XDを運営するプレイドが、J-WAVE(81.3FM)の『TOKYO MORNING RADIO』内で放送※していた「KARTE CX VOX」。プロダクトやコンテンツ、イベントなどの誕生ストーリーや仕掛け人の思いを紐解き、「顧客体験(CX)」の意義をともに考える番組だ。
2021年5月10日から13日の放送では、2018年に東京・参宮橋にオープンした、他人が書いた記録を読める「手帳類図書室」のCXを紹介した。手帳類図書室は、ゲームプログラマーの志良堂正史氏が収集した手帳や日記、ネタ帳などを読むことができる場所だ。知らない誰かが書いた記録をのぞいてみたい気持ちは、誰しもあるのではないだろうか。
放送では、手帳類収集家の志良堂正史氏、アートギャラリー「Picaresque(ピカレスク)」のオーナーである松岡詩美氏に、手帳を収集したきっかけやSNSと手帳の違いなどを語ってもらった。
本記事では、放送内容をまとめ紹介していく。
仕事と趣味の狭間で生まれた、手で書かれた記録の収集
――最初に、手帳類図書室のコンセプトについて教えてください。
志良堂氏:誰にも見られなかった記録を共有するための場所です。制限なく自由に記録と向き合えるようにするためには、時間や書き手から離れることが重要です。たとえば、目の前に書き手である本人がいると、その記録を読んで話したり、考えたりする行為に、どうしても書き手との関係が生じてしまいます。それは、良くも悪くも自由ではありません。
日記帳や自由帳などさまざまな「帳」がありますが、個人的な手帳の定義は「手で書かれた記録」です。「なぜここに、この字で、この内容を書いたのか」を想像する。あるいは、意味不明なところを「よくわからないけど、これはこういう点で良い」と読み手側が解釈して捉えるところが、読書体験の面白さだと思っています。
――志良堂さんが手帳を集めるようになったきっかけは何かあったのでしょうか?
志良堂氏:普段はゲームのプログラミングなどを仕事としてやっているのですが、個人でもゲームや作品を作りたいと常に考えていました。しかし、なかなか仕事と個人制作が両立せず、ちょっとストレスを感じていたんです。そのときに、収集だったら仕事と並行しながらできるのではないかと思って。完成された作品よりも、途中経過のものが読みたい。そこで、原稿や日記、メモ帳、アイデア帳などを思いつき、集めたいと考えました。
今の形に落ち着いたのは2018年。2014年の秋にも、他人の記録を20冊ぐらいを集めて、「他人の記録が読めます」「あなたの手帳も売ってください」と個展をやりました。そういったところから少しずつ人々の反応を見て、より良いやり方を模索していきましたね。
手書きから得られるダイレクトな情報が体験の魅力に
――手帳類図書室では、知らない誰かが書いた記録の内容だけでなく、手帳そのものが持つ書き手の体験も伝わってきそうですね。
志良堂氏:はい。まず手帳そのものが持つ物質感がありますね。たとえば、重たい手帳や軽い手帳、朽ち果てた手帳など。手帳類図書室では、さまざまな手帳を手に取る段階から体験が始まります。また、手書きの字は活字やWeb上のテキストと情報量が違うんです。書き手の癖が反映されていて、同じ書き手でも気分によって読みやすいときと読みにくいときがある。今の書き手の状態がそのまま筆跡になったり、書いているうちに文具の書き心地が気持ちよくなって、つい長く書いていたりと、さまざまな情報がダイレクトに入ってきます。
PCで入力するテキストはすぐに取り消したり、コピーして貼ったりすることができますが、手帳は気軽にできない。それが、さまざまな作用を起こしているかなと思います。
――さまざまな情報から書き手の体験まで味わうことができるんですね。そんな手帳類図書室を利用しているのは、どのような方が多いのでしょうか。
松岡氏:20代から40代の幅広い男女がお一人でいらっしゃる印象です。手帳類図書室を始めてみて意外だったのは、10~20代の若い男女が一緒に来て、黙々と読んだり、一つの手帳を二人で読んでコメントし合ったりする姿でした。20代の方は人生を疑似体験するように、エンタメとして読んでいる印象です。30~40代の方は、人生のヒントを探しに来ている。年上の方は、自分に近い年齢の手帳をじっくりと読まれることが多いです。
手帳類図書室には約400冊ほどの手帳があり、それぞれに内容を紹介するカードがあります。はがきサイズのカードが束になっていて、それを読みながら手帳を選びます。たとえば、「女性・Aさん・20代・学生」と書いており、手帳の写真と志良堂さんのコメントが載っている。その冊子を読むだけで1時間使う方もいるぐらい、面白い内容です。
手帳を読むことは、根源的な他者理解につながる
――デジタルメディアと手帳は、どのように体験が異なると考えていますか?
