つくり手が感じた必然から、長く受け継がれる事業が生まれる。ロジカルな説明ができない数字や時間の捉え方の先に宿る価値がある——。
互いの失敗談や試行錯誤をさらけ出しながら対談した、スマイルズ代表取締役の遠山正道氏、クルミドコーヒー・胡桃堂喫茶店店主の影山知明氏。「似た者同士」の2人が生む緩やかな対話が「資本主義の当たり前」に埋もれてしまった価値を浮かび上がらせていく。
「事業づくりに欠かせないもの」と「あえて手放すべきもの」についての語り合いは、経営者とスタッフの関係、スタッフと顧客の関係、さらに顧客同士の関係へと広がる。
『ゆっくり、いそげ』を書き上げたあと、影山氏が実践してきたことの意味とは。20年以上、経営者を続けてきた遠山氏が、今思い描く未来とは。「人」と「経済」の理想像を、両者の新しいチャレンジから探っていく。
世の中を変える「ギブから始まる金融」
遠山氏「『ゆっくり、いそげ』を出版されたのが2015年ですよね。この6年で変わったと感じることはありますか?」
影山氏「本を出したことで区切りがつき、チームとして次のステージに入った感覚はありました。2017年に胡桃堂喫茶店を開店し、国分寺エリアのいろんな方とつながりながら、店を取り巻くエコシステムが育ちつつあるんです」
影山氏「特に意識してつくろうとしているのは金融の新しい形。この2店舗目を立ち上げるときにも、1口3万円で出資を募りました。
その際、(1)事業計画の進捗に応じてお金を返していく『クルミドコーヒーファンド』、(2)出資額の30%を寄付とする『クルミドコーヒーファンド2』、(3)100%寄付するプラン、の3つを用意しました。すると、出資者の3割、約100人が(2)と(3)を選んでくれたんです。
これはとてもありがたいことです。金銭として返さなくていい原資をいただけるぶん、短期的な採算にとらわれないチャレンジができる。こうした『ギブから始まる金融』の仕組みが育てば、世の中はもっと変わると感じました」
遠山氏「それをあえて『金融』と呼ぶのがまたおもしろいですね」
影山氏「僕は人の経済活動の動機がすべて自己の利得、つまり『テイク』で始まると想定していることに違和感があります。誰かが喜んでくれればと思っての行動が、巡りめぐって自分に返ってくることもある。一見合理的でない『ギブ』による金融取引も、僕はあり得ると思うんです。
売上を第一目的にしないし、次の店も、将来どうなるかも約束できないけど、事業を通じて中長期的にお返ししたい想いはある。そんな事業に普通の金融機関はお金を貸してくれません。しかし、個人の投資家さんならわかってくれるのではと考えました。
そういったファンドで集めた資金で事業を始めると、僕らにもいいプレッシャーになります。応援してくださったことに、何かの形で少しでも多くお返ししたい。ギブにはギブで返したくなるんです」
遠山氏「私が昨年始めた『新種のimmigrations』というコミュニティ運営も、近い話かもしれません。そこでは1人あたり月1万円を払って『住民』になり、自分たちでいろんな活動をしています。毎月集まった会費の半分をコミュニティの運営経費に充て、残りの半分をさまざまな形で住民に再分配していく。今150人ほど集まっています。ちょうど昨夜もイベントがあり、とても盛り上がりました。
コミュニケーションの発生、人間関係そのものが対価にもなる時代であると感じます」
関係が育てば、事業が成長して売上が減っていくこともあり得る?
