XDを運営するプレイドが、J-WAVE(81.3FM)の『TOKYO MORNING RADIO』内で放送※していた「KARTE CX VOX」。プロダクトやコンテンツ、イベントなどの誕生ストーリーや仕掛け人の思いを紐解き、「顧客体験(CX)」の意義をともに考える番組だ。
2020年8月17日から20日の放送では、ソニー・ミュージックレーベルズの梶望氏を紹介した。宇多田ヒカルさんやいきものがかりなど、数々の有名アーティストのプロモーションを務めてきた同氏。放送では、音楽ビジネスの移り変わりから、今後レーベルやアーティストに求められていくリスナーとの関係性、新型コロナウイルス感染拡大による影響などを伺った。
本記事では、放送内容をまとめ紹介していく。
“モノ”を消費する時代から、“トキ”を消費する時代への変化
――長年にわたり音楽ビジネスに携わってきたプロフェッショナルとして、梶さんは現代のマーケットをどのように捉えていますか。
「所有」から「共有(シェア)」へと、マーケットが移り変わっていくのを感じています。
もともと日本のマーケットでは、CDや楽曲のダウンロードを通して、音楽を個人で所有してもらうビジネスが主流でした。しかし、近年は定額の月額料金を支払うと聴き放題になるサブスクリプション型のサービスが主流となってきています。
特に今年は、コロナの影響で店舗を利用しづらい時期が続きました。その結果、フィジカルマーケットはさらに縮小し、映像を中心にサブスクリプションサービスの躍進が目立っています。
――サブスクリプションサービスの普及で音楽との接点が変化する中、音楽を「届ける」という観点では、どのような変化が起こっているのでしょうか?
わかりやすくいうと、販売が中心だった頃は極端な話、曲が聴かれなかったとしても、CDが売れてさえいれば音楽ビジネスが成立していました。だからアーティストを応援してもらうために、CDに握手券をつけたり、複数のバージョンを用意したりと、たくさん売れる施策に力を入れていたんです。これが“モノ”を消費してもらう時代のマーケットの傾向でした。
しかし、サブスクリプションの時代になると、長い期間聴かれることが大きな意味を持つようになります。1回聴いてもらえて初めて収益が発生し、何千万回、何億回、何十億回と再生されると大きなレベニュー(収益)となってくる。そのため、物理的にモノを買ってもらうだけではダメで、音楽を聴く時間を作ってもらわないといけない状況になったんです。
音楽ビジネスは、“モノ“を消費する時代から“トキ”を消費する時代へと変わりました。ある曲を好きになってくれた方が、ずっとその曲をお気に入りでいてくれて、何度も何度も日常的、あるいは思い返したときに聴いてくれる。つまり、音楽のライフタイムバリュー(LTV)をどれだけ上げられるかが、非常に大切になりました。「たくさん売ること」から「価値を感じてもらうこと」へと、アプローチの仕方に変化が起こっていると感じています。
価値観が多様化する時代に求められるのは「懐の深さ」
――音楽のライフタイムバリューを上げるため、可処分時間に音楽を聴くという選択肢を持ってもらうために、梶さんはどのような考えで今アプローチされているのでしょうか。
根幹にあるのは、ファンベースのマーケティングです。いかに多く、長く聴いてもらえるかが重要なサブスクリプションモデルのビジネスでは、どれだけその楽曲が聴いてくれた人の人生に寄り添うことができるか、ということまで私たちの中で考えていかなければいけません。
これは音楽に限らず、すべてのシェアサービスに共通する考え方ですよね。1人のユーザーにどれだけ繰り返し使ってもらえるかが、KPIの指標として重要となる。可処分時間を取り合う時代には、あらゆるサービスにおいて、ファンの獲得が重要なテーマになるはずです。
――ファンベースのマーケティングにおいて、ロールモデルとなる作品はありますか?
