結論を先に言っておこう。企業が顧客体験と向き合う上で、忘れてはならないのが経営層のコミットだ。
なぜなら顧客体験を改善しようとするとき、後述する理由により、人材の配置や新規獲得など現場レベルでは解決できない問題に行き当たるからだ。しかし、現実的に多忙なトップはなかなかこのような取り組みにリソースを割けないことも事実だろう。
だからこそ、いかに顧客体験の重要性をトップが理解し、社内に浸透させるかがCX改善のカギを握る。2019年4月17日に開催されたCXの最先端を探求するカンファレンス『CX DIVE』では、この問いと向き合うセッションが催された。
そのうちの1つ『経営者はCXをどう考えているか』では、サマリーCEO / FOUNDERの山本憲資氏 、すかいらーくホールディングス取締役常務執行役員CMO兼CTOの和田千弘氏、グッドパッチ代表取締役社長 / CEOの土屋尚史氏の3名が登壇。
社内ステークホルダーに顧客体験の重要性を伝えるためのテクニックから、組織づくりのコツまで、経営レイヤー自らその知見を語る貴重な機会となった。
顧客体験の質の向上は売上に直結する
そもそも、顧客体験と売上に相関性はあるのか——この問いは、これまでXDでも度々話題に上っていた。本セッションでも、三者はこの問いを話し合った。
実際、顧客体験の質の向上は、直接的な売上には貢献せず、利益に余裕のある企業が取り組むものだとイメージしている方も少なくないだろう。和田氏は、顧客体験の価値を理解する上で、ある例を挙げた。
和田氏「当社が運営するとある店舗では、約20枚ものポスターが壁に貼られていました。これはどう見ても多すぎる。ここは売るところではなく食べるところだという話からはじめて、最終的に2枚だけ残してほぼ撤去したんです。すると、来店者一人あたりの滞在時間が伸び、追加注文が増加。結果、店舗の売上に寄与しました。
“販促したい”という提供者視点の施策より、顧客視点で“こうした方がリラックスできる”と考えて採用した小さな施策の方が、売上を伸ばした。このような結果を積み上げていくことが、社内の理解を促す上で重要になります。いまはグループ全店でポスターを大幅に削減していて、売上も伸びています」
顧客体験の質を向上すれば、売上は増える——デザインパートナー事業を展開し、企業をデザイン面から支援するグッドパッチ土屋氏も同様の見解を示した。
土屋氏「グッドパッチはデザインの会社ですが、表層のみのデザイン“だけ”の仕事は請けません。クライアントの売上にコミットするため、戦略設計からジョインし、ともに顧客体験を含めた戦略を作り上げています。
直近の実績では、リンクアンドモチベーションが開発した組織改善サービス『モチベーションクラウド』が挙げられます。当社はサービスのリニューアルから支援。2016年7月にリリースして以来、急成長を遂げています」
モチベーションクラウドは、組織の状態を社員アンケートで診断・数値化し、改善のためのPDCAを回しやすくするツール。社員(=ユーザー)の協力が不可欠という特性上、ユーザーがいかに使いやすいサービスを設計するかが重要だった。ここで現代におけるデザイナーとは、ユーザーを理解するプロフェショナル。必然的に、このリニューアルでも重要な役割を果たしたという。
具体的には、デザイナーがリンクアンドモチベーションのビジネスサイドとコミュニケーションを重ねて、組織内に深く介入。グッドパッチのデザイナーにより、サービス開発の意志決定にユーザー視点が持ち込まれたことが「事業を躍進させた大きな要因になった」とリンクアンドモチベーション取締役の麻野氏も語っている。
こちらの記事でも紹介した書籍『CX(カスタマー・エクスペリエンス)戦略:顧客の心とつながる経験価値経営』においても、売上と顧客体験の関連性が述べられている。和田氏・土屋氏の事例からも、顧客体験の質の向上が事業の成長と相関すると考えられそうだ。
では、どのように体験の質を向上させればよいか。創業当初からその取り組みを徹底してきたという山本氏は、「デジタルでもリアルでも、いかにPDCAを回せるかが重要」と主張する。
山本氏「当社が運営する『Sumally』も『サマリーポケット』もリリース以来、顧客体験に徹底的にこだわってきました。膨大な数のPDCAを回し、“いかに素早く体験の質を上げられるか”に日々取り組んでいます。サマリーポケットは倉庫や物流など、リアルな場も関わりますが、デジタルで培った改善ノウハウがかなり活きていますね」
すかいらーくでも、リアルの場にデジタルの知見を活かしている。公式アプリ「すかいらーくアプリ」内でユーザー行動データを収集するほか、リアル店舗でも同様のアプローチをしている。
和田氏「お客様のプライバシーに配慮したうえで一部店舗にカメラを設置し、一人あたりの待ち時間はどの程度で、待っている間はどのような行動しているのかなど、お客様の行動データの収集を始めました。対象はまだ一部の店舗ですが、これらのデータを元に店舗ごとの方針を決めようとしています」
顧客の行動を注意深く観察することで、彼らが何を求めているのか、何に不満を感じているのかを読み取ることができる。これは、デジタルでもリアルでも変わらないようだ。
経営者の相談に数字は重要?
