「男性にデニム以外の選択肢を」という想いから立ち上がったアパレルブランド『Bonobos』。価格競争のないメガネ業界への違和感が設立のきっかけになった低価格高品質なアイウェアブランド『Warby Parker』。“徹底した透明性”を掲げ、人件費から材料費、輸送費まであらゆる原価を開示し商品を販売するアパレルブランド『Everlane』。
いずれも北米で生まれ、小売業界で注目を集めるD2C(Direct to Consumer)ブランドだ。2019年4月17日に開催されたカンファレンス『CX DIVE』では、世代や業界、オフラインとオンラインの垣根を超えてCXの最先端を探求。D2Cの顧客体験に関してもセッションが繰り広げられた。
そのうちの一つ『CXが拡張するD2Cの可能性』では、完全栄養食のパンとパスタ『BASE FOOD』を販売するベースフード代表取締役社長の橋本舜氏、Bean to Bar(※)のチョコレートブランド『Minimal -Bean to Bar Chocolate – 』を展開するβace代表取締役の山下貴嗣氏、胸が小さい人向けのランジェリーブランド『feast』や細身の人に向けたワンピースブランド『Double Chaca』などを展開するウツワ代表取締役のハヤカワ五味氏が登壇。
D2Cの定義や実店舗の可能性、大企業とベンチャー企業の役割分担など、D2Cの可能性を可視化するトークセッションとなった。
D2Cの本質は「顧客に届ける最適な道を模索し続ける」姿勢
そもそもD2Cとは、メーカーが自ら企画、製造した商品を中間業者を介さず、ECサイトや実店舗で顧客に直接販売することを指す。その先駆者がアメリカのWarby Parkerだ。
アメリカでは、大手アイウェア企業が市場を独占し、消費者は手頃な価格でメガネを購入できなかった。そこに目をつけた同社は、自社で一貫してメガネのデザイン、製造、オンライン販売までをおこなうことで、中間コストを削減。従来のアイウェアブランドよりも低価格で質の高いメガネを提供し始める。
2010年の創業から瞬く間に消費者に支持され、2015年にFast Companyが発表した「THE WORLD’S 50 MOST INNOVATIVE COMPANIE」のランキングで1位に輝いた。彼らの成功によりアメリカではD2Cが注目を集め、次々と新たなブランドが立ち上がった。
国内でもは次々とD2Cブランドが立ち上がり、注目を集めているが、「そもそもD2Cとはなにか?」——トークセッションの冒頭、ハヤカワ氏はD2Cの定義を整理するように、この問いを登壇者に投げかけた。
橋本氏「D2Cはプロダクトの開発から顧客に届けるまでの過程を全て担うため、変化の自由度が大きい。その自由度の中では、プロダクトを直接顧客に届けることもひとつの選択肢でしかないはずです。上流から下流までデザインできる中で最適な道を模索し、成長し続ける姿勢がD2Cの本質ではないでしょうか。
その上で、僕はこだわりを持ったものづくりに取り組みつつ、スタートアップの速度でグロースしていく姿勢を併せ持つブランドが、D2Cと呼べるブランドだと考えています」
D2Cをただのビジネスモデルではなく、姿勢だと捉える橋本氏の答えに山下氏も同意する。
山下氏「ものづくりからお客様に届けるまでの工程を一貫して担うことで、問題が生じたときに自分たちの手で原因を把握し、改善できます。中間業者が入ると、問題の把握に時間がかかるうえ、改善するために直接働きかけをするのが難しいこともある。
早くPDCAを回そうと思ったとき、すべてが自分たちの手の中にあるD2Cブランドより早く回せるところはないと思うんです。価値観が多様化し、変化がめまぐるしい時代こそ、D2Cは強みを発揮しやすいのではないでしょうか」
このD2Cの「強み」は、時に弱みにもなり得る。1から10まで自社で責任を持つ分、失敗するリスクも大きいのも事実だ。
