クレジットカードをスワイプし、冷蔵ショーケースから商品をピックアップ。画面で金額を確認してタップすれば、決済完了——。
人の手を介さず自販機のように買物ができる、無人コンビニ「600」。同サービスは、代表の久保氏がオフィスでコンビニへと買い出しに行く手間を減らせないかと感じてスタートした事業だ。
前編では、600の特徴である、好きな商品をリクエストする「コンシェルジュサービス」の詳細や、その利用実態など、600を利用する消費者の消費体験について聞いた。続く後編では、月額課金を行うBtoBサービスとしての600の価値に迫っていく。
各企業では、どのような価値に期待して、無人コンビニを設置しているのだろうか。企業における無人コンビニの価値を伺った。
無人コンビニには無限の可能性が広がっている
——600は、お菓子や飲料、サンドイッチなどの商品の売り上げに加え、設置企業から月額課金で利用料をもらうビジネスモデルを採用しています。企業はどのような目的で設置されるのでしょうか?
久保:社員に対する福利厚生の一環として設置頂くケースが多いですね。当社では、実際に商品を購入する消費者を「ユーザー」、設置して月額利用料を支払う企業を「カスタマー」と呼んでいます。ユーザーに対しては、チャットツールで商品のリクエストを送るコンシェルジュサービスを提供、カスタマーに対しては「カスタマーサポート」の部署を設置しています。
カスタマサポートは、企業の担当者とディスカッションを重ねながら、企業の設置意図に基づいた商品の選別や提案、利用率のモニタリングとレポーティング等をしています。
——カスタマーからは、どのような要望があるのでしょうか?
久保:例えば「健康経営」を掲げる企業が、健康に配慮したものを置いてほしいという要望は多いですね。その場合、サンドイッチ、サラダ、野菜ジュースなどを並べる一方、カップ麺や栄養ドリンクは設置しないといったご提案をしています。もし、ユーザーから「栄養ドリンクを置いてほしい」という要望があっても、お断りするようにしています。
——カスタマーごとによって異なる「求める無人コンビニ像」に対応しているんですね。
久保:おっしゃるとおりです。企業のコンシェルジュをカスタマーサポートが担っている形ですね。よりユーザーに利用いただくため、月次で使用状況のレポートをまとめ、カスタマー担当者に提供。企業側の設置意図に対しユーザーはどう使っているかなどを分析し報告をしています。このレポートをもとに、カスタマーサポートとカスタマーで改善策を話し合っています。
——小売でユーザーを満足させるだけでなく、設置するカスタマーのニーズにも伴走していかれるのですね。既存のコンビニやオフィスの置き菓子などからは想像できなかった手厚さです。
久保:これまで、自動販売機の業界は一度設置すると特別なことがない限りサポートはありませんでした。
弊社の場合、営業から入会・稼働までを担当する「エンロールメント」の部署と、設置後の改善に対応する「カスタマー・エクスペリエンスインプルーブメント」の部署をそれぞれ設置し、異なるミッションを持っています。後者は、データを見ながらいかにカスタマーの満足度を上げていくかに責任を持っているんです。
——カスタマーとしては、社員の利便性向上のほかに、どのようなメリットがあるのでしょうか?
久保:わかりやすい例では、社内コミュニケーションの増加でしょうか。「〇〇さんオススメ!!」というポップを作ることで、600が起点となってコミュニケーションが生まれるといった企業もあります。
——カスタマーごとに、600に対して様々な可能性を見出しているんですね。
久保:600を使ってどういうアクションができるかをカスタマーとともに考え、より活用してもらうことが担当者の使命です。「無人コンビニ」は、小売としての価値だけでなく社内の課題解決を手伝う価値もあるんです。
カード情報が教えるユーザーのライフスタイル
——600が設置されることによって、これまでにはなかった新たな購買需要も起こっているのでしょうか?
久保:本来であれば帰宅していた時間だけれど、600があるからもう少し働くといった事例は出てきています。例えば、時間的に自由に働ける企業では、夕方以降にカップ麺が売れることが多いです。夜の時間にカップ麺を購入する人は、コンビニに行くくらいなら帰宅する人なんですよね。オフィスの中にあることで、これまでは帰るか迷ったタイミングでも、すぐ手が伸びるところで軽く食事を取れる。結果、もうひと頑張りしようという変化に繋がっているようです。
——“席チカ”だからこその購買ですね。
久保:各社、異なった背景のもと600を設置しています。健康経営のために設置している企業と、コンビニ遠いから設置している企業では、購買実態は全く異なる。一つひとつのデータを見ていくことで、仮説が見え、次のアクションへ繋げることができるんです。
——実際、どのようなデータが集まっているのでしょうか?
