健康のために、野菜を食べた方がいい。そうわかっていても、「毎日食べるのは大変」「義務感があってつまらない」と感じている人は少なくないだろう。野菜や果物はすぐに傷んでしまうし、ワンパターンの調理だと飽きてしまう。
野菜にまつわるそんな課題に着目したのが、ウェルネスブランド「GREEN SPOON(グリーンスプーン)」だ。2020年3月に開始した定額制パーソナルスムージーで注目を集め、スープやホットサラダをラインナップに加えた現在は会員数2万人、累計販売個数は65万個を超えている。
ふっと気持ちを緩ませる、かわいらしいイラストのパッケージを開けると、冷凍の野菜や果物がぎっしり。目にも楽しく、約8種の食材が織りなす味には奥行きがある。「野菜を摂るのが大変でつまらない体験を、『簡単でたのしい』に変えたいと思った」と、同ブランドを運営するGreenspoon代表の田邊友則氏は話す。
事業の根底にあるのは、「自分を好きでい続けられる人生を。」というビジョンだ。ブランド立ち上げから1年半を経て「これからは第2の創業期」という田邊氏に、GREEN SPOONが顧客に提供する、ビジョンに根差した価値について聞いた。
色とりどりの野菜が詰まった“食事”
GREEN SPOONは、野菜を簡単に、楽しく摂れるサブスクリプションサービスだ。現在は3つのカテゴリの商品があり、いつでも都合に合わせて食べられるよう、冷凍の状態で届けられる。
第1弾として、25種類のスムージーを発売。以降、昨年11月には大きめのゴロゴロとした具材で食べ応えのあるスープを、そしてこの9月には1日に必要な野菜の1/2の量を摂れるホットサラダをリリースした。スープは加水して、ホットサラダはそのままレンジで温めるだけなので手間がかからない。
メニューはすべて管理栄養士が監修し、200種にも上る食材の組み合わせによる栄養バランス、そしておいしさにこだわってつくられている。サブスクリプションの形式には月に8個、12個、20個のプランがあり、好きなカテゴリとメニューを自由に組み合わせて指定できる。8個の場合は7,200円(税・送料別)で、個数が増えると少しずつ割安になる。
素人では思いつかない組み合わせによる味わいも、支持される理由のひとつ。たとえば「Shinrin(シンリン)」という緑色のスムージーには、マンゴーやゴーヤ、枝豆、黄パプリカなどにアガベシロップが加わり、ほのかな苦みと甘みのバランスが清涼感をもたらす。「Shinrin」は、昨年のブランド立ち上げからまもなく、タレントのフワちゃんがテレビ番組で紹介して認知拡大のきっかけとなった。
現在の顧客層は、女性が9割。年代に関しては20~50代までほぼ均等で、30代女性が5%ほど多いという。これは予想外だった、と田邊氏は話す。
田邊氏「もともとは自分をイメージして、『20~30代で仕事を頑張っている単身者』を主な顧客層として描いており、PRもInstagramを中心に展開していました。それが、ブランドが広がるほど年齢層も広がり、今では60代の方も一定数いらっしゃいます。
僕らが考えていたよりも、GREEN SPOONは幅広い方に喜ばれていると実感しています。今ではラインナップも増えたので、朝はスムージー、遅く帰った夜はスープやホットサラダでヘルシーに満足感を得るなど、ライフスタイルや気分に合わせて食事に取り入れられています」
自分が考える「幸せ」を、周囲の人にも提供したい
当初は「スムージーブランド」と認識されたが、その時点でスープとホットサラダ展開の構想も固めていた。「3カテゴリを出すことができて、ようやく“野菜を軸とするウェルネスブランド”として認めてもらえる素地が整ってきた」と田邊氏。立ち上げ以降は順調に顧客数や販売数を増やし、食品スタートアップとして期待を集めている。
そもそも、田邊氏が「健康」に着目した背景には、自身が不摂生だったことがある。新卒で入社したサイバーエージェントでは、広告営業を経てインターネットテレビ『ABEMA』の立ち上げに携わる。スポーツ局の責任者として、刺激的でやりがいのある仕事に没頭していた。
