多くのモノがあふれ、価値観が多様化する昨今。人がモノやサービスを選ぶ基準のひとつに、サービスそのものが形成する「世界観」がある。
行為そのものを楽しむという概念「コンサマトリー」をテーマに、2019年10月に開かれた「CX DIVE 2019 AKI」。そのセッションのひとつ「独自の世界観で、つながりを生み出す」にはクラシコム代表取締役の青木耕平氏、森ビル MORI Building DIGITAL ART MUSEUM企画運営室 室長の杉山央氏が登壇。モデレーターは東京ピストル代表取締役の草彅洋平氏が務めた。
ビジネスの原点にある「好き」「楽しい」
セッションの冒頭で語られた、3人のビジネスにおける歩み。それらはカンファレンスのテーマである「コンサマトリー」な思いや行動から始まっていた。
青木氏は、2006年に妹とともにクラシコムを創業。起業を決めた理由のひとつに「自分の好きな仲間たちと一緒に、心から楽しいと感じることをやり続けたい」という思いがあった。
青木氏「20代半ばから後半にかけて、妹や友人たちとバンドを組み、音楽イベントを開催していました。『この時間がずっと続いてほしい』と思うほど楽しかった。とはいえほぼ遊びみたいなもの。年齢を重ねるにつれ、続けるのは難しくなります。好きな仲間とともに、そんないい感じの時間を続けたいなと思っていたことが起業という選択肢につながりました」
青木氏は、クラシコム創業後も“楽しむこと”を忘れない。クラシコムのオリジナルドラマ『青葉家のテーブル』には、かつて青木氏がつくった曲が使用されている。
青木氏「素晴らしいミュージシャンの方に集まっていただいて僕らの曲を演奏してもらい、挿入歌にしました。オリジナルサウンドトラックに収録して発売もしたんです。昔やっていたことを今の仕事に活かしていくのは、仕事を楽しく続けていくための一つの要素だと思います」
楽しみながら挑戦を続ける姿勢を大事にする青木氏。事業と向き合う上でも「もう止めたい」「売却したい」と考えたことはないという。
青木氏「できるだけ長く続けたいし、続けられる手応えがある。長編漫画を連載している漫画家のような気持ちです。こういう雑貨を買う人はこういう洋服が好きなはず。こんなものを食べるはず。思考の軸は変えず、新しい手法に挑戦して、僕らのサービスが好きなユーザーのすべてのニーズに応えたい。これが楽しいのです。最終回まで描きたいですが、風呂敷を広げすぎて、未だにたどり着きません(笑)」
杉山氏は祖父に日本画家の杉山寧氏と建築家の谷口吉郎氏、おじに作家の三島由紀夫氏を持つ芸術一家に生まれた。学生時代にはメディアアーティストとして活動していたという。
杉山氏「アートとテクノロジーの掛け合わせが大好きです。テクノロジーによって、表現の幅は何倍にも広がっていきます。今も昔も、若手のクリエイターやアーティストが表現できる場所を提供していきたいと考えています」
森ビル入社後は、六本木ヒルズの開業準備のためのインフォメーションセンター「THINK ZONE」の運営を担当した。現在のプロジェクションマッピングの先駆けになるような、現実世界に映像を投影させるアートも展開。多くの人に知ってもらうために、仕事を通して知り合った草彅氏とともに、毎晩クリエイター仲間を呼んでパーティを開催した。
その後「 MORI Building DIGITAL ART MUSEUM」や、都内各所を舞台に最先端のアートを展開する「MEDIA AMBITION TOKYO」、アートを楽しむライフスタイルを提案する「六本木アートナイト」なども手がけてきた。
モデレーターの草彅氏も、編集者として活躍しつつ、グラノーラ専門店「GANORI」、日本近代文学館のブックカフェ「BUNDAN COFFEE&BEER」、京王電鉄の高架下再開発事業でありイベントパークの「下北沢ゲージ(※現在は閉店)」、世界各国の宗教グッズを集めた「GODBAR byスナックうつぼかずら」など、多くの場作りに取り組んできた。
草彅「自分が好きで集めていたものをアウトプットしたらビジネスになったんです。
もともと2万冊もの本を持っていて、自分が所有するだけではもったいないと考えていた。日本近代文学館内のレストランが空いたという情報を聞いて、カフェを開くことにしたんです。GODBARも最初は家でやっていました。すると『あの空間がおもしろい』と話題になり、夜中に人が遊びに来るようになりました。嫁にも嫌な顔をされるようになってしまって(笑)。だから家から外に出してお店を始めたんです」
「世界観はプラットフォーム」基盤があることで個性が輝く
あまりにユニークな3人のこれまで。青木氏は3人の活動には、それぞれの「らしさ」があり、それこそが「世界観」ではないかと指摘する。
