アイスクリームスタンドのあるmicotoya houseは、土曜から水曜までは食堂の役割もある。料理をするスタッフが野菜を使って顧客の前で調理し、「まかないランチ」を提供しているのだ。それらに出荷場、事務所、そして八百屋を含むにぎやかな場を持った青果ミコト屋。店舗販売と定期宅配、イベントでの販売の3つが、今の柱となった。
山代氏「現在は日本中の200を超える農家さんと関わり、季節ごとにさまざまな野菜や果物を仕入れています。もちろん、僕らはその時々のベストな野菜を仕入れるため、時期やタイミングによって生産者との付き合いには濃淡があります。この2年間収穫ができず、3年ぶりに仕入れができた農家さんもありました」
創業時からふたりは農家と交流し、野菜への思いや仕事に取り組む姿勢を知り、生産者への理解を深めてきた。関わる農家は場所も年代もさまざまだが、特にまだ買い手のつかない、駆け出しの農家のサポートは大切な役目として捉えているという。
一方で野菜は、天候や自然災害によって収穫量が増減し、出荷に影響が出る。青果ミコト屋は農家との二人三脚を掲げ、困っている生産者を買い支えられたこともたくさんあったというが、「かつての業態ではできないことも実は多かった」と鈴木氏は振り返る。
鈴木氏「例えば、野菜がダブついて農家さんが困っていても、定期宅配向けは出荷内容が決まっているため、余分に仕入れることができなかったんです。当時の僕らの売り先はそこが中心で、何とかしたくても難しくて。でも実店舗ができてからは、『とりあえず送ってください』と言えるようになりました」
農家に大根を2本注文した際に、勘違いで2ケース(60本)の大根が送られてきたことがあったが、それも受け取って店頭で販売したと話す。
鈴木氏「今までなら『大根の本数、間違っていますよ』『無理ですよ』と受け取れなかったことも、今は発注ミスを含めてお客さんに伝えて販売しています。『やりとりを間違えてしまったので、今日はミコト屋大根祭りをやっています!』と伝えれば、お客さんは2本、3本と買ってくれるんです(笑)。店舗ができ、顔が見える関係がつくれたことで、お客さんも農家さんも含めた信頼が生まれてきているのかなと。農家さんにお客さんが喜んでくれたことをフィードバックすることもでき、僕らと生産者の関係もさらに強固なものになっています」
作るのではなく、そこにあるストーリーを伝える
micotoya houseは、効率や便利さを追求する店舗ではない。そこにはスタッフがいて、野菜の個性や食べ方、どういう人が育てたかなど、商品を取り巻く情報をいくつも顧客に伝えている。普段あまり見かけない個性豊かな野菜も並ぶが、顧客はスタッフの説明を聞きながら、気になる野菜を手にするところから買い物を始める。かごに入れたあとも、自分で量らなくてはいけないし、伝票にも書かなければいけない。梱包も顧客自らが行うため、手間がかかる。
鈴木氏「来ていただくとわかりますが、すごく面倒くさいんです。でも、これらの手間によって、野菜との距離が縮まっていき、お客さんが野菜をちゃんと食べてくれるようになります。
そもそも僕らは野菜の背景をしっかりお客さんに“伝える”、そしておいしい状態を“届ける”のが役割です。それが生産者と顧客をつなげる八百屋としての、至上命題だと思ってやってきました。だからこそ、農家さんのこだわりを温度感ある『ストーリー』として伝えること、かつ野菜を鮮度のいいまま届けることをすごく大切にしています」
農家が育てた野菜を受け取り、“おいしさ”と“農家の思い”の2つを新鮮なまま顧客に届ける。顧客はせっかくの野菜をおいしく食べようと、ていねいに調理をして食卓で味わう。この一連の買い物体験に、青果ミコト屋は「ストーリー」が重要な役割を果たすと考えてきた。
一方で、青果ミコト屋が事業を拡大させた2010年代は、SNSなどの普及もあり、商品に「背景の情報」をつけて生活者に届けることが、あちこちで行われるようになった時代でもある。作り手と買い手が直接つながりやすい社会になった反面、ものを取り巻く情報の氾濫に、飽きている人や疲れている人もいるのではないか。ストーリーを大切にしてきた鈴木氏や山代氏は、そうした変化をどのように受け止めてきたのだろう。
鈴木氏「ものを買うとき、背景の情報の多さに飽きる気持ちになることはありますよね。一方的に浴びせられていると感じたら、正直、もういいよってなる。でも同時に、『自分の好きなものにお金を落としていきたい』という考えは多くの人が持っていることだとも考えています。できればその商品のことを、買う前も、買ったあとも好きでいたいはず。ですから、顧客が商品にストーリーを求めること自体は不思議ではないし、こちらが求めたときにストーリーのない商品は、僕はおもしろくないと感じるんです。
