モノづくり・小売の世界で、今もっとも注目されるキーワードの一つ「D2C(Direct to Consumer)」。
生産者が購入者と直接つながり、商品を通じて中長期に渡る関係を築く。多様化し続けるニーズに合わせ、よりパーソナルなモノ、あるいは体験に変えていく。店舗と、ECやアプリなどデジタルのチャネルが結びつきを強めるなかで、顧客との新たな関係性も模索されている。
2020年9月17~20日に福岡で行われた「ICCサミット FUKUOKA 2020」では、モノづくりと小売の未来を探るべく、セッション『SPA/D2Cの「次」は何か?』が開催された。登壇したのは、丸井の青野真博氏、中川政七商店の緒方恵氏、オルビスの小林琢磨氏、Spartyの深山陽介氏、FABRIC TOKYOの森雄一郎氏の5名と、モデレーターを務めたJR西日本SC開発の舟本恵氏。
本記事では同セッションのなかから、D2Cが変える顧客体験に絞って、トークの内容をお届けしていく。
D2Cが示す「豊かな生活」への可能性
消費者ニーズの細分化により、大量生産が前提のビジネスモデルは成立しにくくなった。結果、企業はより「顧客一人ひとりの顔をしっかり見る経営」への転換が求められ、D2Cに注目が集まっている——。
セッションの冒頭、改めてその可能性を示唆したのは、ちょうどイベント開催の数日前にD2Cのエコシステムを支援する新会社D2C&Cо.の設立を発表した丸井の青野氏だ。
新会社では、D2Cブランドへの投資だけでなく、売り場、物流の仕組みや人材などさまざまなリソース提供を通じて、D2C全体の盛り上げを図っていくという。法人を設立してまで同社がD2Cを支援するのには、その可能性を信じるからにほかならない。
青野氏「これまでの商品は、大量生産・大量消費のなかで、最大公約数的なサイズや商品展開の中から欲しいものを選ばなければいけないなど、どうしてもお客様が我慢せざるを得ないところがありました。しかし、D2Cであれば、パーソナライズされた製品にしたり、サービスそのものをお客様と一緒に改善できたりする。『自分らしい、豊かな生活ができる』と感じ、お客様にもっと期待を寄せてもらう上で、D2Cは大きな鍵になると思っているんです」
ECと実店舗を組み合わせ、オーダーメイドのスーツやシャツの販売を手がけ、丸井にも出店しているFABRIC TOKYOの森氏は、D2Cが単なる“製造小売”にとどまらないと指摘する。その気づきを得たのは、新たなサブスクリプションサービスの導入がきっかけだった。
森氏「サービス開始以来、我々はオーダースーツというモノをお届けしていたのですが、2019年9月からは月額398円のサポートプランを開始しました。製品を毎日利用していただくなかで、ダメージがあったときすぐに直せたり、体型の変化に伴う調整を何度でも依頼できたりするサービスです。
このプランができたことで、明確にリピート率が上がり、顧客のエンゲージメントも高まりました。単に作って売るだけでは、こうした関係性構築はとても難しい。クレジット登録をして、毎月の自動引き落としを承認していただけるというのは、『今後もFABRIC TOKYOを買い続ける』というお客様の意思表示ですから」
ECを中心にパーソナライズヘアケアのブランド『MEDULLA』を運営するSpartyの深山氏も、そうした顧客エンゲージメントがブランドにおいて重要だと同意する。その思想を体現しているのが、昨年12月オープンの期間限定のフラッグシップストアだ。
ただ、同社が店舗を構えた背景には「Web上でのコミュニケーションの限界」があったという。
深山氏「広告のCPAは高騰していますし、各プラットフォームの出稿条件も厳しくなっています。その中では、オンラインと連動しつつも、オフラインでしっかりと顧客とコミュニケーションを取ることが求められると感じているんです。
MEDULLAもサブスクリプションモデルで、買った後フィードバックができるようになっています。これをしっかりやっていただくと、継続率が高くなるんですね。通販ではなく『一緒に成長していくヘアケア体験』と思っていただけるかが、エンゲージメントの鍵と考えています」
