テクノロジーで変化するコミュニケーションを、消費者の心はどう受け止めているのか――。
2018年10月4~5日、東京国際フォーラムで「アドテック東京2018」が開催された。今回、XDでは「人の心とtechnology」と題したセッションの様子をレポートする。
登壇したのは、花王 マーケティング開発部門 デジタルマーケティング部部長の鈴木愛子氏、ソニー ブランド戦略&アクティベーションマネージャーの谷本尚遂氏、電通デジタル執行役員 エグゼクティブクリエーティブディレクターの並河進氏、ニューバランスジャパン DTC & マーケティングディレクターの鈴木健氏の4名だ。
モデレーターは、アンルーリー代表取締役の香川晴代氏が務めた。
同セッションは、テクノロジーの進化でより深く消費者の行動と心理を理解できるようになった中で、企業やブランドのマーケターがどのような実践を行っているかが中心に語られた。
AIによる広告コピーの自動生成
AI(人工知能)、ビッグデータ、ロボティクス……と、テクノロジーが指数関数的に発展を遂げている昨今。中でも注目されているのが、消費者とのコミュニケーションにおけるテクノロジーの利活用だ。特に、動画やSNSといったプラットフォームだけでなく、コンテンツを制作する段階にも、テクノロジーが介在しようとしている。
セッションでは、まず電通デジタルでAIと人間のクリエイティビティの融合を目指す「アドバンストクリエーティブセンター」を立ち上げた並河氏が、自身の取り組みを語った。
紹介されたのは、電通と静岡大学狩野研究室が共同で開発したAIによる広告コピー作成システム「AICO」だ。このシステムは、テーマとなる言葉を入力し、切り口を絞ることで、膨大な数のコピーを一瞬にして生成できる。
並河氏がデモンストレーションを行うと、「アドテック」という単語を入力するだけで「アドテックってる?」「アドテックが止まらない」といったコピーが自動生成された。
並河:AICOの生み出すコピーは質の高いものばかりではありませんが、クリエイターがアイデアの発想を広げることには役に立ちます。AIは空気を読まずに、「こんなコピーを出したら先輩から怒られる……」と考えないから、思わぬコピーが飛び出すこともあるんです(笑)。
このAIの元データには、電通のコピーライターが書いた数千本ものコピーが使われています。いわば、電通の集合知が詰め込まれているのがAICOなんです。
AICOが生成したコピーは、新聞協会広告委員会が主催する2016年度の「新聞広告クリエーティブコンテスト」でファイナリストの16作品にノミネート。伊勢丹やフジサンケイビジネスアイといった企業のコピーにも採用されているという。
同社では、AICOと同じくAIを活用したインターネット上の広告バナーを自動生成する「アドバンストクリエイティブメーカー」も開発。その仕組みは、ストックフォトからCTR(クリック率)が高くなる画像、レイアウトパターンを自動生成するというもの。「人間の聖域」と考えられていたクリエイティブ領域は、すでにAIに脅かされつつあるのだ。
しかし、それは決してクリエイターの不要を意味しない。ソニーの谷本氏は、ソニーコンピュータサイエンス研究所の事例をもとに、AIとクリエイターが協業する未来を語った。
谷本:現在、AIにAKB48の曲を学習させれば、いかにもAKB48らしい曲を生成することは可能になっています。しかし、AIは完全に人の肩代わりをできるものではない。AKB48っぽい曲ができたとしても、最後は人の手による仕上げが必要なんです。
職人の世界で一人前になるには長い年月がかかるように、これまでは、いくら才能があってもスキルを磨かなければならなかった。AIは、言わばその「スキル」の部分を代行し、時間を節約してくれる存在です。それによって、人間が持つクリエイティビティがより発揮されやすくなり、最終的に質の高い成果物が増えていくのではないでしょうか。
消費者の「なんかいい」を可視化する
テクノロジーの活用がブランディングに寄与しているという事例を語るのが、ニューバランスジャパンの鈴木健氏だ。同社は、消費者とのタッチポイントにテクノロジーを活用することで、消費者からの信頼を勝ち取っているという。
