長年サカナクションの活動をフォローする音楽ライターの布施雄一郎氏が、独自の歩みを続けるこのバンドの面白みをつづる。
日本の音楽エンタテインメントにおいて、サカナクションのアプローチはとても興味深く、他アーティストと一線を画すものがあります。当然、「いい音楽を生み出し続けること」が大前提にあってのことだけれど、サカナクションの独自性は、音楽作品やライブ、そして自身の活動スタンスをどうリスナーに届けるのか、その表現の仕方にあるでしょう。
まず彼らは、CDなど自身の作品を、単なる「音楽データの記録媒体」ではなく、アート性の高いパッケージで「物として欲しくなるプロダクツ」とすることで、サブスクが主流となりつつある今の時代にパッケージ・メディアの新しい価値を創造している。最新ライブ映像作品の商品デザインは、その代表例と言えるでしょう。
ライブにおいても、6.1chサラウンド公演や、斬新かつ芸術性の高い映像演出を取り入れるなど、人の五感に訴えるパフォーマンスは刺激的。結果、サカナクション・ライブでの体験は、日ごろ何気なく接している音や光、映像に新たな気づきを与えてくれ、それが例えば「もっといい音で音楽を聴きたい」といったように、日常生活にまで波及していくのです。
さらに、バンドとしての活動だけでなく、フロントマンの山口一郎は、数年前に《NF》というコミュニティ的なクラブ・イベントを立ち上げている。《NF》はファッションやデザイン、建築など、音楽以外のカルチャーとのサロン的な場であり、ファンは異ジャンルと交流することで、サカナクションを起点に様々なカルチャーへ入っていくことができる。私自身、学生時代からファッションやデザイン、映像作品が好きでしたが、それらを誰がどう作っているのかなど、《NF》を通して初めて気づかされたことや新たな発見が多々ありました。
こうした興味の拡大は、かつてYMOがテクノポップを通して、ファッションやアート、文学、哲学、さらにはお笑いまで、あらゆるカルチャーを結びつけて“80年代文化”のシーンを生み出した流れと重なります。ただし、当時との決定的な違いは、音楽の文化的地位。今、若者の間での音楽の優先度は随分と下位にあると言わざるを得ません。そういう状況でスタートさせた《NF》は、ファン層拡大という目先のことではなく、音楽文化の復権という、ミュージシャンの足元を再構築しようという大義を持った、サカナクションのひとつの表現だと私は感じています。
そんな現場を重ねて体感していくうちに、ファンとしてのコア度はどんどん濃密に。そして濃く入りこむほどに、彼らの音楽の深みがより理解できるようになる。そうして気づけば、私はサカナクションの“深海”へと潜っていってしまっているのです。
文:布施雄一郎 編集:BAKERU
ロゴデザイン:LABORATORIES イラスト:西武アキラ