山下氏「確かに、D2Cは短期的に見れば効率が悪いですし、コストもかかるビジネスモデルです。社内で創業メンバーと振り返ると『二度とやりたくないね』と話すくらい大変なことばかりでした(笑)。ただ全ての工程を担ったことで、お客様と継続的な関係を築く上でコミュニケーションの入り口となる、製品にまつわる物語は多く生まれました」
実店舗とオンラインの役割はプロダクト次第
顧客へ届ける最適な道を模索する上で、国内外のD2Cブランドがここ数年注目しているのが実店舗だろう。D2Cは元々オンラインを主体として事業を展開していたが、EverlaneをはじめアメリカのD2Cブランドも次々と直営店舗の展開へと舵を切っている。
固定費のかかる店舗経営は、安易に手を出せるものではない。しかし、今回登壇した面々を見ても、山下氏は創業当初から店舗を持っており、ハヤカワ氏もプロダクトを展開していく過程で店舗をオープンしている。あえてコストをかけてでも店舗を置く意味はどこにあるのか。
山下氏は、オンラインで直接購買できる時代だからこそ、店舗に意味があると考える。
山下氏「我々が店舗を置くのは、『目の前にお客様がいるから』です。デジタルで打ち込まれた顧客の声ではなく、アナログでリアルタイムなコミュニケーションを通し、リアルな顧客の声が聞ける。
試食に『おいしい』と答えてくれたお客様がいたとしても、買って帰らなければ、それが正直な反応です。言葉だけではなく行動から受け取れる情報がある。
店舗で受け取れるリアルな情報は、我々の事業をよりよくする重要なヒントになります。ですから店舗では滞在時間や試食した品数をKPIに置き、そこで得られる情報の厚みや質を追っていますね」
一方、ハヤカワ氏はアパレルブランドならではの課題感から、あえて店舗を持つ選択をしたという。
ハヤカワ氏「我々の商材の場合、サイズや素材感などを直接確かめたいというニーズが強く、オンラインでの初回購入ハードルが高いんです。ゆえに、ファーストコンタクトの場として店舗の担う役割はまだまだ大きいですね。
ただ、直接的な売り上げはほぼ期待していません。店舗では、ブランドの“らしさ”を体現した体験や接客を提供し、継続的な関係性を構築することの方が重要です。マスにアプローチする商材でないからこそ、一人ひとりとの関係構築に、店舗は重要な役割を担っていると考えています」
KPIを売上に置かないMinimalも、この点は同様だ。チョコレート1枚1,000円強という高価なプロダクトだからこそ、そこに納得感を得られ、ブランドの世界観を体験してもらうことを重視する。
山下氏「私たちにとって、店舗はものを売る場所ではありません。購入してくれたお客様が『こういうチョコレートなんだよ』と伝えたくなる体験を、店舗でしてもらいたいと考えています」
両者とも、店舗の売上はあえて追わず、顧客の声を集めたり適切な体験を提供する場として活用している。一方、EC上ではデータを積極的に活用し、日々改善を繰り返す。
山下氏「LTVを高めるためにも、顧客に常に開かれたECでの購入頻度や比率などはかなり細かくデータを分析しています。店舗で集まるのはあくまで定性的な声。それにECの定量的なデータを掛け合わせ、適切な届け方を日々考えています」
こういった店舗とECの棲み分けは、商材によって適切な形があるのではないか。ベースフードやMinimalが向き合う食品という領域でも、商材ごとに見える景色は異なる。
橋本氏「たとえば、健康食品の健康効果は言葉で伝えられるので、オンライン広告と相性がいいです。一方、普通の食品のおいしさは言葉で伝えるのが難しいため、オンラインでの購入率はまだまだ低い。
同じ食品でもオンラインでやるべきこととオフラインでやるべきことが異なるんです。オンラインは多くの人にアプローチできる一方、視覚と聴覚へ向けた情報がコミュニケーションの主。店舗は人数は少ないものの、五感すべてにアプローチできて、伝わり方がぜんぜん違う。どこで何を体験してもらうべきかは、それぞれの事業やプロダクトによって最適解を導かなければいけません」