青果ミコト屋について言えば、僕らが農家さんに足を運び畑を手伝い、時には寝泊まりをしながら僕らなりに関わっていたところに、実はストーリーがあったというか。作り出さなくてもすでにあるストーリーに気づいた、野菜にストーリーが勝手についてきたような感覚があります」
ストーリーの伴わない野菜は、買ったものを「好き」でいたいという気持ちを生みづらい。冷蔵庫の中で萎びさせてしまったり使い切れなかったり、「野菜が大切に扱われない未来をつい想像してしまう」と鈴木氏はこぼす。
そうならないよう青果ミコト屋が伝えているのは、野菜のこれまでの道のりと、買った後の食べ方という“前後”の情報だ。野菜を買ったら「好き」という気持ちが芽生え、大切に調理して食べることにつながる。
山代氏「前後のことをきちんと知り、野菜を食べる。このストーリーを僕らは重いものとも、先走っているとも考えていません。僕らは農家さんそれぞれに思い入れがあることを知っていて、野菜の個性や思いなどこれまで聞いた話が頭に入っています。野菜について、僕らの思いのこもった説明と、ネットで調べただけの説明とでは、言葉が同じでも伝わり方は違う。思い入れがあるからこそ、しっかり届くと思います」
野菜を育てる農家のことを知り、それぞれの生活の中でおいしく食べるようになるまでが、青果ミコト屋の買い物体験だ。常設店舗を持った今、山代氏は顧客が「また来たい」と思えるように、店内にポジティブな空気を作ることも大切にしているという。
鈴木氏「僕らは別に、お客さんになんとしても野菜を売りつけたいとは思っていません。野菜のおいしさに自信があるからこそ、『すごくおいしいから買ったほうがいいよ』『おいしいから買えばいいのに、もったいない』と正直な気持ちを伝えています。その逆もあり、ほかの野菜と比較して今日はあまりおすすめではないときも、お客さんとの会話の中では伝えていますね」
山代氏「もちろん置いている野菜は、一定以上の新鮮さとおいしさの担保されたものです。ただ、店にあるものすべてがベストの状態であるわけではありません。野菜の味は変わりますし、おいしさのピークからずれているものもあります。そこも踏まえたうえで、よりおいしく食べられるように、目の前の野菜に合わせて食べ方をお伝えしています。
また、お客さんの中には、お店で野菜を見てから夕食のメニューを決める方もいらっしゃいます。そこに今日のおすすめの野菜と食べ方を伝えることで、お客さんにごはん作りを楽しんでもらえるようになる。むしろ『僕らに任せてください』みたいな気持ちで接客すると、場に楽しい空気が生まれます」
おいしさと野菜への思いを「楽しく」「気持ちよく」届ける
青果ミコト屋が事業を拡大させてきた2010年代は、「SDGs」や「食品ロス」といった環境に食や関わる言葉が広く浸透してきた時代でもあった。農家や野菜のことを発信していく以上、そうした世の中の関心事にも大きく影響を受ける。その中で最近、鈴木氏や山代氏は、使う言葉や考え方が変わってきたと語る。
例えば、「オーガニック」という言葉をあえて自ら使わない。以前は自然栽培の野菜にストイックにこだわっていたが、全国を旅をするなかで、「こうしなくては、とストレスを抱えるより、生活の中で楽しんでもらえるほうがいいのではないか」と気づいたという。野菜にまつわる多様なストーリーを伝えてきたが、今はわかりやすいカテゴライズをなるべく避け、栽培方法についても触れていないと話す。
鈴木氏「たまにこだわる方がいらっしゃいますが、僕らは農家さんがどんな思いで育てているかをまず伝えたい。野菜は農家さんがベストだと思う方法で作られているので、その思い入れをお客さんに知ってもらうことの方がずっと重要だと思っています」
山代氏「農家さんによって本当にいろいろな栽培方法がありますが、大切にしたいのは生産者の人柄です。人柄って野菜に出るから。僕らが信頼する農家さんに委ねた野菜なので、栽培方法で判断することではないと思っています」
「フードロス」として注目を集めるmicotoya houseのアイスクリームも、興味を持ったのは「おもしろいから」という理由が大きかった。
鈴木氏「誰かが『いらない』といったものが、アイスクリームになってまた喜んでもらい、光が当たる。フードロスを掲げて社会のためにやろうとしているわけではなくて、完全におもしろいからやっています。もちろん結果として、少しでも社会をポジティブにする力になるなら、気持ちがいいですし」