影山氏「実は3年前からお米づくりをやっているんです。その事業でも同じことを思います。
始めたきっかけは、あるスタッフが『お米をつくりたい』と言い出したことでした。当時は僕たちの出すメニューにお米はほとんど必要なかったし、国分寺には水田なんてない。でも、キラキラした目をして『ピンときた』と言うんですよ(笑)。『じゃあ、やってみようか』と(笑)。そこで改めて調べたら、国分寺には陸稲でも育てられる『武蔵国分寺種赤米』という古代米の種籾があることを知り、応援してくださる農家さんにも出会うなど、少しずつ形になってきました。
しかし、なかなか利益にならない。収穫した赤米は新年のメニューに加えたり焼き菓子にしたりと一定の売上にはなるものの、投資額からすれば割に合いません。4年目となる今年も、お米を一緒につくってくれる人や、黒字化を目指す手助けをしてくれる人などを募集してみたんです。なんと50人が手を挙げてくれました」
影山氏「ただ、その方々には申し訳ないのですが今はお金としての対価は払えていません。けれど僕は、そうやって集まった50人がチームとなり、それぞれの楽しみ方で汗をかいていくこと自体に、金銭換算のできない大きな価値を感じてもいます。もちろん、育てた赤米をきちんとお金にして、経済的にも持続可能な事業とすることも諦めてはいません」
遠山氏「異なるコミュニティに入ることで『社会関係資本』(信頼や人的ネットワークといった、価値を生み出すことにつながる人間関係を指す概念)を得ていく感覚なのかなと思います。きれいごとのようだけども、私もスタッフにはそういった資本を広く持って『個人として魅力的になってほしい』と話しているんです。
たくましく自分の人生を歩めれば、本人にとってもいいことだろうし、そんな人が集まれば会社全体のパフォーマンスも上がる。企業としての価値が高まると思うんです」
影山氏「そうした価値って、財務諸表には出てこないですよね。経営状態を見るための数値指標は、事業の実態の一部を示すものでしかない。
うちの例で言えば、カフェで使うためのクルミ割りをまちの仲間にお願いすることがあります。そのとき、作業の対価としてお食事券を渡すと、入ったはずの現金売上が無くなる。一方で、スタッフとして雇ったと考えれば経営的には人件費が減ります。
そう考えたら、関係が育てば育つほど、売上も経費も両方減る可能性があるわけです。『事業が成長して売上が減っていく』ことだって、実はあるかもしれないなと」
遠山氏「事業に対する『ありがとう』を、通貨とは違う形で数値化できているとも言えますね。地域通貨も、お礼としての食事券と同じような役割を果たしているのでしょう。
影山さんたちが始めた『ぶんじ』(編注:国分寺エリアで使える地域通貨で、100ぶんじは100円に相当する)は、紙の裏側に人の言葉が書き込まれていくんですよね。そうすると、やはりデジタルには置き換えられない?」
影山氏「デジタルにもなり得るとは思います。けれど、顔を合わせられる範囲で扱うものとしては、僕らはアナログのままでもいいかなと。かけた手間、手にしたときの質感は大事にしたいですから」
「半分に」するから多くが手に入る
遠山氏「先ほど面をつくると言われていましたが、クルミドコーヒーは上の階がシェアハウスになっていますよね。カフェと住居の体験が互いに拡張し合うと、またぐっと思考が広がるのではと思いました」
影山氏「住民が誰かをお迎えするために使ってもらうことは増えていますね。実は去年から、新しい面づくりの試みとして、ある企業の社員寮だった物件を借りて『ぶんじ寮』を始めたんです。
テーマは『お金に頼るのを半分にする』。今の社会はお金がないことの不安があまりに強すぎるという問題意識から、家賃3万円で誰でも住める『まちの寮』をつくりました」
遠山氏「この運営も影山さんがされているんですか」
影山氏「契約としては自分のやっている法人が借り上げていますが、仲間たちと10人くらいの大家チームを組織して運営しています。
家賃を抑えるために、住民にはいろんなものを持ち寄ってもらっているんです。修繕も、掃除や庭仕事もそれぞれの自主性に基づいてやっている。雑務を一人でやるのはつらいですが、みんなでやれば意外と楽しい。むしろ、そこをおもしろがってくれることを条件で募集して、今は約30人が暮らしています」
遠山氏「『半分に』は大事なキーワードだと思いました。家賃を下げられれば社会の変化に対応しやすいし、2拠点生活もできるかもしれない。
というのも、実はSoup Stock Tokyoでも新しいスタイルの店を企画していて、実現すればまさに半分以下の売上でも店として成立するんです。そうすれば、地方でも展開の可能性が見えてくる。
