「企業は、不満足な顧客体験(CX)が及ぼす重大な影響を認識しながらも、有効な戦略の策定と実施に苦労している」と、日本オラクルは「グローバル・カスタマーエクスペリエンス調査」の中で指摘している。この調査の結果からも、多くの企業がどうすれば顧客にとって素晴らしい体験を提供できるだろうかと、日々試行錯誤していることが伺える。
CXに関するニュースや事例を届けている英メディア『CXM』は2019年1月、『Five Essentials for a World-Class Customer Experience Programme(世界で成功する顧客体験プログラムに通ずる5つの要素)』という記事を公開した。同記事は、CEM (Customer Experience Management)ツールを提供するMedalliaでサービス担当ディレクターを務めるAmanda Riches氏が、CXに関する取り組みに成功している企業の特徴をまとめたものだ。
CXの質をさらに高めていくために、企業が具体的に取り組めることは何だろうか。CXMで紹介された5つの要素について、日本の事例を交えながら紹介していく。
1:CXを重視するリーダーを持つ
1つ目に紹介するのは、CXを重視するリーダーを持つこと。良きリーダーに恵まれることはビジネスで成功する上で欠かせないことだが、CXを重要視してくれるリーダーを持つことは容易ではない。
CXMの記事によると、サービスに不満足な顧客に対して、CEO自らが面談をする企業もあるという。これは顧客に対しても、チームメンバーに対しても、顧客への対応と改善こそが最も重要であるというメッセージになる。
チームをまとめてサポートするだけではなく、自ら顧客と対話し、CXを向上させられるリーダーが、これからの組織に求められるだろう。CXを重視するリーダーは、施策の成功と自分の評価が連動するため、CXの満足度も高くなるとCXMは指摘している。
2018年3月に開催された「Adobe Summit 2018」において、Adobeの社長兼CEOであるShantanu Narayen(シャンタヌ ナラヤン)氏は「『Experience thinker(考える人)』ではなく、『Experience maker(作り出す人)』になろう」と呼びかけた。
同氏は「どうすれば良いCXが生み出せるだろうか」と思い悩むだけでは、「Thinker」からは抜け出せないと語る。スケジュール管理やチームメンバーのエンパワメントのみならず、現場スタッフとの会話やデジタルプロモーション施策など、CXの質をより高めるために自ら率先して行動するリーダー「Experience maker」の存在が求められているという。
2:社内全体でCXを意識する
施策をCXのコアチームだけで進めようとしたり、1~2人の他メンバーを加えたくらいでは、行き詰まってしまうことがよくあると同記事は指摘する。これは限られたチームやメンバーだけでCXに向き合うのではなく、組織全体で連携を取り、メンバーの一人ひとりがCXを意識する必要があるということを意味している。
組織全体でCXを意識するためには、前出の「Experience maker」が鍵になるという。店舗などの現場だけでなく、マネジメント層やデジタルチャネル、管理部門に至るまで全ての層が「Experience maker」でなければ、本当に徹底したCXは提供できない。なぜなら、企業はすべての顧客接点において、合格点を取ることを期待されているからだ。
たとえば、いくら店舗でのサービスが心地良いものだったとしても、アプリが使いづらければ顧客は満足しない。店舗もアプリも含めた全ての接点で統一されたブランドイメージを提供するためには、CXのコアチームの努力だけでは難しいだろうとCXMは指摘している。
XDでも紹介した中川政七商店は、ビジョンやブランドの“らしさ”を徹底的に言語化し、それらをまとめた50ページを超えるマニュアルを作成していた。そこに書いている言葉を何度も伝えることで、従業員や店舗スタッフの意識統一を図っている。
3:数字にとらわれず、CXを重視する
2019年は数字から意識を少し離して、組織全体でストーリーを共有することもCXにおいて重要な要素の一つとして提案している。もちろん数字はビジネスにおいて大切だが、数字ばかりを心配するより、顧客のことを考えて行動をするほうが結果はついてくるという。