「いずれ起業を」という漠然とした思いを抱きながら携わった、会社の大きなプロジェクトを通して、自分自身で全責任を負うビジネスへの関心が高まっていく。と同時に、多忙を極めるなかで「心身がすさんでいく感覚もあった」という。
田邊氏「健康的な生活とはほど遠く、食事は不規則。野菜は特に食べていませんでした。ここで一区切りをつけて、『自分が事業をするなら何なのか』を考えたいと思い、当時は何も決めずに退職しました」
それまでの経験を活かし、今後のマーケットに求められる事業のタネを見つけて起業することもできただろう。だが、「それは自分には向かないと思った」と続ける。
田邊氏「そうしたマーケットインの考え方で収益化するのも、確たるビジネスの形で、否定するわけではありません。ただ、自分が事業に人生を懸けるなら『WHY ME?』という問い、つまり『なぜ自分がやるのか』に明確に答えを出し、そこを起点にしないと納得できないと思ったんです。
僕は、この世にあるすべての事業は、人々の幸せのために誰かがつくったものだと思っています。そうすると、人の幸せがわからなければ、それをつくることはできない。そして、何より自分自身が事業をやるなら、自分が思う幸せを人にも届けたい。そう考えて、まずは自分にとっての幸せを定義しようと考えました。
そうしてフリーランスで仕事をしながら考えていたら、1年半ほど経ってしまったんですが(笑)。海外で同じ世代の人たちと触れ合い、彼らが『当たり前のように自分の体を気遣っている』ことを知って、セルフケアの大切さに気づきました」
海外生活で知った、セルフケアによる自己肯定感
フィリピンのセブ島やアメリカ、スペインなどを旅するなかでできた友人たちは、それぞれ充実した仕事をしながらも、ごく自然と食事に配慮し、運動も習慣にしていた。自身も一緒に筋トレをしたり、野菜を意識的に摂ったりとセルフケアに努めたところ、当然体は健康に。さらに、心も豊かになっていく実感があった。
セルフケアとは、意思を持って自分をマネジメントすることだ。継続すると自分への信頼が積み上がり、自己肯定感が高まることを、身をもって感じたという。そうして、1年半にわたり向き合ってきた「幸せ」についての答えがすべてクリアになった。
田邊氏「幸せの定義として、自分の中で2つの答えは掴んでいました。ひとつは、“体の健康”。もうひとつは、“人間関係が良好なこと”です。でも、前職の新卒〜2年目は両方満たしていたにもかかわらず、振り返ると幸せとは言えなかった。
その理由は、当時、自分自身を許せていなかったことにあったと思います。思考と言葉と行動が一貫していなくて、自分を認めることができていなかった。シンプルにやりたいことをやっていなかったんです。
裏を返すと、3つ目の幸せの定義は、“自己肯定感が高いこと”だとわかりました。幸せとは、僕にとっては体も心も健康で、自分を認めて、好きでい続けることだった。それが後の海外生活で気づくことになるセルフケアと結びつき、自己肯定感を高めることが僕が取り組むべき“人の幸せ”づくりだと、すとんと腑に落ちました」
では、どうしたらそんな幸せな状態を維持し、自分を好きでい続けられるか。過去の自分や、日本で忙しく働く友人たちを思い浮かべると、「自分をケアする習慣」がそもそもないことに思い至った。ならば、その機会が多いほうが習慣化につながる。
週1回、月4回のジム通いでも健康を目指せるが、食事なら1日3回、月に90回もその機会が訪れる。おのずと、食を通して自分をケアし、自分を好きでいられる状態を支えるというコンセプトが見えてきた。そこから、前述のビジョン「自分を好きでい続けられる人生を。」を策定。さらにビジョンに共感した創業メンバー2人とともに合宿を繰り返し、議論を重ねてミッションを導き出した。
