スポーツは、その誕生から数々の感動を人々にもたらしてきた。プロスポーツの盛り上げを担うリーグやクラブは、いかにして感動を生み出し、ファンに来場してもらい、CXを向上させるかに向き合っている。
2019年4月17日に虎ノ門で開催された「CX DIVE」における「スポーツとCXのこれから」のテーマのセッションで、バスケットボール、サッカー、バレーボールの3つのスポーツ業界から3名が登壇した。
ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(B.LEAGUE)常務理事・事務局長の葦原一正氏、Jリーグデジタル コミュニケーション戦略部 部長の杉本渉氏、VOREAS【ヴォレアス北海道/V.LEAGUE】代表取締役の池田憲士郎氏だ。各リーグの現状と課題解決に向けての取り組みについて、3者が語った。
「入場者数」を意識することから始まる
スポーツが盛り上がるために、リーグは重要な役割を持つ。サッカー、バスケットボール、バレーボールの各リーグではどのような取り組みを行なっているのだろうか。
葦原氏「2016年9月22日に開幕したB.LEAGUE はまだ立ち上げ期。どれだけマーケットの規模を大きくするかを考えています。去年までの2年間で、リーグと各チームの売り上げは約3倍になりました。まず、大事にしているのは、試合を観に来てもらうこと。これは一見当たり前のことなのですが、このマインドを徹底させるのは簡単なようで難しいこと。例えば会議も収益が大きいスポンサー活動報告から始めがちですが、本当にチケット重視のクラブは入場者数報告からはじめているようなイメージがあります」
杉本氏「Jリーグは百年構想を謳っているので、昨年25周年を迎えた今、第1四半期が終わったところだと捉えています。常に、どう市場規模を大きくしていくかを考えているのですが、市場環境やテクノロジーが変化する中で、どうキャッチアップしていくかが重要です。ここ最近は、担当者とAIの入場者数予想を行い実際の結果と比較する、といったことに挑戦しています。開幕から25年が経ち、改めて以前のJリーグブームはなぜ起きたのかに向き合い、再現しようと試行錯誤しています」
池田氏「私はチームのオーナーという立場ですが、スポーツ業界に携わってまだ3年ぐらいです。チームを立ち上げた時から、やるべきことはお客様にしっかりと来場していただくことだとシンプルに考えて取り組んでいます。他の競技団体のチームを含めて、そこができていないケースが意外と多いんです。
現在のヴォレアス北海道の観客動員数は約1,000人。バレーボール業界でこの人数の有料観客が入っている事例は多くありません。なぜ、私たちは業界の中でも多くの入場者数を実現できているのか。それは、スポーツが心の豊かさを作ると信じているからです。
週末にスポーツ観戦に行くというヨーロッパ諸国やアメリカでは当たり前の文化がなかった地域に、新たな文化を作る。スポーツを、楽しいと思ってくれた人たちが周りの人を連れてきてくれる。私たちの観客動員数は、その結果なのではと思っています」
どのリーグでも共通しているのが、市場を広げ、いかに入場者数を増やしていくか。CX DIVEの他のセッションでは、マーケティングに寄りすぎないことも語られたが、スポーツビジネスにおいては、マーケティング的な思考をインストールしなければならない部分もあるようだ。だが、やはり定量評価が可能なデータだけに気を取られてしまうことへの問題意識は共通するようだ。
「データ」だけでは物事は変わらない
各リーグの体制は異なるものの、経営の上でデータを使うことは必要不可欠だ。3者がその重要性を語る一方で、データに限界がある話も飛び交った。
葦原氏「学生時代、少し統計学を勉強していて、データを見るのがとても好きなんです。チケットを買ってくれた方やECを利用した方などのあらゆるデータを取り、リーグでデータベースを持っています。でも、これを実際にどう活用するかはなかなか難しいというのが現状です。正直なところ、データはAにもBにも結論を持っていけるので、現段階では私はデータを自分の思いやパッションを説得するためのツールとして捉えていますね」
