「ダイエットするぞ!」と一念発起したものの、挫折して続かなかった──そんな経験は、多くの人にあるだろう。ついつい食べすぎて後悔したり、思ったように結果が出せなかったり、さまざまな悩みやトラブルがダイエットの継続を阻み、モチベーションの低下につながる。
「ダイエットに成功した方の話を伺うと、『土日は好きなものを食べています』とか、無理せずゆるく続けていらっしゃる方が多いんです。大切なのは『食事をかしこく選ぶ』こと。その方法を習慣として身につけてもらうことなんです」と語るのは、食事管理アプリ「あすけん」を運営する株式会社asken執行役員で管理栄養士でもある道江美貴子氏。
あすけんに食事内容を入力すると、アプリ上で栄養バランスがグラフ化され、“AI栄養士”が励ましの言葉をまじえアドバイスをくれる。「摂取カロリーはちょうど良いですね。たんぱく質が少なめなので、明日は意識して摂るようにしましょう」といった具体的な指導により、どんな食事を選べば良いのか、日々学ぶことができる。
ユーザーからは「続けやすい」「ダイエットに成功した」といった声が寄せられており、各アプリストアのヘルスケアカテゴリでもつねに上位表示。2021年7月には会員数590万人を突破している。
あすけんはどのように管理栄養士のノウハウをサービス設計に活かし、ユーザーが「無理なく続けられる」健康管理を実現しているのだろうか。サービス立ち上げの経緯や当初からつらぬいてきた思想を、黎明期から同事業に携わってきた同社執行役員兼Asken Inc.(US社)COOの天辰次郎氏、道江氏の2名のキーパーソンに伺った。
栄養士による栄養指導とITをかけ合わせ、新たなサービスを開発
あすけんを運営する株式会社askenは2007年設立(当時・株式会社ウィット)。社員食堂や学校給食の受託運営などを行う株式会社グリーンハウスを母体としている。同社にはその性質上、管理栄養士を含めた栄養士が約2000人在籍し、栄養指導の分野に豊富なノウハウを有している。
「栄養士が行う栄養指導をITとかけあわせれば、大きな事業にできるのではないか」――。同社代表取締役社長である田沼千秋氏の思いを発端に、グリーンハウスは新規事業開発に乗り出した。2008年から40歳〜74歳の公的医療保険加入者を対象に特定健診・特定保健指導が実施されるのを見越したうえでのことでもあった。実務担当者として、当時はコンサルティング会社でマーケティングディレクターとして活動していた天辰氏がaskenの設立に参加。次いで、管理栄養士としてグリーンハウスに勤務していた道江氏が社内の制度を利用して新規事業へと手を挙げた形で「あすけん」は動き始めた。
天辰氏「栄養指導というのは、過去数日間に食べたものを紙に書き出して栄養士がチェックし、アドバイスをするのが主流。未だに対面で受けることを前提としたアナログな世界です。この指導をAI化し、デジタル化できたらというのがあすけんの出発点でした。特にこだわったのが、栄養士によるリアルな指導をいかにデジタルで再現するかという点です」
天辰氏は社内に在籍している栄養士にヒアリングし、実際にいくつもの食事メニューを見てもらい、栄養士がどのようにアドバイスをするのか、栄養バランスを見るためにどのような点をチェックするのかを細かに分析した。
たとえば、サラダにはどのドレッシングをかけたか。シリアルにかけたのは牛乳か低脂肪乳か、豆乳か。ラーメンのスープは飲むのか、残すのか──。栄養士は栄養指導の際、こうした細かな点までも見ているのだという。あすけんでは栄養士たちの栄養指導を再現するため、実際の食生活に即した栄養計算ができるよう、細かい項目まで選択できるようになっている。
高精度のAIアドバイスで、競合アプリとは一線を画すサービスとして急成長
2008年、食事管理サービス「あすけん」は一般向けにウェブサービスをスタートした。1日分の食事内容を入力すると栄養素やカロリーの過不足がグラフで可視化され、AI栄養士の「未来(みき)さん」がアドバイスをくれるという基本的なサービス設計は、スタート当初からのものだ。2021年現在でもサービスの根幹となる機能を2008年時点で搭載していたが、グロースへの道のりは険しかった。
まずはグリーンハウスの顧客である企業健保組合をターゲットとして営業活動を開始したものの、サービスの追い風となるはずだった特定保健指導は対面が前提で、デジタルでの指導は対象外とされた。そのため、健保組合があえてあすけんを導入するメリットがなかったのだ。