久保:クレジットカード情報から個人を特定しない範囲で個別ユーザーが識別できるので、誰がどのように利用しているのかは見えてきます。例えば、カロリーメイトを1人が毎日2個買うのと、10人が1個買うのでは設置されている意味が異なりますし、同じ人でも、7月に買いたいものと、10月に買いたいものは異なってくる。
コンシェルジュにリクエストしたものでも、季節が変われば不要になることもあります。一人ひとりのユーザー動向が見えるので、地域や企業、商品の特徴が徐々に浮かび上がってくるんです。
——個々の利用者データが取れれば、より適切な改善を行うことができますね。
久保:これまで、コンビニでは30代男性、20代女性といったデモグラフィックデータを取得していましたが、我々のデータを見ると、それだけでは見えない部分は多いことが改めてわかります。同じ年代でも、糖質制限してる人としていない人では、購入するものは全く異なりますよね。
30代男性というデータよりも、健康に対する意識や、ダイエットを意識しているといった属性情報の方が、よりその人の求めるものが見えてくる。デモグラフィックデータよりも、購買データから見えてくるライフスタイルのほうが、そこにいる人を理解する上ではとても効果的です。
オンデマンドに購入する時代へ
——600を通し、商圏メッシュがより細かくなることで、今後購買行動はどのように変化するのでしょうか?
久保:よりオンデマンドな購買行動の実現が求められるでしょう。今は、週末にスーパーに行き、一週間分の食材を買うといった計画的な購買がありますが、計画をするにも時間や労力がかかります。サランラップが切れた瞬間に新しいものを買う、ティッシュを一箱だけ買う、マスクを1枚だけ買う……と、本当に必要なものを必要な時に買う機会が多くなると考えています。
サーバが、オンプレミスからクラウドへ移っていった感覚に近いかも知れません。以前は、購入し自分で運用するか、レンタルしなければいけなかったものが、今では一分単位で必要な分だけ過不足なく利用できる。これからは、小売もそのような時代へと進んでいくでしょうね。
——事業面では、どのような展開を予定されていますか?
久保:ビジネスの広がりとしては福岡、大阪、仙台といった地方都市に限らず、世界中の都市にどんどん出ていきたいと考えています。前半でも申し上げたように、アーバニゼーション(都市化)は全世界的なトレンドです。ジャカルタ、ソウル、ベルリンなど、世界中の都市に出て、どの国ならビジネスが成立しやすいかを検証したいですね。
また、国内での動きとしては、オフィスへの設置ばかりでなく、イベントスペースや店舗の業務時間外の販売として拡大していく方針です。商圏メッシュを小さくしていく上では、物販のみでビジネスが立ち上がっていくような仕組みを作ることが必須でしょう。それによって、駅ナカ、マンションの共用部など、月額利用料を支払うことが難しい場所にも設置していくことができると考えています。
——オフィスの場合、ある程度決まったユーザーですが、駅ナカなどに設置されれば、不特定多数のユーザーが使うようになります。その際の品揃えは、どのように考えていくのでしょうか?
久保:「不特定多数」にも、グラデーションがあります。渋谷の繁華街に600を設置するなら、標準化されたものを提供していくでしょう。一方、病院や学校では、人は変わっていっても、ある程度継続的に使ってもらうことができる。その場合、コンシェルジュやデータから最適化する余地は大きいと考えています。
また、共同住宅であれば、ある程度年収レベルや家族構成も似ていますよね。ひとりがリクエストすることによって、個人にとどまらず、属性として必要なものが見えてくる。その場合、ひとりに最適化することが、コミュニティへの最適化につながるんです。
——ひとりの要望から、そのコミュニティ全体の要望が見えてくるんですね。
久保:ひとりが声を上げることによって、属性の特徴が浮かび上がり、コミュニティに適切な商品を提供できる。ゆくゆくは、要望を受けなくても「何でこれがほしいとわかるの!?」と思われるようなサービスにしていきたい。テクノロジーの力でどこまでそれが可能になるのか——600が見据える大きな挑戦ですね。
「無人コンビニ」という新たな営業形態ばかりに注目が集まるものの、久保氏は丁寧に市場の変化を見据えながら、丁寧にビジネスを組み立てている。そこには「コンビニが無人になった」という表層的なものではなく、「テクノロジーを活用することで、ひとりひとりに最適な商品を届けられる」という、より抜本的な購買体験における変化が見えてくる。