24兆円という巨大な規模を誇りながら、長い間イノベーションが起こらず、閉塞感に陥っている業界がある。外食産業だ。
デジタル技術との親和性が低い外食産業では、多くの店舗でいまだにFAXやシフト表といった紙ベースでのやりとりが行われており、テクノロジーを活用している例は多くない。その結果、収益性は低下し、「稼げない仕事」の代名詞となってしまった。
そんな外食産業をデジタルテクノロジーで変えるべく立ち上がったのが、株式会社トレタの中村仁氏だ。飲食店の予約管理・顧客管理システム「トレタ」を手がける彼は、テクノロジーを活用し、顧客体験を新たに開発することで、外食産業に「第二の革命」を起こそうとしている。
いったい、中村氏が見つめる外食産業の未来とは? 2018年9月4日に開催された「CX DIVE」のセッションの様子をレポートしよう。
『POSレジ』という発明が変えた外食産業
今を遡ること50年以上前、1970年代に外食産業はイノベーションの波が巻き起こっていた。80年代半ばまでの15年間で、市場規模は7兆円から21兆円へと3倍に拡大。
この時期に登場したマクドナルド、ケンタッキーフライドチキン、吉野家、ミスタードナッツ、すかいらーくといった企業は、いまだに大企業として君臨している。そして、このイノベーションを支えたのが、ある発明だった。
中村「70年に『POSレジ』が開発されました。これにより、小売だけでなく外食産業でも大規模な店舗経営が可能になります。どの商品がどれくらい売れたかが分かるようになり、飲食店はデータに基づきながら商品の管理ができるようになりました」
商品管理に優れたPOSシステムによって生み出されたのが、業態開発という発想だ。商品、価格、店舗設計など、どのような業態を提供するべきか、各店舗は心血を注いできた。
中村「しかし、POSシステムが変化をもたらして以来、外食産業は全く進化していません。そして、80年代半ば以降、外食産業は『失われた30年』に入っていきます」
POSシステムが生み出した業態開発も、コモディティ化を逃れるために目新しさばかりを求める「差別化」の歴史を意味した。差別化は、細分化へ。次第に、外食産業は袋小路へと陥った。
客単価ではなく、ライフタイムバリューこそが重要な時代
閉塞感を打破するのは、「顧客体験」への大胆な視点の切り替えーーそう中村氏は語る。彼が提案するのは「顧客体験革命」の必要性だ。
顧客体験にフォーカスすることによって、POSレジが生み出した「商品の時代」から、顧客体験が生み出す「関係性の時代」に適応できる飲食店へと変化する。
中村「これまで多くの飲食店は、グルメ媒体を活用し新規客を呼び込み、客単価や目先の売上を向上させることが最大の関心事でした。しかし、『関係性の時代』を迎えると、そんな店舗を主役とした目線が、顧客を主役とした目線に変わる。
新規性のある商品ではなく、顧客との共感をつくることが求められ、そのための世界観や価値観、物語が必要となります。また、接客もその場限りで終わる『点』としての接客ではなく、リピートを意識した時間軸のある永続的な関係をつくるための接客へと変化する。客単価ではなく、ライフタイムバリューこそが重要になっていくんです」
「商品の時代」において「店舗」「料理」「店員」というトライアングルが生み出してきた飲食店の価値は、「関係性の時代」において「食」「場」「つながり」へと置き換えられる。そんな新たな飲食店の動きとして、中村氏が挙げるのが2つの事例だ。
中村「12年から行われている数日限りの野外レストラン『ダイニングアウト』をご存知でしょうか? ここでは、一流シェフが地域の特産品や歴史文化を反映させたオリジナル料理を考案し、提供しています。普通、飲食は店の場所を決めたらそこで長く営業をするものですよね。
しかし、彼らは『店舗』という発想から『場』という発想に転換し、期間限定のレストランという常識を覆す取り組みを可能にしました。さらに、その世界観を表現するために音楽や環境といったサービスにもこだわることで、宿泊費を含めた参加費は10〜15万円と高額であるにも関わらず、募集した途端に即売り切れになってしまうほどの人気を誇っているんです」
また、IT企業に勤務する30代の若い人々が生み出した「polca Cafeteria」の取り組みも興味深い。「夢に向かって頑張っている人を応援する”0円”食堂」として開催されるこの食堂が重視しているのは、食が生み出す「つながり」だ。
中村「彼らは食の価値を、コミュニティを生み出すもの、関係性をつくるものと考えている。まさに、『関係性の時代』の好例ですよね。そして、ずっと飲食をやってきた上の年代よりも、若い年代、異業種の方は食に対しての発想が柔軟。そこから『Uber Eats』『シェフ派遣サービス』『スペースマーケット』など、飲食の常識を破るサービスが次々と生み出されているんです」
「関係性の時代」では常連客の育成が必要
では、異業種がもたらす新たな波が押し寄せつつある外食産業において、『関係性の時代』を意識しながら、既存の店舗はどのように顧客との関係性をつくっていけばいいのか?
