ポケモンGOが日本でリリースされた2016年の7月の終わり、日本最大規模の野外フェスティバルに参加した。ステージまで続く砂利道にポケモンがいる光景に感動し、すぐさまTwitterで共有したことを覚えている。
あれは間違いなく、新しい「体験」だった。新たな体験を発明したチームは、何を考えてポケモンGOを開発したのだろうか。2018年9月4日に開催された、ビジネスにおいて注目を集めるカスタマーエクスペリエンス(CX)の今を知り、これからを考えるきっかけをつくるイベント『CX DIVE』で、そのストーリーに触れられた。
同イベントで、「外に出て、繋がる。拡張された現実世界がもたらす価値」と題された講演を行ったのが、Niantic, Inc.でポケモンGO グローバルマーケティングリードを務める須賀 健人氏だ。
セッションでは、Nianticがこれまで取り組んできた、プロダクトを軸にし、イベント等を含めたサービス全体の体験作りが語られた。
ゲームを通じて、人々を家の外に出す
ポケモンGOやIngressといったモバイルゲームを展開するNianticは『adventure on foot with others -ともに歩いて冒険する-』という言葉を社是に掲げている。
同社CEOのジョン・ハンケはこの言葉に関し、「自分の周りに何があるのかをもっとよく知る。自分の足で歩いて、自分の目で発見する。自分の身の回りを幸せにする。それが世界中で起これば、世界は良くなる」と、語っている。
須賀「私たちは、ゲームをつくりたいわけではありません。人々を家から外に出す。外に出て、新しいモノや人を知るきっかけを提供する。そのためにゲームをつくっているのです」
同社の歴史は『FIELD trip』というアプリの開発からスタートする。ユーザーの位置情報を取得し、周辺の観光情報をプッシュ通知で教えてくれるサービスだ。その次に開発されたのが、スマートフォン向けの拡張現実技術を利用したオンラインゲーム『Ingress』。位置情報を活用し、緑と青の勢力に分かれて陣取り合戦をするゲームで、フィールドは地球上すべてだ。
須賀「Ingressでは、大きな手応えを得ることができました。Ingressを通じて結婚したカップルが生まれ、車椅子の方が積極的に外に出るようになり、ヘリコプターで移動しながらプレイする人や、飛行機をチャーターして南極まで行く人まで現れた。Ingressはユーザーの新しい出会いや、アクティブな野外活動を促したのです」
ポケモンGOの魅力は、コンテンツの強さと、共有性×共通性
NianticがIngressで生み出したユーザーの熱量は、ポケモンGOが生まれたことでさらに拡大した。須賀氏はポケモンGOの世界的流行を、3つ視点で考察する。1つ目は、ポケモン自体のコンテンツ力だ。
須賀「ご存じの通り、ポケモンは、アニメ・ゲームとも、世界中で愛されています。だからこそ、多くの人を巻き込む引力がありました」
このコンテンツ力をより増幅させたのが、残り2つの要素、“共有性”と“共通性”だ。
須賀「スマートフォンを通じて見えるポケモンの姿は、簡単にSNSを通して共有できます。つまり共有性がある。加えて、自分が目の前に見えているポケモンは、周りにいる他のユーザーにも同じように見えています。つまり、すべてのユーザーが同じ情報を見ているという共通性がある。ポケモン自体のコンテンツ力、共有性、共通性の3つが掛け合わ去ってことで、世界的に広まる結果に繋がったのです」
ゲームは“ついで”。現実世界での新しい出会いを創出する
共有性、共通性によってゲーム自体の体験を変え、Nianticは成長を遂げた。だが、同社が描く理想の顧客体験は単にゲームだけにはとどまらない。その1つがゲームを通じたリアルイベントの開催だ。
ゲームに関連したイベントではあるが、このイベントはゲームをやるためだけのものではないと、須賀氏は語る。
須賀「リアルイベントの開催は、イベントをやった場所を知ってもらい、楽しんでもらうことが一番の目的です。極端な話、ゲームは“ついで”に楽しんでもらう位でもまったく構わないと思っています」
日本におけるポケモンGOの最初のリアルイベントは、2016年に開催されている。東日本大震災で甚大な被害を被った東北の沿岸地域に、希少価値の高いポケモンを出現させたのだ。宮城県石巻市には、11日間で10万人が訪れ、経済効果は20億円と推測されている。