デジタルとリアルを超えて、“人の気持ちを動かす”
MEDULLA、FABRIC TOKYOと同様、化粧品などを幅広く手がけるオルビスも、マルイに出店するD2Cブランドの一つだ。
カタログ通販で伸びてきたがゆえ、デジタル化に苦しんできた同社は、現在ビジネスモデルの転換を進める最中。2018年に刷新したエイジングケアの『オルビスユー』が過去最高の販売数を更新するなか、スマホを入り口にパーソナライズ化を進めていると小林氏は話す。
小林氏「アプリのダウンロード数は、現在220万ほど。AIを用いた『パーソナルカラー診断』などのコンテンツを中心に、ご好評をいただいてます。ただ、このアプリはあくまでお客様とつながる入り口のひとつ。むしろパーソナライズという観点では、店舗などリアルの価値がさらに高まっていくと考えています。
実際我々のお客様は、ECやカタログの通販だけよりも、通販と店舗を両方利用している方がLTV(顧客生涯価値)は高い。さらにいうと、アプリから購入する人で、店舗でパーソナライズのカウンセリングまで受けている人が、他の方より圧倒的にLTVが高いんです。これはパーソナライズと実体験を掛け合わせる価値を示唆している。“人の気持ちを動かせるもの”が、今後ますます顧客との関係性において重要になっていくのではないでしょうか」
小林氏の話を受け、同じく“人の気持ちを動かせるもの”が価値になると指摘するのは、中川政七商店の緒方氏だ。創業300年の高級綿麻織物メーカーだった同社は、工芸業界で初めてSPA(製造小売)業態を確立。自社が培ったノウハウを生かし、他の老舗メーカーに向けたコンサルティング事業も展開している。
緒方氏「価値というものは、対象に対して結果として変化をあたえた“感情の量と幅”だなと思っています。量は期待値と実感値の差。幅とはモノだけではなくコトやヒトなどの体験の軸数。パーソナライズのポイントは『フィットする』ことで『アナタだけ』を生み出すこと。ここに、量として今までにない感動を生むということは事実だと思いますしD2Cの可能性として、大きなポイントのひとつ。
ただ、それだけで独自化できるかというとNOで、もう1つ、D2Cで重要な要素になると感じているのがブランド独自の背景に基づく物語です。どういう意味をブランドに込め、どれだけの幅を以て共感を得ていくかこそが、お客様の感情を動かす鍵になると考えています。」
この発言に、森氏もうなずく。D2Cが今の時代に求められているのは、単なる利便性ではなく、「“意味”を顧客に提供できているからでは」と述べた。
森氏「便利なものはコモディティ化しており、差別化も難しいんです。そこではなく、『フィットする』と感じるように、お客様が『自分にとってなにかしらの意味がある』と思える“モノ”や“世界観”が、今後求められていくのではないかと思っています」
青野氏「昨日、FABRIC TOKYOが福岡にオープンしたので私も行ってきたんですが、入った瞬間から、その世界観に心をつかまれました。バーカウンターのような接客テーブルがあって、そこでスタッフの方と会話できるなど、非常にわくわくする購買体験がつくられていましたね。
ここの4社のみなさんには、そうした“世界観”の裏付けがなされている。そして、それを上手にお客様に伝えられているのかなと感じています」
消費されないブランドになるには、「ベネフィット」「世界観」「背景」の設計が重要
D2Cに世界観や物語の訴求は欠かせない。一方で、深山氏はそれらが「消費されていく早さ」に疑問を投げかける。
深山氏「D2Cブランドが増えていく中で、ブランドの持つ“物語”の消費速度がどんどん速くなっている印象を受けています。このトレンドを見ていると、D2Cブランドのライフサイクルは、すごく短く終わってしまうのではないか——という危機感もある。それを長くするための装置の一つが、実店舗だと思うのですが、みなさんはどう考えてらっしゃいますか?」