「コミュニティビジネスに近づきつつある外食産業は、一過性ではない顧客との関係を考えなければいけない」と語る中村氏が提案するのが、一見客ではなく、より常連を重視した施策へのシフトチェンジだ。
中村氏は、13年のローンチから約2億3,000万人の予約を獲得してきたトレタの実データや一般の飲食店ユーザーに対するアンケートの結果を提示しつつ分析を行った。
「繁盛店」を作り上げるためには、リピート客の獲得が定石だが、「関係性の時代」を迎え、リピート客以上にロイヤリティの高い「常連客」の価値はますます高まる。しかし、トレタのデータを見ると、来店客のうち、2年後に残存する常連客はわずか0.2%。1000人の新規客が来店しても、2名しか常連客として残らないという実態が分析の結果、明らかになった。
中村「この原因としては、店舗とユーザーとのすれ違いが考えられます。アンケート結果を見ると、6回以上通っている店舗があるユーザーは7割を越えているにも関わらず、『最も通っている飲食店で常連扱いされた』と感じている客は47%しかいない。
このギャップを埋めることによって、リピート率が上がり、常連客が育成されていきます。また、特に重要なのが、次回来店率が、1回目の来店だと10.6%に対して、2回目の来店では32.3%、3回目の来店では48.1%と、曲線を描いて増えていくこと。常連客を育成するためには、特に、来店初期にあたる2〜3回目のリピート客をしっかりとケアしていくことが大切なんです」
関係性を求めるユーザーのニーズに応える
では、ユーザーたちは、どのようなケアを求めているのだろうか? 中村氏は、「リピート客に対する『ドリンク1杯サービス』といった安易な施策を選択してはならない」と警鐘を鳴らす。データから見えてくるのは、商品の価格ではなく、関係性を求めるユーザーのニーズだった。
中村「アンケートによれば、『店員と親しく話ができること』『料理や飲み物など過去の来店を覚えてくれている』などの体験をすることで、『常連扱いされた』と感じる人がとても多い。
常連客に育っていくにあたり、最も大切なのは、そのお店が『自分を認めてもらえる場所』であると感じられることです。そして、店の世界観に共鳴することで、ユーザーは価値観の近い友人・知人を連れてきて、彼らが新たな常連予備軍となる。そんな『リファラル集客』の効果によって、繁盛店が生まれていくんです」
トレタでは、POSデータと顧客情報を紐づけながら、来店回数だけでなく、前回来店時に何を注文し、いくら使ったのか。その他にも、好きなものや喫煙か禁煙かまで細かい情報が入力することが可能になっている。
中村「トレタを活用することで、お客様との自然な対話が生まれていき、お客様と店舗との物語が紡がれていきます。常連客との関係性は、お金によってではなく、価値観と価値観がすり合わせられることで生まれる絆から作られていくもの。そのためにも、商品ではなく顧客体験からの発想が欠かせないんです」
外食産業に、POSレジ以来半世紀ぶりの革命をもたらしつつある「顧客体験」という視点。「関係性」に着目し、アップデートされた外食産業からは、これまでにない価値が顧客へと提供されていくことだろう。