事実として、顧客体験の質の向上と、売上の向上は接続されている。ただ、それを社内に伝え、全社的に推し進めていくには、多くの人の協力が必要だ。より多くの人を巻き込むには、それぞれ適切な相手に適切なコミュニケーションをする必要がある。
経営陣の一角としてすかいらーくを率いる和田氏は、経営者を納得させるためには数字だけではないコミュニケーションが大切だと指摘する。
和田氏「私はスケッチブックに絵を描いて他の社員に説明するようにしています。店内の絵を描き、『お客様がこうなったら素晴らしくないですか?』『このようにお客様が行動するから、ここを改善すればいいんです』と話すんです。
数字の話は一応しますが、組織の重要な意志決定においては目先の数字より描きたい未来がより重要になる。ですから、イメージしやすいように絵に描くという手段をとっています」
和田氏のコミュニケーションが成立するためには、ある“前提”が必要になる。それは同社の経営陣が自ら顧客の視点を忘れない姿勢を保ち続けていることだ。
和田氏「極端に言えば、提案資料やROIの数字は提案側の都合がよいように作れてしまいます。経営陣はそれを知っているからこそ、顧客にとってのよりよい体験を考え抜くことを大切にしている。
私を含めてほとんどの役員は自社のレストランで週の半分近く食事をし、顧客の気持ちを常に理解するように心がけています。その前提があるからこそ、目指すべき姿の共有が重要になっているんです」
顧客と向き合う上では「従業員体験」を無視できない
顧客体験を改善することは、経営者へのアプローチだけでは実現できない。実際に現場で顧客と対峙する社員側がいかに顧客体験を意識できるかも重要になる。このことを踏まえた上で、和田氏は従業員体験の重要性を述べた。
和田氏「すかいらーくでは“店舗のサービス(接客態度・提供時間など)がお客様に知覚される味、知覚品質にどれだけ影響するか”を計測しています。本当は全店、味は同じはずですが、サービス品質がよければよりおいしいと感じていただける傾向にあるんですね。このサービス品質を向上させるために重要なのが、従業員体験です。
例えば、提供時間を少しでも短縮するには、従業員のリソース配分の最適化や業務効率化が必須です。従業員の働き方や満足度を改善することが、サービス品質につながり、お客様の満足へ直結する。従業員体験は、顧客体験を考える上で欠かせないファクターなんです」
顧客体験の質の向上には、まずよいサービスを提供できる環境が必要というわけだ。サマリーポケットも、和田氏と同じ課題意識のもと、従業員体験向上に取り組んでいる。
山本氏「サマリーポケットの顧客体験の質を向上させるためには、倉庫のオペレーションを効率化しなければいけません。例えばサマリーポケットに預けた荷物を取り出す際、倉庫から取り出す作業がもたつくと、余計な時間を使ってしまう。結果、お客様を待たせることになり、顧客体験を大きく落としてしまいますよね。
それを防ぐために、我々は倉庫作業を担う多様なスタッフが作業しやすい体制づくりや、簡単に扱える業務効率化ツールの構築を進めています。働く人がいかに気持ちよく仕事できるか次第で、サービスの品質は大きく変化する。その質的な向上は、間違いなく顧客にも反映されますね」
従業員体験の質の向上は、会社へのエンゲージメントだけでなく、労働へのモチベーション、提供するサービスの質にもつながる。結果、顧客体験へも影響を及ぼしているのだ。
顧客体験向上に本気で取り組むなら、社内に組織を
最後に、三者はCX改善のために組織すら変える必要があると指摘した。顧客体験に向き合うには、その実行を外部に委託せず、社内に実行組織を構築すべきだという。これは、顧客をもっとも理解しているのは社内の人間だから。グッドパッチがデザイン組織づくりを支援するのは、専門性の高い技術による制作を内製化するためでもある。
土屋氏「本当にCX改善に取り組む場合には、内製化は欠かせません。例えばデザインに力を入れたいのに、デザイナーが社内にいないというのはあり得ませんよね。グッドパッチの場合は、クライアント企業を”デザインが機能する組織”にすることが最終ゴールです。社内にデザイナーがいない場合は、採用面から支援し、組織ができ上がるまで伴走しています」
ただし、企業規模が大きくなればなるほど、新たな組織を構築するには時間がかかる。特に外部から責任者を招き入れた場合は、責任者が組織に馴染むところから始まり、その上で社内調整を進めなければいけない。
一方、和田氏は昨年7月に入社し、わずか10カ月でテクノロジーを軸とした専門組織を構築。すでにいくつもの顧客体験の質を向上させる施策を実施して成果を上げている。背景には、組織内の勘所を押さえたコミュニケーションがあった。
和田氏「スムーズに組織を構築できたのは、入社前の3年間社外取締役として組織を見渡していた経験も大きいでしょう。ですが、それに加えて企業の“金勘定”をしっかり理解できていたことも助けになりました。
例えばすかいらーくの場合、運営にあたり人件費、原材料費、店舗の建設費など様々なコストが発生します。業界特有のコスト構造がわかっていないまま、“顧客体験が~”と話をしてもふわっとした印象になってしまって、信頼を得にくいですよね。コストと利益、双方を把握した上で“顧客体験に投資しよう”と語れる状態を作ることが、組織化には急務だと思います」
顧客体験の質の向上施策を社内のチームで実行するには、それができる組織をイチから立ち上げることのできる影響力を持った人材が必要だ。もちろん、山本氏のように経営者自身が推進するのが一番スピーディだが、社内に適任者がいない場合、和田氏のように外部から責任者を招き入れるか、グッドパッチのような企業から支援を受けるのも手だろう。
顧客体験にフォーカスするには、経営のコミットに加え、現場レベルまでいかに人を動かせるかを考え、顧客だけでなく従業員の体験までも適切に設計することが求められる。加えて、時には組織の形をも変革し、より顧客にフォーカスできる体制作りも必要だ。これをやりきるには、経営陣自ら顧客体験と向き合う姿勢が欠かせない。先行する経営者自らが語ることで、あらためてその価値が浮き彫りになった。
文/水落絵理香 編集/小山和之 写真/加藤甫