緒方氏「深山さんのおっしゃることは、真理だと思いますね。モノに付随してストーリーを伝えるだけでは、サイクルは変化しづらい。実店舗などを使い、さらに“強い体験”を絡めていく必要があると考えています。先程申し上げた感動の幅を広く活用していくことが大事です。」
小林氏は「届けるモノのレベルを上げていくこと」も重要だと述べる。
小林氏「ストーリー・ドリブンで共感してもらえても、モノが良くなければ、LTVは上がりません。使っているときにベネフィットを感じるかが、継続するか否かの大きな要因ともなる。ストーリーで最初の売上をつくるだけでなく、モノへの投資もしっかりとおこない、品質も追及することが、継続的に愛してもらうためにも大切ではないでしょうか」
緒方氏「ブランドを支える要素には、『ベネフィット』『世界観』『背景』の三つがあります。中川政七商店で言えば、ベネフィットが工芸技術による商品の使い勝手などの強い便益、世界観が見せ方を工夫して入りしやすくした店舗づくりなど、背景が工芸会社としての歴史やビジョンなどです。事業のフェーズによってアプローチすべき部分が変わりますが、その順番を間違えないこと、バランスを欠かないことは重要だと考えています」
D2Cの盛り上がりが、世の中に素敵なブランドを増やす
D2Cによる顧客との新たな関係づくりの可能性と、そこに至るアプローチのヒントが示された今回のセッション。その終わりに、舟本氏から5名の登壇者に、各々が今後D2Cの領域でどのような事業展開を考えているかが問いかけられた。
深山氏からは、セッションの内容を踏まえ、改めてリアルとデジタルの融合に向き合う旨が語られた。
深山氏「リアルでの体験にさらに注力をしつつも、それによるリターンやオンラインとの関係をどう計測するかを見いだすことに力をいれたいですね。これをつくることができれば、D2Cへの参入も増え、OMOがより一般化していくのではないかと考えています」
緒方氏、森氏、小林氏はいずれも原点である「ビジョン」や「ものづくり」「顧客」と向き合いながら事業を日々、推し進めていく意思が述べられた。
緒方氏「私たちは、『日本の工芸を元気にする!』をビジョンに掲げています。日本が培ってきた文化や風習の意味を啓蒙しながら、ビジネスを大きくして、ものづくり従事者が真っ当な対価を得て、リスペクトを受ける業界づくりを目指している。D2Cも、その手段の一つ。」
森氏「これまでも、自分が『素敵だ』と思えるブランドを作ってきましたし、今後もそこを追求していきたいですね。各分野で同じように考える人たちが増えていければ、楽しくて素敵な体験が世の中にあふれていくのではないでしょうか」
小林氏「お客様を起点に、何を提供できるかをシンプルに考え続けていきたいですね。お客様によっても、こちらにお任せでいいという方もいれば、自分で徹底してこだわりたい方もいる。私たちが提供する製品の価値がどこにあるのか、お客様にどう感じていただきたいかを、きちんと見定めていければと思います」
最後はD2Cのプレイヤーを支援していく立場となる青野氏が、改めてこのマーケットを盛り上げていきたいと意気込みを語った。
青野氏「D2Cを通じて、いろんな世界観や、パーソナライズされた体験の選択肢が増えていけば、世の中がもっと豊かになると思うんです。そうした応援の気持ちを持って、各事業者の方と一緒にD2Cを盛り上げていきたいですね」
デジタルとリアルの融合が進めば、より顧客にフィットした製品を生み出せる可能性も、その魅力を届けるためのチャンスも、さらに広がっていくだろう。同時に、今回改めて示されたのは、届けようとする体験が「人の気持ちや感情を動かせるものかどうか」の重要性だ。
事業のなかで解く課題の向こうには、一人ひとりが「自分にとって“意味”がある」と実感できる体験、実現することで得られる生活者の“感動”がある。そうなってこそ、手段としてのD2Cが機能し、社会は豊かに生まれ変わっていくのではないだろか。
執筆/佐々木将史 編集/小山和之 写真/ICCパートナーズ提供