だがこのころ、あるダイエット法が広まったことで、あすけんの「種は植えられた」という。
天辰氏「そのあたりから“レコーディングダイエット”が流行しました。それまでのダイエット方法は、食べる量をやみくもに減らすことが主流。またはダイエットクッキーやドリンクなどの置き換えや、リンゴやバナナといった特定の食材を食べるというようなもの。レコーディングダイエットのように『ダイエットのためにカロリー計算をする』という概念が広まったのは、とても画期的なことでした。食事を記録することがダイエットにつながるという意識が高まったんです」
「レコーディングダイエット」とは、毎日食べたものとそのカロリーを記録するというシンプルなダイエット法。何をどれだけ食べたのかを可視化するこの方法は、あすけんが行ってきた食事記録・栄養計算と親和性が高かったのだ。
道江氏「ひとくちに“やせる”といっても、その方法は『とにかく食べない』『何かを食べ続ける』『運動をする』『食事の内容を改善する』……など何通りもあります。そのなかであすけんが目指してきたのは、『食事の選び方を変える』という、栄養学ではスタンダードなアプローチなんです。
500キロカロリーの菓子パンと500キロカロリーの定食では、カロリーは同じですが、栄養バランスを見ればその内容には歴然の差があるはずです。ただお腹を満たすのではなく、AI栄養士の“未来さん”がくれるアドバイスを読んで、『より栄養バランスの整った食事にするには?』とユーザー自身が考え、食事を選べるようになってほしいという思いが私たちにはありました」
レコーディングダイエットはダイエット情報に敏感な若い世代の女性を中心に認知された。カロリー計算に取り組むようになった人々があすけんを利用しはじめたことで、初期ロイヤルカスタマーの獲得に成功した。
その後しばらくは会員数が伸び悩んでいたものの、2014年にスマートフォン向けアプリをリリースしたことで、あすけんのユーザー数は大きく伸びることになる。PC版を愛用していたロイヤルカスタマーが一気にアプリ版をダウンロードしたのも追い風となった。
食べたものを入力すると、栄養素やカロリーの過不足が可視化され、「あすけん健康度」として100点満点で評価される。食品のほか、お菓子やアルコール、サプリメントで摂取した栄養素は色分けされ、その内訳がわかるようになっている。それに応じて「不足栄養素を補うのに適した食材」「控えたほうがいい食材」などが提示され、食事をどのように改善すべきか、具体的にアドバイスをくれる。あすけんは、単に「カロリー計算する」だけでなく、「自分の行動を変えられる」サービスとして、他の競合アプリと明確に差別化を図ることとなった。
社会背景の変化もヘルスケア業界全体に好影響をもたらした。2015年からは「健康経営銘柄」の選定が始まり、大手企業が健康経営を推進するなど、健康増進への意識と関心が飛躍的に高まっている。人々の健康意識の向上が、あすけんにとっても有利に働いたといえるだろう。実際、福利厚生や人事施策としてあすけんを導入する企業や健保組合も増えてきた。
こうして、アプリのダウンロード数が多いことでアプリストア内でも上位に表示され、それによってユーザーが増加。認知が広がり企業との協業や法人契約も増え、さらに売り上げが上昇する──。この好循環が生まれたことで、あすけんの事業は大きくグロースできたと天辰氏は振り返る。
だが、その一番の要因はサービス開始時から変わらない「栄養士によるリアルな指導をアプリ(デジタル)で可能にしたい。単なるカロリー計算で終わらない、行動を促すサービスにしたい」という強い思いがあってこそ。「鉄分が足りないようなので、以下の食材がおすすめです」「次の食事はあっさりした味付けのものにしませんか」──。“未来さん”のアドバイスからは、つねに「次の行動」が見えてくる。徹底して気づきと行動を促すサービス設計が、ユーザーの成功体験につながり、継続利用や新規会員にも結びついた。
利用時のストレスやモチベーション低下を防ぐUI/UXで「続けられる」アプリに
ダイエットの壁といえば、何よりも挫折してしまうことだ。ダイエットにつきものの停滞期や、ついつい食べすぎてしまいがちな年末年始など、食事管理やダイエットそのものへのモチベーションが下がってしまう機会は日常に潜んでいる。
ユーザーが無理なく利用を継続し、ダイエットに取り組むために、あすけんが特に注力しているのは「アドバイス」だという。「たんぱく質・脂質・炭水化物の3つのバランスが理想的です。ただ、お菓子の量が多いようなので、明日は食事で適正カロリーを目指しましょう」というように、ユーザーの食事内容を評価しながら、改善点を示すことが多い。
