2019年1月、ガートナーがレポート『デジタル・ビジネス時代における顧客中心主義企業になるための10の習慣(The 10 Habits of Customer-Centric Organizations in the Age of Digital Business)』を発表した。「顧客中心主義」を掲げて成長している企業には、いくつかの共通の習慣があるというものだ。
同社の調査では、日本におけるCX(Customer Experience:顧客体験)改善への取り組みは、グローバル先進企業に比べ遅れているとみられている。その向上の一手として、今回のレポートから、日本企業が取り入れていくべき視点を伝えたい。
「顧客中心主義」とは何か
「顧客中心主義(Customer-Centric)とは、顧客のニーズを汲み取り、すばやく問題解決することで、顧客を幸せにするようにデザインされたものである」
ガートナーはレポート内でこのように定義し、その推進は、デジタル・ビジネスが進む現代において見逃すことができないものであると述べた。
この背景には、テクノロジーの加速度的な進化がある。これにより、人々は企業に対してより多くのことを期待し、不満を持つようになっており、取引先や利用サービスを積極的に変えるようになっているという。さらに、人々が企業やサービスでの体験を互いに共有しやすくなっていることも、企業にとってCXを高めていかなければならない理由のひとつだ。
同レポートでは顧客中心主義の企業として、シンガポールの「チャンギ国際空港」を例に挙げている。航空業界専門の市場調査会社、英スカイトラックスが行っている「ワールド・エアポート・アワード」で6年連続1位という快挙を成し遂げた同空港では、空港全体で単一のシステムを使って顧客の状況を把握。パートナー企業やテナントにも情報を共有しており、自身の業務に関連するフィードバックから業務を改善できるようになっている。
デジタル・ビジネス時代に「顧客中心主義」になるための10の習慣
顧客中心主義について触れた上で、ガートナーがレポート内で発表した、顧客中心主義で成功している企業の10の習慣は以下の通りだ。
1. 顧客の声(VoC)に耳を傾け続ける
企業が管理する顧客情報は、性別や年齢といった属性データだけではない。どこで何を買っているのか、どんな友人がいるのかといった情報から、どんなことに興味があり、何を大切にしているのかといった価値観に至るまでが含まれている。顧客中心主義の企業は、様々な情報に耳を傾けることで顧客を把握し、それを元にCXを推進している。
2. 顧客からのフィードバックに確実に対応する
顧客中心主義の企業は、顧客に対して「あなたの意見を大切にしています」という意思表示をしている。顧客の声に耳を傾けるだけでなく、返答することも必要であり、同レポートでは「そうしなければ、顧客はいずれ話しかけることを止めてしまう」と指摘する。
レポート内で示された事例によれば、フランスに拠点を置く最上級ホテル・チェーンであるSofitel(ソフィテル)では、宿泊客に対してメールでアンケートの依頼をする際、リンクの他にマネージャーのメールアドレスが添付された文章を送っているという。そして、そのアドレス宛にフィードバックを送った顧客に対しては、実際にマネージャーからの返信が送られてくる。
マネージャーがこうした対応をすることは難しい企業もあるだろうが、個人のアドレスを公開し、そこへのフィードバックに確実に応えていくことは、信頼を構築する一つの手段だ。自分の意見が大切にされていると感じることができれば、喜んで意見を送り続ける顧客もいるのではないだろうか。
3. 顧客のニーズを見越し、先回りして行動する
顧客中心主義の企業では、収集した情報を駆使して、状況に応じた効果的なCXを作り出すことができる。顧客の先手を打つ形で、想像を上回るような体験の提供も可能だ。これもレポート内で示されていた事例を見てみよう。
イギリスの鉄道事業会社であるVirgin Train(ヴァージン・トレインズ)では、Eチケットの予約販売にアプリを導入。プラットフォームや座席の場所を通知するだけでなく、列車の遅延などもタイムリーに知らせるという。座席変更や電話呼び出しなどもアプリ上で提案され、利用客はスムーズに乗車することができる。
この結果、Eチケットの売上は増加し、顧客ロイヤルティを測る指標であるNPS(Net Promoter Score)が大幅に高まった。
4. 顧客のプライバシーを尊重する
顧客情報は「活用」するものであって、決して「乱用」してはならない。顧客中心主義の企業はそれを理解し、顧客の求める下記3つを徹底しているという。
①いつ、どこで情報を収集しているのか透明性があること
②関連づいた事柄にのみ、情報が使われること
③責任ある管理の元、しっかりと情報が守られること