鈴木健:ニューバランスの店舗では、まず顧客の足のサイズを計測することから始めるのが特徴です。通常の店舗では人の手で計測を行っているのですが、一部の店舗では3Dスキャナーを導入したことで、より精度の高い測定を一瞬にして可能にしました。その結果、消費者からの信頼を高めることができたんです。
なぜなら、これまでマーケティングの世界では「WHO」(情報発信者)や「WHAT」(情報の内容)によって信頼を獲得してきました。しかし、既存の権威が疑われ、フェイクニュースもはびこるようになった中で、それらの価値は相対的に低くなっている。だからこそ、「HOW」の部分でテクノロジーを活用することが、ブランドの信頼度に貢献すると思っています。
花王の鈴木愛子氏は、広告効果測定における事例を紹介。商品のPR映像によって、どれだけ消費者の心が動いたかを把握する際に、テクノロジーが大きな役割を果たしたという。
鈴木愛子:花王では商品の機能や機能ベネフィットの訴求ではなく、消費者とのエモーショナル・コネクト(感情的なつながり)を意識した映像を作成してみたことがありました。
その際、本当に消費者の心が動かされたかを調べるために、テクノロジーを活用した効果測定を行いました。従来の購入意向や検索意向といった、いわば「左脳」に対する効果だけでなく、視聴者の表情からその感情に対する効果を分析したんです。
その結果、作成した動画では回想シーンやエンディングのシーンで、表情から共感が高まっていることがわかりました。消費者は、左脳で理解したからといって商品買うだけではなく、「なんかいいから買う」こともしばしばですよね。さまざまなトライを重ねながら、消費者の「なんかいい」の中にある感情を捕まえようとしています。
テクノロジーは「人間」のために
こうした事例が紹介された一方で、登壇者それぞれが口々に「人の心は難しい」と語るように、一筋縄ではいかないのが人間だ。テクノロジーが人間を丸裸にしようとすれば、それに対する反発もある。
特に、パーソナライズド広告は、消費者に利便性を与える一方で「見透かされている」「気持ち悪い」という感情を引き起こすことも多い。ソニーの谷本氏はそんな「テクノフォビア」(テクノロジーに対する恐怖)に対して、次のような持論を展開した。
谷本:テクノロジーに対して、どこまで自分の情報を差し出すかは大きな問題でしょう。しかし、かつてないスピードでテクノロジーが進化しており、それをとどめるのは不可能です。今後は、生体情報を含めたパーソナルデータをさらけ出す世の中になるでしょう。その時代を見据えて、新しいテクノロジーに対する恐怖心と共存する文化をつくっていく必要があります。
一方、並河氏は「テクノロジーの進展こそが、テクノフォビアを乗り越える」と語る。
並河:テクノフォビアの原因は「パーソナライズド」にあるのではなく、その精度が低いことだと考えています。テクノロジーに対してネガティブな気持ちを感じている時点で、まだパーソナライズドされていないと言えますよね。今後、テクノロジーが発達し、消費者がますますメリットを感じることができれば、この問題をクリアできるのではないでしょうか。
2人のテクノロジーに対する信頼は、決して「テクノロジー至上主義」を意味しない。両者とも、テクノロジーはあくまで「手段」として捉えており、その先にいる消費者を見失ってはいない。並河氏が語るテクノロジーと人間の関係は多くの示唆に富んでいる。
並河:テクノロジーを発達させることはとても魅力的なことですよね。AICOも、もともとは「コピーを全自動で書けるようになったらおもしろい」という好奇心から作られています。ただし、本来的に考えれば、テクノロジーの発達は人間のために行われるものです。
これまで、人間の歴史は好奇心でテクノロジーを発展させつつも、ある時に、人間のためという初心に戻っていくことを繰り返してきました。これからも、一進一退を積み重ねながらテクノロジーと人間の関係は発展していくのではないでしょうか。
テクノロジーが社会に対して変化のうねりを与える中、クリエイターやマーケター、エージェントらはそれを使いこなそうと躍起になっている。
しかし、マーケティング領域において、テクノロジーが行き着く先には、いつも消費者の心があり、彼らにより深い満足を提供することこそがその本質だったはずだ。このセッションは、参加者に対してマーケティングの初心を思い出させる言葉で締めくくられた。
写真提供:アドテック東京2018 運営事務局