「包まれるともれなく幸せになれます」「フェイスタオルだけで体全部拭けちゃうし、風呂上がりの髪乾きが圧倒的」「同じ織り方でも風合いが毎年違います」
Twitterのハッシュタグ「#イケウチオーガニック」を覗いてみると、社員だけでなく顧客が自ら、あるタオルブランドの魅力を発信している投稿が目立つ。
IKEUCHI ORGANICは愛媛県今治市を拠点に、風力発電でオーガニックタオルを作るタオルブランド。品質や安全性、環境配慮へのこだわりが話題となり、ブランド開始から20年、ファンの支持を着実に積み重ねてきた。その追及は終わりをみせず、次の安全性基準として2073年までに“赤ちゃんが食べられるタオルを創る”という企業の行動指針を定めている。
ブランドが顧客にアプローチする方法が多彩にある今の時代、IKEUCHI ORGANICはどのようなことを意識して顧客とコミュニケーションをとっているのか。ファンに愛されるブランドの作り方を、営業部部長の牟田口武志氏に伺った。
ありのままの姿が見せられるのは、自信があるから
「嘘をつかず正直であることです、当たり前のことですけど」
発信する上で心がけていることについて、牟田口氏は穏やかながらもしっかりとした口調でそう答えた。
牟田口氏がIKEUCHI ORGANICに入社したのは、2015年の夏。大規模なリブランディングから1年しか経っていない頃で、「これからIKEUCHI ORGANICというブランドをどのように伝えていくか」が大事な時期だった。
大手外資系企業から転職してきた牟田口氏が最初に取り組んだのが、IKEUCHI ORGANICで働く「人」にも焦点を当てたオウンドメディアの連載コンテンツ「イケウチのヒト」だ。
「実際に今治の工場で、タオルが作られる工程を見て驚いたんです。タオルづくりは複雑で、思っていたよりもたくさんの人たちの手によって作られていました。こんなにも多くの人々が思いを込めてIKEUCHI ORGANICのタオルを作っていること自体を、きちんとお客様に価値として伝えないといけないと思いました」
牟田口氏は二泊三日で今治に赴き、ベテランタオル職人から検品担当まで、一人ひとりの声を拾っていった。お願いしたほとんどの社員がインタビューに応じてくれたという。これまで自分たちの顔や仕事が表立って出ることのなかった社員たち。最初は抵抗があった人も、目的を丁寧に説明することで積極的に協力してくれた。自分の番の公開を楽しみにしていたそうだ。
「お客様も喜んでくれました。それまでは『職人さん』としか呼べなかった人を、個人名で呼ぶお客様も増え、実際に職人さんに会いに行きたい、というお声もいただくようになりました。それがきっかけとなり、2016年から始まった工場見学ファンイベント『今治オープンハウス』を開催したんです」
「イケウチのヒト」では、タオルを作っている人から店舗で販売する人までが織りなす、ありのままの仕事の話やIKEUCHI ORGANICに対する思いがつづられている。それぞれが自分のお気に入りのタオルについて話す姿からは、作っているタオルへの誇りや愛情が伝わってくるようだ。
「ありのままの姿が見せられるのは、自信があるからです。タオルを実際に使ってみて品質の高さを感じることはもちろんですが、製作過程において妥協がないことを社員みんながわかっているんですよ。
販売するスタッフも必ず工場見学に行って、実際に作っている方々に出会って、タオル一枚を作るのにどれだけ時間と技術が求められているかを実感しています。その感動を伝えたいと思っているから、製品に自信を持ってお客様に説明できるんです」
好きになるかは「顧客に任せる」
IKEUCHI ORGANICが「正直さ」を大切にしているのは、オンラインでの発信だけではない。店舗を訪れた顧客には、売るための接客ではなく、IKEUCHI ORGANICのありのままを感じてもらう「体験」を提供する。
「お店はただ物を売る場所ではなくて、商品を体験してもらう場所なんです。タオルってやっぱり、実際に触ってみないと良さがわからないと思うので」
その言葉どおり、IKEUCHI ORGANICの店舗内にはタオルを体験できる場所が用意されている。シンクが設置され、そこで手を洗ったあと、店内にある洗濯機と乾燥機で何度も洗濯したあとの質感を体験できるのだ。実際に触ると、たしかに新品とは違った風合いだ。
「新品のタオルだったら、いくらでも“お化粧”して良い風合いを見せることができます。でもお客様にとっては、半年や1年経ったあとどのような質感になるかのほうが大事なので、それを体験してもらえるようにしています」
店内には5年使用したタオルも置かれている。購入した後をしっかり想像できるように、すべてをさらけ出して、お客様の判断に任せる。自分たちの商品でニーズを満たせない場合は、他の今治タオルのお店を紹介することもあるというのだから、IKEUCHI ORGANICの「正直さ」には驚かされてしまう。
新しい取り組みとして、一部の商品にはトレーサビリティ・システムを導入した。商品についたQRコードを読み取れば、綿花の産地から紡績場所、運搬会社までわかる仕組みだ。現在は前年に収穫されたオーガニックコットンだけで作られた『コットンヌーボー2019』と、2019年1月末から発売されている『オーガニックエアープレミアム』のみだが、11月以降は他の商品にも導入できるように進めているところだという。
食品をめぐる安全性の問題や、ファッション業界での劣悪な労働環境などに対して、透明性を求める声が増えてきている。それでも、自社商品にトレーサビリティ・システムを導入し、透明性を保証している企業はまだ多くはない。なぜ、そこまですべてをさらけ出すのだろうか。
「判断するのはお客様ですから。私たちは、自分たちを本来の姿以上に良く見せることも、他社を悪く言うこともしません。ありのままをさらけ出した結果、違うと言われたらそれは仕方ないかなと思っています」