天辰氏「あすけんの“肝”でもあるAI栄養士・未来さんのアドバイスについては、かなりPDCAを回しています。初期はかなり“アドバイス然”としていて、情報提供なども『教える』というスタンスが強かったように思います。『脂質を取りすぎです!』と強い口調もあって。
SNSなどでユーザーの声を見ると『今日の食事はきっと評価が低いから、未来さんに怒られそう』といったつぶやきが多かったんです。怒られるのがわかっていて入力するのって、とてもストレスになるんですよね」
道江氏「ダイエットには、栄養指導はもちろん“心のケア”も重要です。アプリを使って嫌な気持ちになってしまうと、どうしても記録をやめてしまいますよね。そうならないように、否定表現はなるべく避けて、励ましの気持ちを込めて未来さんのアドバイスを作っています。単なるキャラクターではなく、彼女がいかに人間味を持って、自分のことを思ってくれているか。そうユーザーに感じてもらうことがとても大切だと考えています」
もう一つ重視しているのが、コミュニケーションだ。ダイエットはときに孤独な戦いにもなる。日々、自分自身に課した目標をこなしながら、「誰に言われたわけでもないのに……」と、つらさが募ることも。そんなとき、ユーザー同士のコミュニケーションを促すことで、モチベーションアップにつなげているという。
天辰氏「アンケートをとった際に、ユーザー同士のコミュニケーションを大切に考えている人が多いということに気づきました。2010年ごろに、日々のことを記録しておける『ダイアリー』という機能を追加していましたが、これが“停滞期”を乗り切るのに役立ったという声が多くて。
他のユーザーの日記を読んで励まされたり、ダイエット成功のポイントをつかんだり。ユーザー同士で『あす友』(あすけんを通じて出会ったダイエット仲間)という言葉が生まれるくらい、活発にコミュニケーションをしてくれていたんです」
道江氏「ダイエットって孤独なので、他の人と励ましあえたり、悩みへのアドバイスをもらえたりという“あすけんを通したつながり”があることで、気持ちの面でもサポートできる。それが継続の力になるんですよね」
新規利用者向けに自分と同時期にあすけんを使い始めたユーザーとつながれる「同期ユーザー」機能が用意されていて、「仲間」を見つけやすいような設計がなされている。
また、食事記録画面の使い勝手にもあすけんのこだわりが見て取れる。誰にでもわかりやすく、説明がなくても簡単に入力できるUI設計となっているのだ。
YouTube「あすけんダイエット 体重記録とカロリー管理アプリ」より
道江氏「たとえば『スワイプする』とか『2回タップする』などで動作を短縮できる機能は便利かもしれませんが、あすけんはそうしたコマンドを直感的に使うことが難しいユーザーにもフレンドリーでありたいと思っています。
新規機能をどんどん追加するより、一連の食事記録の流れで不便なところや引っかかりのあるところがないかをチェックし、改善していくことを重視しています。事業の性質上、無料会員には広告表示もしていますが、食事記録の画面では表示されないようにするなど、ユーザーがストレスなく記録できるよう工夫をしています。
それから、入力時に『選択肢の中に食べたものがない』というのはユーザーから寄せられる意見の中で最も多いもの。特に市販のレトルト食品や冷凍食品はどんどん新しいものが登場しますし、入力時のストレスに直結するところでもあるので、特に力を注いでいます。毎日使うものだからこそ、そうした地道な改善が大切なんです」
登録されたメニュー数は10万以上。レトルトや冷凍食品といった市販品や外食メニューの網羅性も高く、「食パン」と検索するだけでさまざまなメーカーの商品が表示され、それぞれ異なるカロリーや栄養素を細かく記録することもできる。自分でよく作るメニューは「MYレシピ」、よく食べる食事の組み合わせは「MYセット」として独自に登録できる。
こうした精度の高い栄養計算が、そこからのアクションをより明確にしてくれる。自分の食事にはどの栄養が不足しているのか。それを補うためには何を食べればよいのか。そこまでのアドバイスが受けられるからこそ、バランスの整った食生活が実現していく。
天辰氏「ユーザーのなかには、自分が食べようと思っているものをあすけんに入れてみて、それがどう評価されるかをチェックし、次の食事内容を調整する『シミュレーションツール』としても利用している方がいるんです。