CXMのレポートでは、忘れ物に対するあるホテルの対応が紹介されていた。ホテルでテディベアをなくし帰宅した子どものもとに、ホテルから箱が届いた。その中で、テディベアはなんと簡易ベッドに寝かされ、「帰路でちゃんと息ができるように」と箱には穴があいていたのだ。このストーリーは人々の心を震わせ、新たな顧客を生んだに違いない。
また、筆者の個人的なエピソードになるが、フードデリバリーサービス「Uber Eats」を通して注文をした際、あるお店だけ手書きのメッセージが添えられていたことがあった。通常は配達者から機械的に商品を受け取るのみだが、店舗の担当者が手間をかけて自分のために時間を割いてくれたというストーリーが強烈に印象に残ったとともに、味以上にお店への好感につながったことを覚えている。あれ以来、私はリピーターとなってしまった。
「どうすれば売上が伸びるのか」と考えることは大切なことだ。しかし、「どうすれば顧客が喜ぶか」を考えるのは、サービスを提供することの本質だろう。その結果、CXを重視したことで生まれたストーリーが新たな顧客を呼び、ビジネスの成長にもつながるとした。
4:ゴールを踏まえてCXのプランを策定する
同記事では、成功している企業は「1年の終わりにどうありたいか」を考えているとも指摘する。ゴールの設定はビジネスの基本だが、CXにおいても顧客に提供したい体験を自身に問いかけて目標とするゴールを設定し、それを実現するための優先順位付けが重要という。
たとえば、店舗での売り上げを増やしたい小売店であれば、買い物のサポートや購買意欲を高める展示など、店舗内での体験を豊かにする工夫が優先順位として高くなる。また、デジタル取引を通してより売り上げを増やしたい企業であれば、サイトのUXを改善したり、顧客のデータを収集することが必要になるだろう。
CXを考える上でのゴールの重要さについては、野村総合研究所(NRI)のオウンドメディア「NRI JOURNAL」にも記載されている。
「CXの一連のプロセスの中で、どのお客様に、どのような体験価値を届けたいかという共通のゴールを関係組織間でしっかり合意することが重要。部門ごとに想いやお客様像がバラバラで、合意形成が難しいことはよくあるが、どの部門も体験価値を高めることに関わっているため、1つのゴールを設定すれば、副次的に他の目的も達成できることが多い」
5:顧客がフィードバックしやすい環境をつくる
最後に挙げられたのは、顧客からフィードバックを得やすい環境を作ることだ。顧客の心情や満足度を可視化するのに、このような環境を構築するのは重要だという。カスタマージャーニーを見直し、全ての顧客タッチポイントにおいて、フィードバックしやすい状況を作ることだろう。タッチポイントとは、商品を「購入」するだけではなく、広告や口コミを通して「知る」という段階や、Webサイトのレビュー記事などを通して「調べる」という段階、店舗で実物を触ったりしながら「比較検討」するなど、あらゆる場面が想定される。
ここでフィードバックを可視化する方法を作り込むことも重要だが、CXMが注目しているのは、顧客が心地良くフィードバックできるような仕組みづくりだ。問い合わせの窓口として、モバイルメッセンジャーを活用したり、タブレットを設置することを提案している。
例えば、SNSをフィードバックの窓口として活用することも考えられるだろう。TwitterやFacebook、Lineなどで日々顧客の声を歓迎する姿勢を示していれば、何かあった時にすぐにフィードバックしてくれるような関係性が構築できる。顧客がフィードバックしやすい窓口をいかに作ることができるかが重要だ。
顧客と向き合う「組織」にしていこう
「CXの向上」や「お客様を喜ばせるには」と言われるようになっても、それを実際にどうすればいいのかは企業やサービス、そして顧客によっても様々だ。今回の5つの要素は、組織として顧客と向き合うための具体的なヒントになるのではないかと思う。
ゴールを見据えて優先順位をつけること、実践的なリーダーのもと会社全体のチームをつくること、フィードバックしやすい環境をつくること。これらは一見、当たり前で簡単なことのように見える。しかし、これらすべてを実行していくために、まずは組織全体がCXを意識するところから始める必要がありそうだ。
対話をせずに相手を喜ばせることは難しいが、ただひたすらに考えていても何も変わらない。一人ひとりが「Experience maker」になって、組織ごと顧客に向き合う。そうすればおのずと、ビジネスは前向きに進み出すのではないだろうか。