シームレスなスタジアムでの顧客体験を提供する、電子チケット。
「体験を通した知識」に重きをおいた、ワインブランド。
「自分だったらどうされたいか」を突き詰めて作られた衣服。
2019年10月25日に行われた「CX DIVE 2019 AKI」では、トッププレイヤーによる対話を通したセッションだけでなく、“体験”に軸足をおいた次世代のプロダクトが一堂に会する場が用意された。
本エリアではExperience Partnerとしてイベントに参画した企業が、ブース出店とライトニングトークを実施。CXと向き合うべく訪れた来場者に、各々が手掛ける“体験”に重きをおいたプロダクトが紹介された。
テクノロジーが生み出す、多様性ある体験価値
当日は19のブースが出展。12社によるLTがおこなわれた。この展示の中で、最も数が多かったのはデジタルデバイスだ。
たしかに、現代においてテクノロジーはあらゆる対象と切り離せるものではないだろう。ただ、単に“新たな技術”だけでは価値は生まれない。いかに顧客と向き合い、彼らの課題やニーズと向き合う体験を提供できるかが価値の有無を分ける要素となる。
今回デジタルプロダクトを展示した8社は、いずれも、“体験“と向き合うことでプロダクトの価値を単なる技術にとどまらない領域まで引き上げたものたちだ。
まず紹介するのは、コミュニケーション型電子チケット発券サービス「Quick Ticket」だ。
Quick Ticketは、専用アプリ不要で、SNSログインのみで管理できる電子チケットサービス。LINE経由でチケットの譲渡もでき、入場者には、会場内で使えるクーポンの発行や、終演後に限定動画や壁紙画像をプレゼントすることも可能。利用者へは電子チケットに留まらない価値を提供する。
その背景には、「体験を通し、リアルイベントの収益性をさらに高められる」という考えがある。リアルイベントの収益は、開催する興行数と動員数の掛け合わせと認識されることが多い。しかし、同社は「シームレスな顧客体験」を提供することで、その天井は越えられると考えているという。
場内での快適な体験が、物販や飲食など関連する消費行動を促進し、収益性への波及効果を狙う。彼らがベンチマークに置くのは「イベント会場内での、Amazon Goのような体験」だ。
商品を手にしたまま店外へ出ても決済が完了するかのごとく、「購入する」という行動さえ忘れてしまうようなシームレスさ。そういった体験こそが、同サービスの価値になる。
NeoLABによる『ネオスマートペン』も、デジタルとアナログの間で新たな体験を生み出そうとしている。
同プロダクトは“書くことの未来を変える”をテーマに、アナログとデジタルの融合を狙い開発を重ねてきた。たどり着いたのは、「何に書くか」への発想の転換だ。開発した専用用紙に、いつものように書くだけで、アプリ上にすぐさまデータがデジタル保存される。
この技術にともない、同期速度も格段に向上。ペンのキャップを外すことでスイッチがオンになり、書いた文字はリアルタイムにスキャンされる。書いて即、共有や同期も可能だ。
単なるペンと紙でもなく、従来のスマートペンのような一手間かかるものでもない。絶妙な体験設計がネオスマートペンの価値を形作っている。
そのほか、「充電を自由に」を掲げる『充レン』は会場内でバッテリーレンタルサービスを提供。バッテリーレンタルというサービスは、以前記事でも紹介したように中国では普及が進んでいる。
近しいテーマでは、モバイルWi-FiルーターとAI翻訳機を融合させた、観光向けプロダクト『AI Air』も“気軽に持ち運べること”が体験価値になるプロダクトだ。
ポケットサイズで手軽に印刷できる『RICOH Handy Printer』や、まるでスピーカーで聴いているような音場表現をできるカナル型イヤホン『Artio』は、これまで既存プロダクトを、体験軸でアップデートしている。いずれも技術的革新があるのは間違いないが、単なる目新しさではなく、顧客が商品どう向き合うかを考え抜かれたプロダクトだ。
2カ月ほど前に取材した、パーソナライズスキンペアプロダクト『Optune』、やヘッドギアとiPadだけで自身の感性をビジュアライズして測定できる『感性アナライザ』は、テクノロジーを用いて人間の身体と向き合うプロダクトだ。多様な手段で身体のデータが取れるようになる中、この領域のプロダクトは、データを通しどのような“体験“をもたらすかが、今後さらに注目を集めていくだろう。
テクノロジーを軸とした体験というと、革新的技術に裏付けされた未知のプロダクトと思われるかも知れない。しかし、実際CX DIVEの会場に集まったのは、技術だけでは決して実現できないプロダクトばかりだ。
もちろん技術は欠かせない。ただそれをどう使い、誰に提供するのか。その視点が欠かせないことをあらためて感じさせる展示となった。
食という身近なテーマを通し、体験を考える
次に、会場内で最も多くの人が体験したであろう、“食”の体験を紹介したい。
前回のCX DIVEでも展示いただいた、完全食を提供するBASE FOODからは、『BASE BREAD』が用意。1食で1日に必要な栄養素の1/3がとれるというこのパンは、食事との向き合い方を大きく変える可能性を秘めている。
ちょうど、CX DIVE当日に取材記事をリリースした「SAKE100」も出店。エルメスやドン ペリニヨンなどのハイブランドを競合におく、高価格帯の日本酒をとりそろえ、未知の日本酒体験を提供した。
そのほか飲料では、飲み比べる中でワインの知識を身につけてもらうために開発された『Because, WINE SERIES』や、100年以上前のオリジナルコーラのレシピを用いて提供する中クラフトコーラ『伊良コーラ』が出店。
軽食では出汁巻き卵をパンで挟んだ、新体験の『出汁巻きdog』や、オフィス向けに冷凍パンを提供する『パンフォーユー』、そして一杯のスープから豊かな食事体験を提供する『Soup Stock Tokyo』が軒を連ねた。
食を通した体験といっても、方向性はさまざま。Because, WINE SERIESのように、プロダクトを通して“ワインをより楽しむ知識を提供する”ものもあれば、出汁巻きdogのように、商品自体が新体験の食ものもある。
食という身近なものから、体験とは——を考える契機になったのではないだろうか。
体験価値、顧客と向き合う意味を問いかける展示の数々
ここまで紹介したプロダクト以外にも、会場にはARで進化した学べる砂場『iSandBOX』や、金属製のボールと磁力による動的芸術作品『Sisyphus』など、そもそも体験自体に特異性があるものも用意された。
また、当日「熱量あるブランドづくりで、極上の体験をつくる」と題したセッションにも登壇し、以前取材もさせていただいたアパレルブランド『ALLYOURS』も、試着を含めた体験会を用意した。
彼らが取り組む領域は、まだまだプロダクトやサービスの数が多くない。それはつまり、体験価値によって業界やサービスをアップデートする余地が十分に残されているともいえるだろう。
ひとことで、あらたな体験——といっても、提供されるものの射程は非常に広範にわたる。今回展示されたプロダクトは、いずれも「体験とは何か」「何が価値を生むのか」を問いかけてくれるようなものだったのではないだろうか。
もちろん「気づき」を得ることもあるが、これらのプロダクトから「問い」を受け、思考する機会にもなるはずだ。本記事はその頭出しにすぎない。ぜひ、興味を持ったプロダクトの“体験”について、深掘りしてみてほしい。
文・編集/XD編集部 撮影/廣田達也