ビジョンをど真ん中に据えて「自分たちは何を成すべきか」を突き詰める作業に、4カ月を費やしたという。そうして、このビジョンを食で達成するためにすべきこと、つまりミッションを「たのしい食のセルフケア文化を創る」という言葉に凝縮した上で、具体的な事業計画に進んでいった。
野菜を摂る「大変でつまらない」点を「簡単でたのしい」に
事業性の見込めるアイデアを軸に起業するスタートアップも少なくないが、ビジョンとミッションをまず固めておけば、事業計画を検討するにも事業開始後も、「すべきこと」がぶれずに済む。それは顧客への姿勢に一貫性を与え、ひいては顧客との信頼構築にもつながる。
たとえば、事業計画を進める上で、田邊氏らは国内外のD2Cブランドを500社ほど調べ、各ビジネスの特徴や成長する条件を探った。「すべきこと」を明確にせずに事例を調査すると、“儲かりそうなアイデア”に飛びつくこともあるが、ビジョンドリブンだからこそ500社の膨大な情報からヒントを抽出できたという。当時はちょうど、D2Cというビジネスモデルに注目が集まっていたころ。「セルフケアを“継続する”観点ではサブスクリプションのD2Cモデルは相性がよく、投資家へのアピールにもなると考えた」と田邊氏は振り返る。
田邊氏「ビジョンとミッション、事例の研究、そして顧客となる人のセルフケアをどう支えるかを突き詰めた末に行き着いたのが、『野菜を継続的に摂るのが難しい』という課題でした。
自分自身も、野菜は意識しないとなかなか摂れなくて。食材として買うと調理に手間がかかるので、忙しいと使いきれません。また、『野菜を摂らなければ』という義務感が、そもそもなんだかつまらない。とはいえ、気休めで外食時にサラダをつけたり、野菜ジュースを飲んだりしてみても、これで本当に健康につながるのかという疑問もありました。
そこで、この『大変でつまらない』を『簡単でたのしい』に変えたいと考え、商品を設計していきました。“摂らなければいけない”野菜を、毎日摂りたくなるように。そこには楽しさが必要で、それこそが僕らが解決する部分だと思いました」
そうして、野菜や果物が詰まった1食ずつのパッケージ商品の構想ができた。複数の事業家に相談すると、その多くが口をそろえて「難しいからやめたほうがいい」と進言したが、8人目に相談した人が「誰もやりたがらないなら、それが逆にチャンスなのではないか」と背中を押してくれたという。
とはいえ、ゼロから食品のブランドを、それも市場に例がない商品をつくり上げるのは「とんでもないことだった」と田邊氏。食品を扱うための法律や保健所の規定、材料の調達から配送まで、一から学んでいった。商品設計を担う管理栄養士や、生産を請け負う工場探しにも苦戦した。
そもそもの実現が難しい中でも最後までこだわったのは、スムージーの種類数だ。当初の構想より絞って25種にしたものの、それでも200ほどの食材が必要だった。
なぜそこまで商品の数にこだわったのか。その理由は、前述のビジョンにある。
田邊氏「自分を大事にし、健康を維持するというセルフケアの考えに照らし合わせると、一人ひとり、また同じ人でもコンディションによって必要な栄養素は違います。だから、4種や5種ではだめだったんです」
ネーミングやパッケージデザイン、作り方など、実際に食するまでのあらゆる接点には「簡単でたのしい」要素を徹底して盛り込んでいる。これも、ビジョンに根差したものだ。簡単で楽しければ、野菜を摂り続けることができる。食のセルフケアが、ひいては、自分のことを好きでい続けられる人生が実現する――商品を介したすべてのコミュニケーションも、ビジョンを起点に設計した。
たとえば、オレンジとにんじんをベースにしたスムージー「Spicy Sunset」の名称は、その色を鮮やかな夕焼けに見立てたもの。アイスクリームのカップのようなパッケージの形状は手にしたときに新鮮で、フタを開ければ色とりどりの素材が目に鮮やかだ。添えられたイラストの“抜け感”を含め、クリエイティブは立ち上げ当初からかかわる外部パートナーのクリエイティブディレクターと、常に膝を突き合わせて構築している。