大手とD2Cブランドを棲み分ける要素は顧客体験にあり
ものづくりにこだわり、素早い変化で勝負するD2Cブランドでも、大手の動きは無視できない。この点は他のスタートアップと同様で、大手が資本力をもって市場を席巻する危険性とは常に隣り合わせだ。
実際、山下氏が手掛けるBean to Barの領域には明治が「meiji THE Chocolate」で、橋本氏が手がける完全食には、日清食品グループが「All-in PASTA」で参入してきた。ハヤカワ氏もfeastを展開する中で、大手下着メーカーが同様の商品をリリースした経緯があるという。
それぞれ、その危険性をどう回避してきたのか。数年前にこの状況を経験した山下氏は、大手の参入を基本的には前向きに捉えていると語る。
山下氏「100利あって、1害なしですね。我々の場合は、大手が参入したことで市場が必然的に大きくなりました。彼らが予算を投下し、マス広告を展開してくれることで、まだまだ認知の少ないBean to Barが多くの人に広がる。入り口は大手の商品になるかも知れませんが、そこからMinimalにたどり着いてくれる方も少なからずいらっしゃるんです」
ちょうどイベントの数週間前に大手の類似商品がリリースされた橋本氏は、山下氏の話に賛同した上で、「役割分担ができるとより良いのでは」と続ける。
橋本氏「スタートアップは0→1が、大手は1→10が得意な企業体です。であれば、お互いの得意領域をいかせるよう協力して役割分担をするのが、あるべき姿ではないでしょうか。
アメリカでは、ベンチャー企業によるプロダクトの類似品を大手が販売することは、格好の悪いことで、レピュテーションリスクが高い。だからこそ、ネスレとブルーボトルのように、大手がベンチャー企業に出資して、資本提携を結ぶ事例が数多く存在しています」
2017年、サードウェーブコーヒーの代名詞であるブルーボトルコーヒーは食品業界大手ネスレに株式を売却し傘下に入った。ただ、買収後もブルーボトルコーヒーは独立した企業として運営され、ネスレはビジネスに一切関与しないスタンスを貫いているという。
役割を分担するにあたり、橋本氏はD2CブランドにとってCXこそが重要な差別化要因になると考える。
橋本氏「顧客はプロダクトの機能だけでなく、出会うまでの過程や込められた想い、社会的メッセージなど、背景を含めて購買の意志決定をしています。だからこそ、顧客と自社プロダクトとの接点を点ではなく線で設計し、接点全体で適切な関係を築くことが重要になる。同じような商品であってもCXは同じにはなり得ないんです。
ここにコミットできるのが、プロダクトへのこだわりを持ち、柔軟に顧客との接点を設計することのできるD2Cの強みです。大手との役割分担においても競合他社との差別化においても、CXへのこだわりこそが重要な鍵になるのではないでしょうか」
ネスレがブルーボトルコーヒーを傘下に収めたことには、ブルーボトルがもつ独自価値がネスレでは決してトレースできないレベルの緻密さを持つからという理由もあるだろう。
XDでは以前ブルーボトルコーヒーを取材したが、彼らはCXO(Chief Experience Officer)を設置し現場担当者だけでなく経営レイヤーも体験の質的向上を追い続けるなど、その顧客体験へのこだわりは一朝一夕で真似できるものではなかった。
D2Cの再定義から始まったこのセッションは、気づけば大手企業とスタートアップの役割や顧客体験の重要性の話へと行き着いた。D2Cが注目を集めるのは、ものづくりにこだわりながら変化を繰り返すスタートアップ的マインドで、顧客と向き合い続ける姿勢があるからとも言える。
D2Cのこの視点は、これからの小売業界にとって不可欠になっていくだろう。
img:Minimal
文/木村和博 編集/小山和之 写真/加藤甫