杉本氏「データばかり見ると、理想論になりがちになります。理論上では、お客様を可視化し、データを蓄積して、AIに分析させて、適切な判断をすればいい、と考えてしまいます。ですが、実際はそんな簡単なことではないんです。
ただ、データは重要です。データから何かを拾う作業はできると思うので、その部分をちゃんとやらないといけない。それとは別に、お客様からのフリーコメントを読み込むとか、毎試合お客様の話を聞いているか、など。そういう定性的なことがとても大切だと思っています」
葦原氏「世の中で、必要条件と十分条件をはき違えてしまうことが多い。データは重要な決断をするための必要条件の一つではあるけど、十分条件ではないとは思うんですよね。ある程度のデータは業務効率を上げるために大事です。でも、データだけでは上手くいかな。自分たちなりの考えや思いがないと、物事は大きく変わらないと思っています」
スポーツ業界は今、変化のときを迎えている。映画『マネーボール』のように、データを重視して物事を判断していく大切さが浸透しつつある一方で、データだけでは解決できない課題があることも認識されてきている。他の業界が時間をかけて経験してきた変化を一気に経験しようとしているのかもしれない。
「感動」の体験を生み出すために必要な狂う瞬間
セッションはいよいよ核の部分へと進む。スポーツ自体がCXという意見が出る中、「感動」の体験を生み出すために各リーグでしていることが語られる。
葦原氏「2016年のB.LEAGUE開幕戦で、コート一面にLEDを敷き詰めました。相当費用がかかったのですが、広告宣伝費だと思って一点投下しました。振り返ると、その感覚や勢いが大事だと思うんです。細かく数字を見て施策を打つのが8割ですが、残りの2割で突き抜けた思いがないとダメです。
人間は期待値と実際の差のギャップが大事なので、満足するレベルだと意味がない。期待通りだということですから。120点の期待を超える感動がないと、物事は動きません。その『感動』を作り出すためのアプローチをひたすら考えようと社内でずっと言っています」
池田氏 「僕は元々建設業の営業をしていたので、まさしく価格で物を決めるのではなく、感動を作ることを信条にしていました。スポーツに限らず商売をする上で、お客様が『これはいい』と感動し、別の人を連れてきてもらうというシンプルな積み重ねが大事。その結果、リピーターやファンが増えていくという原理原則は、スポーツでも同じだろうという前提で考えています。
チケットの値段を決める際、3部リーグにもかかわらず、開幕戦でトップリーグの決勝戦より高いチケット料金を提案しました。そもそもV.LEAGUEのチケット価格を見ないで考えたんですよね。『これくらいの価値のあるものを買ってもらって、それを超えるサービスを創らないとバレーボールに未来はない』と会議で言いました。強気の値段でスタートを切った結果なのか、おかげ様でかなりのリピートしてもらっています」
商売における原理原則。それは、相手の期待を超える感動をもたらし、ファンを増やしていくこと。その積み重ねが、実体のあるものに価値を付与していく。
葦原氏「スポーツの本質もそうだと思います。答えの見えないものに対してみなさん熱狂するわけで、シナリオ通りにいかないところに本質があるのではないかと思うんです。B2に『茨城ロボッツ』というチームがあるんですが、今すごい勢いで経営規模が大きくなっています。
彼らは泥臭いことも、データマーケティングもしているのですが、圧倒的に他チームと違うのはオーナーです。グロービス経営大学院学長の堀義人さんなのですが、自身のTwitterで常にロボッツの話をしているし、普段のビジネスミーティングでもロボッツのユニフォームを着ています。
いい意味で『狂う瞬間』が、人の心に響き、いつのまにか大きな渦になっている。普段データを扱う一方、そういった気が狂うほどのパッションに勝るものはないのではと最近は思っていて。そういう意味ではトップの人の存在は大きいと思います」