加えて、食材との出会いも、楽しさのひとつだ。身近なスーパーで買える食材だけだと、なかなか目新しさは得られない。
田邊氏「野菜って、そもそも色味も形もおもしろいものだと思いますが、“摂らなきゃ”となると、そんなふうに楽しんでいる余裕はありません。また、珍しい食材もたくさんあります。なのでGREEN SPOONでは、たとえばロマネスコやパリジャンキャロットなど、なるべく珍しい食材も入れることで、新しい食材との出合いを楽しんでもらおうとしています。
また、スープやホットサラダでは、野菜をあえて大きめにカットして“ゴロゴロ感”を生かし、野菜を摂っている実感を得られるようにしています。これも、継続できる一因になると思います」
また、第一弾をスープやホットサラダではなくスムージーにしたのも、「たのしさ」を実現するための2つの明確な狙いがある。ひとつは、あえて質感生かした食材を、自分でブレンダーにかけるという関与を生み出すこと。元の野菜の色や質感と、ブレンダーにかけたあとの色味の両方を見た上で味わうと、簡単なのに「野菜や果物をしっかり摂っている」という実感が得られる。
もうひとつは、ビフォア/アフターの変化があると、動画や写真を撮りたくなるからだ。前職で動画のビジネスに携わっていた経験から、「撮りたくなる」衝動が楽しさにつながり、ひいては継続性に寄与すると考えたという。
田邊氏「動画や写真を『撮りたくなる』ポイントを、商品体験にどれだけ盛り込めるか。大切にしたのは、顧客がGREEN SPOONに触れた瞬間に楽しくなり、気分が高揚することです。おいしさに気分が高まるのはもちろんですが、『見て高揚する』のも、楽しさに直結します」
「野菜といえばGREEN SPOON」と想起されるブランドへ
ブランド立ち上げ時から計画していた3カテゴリが出そろった今、田邊氏は「これからが第2の創業期」だと語る。「食」は誰にでも関係のある普遍的なテーマなだけに、大手企業からスタートアップまで新規事業の立ち上げも相次ぐ。今後も顧客に選ばれ続けるには、ブラッシュアップが欠かせない。
奇しくも立ち上げのタイミングは、コロナ禍の影響が世の中に広がる時期に重なった。生活者の価値観が大きく変わるなか、田邊氏は「僕らも価値観をアップデートしながら、常に少し先を読んで価値を提供しなければ」と気を引き締める。
田邊氏「競合の動きも押さえますが、それより顧客を見る時間のほうが大事です。今は事業の立ち上げもしやすくなっていますが、ビジョンから最終的なプロダクトまで一貫しているサービスは、意外とそんなに多くありません。その点は、僕らの優位性になっていると思います。
実際、ビジョンを常に意識していないと、些細な要因をきっかけに、顧客から見える姿が変容してしまうこともあります。そうならないように一貫性を保つには、お金も手間も社内の教育も多分にかかるので、正直、大変です。でも、だからこそ顧客に『なぜ、GREEN SPOONがいいのか』を、機能面でも情緒面でもいつも感じていただける。ブランドとして選ばれ続けることが、結果としてセルフケア習慣の確立につながると考えています」
第2の創業期での改革は、もう進行中だ。目にする機会や購入の接点を増やし、お試しを促進。一人暮らしの方は勿論、高齢の方や男性の顧客も視野に入れている。子育て中の方が子どもと一緒に食べる、あるいは育児の息抜きに自分のために楽しむなど、複数の使い方も意識していくという。
田邊氏「どんな事業も、顧客に喜んでもらえれば継続します。その方法は企業や人によって多種多様ですが、僕らは今後もビジョンとミッションに根差してお客様に喜んでいただくことを続けたい。弊社はどの部署でも、お客様を主語に『どうすれば喜ばれるか』を常に考えていける組織でありたいです」
その先に見据えるのは、数十年単位で、自己肯定感の高い幸せな人生を増やすこと。GREEN SPOONは顧客の「たのしさ」に寄り添いながら、ブランドを刷新し続ける。
執筆/鈴木有子 編集/高島知子 撮影/須古恵