デジタルシフトするコンテンツ産業で、クリエイターとファンがつながる体験とは――。
2018年9月4日、CX(顧客体験)について考えるイベント「CX DIVE」が虎ノ門ヒルズで開催された。「クリエイタープラットフォーム×CX」のテーマを取り上げたセッションでは、株式会社ピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕氏が登壇した。
同社は、個人クリエイターが文章や写真、映像などの作品を自由に投稿できる「note」などのプラットフォームを提供。デジタルコンテンツの未来を切り開くため、出版社との連携やコンテンツ販売機能などを通じて、クリエイターの活躍を支援しているのが特徴だ。
2018年8月には4億円の資金調達を行い、日本経済新聞社と業務提携を締結するなど、noteを通した新たな取り組みを加速している同社。今回のイベントでは、加藤氏がクリエイタープラットフォームが生み出す新しい顧客体験について語った。
クリエイターにとって持続可能なエコシステムを
まず、加藤氏はクリエイターが直面する課題について指摘した。コンテンツの体験は「紙」から「デジタル」に移行し、誰でもインターネットで気軽に作品や意見を発信できるようになった。その一方で、ファイナンスの持続可能なエコシステムが形成されていないという。
加藤「紙の時代は大手の取次会社と契約すれば、ファイナンスとディストリビューション(流通)を一気に担ってもらえました。出版社は儲かり、クリエイターにもお金が入り、読者に届く。みんな幸せというのが日本のコンテンツビジネスだったんです。
インターネットが普及したことで、クリエイターは公式Webサイトやブログを作り、TwitterやFacebookでも告知し、本を出したらAmazonのリンクを貼るという方法が一般的になりました。しかし、これでは集客が分散しているので、ビジネスとして成り立ちません。従来のようなコンテンツに対してお金が支払われるような環境が必要だと思ったんです」
コンテンツ課金型で成功しているモデルは、いくつか登場し始めている。加藤氏はその例として、ほぼ日刊イトイ新聞や日本経済新聞社、NewsPicksなどを挙げた。しかし、これらのモデルは個人のクリエイターが誰でも真似できるわけではないと指摘する。
ピースオブケイクがnoteを通して目指すのは、こうした個人のクリエイターが抱える課題を解決する仕組み作りだ。2014年4月にリリース後、さまざまな個人クリエイターが利用し、『やれたかも委員会』や『左ききのエレン』などの人気コンテンツが生まれている。
2017年10月には、UXデザイナーとして著名なTHE GUILD代表取締役の深津貴之氏がピースオブケイクのCXOに就任。UX改善に注力した結果もあり、深津氏の就任から約1年で、noteのPVは約3倍、UUは約2.5倍に増え、流通金額も順調に伸びているという。
「自分を分かってほしい」という欲求を満たす
noteというプラットフォームの中で、クリエイターのCXを向上させるためには何が必要か。加藤氏は「クリエイターが本当に求めていること」を常に考えるという。
加藤「クリエイターには、何かを表現することで、届けた相手に喜んでほしいという思いがありますよね。一方で、創作というのは本当に労力がかかります。それなのに、なぜ創作するのかを追及することで、私たちが理解するべきインサイトが見いだせると考えました。
私たちが出した仮説は、クリエイターの『自分を分かってほしい』という欲求です。作家などに限らず、人間は誰でも持ち合わせていますが、中でもその欲求が強い人たちがクリエイターなのではないでしょうか。その仮説に対する私たちのアクションがnoteでした」
加藤氏は「自分を分かってほしい」という欲求を満たすため、noteに必要な3つの要素を分析した。それは「表現する」「届ける」「続ける」ことができるプラットフォームだ。
1つ目の「表現する」で重要なのは、「使いやすさ」と「良い雰囲気」だという。使いやすさという観点では、エディタ画面にタグの機能などをあえて加えず、創作に集中できるようシンプルな作りとした。また、安心して表現できる温かい環境作りも意識し、気に入った作品に「スキ」ボタンを押すと、お礼のメッセージが表示される機能なども追加している。
2つ目の「届ける」では、SEOとリコメンド機能への注力を挙げた。より多くの読者に届けるためSEO対策に力を入れた結果、この1年で検索流入数は4倍に増加したという。
加藤「note内での回遊を増やすため、読者の閲覧履歴をAIで分析し、記事下の関連記事にはユーザーに関心がありそうな記事をレコメンドするような仕組みも構築しています。
また、メルマガも多く活用していますね。一般的なメルマガは開封率が1%と言われていますが、こちらも閲覧履歴からターゲティングしているので、開封率は50%弱だったこともありました。このようにコンテンツを届けるために、さまざまな工夫を行っています」
褒められることがモチベーション
最後の「続ける」にとって重要な要素は何か。
かつて、アスキーやダイヤモンドといった出版社で編集者を務めていた加藤氏は、大切なのは「反響を感じられること」だと、自身の経験から得た仮説を語った。
加藤「創作活動は大変なので、手応えがないと続けるのが苦になってしまいます。編集者はクリエイターから最初に原稿を受け取りますが、まず感想を伝えるのが最重要タスクです。私も最初のころは何を伝えようか悩みましたが、結局『面白い!!!!!』と率直に伝えるのが一番良いと気が付きました(笑)。クリエイターは自分をさらけ出して創作するので、作品を発表するのは不安。だからこそ評価され、褒められるのは非常に重要なんです」
noteではモチベーションを高めるため、「スキ」が押された回数や、公式マガジンのまとめコンテンツに掲載されたことなどを、クリエイターに通知する。さらに、LINE NEWSやSmartNewsにもコンテンツを配信し、多くの人から反響を得られるよう試行錯誤している。この反響が得られる仕組み作りは、現在一番力を注いでいる分野だという。
もちろん、金銭的にきちんと対価を得られることも必要だ。「パブリッシング・パートナー」という取り組みでは、提携した出版社にクリエイターを紹介し、書籍出版などにつなげる機会を作っている。いわば、個人クリエイターの「出口」を増やす取り組みだ。
加藤「パブリッシング・パートナーは現在21社ですが、2019年は倍くらいになると思います。これまでもクリエイターが直接出版社とつながることはありましたが、noteが間に入ることで交通整理がしやすくなるかなと。印税などの権利の一部をいただいたり、お金を要求したりすることはせず、無償で行っています。クリエイターが『続ける』ための仕組み作りなんです」
広告に左右されない、新たな文化を生み出す
加藤氏によると、ピースオブケイクが最終的に目指すビジョンは、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」ということだ。
そのためには、クリエイターが手間と時間をかけて創作したコンテンツが評価され、ビジネスとして成り立つ仕組みが必要である。これには、インターネットに新しい「アーキテクチャ(構造)」と、新しい「カルチャー(文化)」を生み出すことが必要になる。
現在のコンテンツ産業は、ビジネスの多くが広告で成り立っているため、PVが増えやすい誰かを貶めるような記事やフェイクニュースが多くなってしまがちだと加藤氏は指摘する。
加藤「PVをお金に変える広告というマネタイズエンジンの仕組み上、インターネットは殺伐としやすいという課題がありました。そういう場所では、ポジティブなコンテンツを作りづらい。だから、私たちは新しいアーキテクチャを作っています。ポジティブでクリエイティブな行為が褒められ、喜ばれ、報われるようになって、ポジティブなコンテンツが生まれる状況が続けば、新たなカルチャーが生まれていくと思っています」
良いコンテンツがユーザーに届き、クリエイターが報われる文化を――。noteはコンテンツ産業のCXをアップデートすることで、クリエイターが集う“街”の実現を目指している。