現実世界とは別のVR世界が存在し、人々は2つの世界で、別々のアイデンティティを持ちながら生活する。映画『レディ・プレイヤー1』で描かれたような世界は、わずか数年後に実現し、顧客体験は劇的に変化するかもしれない——。
2018年10月19日、ヒューリックホール東京にて開催された「Yappli Summit 2018」の基調講演ではそんな話題が飛び出した。プログラミング不要でアプリ開発を実現するYappliを提供する株式会社ヤプリによるモバイルテクノロジーの今を知るイベントだ。
「進化するモバイルテクノロジーが変える私たちの生活とは」と題された基調講演では、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)などのXR(xReality、VRやARなどの総称)のトッププレイヤーが登壇した。
このセッションのモデレーターは、IngressやPokemonGOを開発するNianticでアジアパシフィック プロダクトマーケティング シニアディレクターに就任したばかりの足立光氏が務め、開発ユニットAR三兄弟の長男として活動する開発者の川田十夢氏、20年以上にわたりVRの活用に携わり、電通VR事業を推進する社内タスクフォース 電通VRプラス のコアメンバーを務める足立光氏を招いた3名によるセッションが行われた。
※ Nianticの足立光氏と、電通の足立光氏は同姓同名。
技術的な面がフォーカスされがちなXRだが、多様なデバイスやスマートフォンの普及により、人々の生活に寄り添うものも生まれてきた。XRの最前線を知る3人のセッションから、新しい顧客体験を読み解く。
面白いものではなく、役に立つものをつくる
セッションの冒頭では、「商業的に成功したXRの事例はまだ日本で生まれていないのではないか?」という疑問が足立(Niantic)氏から投げかけられた。
それを受けて足立(電通)氏は、2013年に行ったカタログ通販のニッセンの事例を紹介した。ARにより、商品を着たモデルを3Dでさまざまな方向から見たり、誌面には掲載されていない商品情報やバーゲン情報、クチコミなどが閲覧することができるというものだ。
足立(電通)「この企画は、さまざまなメディアに取り上げられはしたものの、一度きりのキャンペーンで終わってしまったんです。XRで面白いものがつくれたとしても、便利でなければ必要とされない。テクノロジーを使って何をするかを考えるのではなく、やるべきことから逆算し、その手法としてテクノロジーを使うようにしないといけないという教訓を得ました」
川田氏は2008年にリリースされ、2014年にサービスを終了したARアプリ「セカイカメラ」を例に挙げ、必要とされるXRの要素について語った。同アプリは、写真やメッセージをARで場所に紐付けて投稿できるサービスだ。
川田「当時のセカイカメラは、誰でも簡単に知れる情報や、ほかの人には関係ないメッセージが表示されており、あまり人々の役に立つサービスになりきれなかった部分もありました。ARの成功事例を作るなら、顧客のニーズを満たす情報を提供する必要がある。スーパーの特売品情報が見れるとか、料理研究家とコラボして専門家と一緒にスーパーを歩いている感覚になれるとかが実用面でのイメージはわきやすいと思います」
人々が本当に必要とする情報が表示されるようになれば、XRの顧客体験は次の段階に進めるのではないだろうか。その成功例として挙げられたのがNianticが開発するアプリだ。
足立(Niantic)「NianticがリリースしたIngress、PokemonGOでは、サービス設計をアプリ内で留めず、実際に人を外に連れ出すことを前提に開発しました。だからこそ、スポンサーとタイアップした企画への展開といった成果にもつながったのだと思います」
Nianticは『Adventures on foot with others -ともに歩いて冒険する-』という言葉を社是に掲げており、ゲームはそのための手段の一つと考える。同社では、人を外に連れ出すようなゲームの設計だけでなく、特定の場所に人を集めるようなリアルイベントも開催。ゲームによって人が外出し、実際に新しい何かと出会うことで、新しい顧客体験を生み出した。
参考:https://exp-d.com/tag/niantic/
人々が見ているものが細分化されていく
少しずつ、人々のニーズを満たすXRが生まれている現代。XRが広く普及し、日常に溶け込むようになった未来には、どんな顧客体験が待っているだろうか。
足立(電通)氏は、これまでディスプレイや紙などを通じて2Dでしか残せなかった空間の情報を、3Dデータによって空間のまま保存する技術を起点に話を進めた。
足立(電通)「VRでは、空間を写真や映像ではなく、そのまま空間として残すことができます。例えば、今の家族の食卓を残しておけば、20年後にはタイムスリップのような体験が可能になるでしょう」
川田氏は足立(電通)氏の話を受けて、位置情報に加えて時間情報を記録することで空間のプレイリストのようなものが生まれる可能性に触れた。現在、プレイリストといえば、音楽のセレクト順番として使われている。この音楽と同様に、将来的にはどんな順番で空間を移動し、何を見るのか、どのくらいそこにいたのか、という空間のプレイリストを楽しめるかもしれない。
川田「例えば、デヴィッド・ボウイは京都好きだったらしいんですが、彼は京都の旅で、どういう順番でどこを見たのか。その位置情報と時間情報を保存することで、彼のルートと全く同じルートを辿ることができるかもしれない。ファンだったら、ぜひ体験してみたいですよね」
つづけて、足立(Niantic)氏は、XRによって、現実世界のほかに複数のパラレルワールドが存在するようになると表現する。
足立(Niantic)「これから先、わたしたちが生きている現実世界に、いくつもの世界が重なります。現実世界の同じ道を歩いていても、目的地まで敷かれた矢印を見ている人もいれば、通りのお店のお得情報を見ている人もいるかもしれない。ARを通して現実世界と並行した別の世界がある。つまりパラレルワールドが実現できるんです。今以上に、人々が見ているものが細分化されていくでしょう」
2018年夏、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画作品『レディ・プレイヤー1』が公開された。人々はVRの空間で現実世界とは別の生活を楽しみ、VR上で喜怒哀楽を体験し、恋愛をする。同作品は、2045年の設定ではあるが、この世界観がより早く現実になるのではないか。早ければ数年後には実現しているかもしれないと3人は話した。
実際、足立(電通)氏は、江戸時代の江戸の街を再現するVRを作成しているという。
足立(電通)「東京は観光地でありながら歴史的なモニュメントがないんです。とはいえ、江戸城を本当に作ろうとすると、1000億円ぐらいの予算が必要になる。それならARやVRでいいでしょう。観光はもちろん、教育などさまざまな用途に使える可能性があるはずです」
XRの江戸の世界に、リアルにも存在する店舗を出店させるといった広告出稿や、土地の売買による収入などの可能性も見込めるだろうと、足立(電通)氏は語り、場を締めた。
新しい技術が生まれたとき、その技術を使ってとにかく何かを作りたいという作り手の強い思いからプロダクトアウトなサービスが生まれる。その後、技術が浸透し、さまざまな人々が技術を使うことで多様なアイデアが生まれ、人の役に立つマーケットインなサービスが増えてくる。XRはちょうど、その入れ替わりの時期に差し掛かっているのではないか。
足立(Niantic)氏は、「技術を知らなければ、使う発想も生まれない。もっと新しいことを体験してほしい」と語っていた。
エンターテイメント、コミュニケーション、観光資源など。XRを使ったサービスは、社会に浸透し、いずれ人々の生活になくてはならないものになるだろう。劇的な変化は今後数年で起こる可能性もある。これまでSFやファンタジーで描かれていた未来の生活の中に、これからの顧客体験のヒントがあるのかもしれない。
写真提供/株式会社ヤプリ