2017年、リンナイが行った調査(「世界5カ国の『共働き』に関する意識調査」)によれば、アメリカでは85%、ドイツやデンマークでは40%以上の人々が家事代行サービスを利用している。だが、日本における利用経験率は、およそ1割にとどまっている。
しかし、出産後に育児と仕事を両立する女性も増加している昨今、家事の負担はますます重くなり、潜在的な需要は高まるばかり。そんな家事代行サービスの世界に対して、2014年に参入したのが「CaSy(カジー)」というベンチャー企業だ。
家事代行事業未経験のアントレプレナーたちが立ち上げたサービスは、ローンチから4年がたち、2018年6月には5億円の資金調達を行うなど、事業を急拡大させている。
その成功の秘訣は、徹底したデータ分析によって、顧客体験のみならず、スタッフの労働環境を改善し続けるその姿勢にあるようだ。日本の家事代行サービスを変えるべく立ち上がったCaSyは、どのようにして躍進を遂げたのだろうか?
株式会社CaSyで代表取締役CEOの加茂雄一氏に話をうかがい、その真相に迫った。
ユーザーとして感じた使いづらさが創業のきっかけに
ーー加茂さんは前職である会計士を辞め、CaSyを立ち上げていますよね。いったいなぜ、家事代行サービスを設立しようと考えたのでしょうか?
加茂:きっかけは、妻の妊娠でした。それまで任せきりだった家事を私が担当することになったのですが、昔から家事があまり得意ではなく……。料理をつくっても妻は全然口をつけてくれないし、掃除をしてもやり方の問題で逆に妻のストレスになってしまう。
そこで、既存の家事代行サービスを利用したところ、無駄なストレスがなくなるし、部屋もきれいになる。いいことづくめだったんです。
しかし、同時に使いづらい部分がとても多かった。まず、値段が1時間4000〜5000円と高額なこと。そして、サービスを申込むためには日中に電話をかける必要がありました。忙しい人が使うサービスなのに、そのための設計になっていなかったんです。それらをもっと改良すれば、家事代行サービスはもっと広がっていくはずなのに、と違和感を感じていました。
ーーCaSy誕生の裏には、ユーザーとしての加茂さんの体験があったんですね。
加茂:その頃に通っていたグロービス経営大学院のクラスで出会った創業メンバーたちも、たまたま子供が生まれたばかりや妻が妊娠しているという時期でした。僕と同じように家事代行サービスを使っていたのですが、やはり同じような課題を感じていたんです。家事代行サービスをもっと顧客に寄り添ったサービスにすれば、家族との時間を増やすこともでき、社会の役に立てるはず。そんな思いからCaSyの設立に踏み切りました。
「CaSy」は家事代行サービスの課題を解決できたか?
ーー2014年のサービス開始から4年が経ちました。現在、CaSyはどのような方々に利用されているのでしょうか?
加茂:現在の会員数は5万人を超えており、6割がファミリー層、4割が単身の方という割合です。年代で見ると、20~30代と若い方々の利用が多いのが特徴ですね。やはり、時間がなくて家事が回らないという方の利用が多くなっていますね。
ーー当初、他の家事代行サービスに感じていた「高額」「申込みが煩雑」という負は、どのように解消しているのでしょうか?
加茂:まず価格的な課題について。他社の場合、値段が高い理由はコスト構造にありました。他社では、「コーディネーター」と呼ばれる営業担当者がお客様のヒアリングを行い、スタッフとのマッチングを行います。一方、CaSyの場合、インターネットでお客様にお申し込みいただき、入力データから自動的にスタッフをマッチングする。コーディネーターの人件費がかからない分、提供価格を下げることができるんです。
ーーコーディネーターの存在がなくても、適切なマッチングは可能なのでしょうか?
加茂:お客様との取引データが蓄積していくと、「こういうお客様にはこういうスタッフを派遣すべき」という知見が蓄積されていきます。例えば、小さなお子様のいるお客様には、子育て経験のあるスタッフを派遣したほうが評価の高まる傾向が見えてくる。
データと照らし合わせることによって、コーディネーターがいなくても、質の高いマッチングは十分に可能なんです。データの活用が得意なCTOの池田裕樹が創業メンバーに加わっていたことから、データに基づいたマッチングという戦略は当初から抱いていましたね。
ーーでは、申込みの手間についてはいかがでしょうか?
加茂:Webで完結できるようにシステムをつくり、1分で申し込みが完結するようにしています。やはり、忙しいお客様がメインになるので、申し込みやすいUIやアプリの提供など、顧客の利便性を第一に考えていますね。また、システムの使いやすさについても、離脱率などのデータを分析しながら日々改善を行っているんです。
海外では当たり前になっている「家事代行」
ーーただ、家事サービスに対しては、「他人を家に上げるのが不安」「そもそも家事は自分でするもの」と、心理的な抵抗感が少なからずあります。この障壁については、どのように乗り越えていこうと考えているのでしょうか?