志良堂氏:手帳の良いところは、SNSのような攻撃性を持たないところです。昨今のSNSでは、意見の近い人に対して完全に同意したり、あるいは意見が対立して攻撃したい気持ちを抱いたりすることも少なくありません。しかし、見知らぬ人が書いた記録を読んだときに自分と異なる意見が書いてあっても、そもそも攻撃するやり場が存在しないので、あまり攻撃的な気持ちは起こりません。だから「こんなことを考えてる人がいるんだ」「なかなか大変そうだな」という捉え方になります。それが手帳の良いところだと思います。
手帳は、読んだ体験を自分の中に取り込みやすいものです。手帳を読む前は、自分との相違点がわからない。性別や年代の違いは知ることができますが、実際に読んでみないとわかりません。手帳を読むのは、知らない人にいきなり出会う体験に近いかもしれないですね。
――記録を読むことは、その体験を自分にインストールするようなものですね。手帳類図書室がアートギャラリーのPicaresqueにあることは、どのような意味があるのでしょうか。
松岡氏:アートギャラリー全体のコンセプトにもつながりますが、多様性のある空間にしたいと考えています。一般的に、アートギャラリーで個展が行われると、一人のアーティストによる作品や思想で空間全体が覆われ、表現の場になります。しかし、Picaresqueでは初期の頃から、さまざまなアイデアや表現が詰まった空間にしたいと考えていました。
手帳類図書室のプロジェクトも、アートやドキュメンタリーにおける一つの作品です。アート作品を見て新しい価値観を取り入れることは、根源的な他者理解につながります。手帳類図書室があることで、より空間の多様性やお店としての深みが出てほしいと思っています。
手帳類図書室に影響を受けた人の手帳を収集したい
――手帳類図書室の今後について、志良堂さんから教えてください。
志良堂氏:手帳を読んだ人がどう影響を受けたのか、その体験をコレクションしたいと思っています。手帳を読んだときの感覚を他の人に伝えるのは難しい。映画であれば、一緒に同じ映画を見たり、何回も同じ映画を見たりすることができます。しかし、手帳は個人の記録を簡単に複製・共有できないうえに、どの記録のどこを見たのか共有できません。体験が体の中に吸収されていく要素はあるので、それらを深める場があるといいなと考えていますね。オンラインでは難しい点もありますが、今のうちに施策を考えていきたいです。
また、これまで日記やスケジュール帳を書いてこなかった人が、手帳を読んだことをきっかけに書いてみたいと思うことがあるようです。書き終わったときに寄贈してくれるかもしれない。そうなったときに、その人の記録はどのようなものか、興味がありますね。
――手帳を読んだ人が、さらにどう変化するのか気になりますね。手帳類図書室の体験を今後、どのように展開するのでしょうか。松岡さんのご意見を聞かせてください。
松岡氏:以前、手帳類図書室に来た方が、翌日の夜に志良堂さん主催の「Clubhouse」(音声SNS)に参加されていて、すごく衝撃的でした。これまで志良堂さん主催で手帳を読む会をオフラインで開催していましたが、コロナ禍で中止していました。オンラインでつながるハブとなる存在として、図書室が今後機能したら非常に良いのではないかと思います。
今は、手帳類図書室に来る方やコレクター、関係者が点で存在しています。その方々をオンラインで出会えるようにし、手帳類図書室に訪れた人に対して「次はここに来てください」と紹介する案内板になれたら、面白いのではないでしょうか。手帳を読みに来た方の中には、コレクターと話したい方もすごく多いはず。だから、もしつながりを必要とする方がいれば、スムーズに誘導できるような動き方をしていけたら良いなと思っています。
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