生姜とハーブのぬくもり麦茶・キリンの「moogy(ムーギー)」。
“女性の暮らしを彩る、飲む生活雑貨”をブランドテーマとして掲げる本製品は、何といってもその牧歌的で愛らしいデザインが目を引く。年間計16種類のパッケージデザインには、「毎日のコーディネートや、その日の気分に合わせてボトルを選んでほしい」という想いが込められているそう。
EC限定販売であることを活かし、ユーザーとのコミュニケーションなどを通して熱量の高いファンを数多く有するmoogyについて、コンセプトからボトルデザイン、広告宣伝までを手がけるキリンビバレッジ・マーケティング本部マーケティング部・ブランド担当の遠藤楓氏、同部の寺島愛子氏、同じく同部の嶺岸秀匡氏に伺った。主にデザインは遠藤氏と寺島氏が担当。マーケティング戦略立案などは嶺岸氏含め3名で行っている。それぞれ、『午後の紅茶』や『生茶』『iMUSE』といったマスプロダクトを担当している一方で「moogyチーム」として活動している。
女性の毎日に寄り添う清涼飲料
2016年2月より販売開始したmoogy。誕生のきっかけは、『TOKYO DESIGN WEEK 2015』で、ECサイトの「LOHACO」がブースを出展する際にコラボの要請を受けたことだった。
moogyの先行販売の場となった「LOHACO」が女性を主なターゲットとしていたこと、デザインウィークのテーマが「暮らしに馴染む」であったことから、moogyの根幹には“女性”と“日常に馴染むデザイン”の2つのテーマが存在する。
ECでの限定販売であるmoogyは、箱買いされることがほとんど。家庭内にストックされて日常的に利用するので、そこに欠かせない“健康”というキーワードと“女性の日常生活”というポイントから、「女性×健康×毎日」のコンセプトが生まれた。
遠藤氏は、「開発にかかわる私たちをはじめ、女性の多くは“冷え”という悩みを抱えている」と話す。そんな女性の強い味方となるのが、moogyに配合された焙煎大麦、生姜というぬくもり4素材。また、体への負担が少ないカフェイン0の無糖というのも嬉しいポイントだ。そして何よりこだわったのが、「常温でも美味しいこと」だという。
遠藤氏「コンビニなどで販売されている清涼飲料は冷えた状態で販売されているのが定石ですが、近頃は健康面に配慮し、常温で飲みたいという声が多いんです。それに、箱買いした飲料をその都度冷蔵庫に入れるよりも、常温保存の方が圧倒的に利便性は高いです」
気になるその味は、生姜風味が効いた飲みやすくもアクセントのある味。レモングラスやカモミールの清涼感ある香りが麦茶特有のもったり感を打ち消していて、爽やかな後味が女性に嬉しい。
そして、moogyを語る上で外せないのが、顧客の心を掴む愛らしいデザインだ。春・夏・秋・冬のスパンで季節に沿った4つの新しいデザインが登場。年間計16種の柄は、どんどんラインナップが更新されていく。デザイナーの遠藤氏と寺島氏が、「思い出の風景」や「季節ごとに感じる気分」などをイメージし、できるだけ自然体で描いているそう。
寺島氏「決まったルールはないですが、手描き、もしくは手仕事であることにはこだわっています。鉛筆で描いたイラストをスキャンして色をつけたり、消しゴムはんこを彫って柄を作ってみたり。手描きモチーフにすることで、手に馴染む感じや、癒されてリラックスする感覚を味わってもらえればなと思っています。2020年から一年中楽しんでもらえるように、「はなうたシリーズ」や「のあそびシリーズ」といったようなシリーズ名を付けるようにしています。“クリスマスツリー”といった季節に寄りすぎた具体的なモチーフを入れないことも意識しています」
moogyのデザインが際立つのは、ボトル全体をイラストが覆っていることも寄与している。それはつまり、ペットボトルだと当たり前にある“中の液体が見える透明な部分”がないということだ。
そのことに触れると、「moogyって一見どんな味か分からないし、コンビニだと絶対に売れないと思う」と遠藤氏は笑う。
遠藤氏「普段コンビニの冷蔵ケースからジュースを選ぶ時、お客様は一瞬しかパッケージを見ないと言われています。その一瞬で商品の大部分を伝えるため、他社のプロダクトより目立つデザインや、中身のわかりやすさも必要なんです。ただ、それを30〜40代の女性が持ちたくなるかというと、必ずしもそうではないかなと。もちろん、マスブランドが大きい市場で勝つためにはそういった戦略も必要ですが、moogyはそれよりもデザインの新しさや、傍に置いておきたくなるような可愛らしさを重視しました。情報を最小限にした温かみのあるデザインだから、インテリアやファッションの一部になり得る。洋服を選ぶ時のように、毎日の気分に合ったボトルを選ぶ、ささやかな高揚感を感じてもらえたらと思います」
コンビニやスーパーで売られている商品は、その場で全ての情報を顧客に伝える必要がある。一方EC上で販売されている商品は、中身の説明や味わいをウェブ上に記載できるだけでなく、エモーションにうったえる画像で美味しそうに感じさせる工夫も可能だ。moogyの思い切ったパッケージデザインは、EC限定という販売形態だからこそ成立したといえる。
moogyの活動は将来のための種まき