地方は家賃も安いので、希望するスタッフは月の半分は地方で暮らして、もう半分は都市の寮やシェアハウスで、といった生活も可能ですよね」
影山氏「『半分に』は僕にとっては戦うための前提条件なんです。『妄想と現実』『夢とそろばん』『ゆっくりといそげ』——どちらか片方を諦めるのではなくて、両者を交互にやり続けるイメージですね。
2つの中心点がある楕円形を常に回っていて、その『遠心力』が強まるほど軌道が広がる。結果、より多くの夢とそろばんを手にできると考えています」
遠山氏「おっしゃる通りですね。経済の力によって豊かになる人の感情や生活も当然ありますから」
影山氏「半分のお金で生活が成り立てば、次のチャレンジに向けた準備ができます。単なるきれいごとではなく、ほしいものを手に入れる一歩目として『半分に』を捉えたらいいと思っています」
サイコロを振り続けた先にある「無秩序のなかの秩序」
影山氏「ぶんじ寮を運営していて、カフェ事業を見直す大きな気づきがありました。それは人同士をつなぐ『受け皿』の機能が、まちのなかにもっと必要だということ。
寮には働き盛りの人が多く住んでくれています。すると、夜10時ぐらいになったら人が食堂に集まりはじめて、日付が変わるまで夜な夜な語り合うようなことがある。その結果、何気ない会話から新しい活動が生まれたりもしています。
それって、本来はカフェが担うべき役割でもあると思うんです。たまたま出会った人とやり取りをするうちに『自分もやってみたいかも』と何かが始まる。そんなきっかけづくりは、カフェの大事な機能だったはず。ところが、事業として続けるうちに『飲食店』の色が強くなり『飲んだら / 食べたら帰る』空間にしてしまっていたんだと気づかされました」
遠山氏「関係性を続けるための仕組みは、とても大事だと思います。『ゆっくり、いそげ』でも、店内で開催したクラシックコンサートの代金を投げ銭にして失敗したと書いていましたね。訪れた方は善意で多めに支払ってくれるぶん、一回来たら満足して、リピーターになってくれない。金銭で関係を清算するとそこで終わってしまうのが、興味深いと思いました。
私たちがやっているアートを売買するプラットフォーム『ArtSticker』では、そこをかなり意識しています。一見ただのECにも見えますが、購入しなくてもウェブやリアルで見てからドネーションすることができる。パフォーマンスやインスタレーション、持ち帰りの難しい作品にも継続的にお金を払えるようにしているんです」
影山氏「また新しいチャレンジですね。遠山さんは経営者として、これから先、どんな思いを描かれているんですか」
遠山氏「私はこれまで、大きなビジョンを語ったり、明確なゴールを示したりしたことはない……つもりなんです(笑)。それぞれのプロジェクトで常に最高峰を見ながらも、祈りを込めてひたすらサイコロを振るような、偶然を信じた勝負をしてきた。
もちろんすべての選択がそうではありませんが『振り返ったら今の自分になっていた』という感覚なんです。だから、これからもいろいろ思いついては、サイコロを振っていくのだろう、と。
今考えているのは、老人を新しく定義すること。私は来年60歳になります。ビジネスを22歳から始めて100歳までやるとして、60歳は競馬で言うところの第3コーナーを回ったくらい。これからまさに“遠心力”をつけて、最後のバックストレートを駆け抜けたいとは思いますね」
影山氏「今日のお話を僕なりにまとめると、これからも『小さく踏みはずしつづける』ことが大事なのだと思いました。企業も経営者も『普通はこうだから』『これが当たり前だから』という有形・無形の枠組みに縛られている。そこから、いかに自分自身を解放していくかが重要になります。
2018年に出した『続・ゆっくり、いそげ』(クルミド出版)に書いたんですが、設計図通りに自動車がつくられるような光景ではなく、植物が自然と育つような環境に身を置きたいんです。それこそサイコロを振って道が分かれていくように、偶発性の掛け合わせから形を成していきたい。
同じ植物であっても、成長をある程度コントロールされている畑の作物より、生々しい原生林に惹かれます。後者は無秩序なようだけれど、よく見れば自然としての秩序がある。そんな『無秩序のなかに生まれる秩序』が美しいと感じています。
だから、共にその新しい秩序を目指してくれる人たちに僕は会いたい。国分寺に来てもらえれば、住む場所と食べ物は何とかしますから(笑)、『一緒に踏みはずそうぜ』とこれからも呼びかけていきたいですね」
執筆/佐々木将史 編集/葛原信太郎 撮影/須古恵