おもしろがって取り組んだ結果が、社会のためになる。そうして気持ちのいいことを続けてきた結果が、農家が育てた大切な野菜や果物をベストな状態で顧客に届ける、青果ミコト屋の今につながっている。店舗では新鮮な野菜を前に、農家の思いを直接伝える一方、宅配では野菜の「鮮度」とともに「気持ちよさ」も大切に考え、梱包を見直してきた。
鈴木氏「農家さんから預かった野菜をおいしい状態で届けることは、八百屋として絶対にやらなくてはいけないことです。ただプラスチック袋は鮮度保持だけ見れば最適で便利なものですが、使ったらすぐに捨てることになる。環境負荷を考えスタッフと『なんとかしたい』と話すなかで、出荷チームの野菜の管理や梱包技術が上がり、現在はプラスチックフリーでの宅配を実現しています」
紙や新聞を使って野菜を宅配する、青果ミコト屋の脱プラスチックは、農家へのヒアリングも重ねながら決まった。オリジナル冊子の制作も、現在はコスト面も考慮してやめ、簡易的なおたよりだけを同封している。冊子で掲載していたレシピなどはWebコンテンツでの再掲載を検討しているという。
鈴木氏「宅配の段ボールを開けたとき、袋だらけではない状態は気持ちいいものだと思うんです。すべての野菜が細かく梱包されていると、たとえ新鮮であっても僕は『うっ』と苦しくなります。そうすることで保ちが短くなったとして、もし野菜の元気がなくなれば水につけたり、早く食べたりすればいい。むしろ本来そういうものだということを、野菜を届ける僕たちが伝えていくべきだと感じています」
いい買い物体験が、体に染み込むような場を
梱包の変更は、青果ミコト屋にとって大きなチャレンジだった。顧客の中には紙の梱包を理由に定期宅配の注文を止めた人もいたが、鈴木氏も山代氏も仕方ないことだと受け入れる。それでも切り替えのタイミングに向けて顧客に手紙を出し、プラスチックから変わることを伝えていた。青果ミコト屋だけではなく顧客に対しても、「一緒に頑張りましょう」という姿勢で歩んできた。
青果ミコト屋と顧客の関係は常にフラットであり、上下はない。過度な配慮をしないからこそ、これまで何度も新しいことに踏み出すことができたと振り返る。
鈴木氏「お客さんの立場のとき、あまりに気を使われると居心地が悪く感じないですか。もっと普通にしてくださいよ、とよく言いたくなるんです。あるいは、店員さんもこちらも一言も喋らないまま、買い物ができるお店もある。どちらも消費として成り立ってはいますが、僕はあまり健全な体験ではないと思っていて、もっと気持ちよく、こちらも『ありがとう』という気持ちでお金を払いたいんですよね。自分で誇りを持って得たお金を、ちゃんと自分が納得できるところに落としたいんです」
人と人がやり取りをする買い物は、少しぐらい非効率でもいいのかもしれない。駅から離れ、わざわざ足を運ばないと辿り着けない場所にmicotoya houseがあることが示すように、青果ミコト屋は買い物を「ちょっとくらい面倒くさくてもいい」と捉える。顧客と「“面倒くさい関係”を作りたいという気持ちがあります」とふたりは笑った。
個性豊かな野菜が並ぶ空間は、とても気持ちがいい。スタッフと顧客の会話に活気もある。農家と顧客、それをつなぐ青果ミコト屋の間で「気持ちのいい空間を保っていこう」という共通認識があり、micotoya houseの空気を生み出している。
鈴木氏「日々食べる野菜のすべてを青果ミコト屋のようなところで買うのは、値段を考えると難しいですよね。それでも生活の中で、こうした買い物体験のパーセンテージを上げていくことで、視点が変わっていくと思っています。野菜のストーリーを知り、手間をかけながら買い物をし、思い入れが生まれて調理をして食べる。『すごくおいしかった』『家族が喜んでくれた』という心地いい体験が体に染み込み、さらにいい買い物をしてみたくなるのかもしれません。そういった満足感が、また野菜をおいしく調理し、自分や家族を豊かにするきっかけになればと考えています」
自ら手間をかけ、顧客にも手間をかけてもらい、互いに「面倒な体験」を共有していく。こうした買い物は、効率化が進む社会において、敬遠されるべきことだと捉える人も多いだろうが、鈴木氏も山代氏もそうは考えない。ふたりの話を聞いていると、むしろ適切な面倒さの中に、暮らしを楽しく、軽やかに変えていくものが潜んでいるように感じられる。だからこそ、青果ミコト屋が生むストーリーは人々を疲れさせることなく、今も新鮮な野菜とともに顧客へと届いているのだ。
執筆/鈴木ゆう子 編集/佐々木将史 撮影/伊藤圭