白い鳥が飛ぶ様子が描かれたボトルは「伝えて」。いくつかの小さなプレゼントが描かれたボトルは「よろこんでくれるかな」。moogyのボトルデザインには、一つ一つ身近で気取らないネーミングがつけられている。まずデザイナーの2人がその時の気分やシーズンに合うデザインを制作し、それを持ち寄って3人でブレインストーミングを行う。
嶺岸氏「“この柄はこんな風に見えるね”“こんな気分の時によさそう”と、思いついたままにアイデアを出し合います。自然体でお喋りするようにミーティングしているからこそ、プロダクトも飾らない雰囲気の素朴なものになっているのかもしれません」
先述した通り、普段、遠藤氏は『iMUSE』、寺島氏は『午後の紅茶』、嶺岸氏は『生茶』といったマスに向けたプロダクトを担当している。その一方で、moogyの打ち合わせの時だけはキュッと集まって、さながら部活動のように楽しみつつ業務に取り組んでいるそう。
遠藤氏「もちろん大変なこともありますが、小さいコミュニティである分、大きいブランドよりも動きやすさはあります。EC限定での販売やお客様との新しいコミュニケーションにトライアル的に取り組んでいて、いわば将来の種まきをしているような立ち位置です」
顧客とのコミュニケーションや、共感を得ることに関しては、社内外に特に評価されているという。
例えば、顧客とのコミュニケーションの基盤となっているインスタグラムでは、moogyを使ったレシピをシェアしたり、自分たちの趣味の道具やお気に入りのアイテムを紹介したりしている。
遠藤氏「オンライン、オフラインを問わず、お客様と繋がっていくために“価値観の共有”を重視しています。例えば以前トークイベントを開催した際、会場の棚に普段使っているクレパスや好きな絵本を飾りました。それによりお互いの共通点をきっかけにしたコミュニケーションが生まれていました。共有の価値観の枠にmoogyが入ることで、ビジネスの関係を超えた新しい価値が生まれます。それもあってか、自分の好きだったりお気に入りのものを紹介するようにmoogyをSNSで紹介してくれる方も多くいらっしゃいます」
そうして顧客と交流する中で、嬉しい驚きや報告は多くあるという。
遠藤氏「私たちは想像もしていなかったんですけど、moogyを結婚式のプチギフトに選んでくれた方がいたんです。式の様子と一緒にmoogyの写真をインスタグラムに載せてくださっているのを拝見して、新たなコミュニケーションツールになっているんだなと感激しました」
また、moogyチームは他企業との交流もアクティブだ。ウェブメディア&プランナーチームの『haconiwa』とのコラボ・ワークショップや『北欧、暮らしの道具店』とのプロダクト制作など、共作したオリジナルデザインのボックス付きセットを販売。イベントも企画しており、moogyによる、moogyのためのファンミーティングを定期的に行う。直近の第二回目は新型コロナウイルスの影響もありオンラインでの開催だったが、第一回目はインスタグラムでフォロワーに呼びかけ、抽選で選ばれた20名をキリン本社に招いてランチ会を催した。顧客がどういう暮らしをしていて、moogyのどこが好きになってくれたのかなど、インサイトの獲得という面でも収穫があったが、それよりも面白い発見があったという。
遠藤氏「参加される方々は初めて会ったのに、帰る頃にはすっかり友達になっちゃうんですよ。moogyを好んでくれる人たちはやはり趣味が合うというか、価値観が合う人たち同士がリンクしているんだなと思います。私たちとお客様だけでなく、お客様同士の横の繋がりにおいても、共感しあって輪が広がっていくような広がりが生まれると嬉しいです」
“ちょっと面白い商品”として選択肢の一つでいたい
日常に心地よく馴染みつつ、新鮮さやワクワクを与えてくれるmoogy。最後にこれからのアプローチについて尋ねると、「引き続き、今まで通りやっていけたら」と3名ともが微笑んだ。
嶺岸氏「昨年、株式会社キングジムのマスキングテープ『KITTA(キッタ)』とのコラボ商品を開発したんです。以前から感じてはいましたが、開発者もお客様も、お互いに響き合う価値観を持っているなと改めて感じました。そうした仲間とアクティブに交流し、お互いがプラスになるかたちでファンを増やしていく。それこそがmoogyのあるべき方向性かなと、チームでは思っています」
遠藤氏「moogyという面白い動きをしている商品があるんだよね、と心の片隅に置いておいてもらえれば。ユニークな選択肢の一つとして、気負わず定着していけたらなと感じています」
インタビューに際して、筆者もmoogyを購入してみた。注文したのは、野外のレジャーシーンを連想させるような“のあそび”シリーズ。中でも、連なる山の上を1羽の鳥が飛ぶ“夏山ハイク”に惹かれた。箱から出してテーブルに置いてみると、なんだか絵を飾っているように思えた。都心で暮らす中では出会わない、爽やかな山の緑のイメージに癒される。外出しづらい現状も相まって、いつもの風景の変化にフレッシュな気分になった。
こんなにも自分ごととしてmoogyを自然に受け入れたのは、やはり作り手の彼らの自然体の姿勢からではないだろうか。「これからもこのまま」開発チームのそうした姿勢は、マイペースなようにも見えて、moogyの世界を守っていくという強い意思表示でもある。静かな情熱を秘めながら、あくまでナチュラル。そんな彼ら特有のエモーションが、moogyの魅力の源泉なのだ。
執筆/大下杏子 編集/サカヨリトモヒコ、大沢景(BAKERU)