青木氏「僕たち3人に共通するのは、多様な活動をしながらも『◯◯っぽさ』があること。それこそが『世界観』ではないでしょうか。草彅さんの活動にはすべて草彅さんらしさがあり、草彅さんの世界観がある。本人が自覚している・いないに関わらず、活動の根本にその人らしさがあり、同じ世界観の中にあるからこそ、組織や時代の垣根をこえて人をつなげられるのだと思います」
杉山氏「たしかに世界観は、人をつなげてくれますね。2002年ごろのTHINK ZONEで開いていたイベントに、ライゾマティクスの斎藤精一さんやチームラボ代表の猪子寿之さんが遊びに来てくれていたんです。これが10年以上の月日をこえて、MEDIA AMBITION TOKYOやデジタルアートミュージアムのコラボにつながっています」
青木氏「言い換えれば、世界観とはプラットフォームでもあると思うんです。共通の約束事があり、その上にコンテンツや商品を展開できる。逆に言えば、約束の範囲内で自由にクリエイティブできることで世界観が拡張されていきます」
杉山氏「MEDIA AMBITION TOKYOでは、会社の壁を越えて、コラボレーションができています。初めは私たち森ビルから始まって、現在は東京ミッドタウン、三井不動産と、不動産デベロッパー同士が一緒に取り組んでいる。やりたい人が手を挙げて自由に参加できるプラットフォームができたからこそ可能になったことです」
青木氏はプラットフォームの事例として「マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)」を挙げた。MCUとは、アメリカの漫画出版社「マーベル・コミック」を原作とする別々の作品に描かれたヒーローたちを、同じ世界観・時系列で描いた映画群のこと。個別の作品では出会わないヒーロー同士が共演し、ストーリーが展開されていく。これまで「アベンジャーズ」や「アイアンマン」、「キャプテン・アメリカ」など、10年以上をかけ23作品を放映している。
こうしたプラットフォームの構築はつながりを生むだけでなく、ファンをつくる上でも重要だと、青木氏は続ける。
青木氏「あらゆるヒーローをすべて『MCU』というプラットフォームに当てはめることで、これまで注目されてこなかったヒーローにも目を向けてもらうきっかけを作れる。MCUというプラットフォーム自体にファンがつくからです」
世界観を「つながり」に変えていくために
一見バラバラに思えることでも「世界観」つまり「プラットフォーム」という基盤があることで、それぞれのサービスや作品につながりが生まれる。ビジネス視点で言えば、事業展開の幅を広げ、事業拡大にもつながっていく。
では、世界観をビジネスに活かすために、どう「ユーザーとのつながり」をつくっていくべきか。登壇者がそれぞれの意見を述べた。
杉山氏「先日、ラグビーワールドカップが盛り上がりました。あのとき、家でテレビから観戦するより、スタジアムやライブビューイング会場でみんなと観戦する方が楽しいと感じた人は多いと思うんです。同じ世界観にみんなで入ることで、その場所にいる人たちとつながっていく喜びがあるんじゃないか。そうであるならば『つながりをつくる場』 が、これから重要になっていくはずです。
僕の事業で言えば、人がいるからこそ楽しめる美術館をつくりたい。通常の美術館では、他の来館者の存在が鑑賞時に気になってしまう場合もあります。しかし、デジタルアートミュージアムにあるインタラクティブな作品では、来館者を作品の一部にする。来館者がいることでアートが本来の価値を発揮するのです。
現代は、スマホが普及し、移動中でも自由に映像を見られる便利な時代です。だからこそ、その流れに逆行し『その場にいるからこそ楽しめるコンテンツ』をつくりたい」
青木氏「現代アートにおいて大切なのは、その作品が生まれた背景にある『コンテクスト』です。社会や他のアーティストへのアンサーになり得るコンテクスト自体に、そのアートの価値が生まれる。
僕はこのコンテクストが、ビジネスにおいてもユーザーとつながるために大切だと考えています。自分たちが生きている社会やカルチャーとつながるコンテクストを意識する。それにより、サービスやプロダクトに共感が生まれる。このコンテクストをつないでいくことでまた、自分たちの世界観をつくることができるはずです」
モノやサービスを選ぶ基準が多様化する今。そんな時代に、自らの興味や関心から生まれた「コンサマトリーな活動」によって育った独自の世界観は、誰かの心に深く刺さる。
その世界観が、誰かと共鳴し、複数の人が共感できる世界観へと広がっていく。こうして形成された世界観が、また新たに人とのつながりを生み出す。
まずは独自の世界観を築き、それに共感する誰かに自分の世界観を届けることができれば、ビジネスにおける可能性は無限大に広がる――そんな希望を抱かせるセッションだった。
文/藤原梨香 編集/葛原信太郎 撮影/須古恵