続いて行われた鳥取砂丘でのイベントは、3日間で8万9千人もの人が集まり、経済効果は18億円と推測。CX DIVEの直前に行われた横須賀でのイベントにも、5日間で20万人が集ったという。
須賀「知っている場所、聞いたことがある場所。そこへ実際に行くというアクションを、リアルイベントを通じて促したい。リアルイベントをやることで、多くの人にその土地を体験してもらえることは大きな価値です」
リアルイベントが生み出す、探検・運動・つながり
須賀氏は、こうしたイベントを通し、3つの体験を提供しようとしている。
Exploration(探検)
Exercise(運動)
Real-World Social(現実世界での人とのつながり)
以上の3つだ。
須賀「まずは、新しい場所を探検し、新しいものに出会う。次に、ゲームによって楽しみながら歩行距離を伸ばす。そして、同じ趣味があったり、同じ空間を共有する人と仲良くなる。この3つの体験の提供を、イベントの目的に据えています」
リアルイベントは、単なるプロモーションやユーザーとの接点ではない。Nianticは、ゲーム体験の流れの中に、リアルイベントを据えている。それはリアルイベントが、同社が目指す「人々を家の外に出す」というビジョンを実現する上で有用なアプローチだからだろう。
加えて、ゲームを通じた体験は、ゲームをプレイしていない人々にも広げている。横須賀のイベントでは、ゲームのユーザー同士のコミュケーションだけでなく、地域の人々との出会いを促進するために、横須賀市と共同でイベントを開催。商店街にも協力をあおぎ、対象の店舗で買い物をすると、特製のステッカーをプレセントするキャンペーンを実施したという。
須賀「商店街の皆さんが、ピカチュウのサンバイザーをつけて、店前でコラボレーションをアピールしてくれました。お店の人はゲームをしないかもしれませんが、イベントに参加してくれている。ゲームの価値が画面の中から飛び出してユーザー以外の人々に伝わり、現実世界に魅力を付加することができたのです」
2つの判断軸が支える、Nianticの体験
ゲームを起点に、リアルイベントも展開し、ユーザー以外も巻き込んでいく。
その先にはゲームの成功ではなく、人々がよりアクティブになる未来を描く。
Nianticが選ぶ手段、提供する体験はすべてビジョンの実現へとつながっている。須賀氏はこのビジョンを体現するアプローチを考える上で、2つ大事にしているキーワードがあるという。
須賀「1つめはBorderless。つまり、境界をもたないことです。ポケモンGOもIngressも、国境を越えて世界中で楽しめる。ゲームのために海外に行くユーザーもいれば、ユーザー同士の助け合いも生まれます。
加えて、ユーザーと開発者との境界もありません。たとえば、ゲームの中でハブとなる『ポータル』や『ポケストップ』は、ユーザーから情報を教えてもらい運営が設定をしています。なので、ユーザーからの情報がなければ、ゲームは発展しない。ユーザー同士はもちろん、運営も含めて境界を作らないコミュニケーションができているか、常に意識しています」
他のセッションでも登場した、「Borderless」というキーワードはここでも登場した。これまで存在していた垣根を越えていく動きは、サービス提供にも求められているのだろう。
須賀「もう1つはEvergreen。いつまでも終わらない、というニュアンスの言葉です。私たちはポケモンGOやIngressを、単なるゲームではなくライフスタイルにおける趣味のひとつにしていきたいと考えています。
たとえば、スポーツを趣味にしている人は、毎日スポーツをしていなくても、スポーツを通じて、人々と交わり、人生を楽しんでいる。私たちのゲームも、継続してユーザーと関係を築いていける役割になれることを目指しています」
須賀氏は、Evergreenを体現する話として、一人のIngressユーザー(エージェント)の言葉を紹介した。
「私は、最近Ingressをやっていません。でも、エージェントです。だって、Ingress仲間がいるから」
目指すビジョンに対し、2つの判断軸を持ってサービスとユーザーの体験を作り続けているNiantic。彼らのゲームが評価されるのは、ゲーム自体のコンテンツ力だけではない。提供すべきと考える体験が単にゲームを楽しむことではなく、その先の幸せにあるからだろう。
さまざまな機能を実装し、施策を実行してもぶれない体験をユーザーに提供し続けられるのは、ビジョンから落とし込んだ明確な判断軸があるからに他ならない。