さらに、レポートでは「2020年までに、企業の行うデータ分析施策のうち40%以上はCXに関する側面を持つだろう」とも述べられている。CXを向上させるためには、今後より一層プライバシーへの配慮が必要となっていくだろう。
5. 自社のプロセスやポリシーに顧客の共感を組み込む
進化を続けるデジタル・ビジネスにおいて、多くの業界でテクノロジーを駆使した新サービスが、これまでのサービスの常識を覆してきた。例えば、ライドシェアリングサービス、電子マネーやオンライン・ラーニング、音楽配信ビジネスなどだ。
技術やビジネスモデルに目が行きがちだが、中でも上にあるようなサービスは爆発的な拡大を見せている。例えば、場所や時間を問わず教育を受けられるようにした「Khan Academy(カーン・アカデミー)」などだ。その成功要因を、同レポートでは「顧客中心主義として、自社のプロセスやポリシーに『共感』を組み込んでいるからだ」と指摘。
こうしたサービスの共通点に「チャネルの利便性」「顧客の抱える問題への深い理解」「スピード感のある対応」「顧客との接点を積極的に持つこと」「平等で正直、そしてフレンドリーであること」などを挙げている。
人はただ便利であればサービスを使うとは限らない。運営側との接点において、「自分たちが大切にされている」「自分のことに親身になってくれている」と感じる場面が多いことが共感につながり、利用されやすさへと至るのではないだろうか。
6. 顧客の日常的な負担を減らす
顧客中心型の企業は、顧客の生活に貢献できる価値を提供している。
レポートの中で事例に挙げられているのは、トラブル時のサポートだ。製品が壊れた場合や、サービスについて顧客が抱く疑問は、予め想定できるものも多い。いつでも簡単に調べられるよう、主観を排除した最小限の接点でサポートを自動化しておくことで、顧客の負担を減らせる。
7. 従業員のモチベーションを高める
同レポートによれば、従業員の体験を改善し「モチベーションを高めること」も重要であるとされる。従業員の定着率が向上し、欠勤減少、平和な雰囲気が生まれるなど、企業全体がうまく機能するようになるとのことだ。
従業員と会社の関係性が強まることで、結果的にサービスの生産性やCXが高まる。一見、顧客中心とは関係がないように見えるこの習慣も、実は顧客によりよいサービスを提供する上で欠かせない。
8. ビジョンを構築し、実行する
顧客中心型の企業は、まず説得力のあるビジョンを確立し、その上で改善のために体系的なアプローチを展開している。それが結果として、CXの向上につながるのだ。
この事例として、AmazonやThe Ritz-Carlton(ザ・リッツ・カールトン)といった企業を同レポートは紹介。これらの組織では、確立したCXへのビジョンをしっかりと企業行動にまで落とし込めているという。
9. CXの向上に対する責任者を明確にする
どれほど素晴らしいCX改善計画であったとしても、それを牽引するリーダーがいなければ役に立たない。したがって顧客中心型の企業では、CXを担う責任者を置いている。
ただし、それを誰が担うべきかは組織によって異なる。調査の結果、CXのリーダーまたはサブリーダーは、マーケティング、営業、カスタマーサービスなど組織内の様々な部門に散らばっていることがわかった。
どの部門かは問題ではない。まずはCXへの責任を明らかにすることが、顧客中心を実現するために必要となるだろう。
10. 常に顧客のニーズや状況に適応し続ける
テクノロジーは、これまでにない速度で世界を変えている。リアルタイムで顧客と関わり、要求や状況への適応を求められるのが、デジタル・ビジネスの時代だ。
予期せぬ出来事にもタイムリーに対応し、意思決定にもスピードが求められる。
また、施策結果の分析などもリアルタイムで行うため、今まで一般的であった「十分に試験された施策」というものが存在しなくなったと、同レポートは指摘。これまで以上に「時は金なり」であるとして、いかにスピード感を持つことが重要であるかを示した。
心に留めたい「顧客中心主義」
顧客のため、そして従業員や企業自体のためにも「顧客中心主義」を忘れずに指針とすることが、多くのビジネスにおいて求められている。決断を下すときやプロジェクトを動かすとき、「顧客中心主義の企業であったらどうするか」という視点を持つことは、企業にとってプラスに働くはずだ。
世界ではCX改善に遅れを取っているとされる日本企業。世界の先進企業に追いつくために、まだできることが多くありそうだ。今回紹介した10の習慣を取り入れることで、日本でも「顧客中心主義」の波が広がるかもしれない。
img: The 10 Habits of Customer-Centric Organizations in the Age of Digital Business, チャンギ国際空港, unsplash