スポーツファンは「ブランドスイッチ」しない、だからゼロイチの壁がある
感動をもたらすこと、熱狂が人に影響すること。他の業界においても共通するCXのポイントが語られるなか、「スポーツ観戦自体が、人々の熱狂や感動を生み出すという意味では、CXそのものだと思うんです」と池田氏は自身の考えるスポーツの特徴を語る。
杉本氏「池田さんの考えに同意です。スポーツは人を感動させることができるものですよね。不思議だとも思うんですが、人がスポーツしているのを見て、泣いたり、席を立ち上がるほど興奮したりします。そんなこと人生でなかなかないですよね。感動を提供することが私たちの仕事なんだと考えています」
葦原氏「スポーツが他の商材と違うのは、ブランドスイッチしないということです。例えば、『読売ジャイアンツ』のファンは、勝負に負けても、球団や選手にどんな問題が起きても、文句言いながらもジャイアンツファンなんですよ。計算すると、約75%は一度特定ブランドに入ると、その後ずっとブランドスイッチしません。そういう商材は他にはなかなかないので、会場に来て体験をしてもらうことは極めて大事です。
でも、スポーツで難しいのでは、『ゼロイチの壁』。実際はファンになっても、会場へ足を運ぶコンバージョン率は10%ほどです。ゼロイチのメカニズムを研究する中でわかったのが、ほとんどの人が誰かに誘われて初めて会場へ来ているということ。自発的に動く人は世の中に意外と少ないため、コアファンにどんなタイミングでどんな情報を当てれば、誰かを誘いたくなるのかというメカニズムを探ることが本質だと思っています」
杉本氏「まさにその考えをJリーグの公式アプリで実践しています。メダルを3回貯めるとガチャに参加できるシステムがあるのですが、抽選で招待チケットが当たります。その際、必ずペアチケットが当たるので誰かを誘ってくれるんですね。
その後、誘われた人がこれまで来場したことがあるか人なのかをIDでわかるようにしています。今、1シーズン半が終わり、ゼロイチで来場したお客様は約2万人になりました。その後の来場転化率も追っているので、この後どうブーストしていくかを、クラブの皆さんと話し合っています」
各スポーツに共通するのは、ゼロイチを生み出すために、コアファンによる試合に誘う機会をいかに生み出すか、ということ。こうしたコミュニケーションを生み出すのも、スポーツの価値の1つだと葦原氏は語る。
葦原氏「スポーツの本質はコミュニケーションツールだと思うので、集めたデータでリアルな場でのコミュニケーションをより活性化したいと思っています。ビッグデータを使って本当にやりたいことは、趣味、志向が近い人の会場での席をさりげなく近づけていくこと。
例えば、『千葉ジェッツ』に富樫勇樹という選手がいるのですが、富樫ファンが同じエリアにいると、より熱狂的な空間が生まれます。例えば、富樫選手がゴールを決めてそこに向かって手を振ると、また熱狂が起きる。結果、富樫グッズが売れるという現象も起こったり、そして、人と人が繋がっていきます。
結局どういう世界を実現したいのかが先で、その実現のためにCXを追求するんですよね」
杉本氏「スポーツ業界も世の中のビジネスに追いつき、同じようなことが課題となり始めました。今日も話に出たゼロイチの文脈と、1回の来場から3回の来場になっていく文脈は区別して考える必要があるということ。我々が混同していたことだと思うんですが、ファンになっていく心の動きと、スタジアムに来場する心の動きはたぶん違うんですよね。来場するきっかけは子供と楽しい時間を過ごしたいという動機だったりする、それを何回か重ねるうちにチームのサポーターになっていく。そのようなインサイトをしっかりと捉えていかなければならないと考えています」
CXにつなげるために、データを使いつつも、そこに思いや夢を乗せていく。2020年に向けてスポーツが盛り上がる今、各リーグの取り組みからますます目が離せなくなりそうだ。
編集/モリジュンヤ 文/小野ヒデコ 撮影/須古恵