加茂:介護業界でも、10年前には人に頼むことに抵抗がありましたが、すでに世の中的にも専門の会社に依頼することで時間を効率化し、質の高いサービスを受けることが一般的になってきていますよね。家事代行利用者の割合を見ると、東京では1〜2%にすぎませんが、シンガポールでは25%が利用している。
僕自身、家事代行サービスを使って助けられていたので、みんながこのサービスの魅力に気付けば、海外の事例のように広がりを持つようになるはずだという確信がありました。
ーーなぜ、諸外国では家事代行サービスが普及しているのでしょうか?
加茂:その理由は2つあります。まずひとつは、女性の社会進出が進んでいること。日本では、ようやく女性の社会進出が整ってきたので、これからニーズは増えていくでしょう。
もうひとつは合理性の問題。自分で1時間仕事をすれば1時間に5000〜6000円もらえるのに、それを家事に使うのはもったいないという考え方があります。現に、タイなどでは既にそんな合理的な考えが浸透しています。いまだ「家事は自分でするもの」という意識が根深い日本でも、このような発想が普及していけば家事代行は確実に広がっていくでしょう。
「データ」が家事代行サービスの競争優位
ーーCaSyのサービスイン以降、家事代行サービスに参入する企業も増えています。競合が増えてきた現状に対してはいかがでしょうか?
加茂:家事代行サービスを運営していく上で一番の問題は、競合との顧客の奪い合いではなく、圧倒的にスタッフの数が不足していること。どこの会社も働き手をどう集めるかが大きな課題となっています。もちろん、お客様と一対一で接する仕事なので家事のスキルだけでなく、コミュニケーションスキルも高い人材が必要ですよね。
ーーDMMが提供する家事代行サービス「DMM Okan」も、予想を上回る需要だったために、スタッフの確保が追いつかずにサービスを終了してしまいましたね。
加茂:供給を確保するためにも、スタッフの働きやすさについては常に改善を加えています。現在、CaSyには約4500人の登録スタッフがいるのですが、その多くは、現在働いているスタッフの紹介からのつながりとなっています。
そのため、スタッフから出た意見を積極的に採用し、月間MVP賞を制定したり、CaSyの中で貯まるポイント制度を設けたり、ランクによってエプロンの色が変わる制度、お客様からの指名制度などをつくり、モチベーションの向上に努めているんです。それによって、友達をスタッフとして紹介してもらうことに結びついています。
ーーでは、競合が増え続ける環境の中で、CaSyの強みはどこにあると考えていますか?
加茂:CaSyの一番の強みは保有しているデータ量。従来の家事代行サービスは、お客様とスタッフのやりとりは現場にあるノートに記入して行われていました。そのため、どんな課題があったか、お客様がこういうサービスを望んでいるという実情まで捉えきれなかった。
一方で、新規参入してきた企業には、まだデータが蓄積していません。我々はお客様の申込みデータ、スタッフの登録データ、取引データ、お客様の評価データなどを活用しながら「どのエリアでどの曜日、どの時間帯に人が足りないのか」という分析までしています。
ーーさまざまなデータの分析が、よりよいサービスへとアップデートさせているんですね。
加茂:そもそも、創業メンバーに家事のスペシャリストはいません。そのため、お客様の評価、スタッフの日報などを分析しながらサービス設計を磨き上げているんです。ユーザーの声を反映し、はじめは掃除だけだったサービスを料理にまで広げ、エアコン清掃の声が高かったハウスクリーニングサービスも加えていった。
そのように、サービスを拡充していくことで、お客様からも「使いやすくなった」というフィードバックが返ってきます。スタッフ、お客様、みんなでCaSyというサービスをつくりあげているという感覚がありますね。
ーー今後は、CaSyをどのように発展させていこうと考えていますか?
加茂:まずは、家事代行サービス全体の認知度を上げていき、「まだ使ってないの?」という会話が交わされるような世の中にしていきたい。家事代行は家の中に入っていくサービスなので、周りの人が使っていることが一番の後押しになります。認知度が高まり、周囲の誰もが使っているという状況が生まれれば、もっとCaSyを利用しやすくなるはずです。
徹底したデータ分析のもとに、顧客・登録スタッフ双方の満足度を向上させていったCaSyの取り組みは、日本の家事を変えつつある。後編では、ブランド戦略グループの加瀬裕里氏に話を伺い、CaSyのマーケティング戦略を追っていこう。
撮影/加藤甫