宇多田ヒカルの楽曲は、わかりやすい例になると思います。
彼女の楽曲の多くは、歌詞に明確な主語をあえて用意しない特徴を持っているんです。受け取った人によって、まったく違う景色が広がるように設計されているんですね。
今は価値観が多様化する時代です。そのような時代において聴いてくれた人々に愛されるためには、それぞれの価値観に合わせる「パーソナライズ」が一つのキーワードになると思います。この視点で考えたとき、受け取った人ごとに違う景色を届けられる彼女の楽曲は、多様な層へとアプローチできることになります。これからの音楽には、さまざまな人にさまざまな形で受け取ってもらえる、この「懐の深さ」が求められていくのではないでしょうか。
オフラインを補うのではなく、オンライン独自の価値を探求へ
――新型コロナウイルスの影響で、エンターテインメント業界も大きな打撃を受けています。その一方で、今だからできるオンラインを活用したアプローチも生まれていますよね。
はい。同じく宇多田ヒカルがInstagramでおこなったライブ配信が一つの良い事例になると思います。思うようにプロモーションができない中で、何かファンに向けて、今しかできないことを考えた結果、インスタライブをすることになりました。コロナの感染拡大がなければ、普段着でセルフメイクの彼女が自宅からファンとコミュニケーションする企画は絶対生まれなかったと思います。こうしたアプローチの背景にも、やはりファンベースのマーケティングがありました。
苦しい状況でも試行錯誤しながら新しいコミュニケーションが生み出せた経験は、今後にもきっと生かせるはずです。コロナが落ち着いた後も、今までにないやり方でファンの方々に喜んでもらえるような企画が、たくさん生まれてくるだろうと思っています。
――オンラインのステージに着目すると、アメリカではトラヴィス・スコットのゲーム内ライブイベント、韓国ではビヨンドライブなども話題となっています。
そうですね。私たちも親会社のソニーとともに、最新の技術を活用してオンラインならではの楽しみ方を提案していきたいと考えています。たとえば、360度のカメラで対象を瞬時に捉え、そのデータをもとにCG映像化するボリュメトリックキャプチャ技術があります。この技術を活用して、いきものがかりが世界初の配信ライブを8月に開催しました。
これから先、オフラインのライブを代替え配信する形のスタイルは、少しずつ飽きられてきます。デジタル化が進むほどアナログの価値は高まるはずで、生で観るライブへの需要が更に高まると思うんですね。対して、オンラインならではの新しい楽しみ方もどんどん提案していかなければいけません。いきものがかりのライブは、先を見据えた新しい取り組みです。
コロナの影響で生まれた「孤独」を癒す存在としての音楽
――サブスク時代の音楽が持つ可能性について、どのようなビジョンを描いていますか?
今後は国内のマーケットだけでなく、海外にも目を向けていかなければならないと感じています。単純に人口だけで考えても、国内だけの消費だと分母に限界があるからです。
今の若い世代は、YouTubeという動画プラットフォームを通じて当たり前に世界とつながっています。そこに国籍や言語の違いは関係なく、良いコンテンツには世界中から人が集っている。このような新しい当たり前を前提に私たちもマーケットを作っていかなければ、日本の音楽は取り残されてしまうかもしれません。もし日本以外のマーケットにもチャンスがあるのであれば、積極的にチャレンジしていくべきだと思っています。
――最後に、音楽を通して今後どのような体験価値を届けていきたいか教えてください。
コロナの影響が広がる今、なかなか気軽に外出できなくなり、「孤独」と向きあっている人が多いと思うんですよね。そんな孤独を癒すことが音楽の一つの役割なのかなと。
ただ一人ひとりのニーズが多様化しているので、パーソナライズされた届け方や楽曲づくりをしなければ、体験価値は絶対に上がりません。このことを見据えて、人に寄り添いながら、今後10~20年にわたって長く愛されるコンテンツを届けられたらいいですね。
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