人口減少が進む日本では、タクシーが人々の生活を支えるインフラとなり、人だけでなく荷物も載せ、町の安全を見守る新しい顧客体験がデザインされる――。
Zendeskが2018年10月11日、永田町GRIDにて『Customer Experience Tokyo 2018~カスタマーサービスの「今」と「未来」~』を開催した。同イベント内は、Zendeskを利用する企業や、Zendeskの開発部門責任者が顧客の期待に応える体験の提供について語られた。
基調講演に登壇したのは、JapanTaxi代表取締役社長の川鍋一朗氏だ。川鍋氏は日本交通の代表取締役会長を務めながら、タクシー配車アプリ「JapanTaxi」の開発のため新会社を設立。同社は、トヨタ自動車やNTTドコモ、カカオモビリティなどから累計129億円を資金調達した。
ITの力でタクシーの乗車体験を変えていこうとしている同社ではどのように顧客体験を設計しているのだろうか。セッションでは、アプリによる顧客体験だけでなく、将来的なモビリティーの可能性と、広がる顧客体験の未来が語られた。
決済のオンライン化で、スムーズな降車をデザイン
JapanTaxiにはアプリを開発するソフトウェアエンジニアだけでなく、車載タブレットなどを開発するハードウェアエンジニアも在籍しており、全社員の6割がエンジニア職という。同社はテクノロジーを活用してタクシーの体験をアップデートすることを目指す会社ではあるが、伝統的な業界の中でエンジニアが半数以上占めているのは珍しい。
川鍋「テクノロジーは全産業に革新をもたらしていますが、タクシー業界も例に漏れません。配車・乗車・決済と、タクシーの顧客体験を3つに大きく分けた時、乗車については、接客態度や、乗り心地のいい運転技術など、ドライバーのアナログな能力への依存が大きいですが、配車と決済については、テクノロジーによる革新が次々と起きています」
タクシーの顧客体験の進化において、「最も顧客の満足度が高まるのは決済だ」と川鍋氏は語る。人々はスムーズな決済を求めているからだ。
川鍋「基本的に、人がタクシーに乗りたいときは急いでいるんですよね。降りるときに現金を出してお釣りをもらうとか、クレジットカードでの支払いでまごつくのはスマートではない。JapanTaxiのアプリにあらかじめクレジットカードを登録しておけば、決済のやり取りをドライバーとする必要はありません。アプリ上で決済され、領収書はメールで届きます。決済はタクシーの顧客体験において、もっとも重要な部分といえます」
川鍋氏の前職は、日本交通の代表取締役社長。日本で初めてタクシー事業をはじめた祖父から続く家業を継いだ(現在も日本交通の会長職を兼任している)。日本交通時代に取り組んだ決済の革新が、2007年のSuica導入だ。アプリでの決済は二手目となる。
三手目として着手したのが、「JapanTaxi Wallet」というサービスだ。車両の後部座席に搭載されたタブレットに表示されているQRコードを使って読み込むと、移動中に支払いを済ますことができる。タクシーの乗車中は暇にしている人も多い。その間に、決済を終えることができて、メールで領収書が送られてくる。JapanTaxiのアプリからタクシーを配車したとき以外にも、車内に設置されているタブレット端末から決済が可能となったのだ。
川鍋氏は「タクシー業界全体にこのサービスを浸透させたい」と考えている。都内にある日本交通のタクシー4527台には、既にタブレット端末を導入済みとなっている。2018年10月には帝都自動車交通と提携し、その台数は5584台へと増加した。
東京ハイヤー・タクシー協会が2017年に公開している資料によると、都内のタクシー台数は約5万台のため、約10%の車両にタブレット端末が導入されたことになる。
タクシーから得られるデータで新たなビジネスを
もう一つ、タクシーの顧客体験を進化させているのが「配車」だ。
