メディアにとって「コミュニティ」の形成と、それによる新たな読者体験の提供は無視できない要素になりつつある。
2018年9月4日に虎ノ門ヒルズで開催された、CX(顧客体験)について考えるイベント「CX DIVE」では、メディアにおけるCXについても語られた。「Media×CX」のセッションで登壇したのは、株式会社ニューズピックス コミュニティマネージャーの小野晶子氏だ。
株式会社ニューズピックスが提供するソーシャル経済メディア「NewsPicks」は、2018年6月末時点でユーザー数約330万人、有料会員数は7万人を突破。小野氏は成長中のメディアにおいて、ユーザーとの関係構築に努めている。
今回のイベントでは「なぜ今、メディアはコミュニティづくりに注力するのか」をテーマに、同社の取り組みについて語られた。
メディアで「コミュニティ」が注目される理由
なぜ今、「コミュニティ」がキーワードなのか。小野氏は、ニュースを読む体験が変化してきたことで、コミュニティの重要性が増していることを指摘した。
ロイター・ジャーナリズム研究所の「Digital News Report 2018」によると、読者はどの記事を読むか判断する際、ニュースリテラシーの高い人ほどメディアの「ブランド」と「誰が記事をシェアしたか」を気にしている。つまり、記事を読んでもらうためには、メディアとユーザー、そしてユーザー同士の長期的な関係を構築することが欠かせないという。
小野氏は、常にネットでさまざまな情報や人とつながっていても、実際には「孤独」を感じている人が増加しているとも指摘した。特にスマートフォンを頻繁に使う若者世代ほどうつ病になる傾向が強いと指摘する専門家もおり、「こうした人々の受け皿としてもコミュニティ参画の重要性に注目が集まっている」と小野氏は語る。
サブスクリプション(月額課金)型のビジネスも普及しつつあり、企業がカスタマーとより深くつながる必要性が高くなったことも、コミュニティが重要視される背景として挙げられた。このビジネスのトレンドは、メディアにとっても避けて通れない。
小野「ビジネスサイドで今起きているトレンドと、生活者サイドが求めているものがうまく合致する部分が、『コミュニティ』におけるキーワードだと言えます」
読者が安心して過ごせる“コミュニティスタンダード”を作成
NewsPicksがコミュニティに注力するうえで、限られた人だけでなくいろんな人に来て欲しいという考えから大事にしているのが「多様性」に価値を置いた場づくりという。では、具体的にどんな施策を行っているのだろうか。
小野「NewsPicksが多様性とともに大切にしているのは、コメント欄の『盛り上がり』です。多様なバックグラウンドを持つユーザーが、活発に意見交換できている状態。この体験を届けたい」
こうした場を作るために、小野氏はユーザーと「3つの感覚」を共有することを目指しているという。その感覚とは、「安心感」「一体感」そして「共創感」だ。
一つ目の安心感は、ユーザーに継続的にプラットフォームを使ってもらうために、何よりも大切だと、小野氏は語る。
小野「NewsPicksはより信頼できるコメントの集まる場を目指して、2016年にポリシーを大きく変更しました。それまでは匿名での投稿も掲載していたコメント欄を、原則的には実名登録してくださったユーザーさんの投稿のみが一般公開されるようにしたのです。
匿名でも素晴らしいコメントをしてくれる方がいる中でこうした決断をするのは簡単なことではなく、運営方針を避難するご意見が多数寄せられ、社内でも議論がありました。
そのタイミングで入社した私は、まずCEOの梅田とともにユーザーの皆さまと直接お話する『ユーザーミーティング』を実施し、意思決定に至るまでの経緯を説明しました。あわせて、皆さんが安心して発言できるよう、マナーとルールを明文化しました。具体的には、皆さんにアンケートへのご協力をお願いし、どんなコメントが読みたくて、何が望ましくないかを伺い、コミュニティ内での統一見解をまとめたんです。最終的には、“コミュニティスタンダード”という形で基準をまとめてNewsPicks上に公開しました」
このほかにも、良いコメントをしてくれるユーザーにインタビューし、「パーソナルストーリー」として紹介する取り組みや、定期的なユーザーミーティングも行っているという。
リアルの場が「一体感」を醸成する
二つ目のキーワードである「一体感」を醸成するために、NewsPicksはリアルの場も大切にしていると小野氏は言う。
小野「NewsPicksには、多様な専門性を持つ人が参加しています。330万人のユーザーがいると言われても、多すぎてピンとこないですよね。そこでコミュニティを『小分け』にし、小さなグループを形成しやすくすることで、サービスを身近に感じてもらえるのではないかと考えました」
そのために行われているのが、共通項のあるユーザーを集めた「ピッカー交流会」だ。例えば、地域ごとのユーザーミーティングや職種や業種別の集まりや、「プロピッカー」のみが集まるイベントなど。リアルの場で対面することで親睦を深め、再びオンラインでコメント欄に集う循環を作ることで、より互いを身近に感じられるようにしている。
そして三つ目のキーワードが「共創感」。ユーザーを巻き込みながら、一緒にサービスを作っていることを実感してもらうためにも、さまざまな仕掛けを行っているという。その例が、ユーザー同士、そしてNewsPicksの”中の人”たちをつなぐ「感謝祭」だ。
小野「NewsPicksでは感謝祭を年2回行い、経営メンバーや編集部、エンジニアにも参加してもらっています。また、どうしたら私たちがユーザーのみなさんに感謝を伝えられるのか考え、日頃頂戴しているコメントを拝読し、一人一人に手書きでお礼の手紙を書きました。
ユーザーの皆さまと私たちもまた、NewsPicksというひとつのコミュニティを形成しています。「コミュニティ」はラテン語の”共同の貢献”が語源だといわれていますが、NewsPicksでも貢献の循環が起こせたらと願っています」
「プラスの波及」が感じられるコミュニティを
スマートフォンなどが普及し、マス向けの広告が個別のユーザーに届きにくくなっている時代。企業は広告に代わるものを模索し、ユーザー側は企業との深い関わりをより重視するようになったことで、コミュニティ形成のニーズが高まっている。
一方で「コミュニティは不可逆なもの。ユーザーの信頼を一度失うと、元の状態に戻すのは難しい。すごく悩むこともある」と小野氏は明かした。
1986年に発表された論文「Sense of Community: A Definition and Theory」によれば、コミュニティが成立する条件とは「メンバーがお互いの存在に価値を感じ、自分の貢献がほかの参加者にプラスに波及すると信じられる状態」だという。ユーザーとの関係構築で迷ったとき、小野氏は必ずこの「コミュニティとは何か」に立ち返るようにしていると話した。
小野「NewsPicksでは、プラットフォームとメディア、コミュニティという3つの強みにより、ユーザーの『発見と理解の欲求』を満たし、CXの向上をめざしています。これからコミュニティに注力していく企業の場合、意識的に『安心感』『一体感』『共創感』の3つを意識することができれば、豊かな体験を提供できるのではないでしょうか」
ニュースを読む体験の変化により、コミュニティは重要な存在となりつつある。300万を超えるユーザーを獲得し、活発なコメント欄を醸成したNewsPicksが重視する「3つの感覚」は、メディアのCXをアップデートしていくうえで参考になるのではないだろうか。