商品の品質、店舗での接客、製造工程、作り手の顔。人々がブランドを愛する理由はひとつではなく、顧客によって重要視する部分は違ってくるだろう。そのさまざまな側面を、IKEUCHI ORGANICではすべて「ありのまま」見せている。そこには「タオルそのものだけではなく、IKEUCHI ORGANICのいろいろな顔を知ってほしい」という気持ちが表れている。
可視化された熱量が読者を後押しする
IKEUCHI ORGANICを伝える新しい試みとして、2019年からは内部で働く人だけでなく、取引先などIKEUCHI ORGANICに関わる人たちにもフォーカスを当て始めた。それが、ウェブメディア「イケウチな人たち。」だ。
実際にIKEUCHI ORGANICをおしぼりとして使用しているレストラン「sio(シオ)」のオーナーシェフや、バスタオルを貸し出している老舗銭湯「小杉湯」、さらには環境問題に取り組む先輩企業としてパタゴニアの日本支社長・辻井隆行氏の取材記事などを掲載。「好きな人たちと考える、これからの豊かさ」をコンセプトに、IKEUCHI ORGANICを「外からの視点」で伝えている。
「IKEUCHI ORGANICは、まだ知る人ぞ知るブランドだと思っています。もっと多くの方にIKEUCHI ORGANICの良さを知ってもらうためにはどうしたらいいのか。悩んだ末にたどり着いたのが、『IKEUCHI ORGANICのお客様を可視化』することでした」
社内の人たちにとっては、直接知ることができない「どんなお客様が自分たちのタオルを使ってくれているのか」を知る機会に。そして社外に対しては、IKEUCHI ORGANICがどのような顧客と取り引きをしているのかを知ってもらうことで、同じ価値観を持つ人たちへの認知が広がることを期待して、始めたことだった。
「イケウチな人たち。」を運営する上で意識しているのは、やはり「透明性」だ。
「『IKEUCHI ORGANICっていいですよね』という絶賛の声だけではなく、辛口な意見をくださる方にも取材しています。例えば、昔からIKEUCHI ORGANICを支えてくれている方が『IKEUCHI ORGANIC、このままだとまずいよ』とご意見をくださったこともあります」
「イケウチな人たち。」では、必ずしもインタビュイーがタオルの良さについて述べているわけではない。IKEUCHI ORGANICが持つ価値観のどんなところに共感したかを中心に話が進む。例えば、全室にIKEUCHI ORGANICのタオルを導入した「京都センチュリーホテル」のコンシェルジュ兼田氏は、環境や顧客に優しくあろうとする姿に共感したと語る。
熱量に共感した読者が、自身のIKEUCHI ORGANICに対する思いと重ね合わせたコメントと共に、SNSでシェアすることも多いそうだ。
「一流のレストランや美容室でIKEUCHI ORGANICのタオルが使われていることを知り、自分が同じタオルを持っていることが誇らしくなって発信し始めてくださった方もいます。中には10年前に一度だけタオルを買ったことのあるお客様が、メディアへの接触をきっかけにSNSに頻繁に投稿するようになったことも。私たちから『ハッシュタグをつけて投稿してくださいね』などとお願いしていないにも関わらず、イベントに参加された方やタオルを購入した方の多くがSNSで発信してくださいます。お客さん自らIKEUCHI ORGANICのタオルについて発信してくださる様子を見ると、判断をお客様に委ねてるいるとはいえ、嬉しいですね」
「イケウチな人たち。」には、様々な視点からIKEUCHI ORGANICを切り取る以外に、もう一つ目的がある。それは、実際に紹介している顧客の元に足を運んでもらうことだ。
「PVも見てはいますが、それ以上にどれくらい取材先にお客様が足を運んでいただいたかを大事にしています。実際にタオルに触れてもらうことで、その良さを体験していただきたい。オンラインの接点は、あくまでIKEUCHI ORGANICを知っていただく入り口です。今後も実際にタオルを体験できる場所を増やしていくつもりです。
一方で、急激に広げる必要もないと思っています。本当にIKEUCHI ORGANICの理念を理解し、使いたいっと思ってくださるお客様にだけ卸す予定です。認知度だけあげても、僕たちが伝えたいことの純度は薄くなってしまうと思っています」
牟田口さんが体験にこだわるのは、同社が3年かけても新商品が生まれないくらい、細部まで追求し、徹底的に良いものを作ろうとしているからなのだろう。牟田口さんの言葉の節々からは、IKEUCHI ORGANICに対する誇りがうかがわれた。
最高のタオルづくりを、正直に伝える
本来の姿以上によく見せようとせず、ありのままの姿を届ける。そのためには、自信を持ってさらけ出せる「中身」が重要だ。IKEUCHI ORGANICの圧倒的な品質と、こだわり抜いた製造工程だからこそ、正直にすべてをさらけ出せる。
伝え方は、ひとつではない。ブランドのなかにある多面的な部分を、メディアやイベントなど、さまざまな方法で届け、ブランド全体を立体的に伝えていく。同社がタオルを織る時と同じ、その正直な姿勢にやさしく包まれることで、顧客はついIKEUCHI ORGANICを愛してしまうのだろう。
「IKEUCHI ORGANICはストーリーに共感してくださるお客様が多いですが、それは戦略的に作り込まれたものではなく、『最高のタオルを作りたい』ともがく中で、自然と生まれてきたものです。だからこそ、私たちがやらなければいけないことは、とにかく良いタオルを作ること、そしてそれを、ありのままお客様に伝えることだと思っています」
執筆/ウィルソン麻菜 編集/イノウマサヒロ 撮影/須古恵