過去、全て電話で行われてきた配車サービスは、今ではスマートフォンから得られる位置情報をもとに、タクシーと顧客をいち早くマッチングすることができる。手数料がかかるにも関わらず、現在アプリ経由でのオーダーが配車の75%を占めるようになったという。川鍋氏がアプリからの配車サービスを着想したのは、ピザのデリバリーからだった。
川鍋「ある日、後輩がドミノピザのアプリを教えてくれたんです。アプリの地図上にピンを落とすと、その場所にピザをデリバリーする。このアプリなら代々木公園でお花見をしていても、自分たちのお花見スペースにピンポイントで届けもらうことが可能です。
『あぁ、なるほど。スマートフォンの価値はここにあるのか』と目からウロコでした。位置情報を取得して共有する仕組みは、タクシー業界にも画期的です。祖父が日本初のタクシーを初めて106年。タクシーと顧客のマッチングは、ドライバーのスキルにお任せでした。スキルのある人は戦略を立て、ニーズのある場所に移動し、どんどん売り上げが上がる。
ただ、ぼーっとしているだけの人は顧客を捕まえられないわけです。しかし、今はデータを用いた統計学的なアプローチで、スキル問わず効率的なマッチングが可能となりました」
さらに、川鍋氏はタクシーにおけるビッグデータ活用の事例として、ドライブレコーダーの録画データが新たなビジネスモデルを生む可能性を語った。
川鍋「タクシーのドライブレコーダーには、街の風景が24時間365日記録されています。都内に限れば、主要道路をほぼ全てカバーできるでしょう。リアルタイムなGoogleストリートビューのようなものです。このデータを活用できないだろうかと考えています。たとえば、自動運転に向けたディープラーニング用データやガソリンスタンドの看板を解析したガソリンの価格調査、駐車場の空き情報などが挙げられます」
他サービスと連携し、「コラボレイティブモビリティ」を目指す
JapanTaxiは、他サービスと連携も積極的に進めている。国内ではUber以外で初めてとなる配車アプリのGoogle Map連携は、訪日観光客向けの機能だ。逆に、日本のユーザーが韓国に行ってもアプリで配車ができるように、「カカオタクシー」との連携も始める。
また、今後起こるタクシーの顧客体験の変革として、相乗りが挙げられるとした。
川鍋「相乗りは一人より割安な運賃なので、これまで利用を控えていた方も乗ることができるようになりますし、事業者にとっては効率的な運送が可能となるでしょう。
現状の法制度では、相乗りはバスの領域とされており、タクシーではできません。しかし、2019年1月~3月に国土交通省が行う相乗りタクシーの実証実験に日本交通グループも参加します。こうした動きも活発となってきているため、そう遠くない未来には法改正され、相乗りタクシーが実現する可能性は高いと見ています」
川鍋氏は、相乗りやテクノロジーの進化を通したタクシーの未来として、シェアリングモビリティを超えたコラボレイティブモビリティが広まった社会を描いている。
コラボレイティブモビリティとは、タクシーが移動する手段として存在するだけでなく、コンビニのように簡単な日常品が購入できたり、車内に搭載されたカメラを通して子どもや高齢者の見守りをするなど、さまざまな機能が搭載されている状態のことを指すという。
川鍋「コラボレイティブモビリティでは、自動運転によりドライバーは乗っていませんが、困ったことがあったら相談できるコンシェルジュのような人がいて、お年寄りの乗降をサポートしたりする光景も見られるでしょう。日本では地方を中心に人口減少が進んでいます。そんな状況だからこそ、世界に先んじてコラボレイティブモビリティを日本から始めるべきではないでしょうか。みんなでコラボしていったらいいと思うのです」
川鍋氏は最後に「『移動で人を幸せに』を大切にしたい」と、セッションを終えた。タクシーの可能性は、行きたいところへ合理的に移動できるだけではない。移動を軸に町やコミュニティと密接に関わり、私たちに思わぬ顧客体験をもたらしてくれるかも知れない。
写真提供:Zendesk