世界各地で移動のサービス化が進んでいる。こうした取り組みは「MaaS(Mobility as a Service)」と呼ばれている。
MaaSは、2015年のITS世界会議で設立されたMaaS Allianceで「いろいろな種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合することである」と定義されている。MaaSが浸透すると、移動の体験は大きく変化する。
2019年1月、品川シーズンテラスエリアマネジメントが「移動3.0時代 ~MaaSが変える都市型移動の未来と次世代モビリティ~」というイベントを都内で開催した。
登壇したのは、モビリティサービスの開発に取り組むトヨタ自動車の間嶋宏氏とLuupの岡井大輝氏。MaaSの可能性について事例を交えて語った。今回の記事では、イベントで語られたトヨタ自動車 未来プロジェクト室による新しい移動体験づくりを紹介したい。
イノベーションが難しい産業の中で、新しいビジネスを
トヨタの未来プロジェクト室がモビリティ関連の新規事業に注力する背景にあるのが、自動車産業におけるイノベーションの難しさだ。自動車産業では、商品サイクルの長さや投資額の大きさ、法規制の厳しさなどにより、一般的に技術革新が生まれにくいとされている。
これらの要素は自動車産業に参入障壁を作っていたが、CASE(「Connected:コネクテッド化」「Autonomous:自動運転化」「Shared/Service:シェア/サービス化」「Electric:電動化」)といわれる技術革新が起こる中で、IT企業など新たなプレイヤーが参入。既存の大手プレイヤーもイノベーションを起こさないと生き残れなくなる可能性が出てきた。
「社会変化というピンチをチャンスとして捉え、新しいビジネスを作りたい」という思いから、トヨタの新商品コンセプトやビジネスモデルの提案を担当する「未来プロジェクト室」のメンバーは議論を重ねてきたという。その中で、現在注力されているプロジェクトが「my route(マイルート)」だ。
my routeは、公共交通機関や車、徒歩、シェアサイクルなどの交通手段を組み合わせて、目的地までのルート提案をするアプリで、現在福岡市で西日本鉄道とともにサービスの実証実験が行われている。
my routeが一般の交通案内アプリと異なるのは、予約や決済ができる点にある。タクシーのほか、福岡市で行っている実証実験では、アプリ内限定となる福岡市内の西鉄バス6時間フリー乗車券も提供。「アプリで簡単にバスのチケットを購入できた」「(降車時に)画面を見せるだけで利用できて便利」と評価するユーザーの声があがっているそうだ。
my routeでアクセスできる情報は交通だけに限らない。現在地付近で開催されているイベント情報も確認できる。実証実験では、福岡市内のイベント情報を提供。用事ありきの移動だけではなく「ついでの寄り道」を生み出し、街の回遊性を向上させる狙いだ。移動を便利にするだけでなく、街に新たなにぎわいをもたらすことも期待できる。
my routeが多様な機能を備えているのは、様々なサービスと協力しているからだ。駐車場検索は「akippa(アキッパ)」、タクシー配車は「JapanTaxi」、サイクルシェアは「メルチャリ」、イベント情報では「asoview!(アソビュー)」「いこーよ」「ナッセ福岡」「NEARLY(ニアリ)」「よかなび」など。バラバラに存在していた情報やサービスが、一つのアプリに集約されることでユーザーの利便性は向上すると考えられる。
様々な企業や行政と連携することについて、間嶋氏は「サービスを通じて、トヨタが掲げる『全ての人に移動の自由を』というコンセプトの実現に貢献したいと考えている。生活者やステークホルダーの方とともに、サービスを共創できるのがmy routeの魅力」と語る。
「個々の生活者の移動ニーズを満たすことを目指す中で、my routeはまだまだ発展の途中。今後も改良を続けていきたい」と間嶋氏が語るように、2019年2月7日時点でアプリはリリース以来、4回のアップデートが実施されている。
アップデート内容として、パークアンドライド検索や連携サービスの拡充といった機能面の改良、ユーザーのフィードバックを踏まえたUI、UXの改善も行っているという。
ユーザーの声を反映し、新しい移動体験をつくる
一社だけで完結せず、オープンにコラボレーションするという思想は新たなアプローチを生む。トヨタはmy route以外にも、ユーザーと共同で取り組む「OPEN ROAD PROJECT」を展開してきた。トヨタが開発した3輪タイプの小型電気自動車「TOYOTA i-ROAD」のプロダクト開発において、利便性の向上などについてユーザーの意見を反映する取り組みだ。
間嶋氏は「一方的にトヨタの製品をユーザーに販売するのではなく、生活者を巻き込んだ双方向のコミュニケーションによって、新しい移動体験をデザインするという取り組みを未来プロジェクト室で進めてきた」と語る。
具体的には、一般ユーザーにTOYOTA i-ROADを貸し出し、試乗してもらった感想を聞いてサービス向上に活かしたり、ポータルサイト上で試乗の感想を発信したりしてきた。
試乗したユーザーから問題点として挙がったのが「充電スペースの不足」だ。こうした声に応えようと、トヨタは街中のコンセントをシェアするデバイス「SMILE LOCK」のプロトタイプを開発。SMILE LOCKは、コンセント自体に通信機能を持たせることで、誰が、いつ、どれくらい充電したかを随時記録できるツールだ。「使った人が、使った分だけ料金を支払う」というシンプルなシステムで、安心してコンセントのシェアができる仕組みである。
SMILE LOCKが普及すれば、充電残量が不安になった時でも街中にあるコンセントを利用できるため、安心して運転ができる。不安材料だった充電環境が改善されれば、TOYOTA i-ROADの持つ魅力も一段と増すだろう。
製品を市場に出した瞬間が終わりではなく、実際に運用を回しながら改善を加え続け、育てていく。my routeやOPEN ROAD PROJECTのように、多くのユーザーやステークホルダーの声を反映した開発により、新しい移動体験が普及していく日が待ち遠しい。