栄養指導というのはそもそも過去に対する評価しかできないものだったので、あすけんを通して『もしあれを食べたら』という未来も見られるようになったのは面白いなと感じました」
企業コラボに加え海外版もリリース。あすけんが目指す「これからのダイエット」
サービス開始から14年が経ち、会員数は2021年7月時点で590万人を超えた。医療機関や教育機関、企業との協業も増えてきている。
2018年には東大病院と連携し、院内で行われている栄養指導の効率化のためにあすけんのサービス提供が開始された。医療分野にITを取り入れる実証実験のツールとして引き合いに出ることも増えているという。
さらに、2020年のコロナ禍においては早稲田大学とともに「時間栄養学」の分野で3万人規模の調査を行い、外出自粛期間中の人々の生活スタイルの変化、さらに体重、食生活、健康状態の変化がどのように関連しているかどうかを検証。そのほか、コカ・コーラやファンケル、ミツカンなど企業とのコラボなど、アプリだけにとどまらない活動に取り組んでいる。
あすけんのローンチ以降、レコーディングダイエットや糖質制限、「腸活」などさまざまなダイエット法が流行し、ユーザーをとりまく環境も変わってきた。
ユーザーがこうしたダイエットを実践するサポートとして、あすけんは2016年に「ゆる糖質制限ダイエットコース」、2020年には「食物繊維で生活改善コース」などを新設し、ダイエット法に応じた食事管理を可能にしている。
道江氏「新しいダイエット法も次々と生まれていますが、栄養士として大切にしたいのはやはり『食事のバランス』。あとは、食事はかしこく選びながらも、何より楽しむこと。ダイエット中だからと好きなものを毎日我慢するのは誰だってつらい。食べすぎる日があってもいいし、そのぶんは別の日に調整すればいいんです。これは未来さんがよく伝えているメッセージでもありますね」
2016年には北米向けアプリ「Asken diet」の提供も開始、海外へ目を向けることで、新たな価値観に接することになったという。
天辰氏「海外では『ダイエット』という言葉の意味すら日本とは異なります。日本ではたいてい『やせて理想的な体型になること』を指しますが、海外ではもっと広い意味で、食生活全般や食事管理のことを指します。健康のために筋トレをし、体重を増やそうとする人も多い。ですから、当初は増量を目的としたモードがないことに対して多くのユーザーから反発の声がありました」
海外で得た知見は、日本でのサービス拡充にも活かされている。2020年に新設された「あす筋ボディメイクコース」では、たんぱく質の効率的な摂り方や、「PFCバランス(タンパク質・脂質・炭水化物の比率)」が設定できるなど、食事で筋トレ効果を高めたい人向けのアドバイスが受けられる。日本でも近年、筋トレやボディメイクの手法が輸入される形で注目され、ユーザーニーズが高まっているのを受け、開発にいたったという。
天辰氏「ネイティブスタッフから聞いて印象的だったのが、“ボディ・ポジティブ”という言葉。自分のあるがままの身体を受け入れ、愛そうという運動で、やせているスタイルが美しく理想的であるという価値観を脱却する動きが活発化しています。日本でも渡辺直美さんが人気ですが、やはり北米のほうが少し早かったんですよね。
さらに、海外版では登録時に性別を尋ねるのではなく『男性向け/女性向けどちらのアドバイスにしますか』という聞き方にしているのですが、そういった価値観や多様性に敏感でありたいですね」
コロナ禍で、あすけんへの注目はさらに高まっており、2020年5月からの9カ月間で新規ユーザーが100万人増加したという。自宅で過ごす時間が増えたことで時間的な余裕ができるのと同時に、自分と向き合う時間が増え、体重の変化や自身の健康状態に意識が向いたという人も多い。
道江氏「あすけんとしては、食事を楽しみながら、シーンに応じてかしこくそれを選択できるようになってもらえるのが一番。習慣を身につけられたら、ちょっと記録するのを休んだっていい。でも戻ってきたら、気持ちの支えになって、『また頑張ろう』って思える……。そんなふうにあすけんとつきあってもらえたらいいなと思います」
あすけんは単なる「ダイエットアプリ」ではない。食事を通して自分の生活を見つめ、より健康な生活をしていくための次なるアクションを喚起するツールだ。自分と向き合い、誰もが「なりたい自分」になれる──。あすけんはその道のりを並走してくれる、心強いサポーターだ。
執筆/藤堂真衣 編集/大矢幸世 撮影/須古恵